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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
終章 三百年以上の因縁
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復活の予兆


 魔王城三階の広間が発生源の振動は収まっている。

 勝負がついたのか、原因不明の静けさに不安を募らせながらエビルは走る。

 ついに広間へ辿り着いた時、目にした光景は信じられないものだった。


「これはいったい……」


 仲間が全員倒れていたわけでもリトゥアールが死んだわけでもない。なぜか戦いは終わっており、彼女の前に背を向けたサトリ達三人が立っている。まるで味方のように、守護するかのような位置関係。あまりにも不自然な状態だ。


 さらに言えばサトリは襟の長い純白の、リトゥアールは純黒のコートを身に纏っているのも不自然。彼女達の周囲数センチ程度がぼやけているのは以前目にした〈神衣〉と同じ。現在戦闘していないにもかかわらず二人はそれを維持し続けている。


「おや、来たのですねエビル。シャドウは負けましたか」


「はい……でもこれはいったい、どういう状況なんですか?」


「単純な説明になりますが、洗脳……というやつです。神性エネルギーを応用すればこのようなことも容易く行える。さすがは神のエネルギー、万能といっても差し支えない素晴らしき力ですよ」


「洗脳……? でもこの感じ、妙だ」


 嘘の風は感じられない。リトゥアールが告げたのは紛れもない真実。

 しかし、洗脳状態の者に会ったことがないので詳細不明だが確かな違和感がある。具体的に言えば三人の状態が一致していない。セイムの意思は朧気だが、白竜とサトリの意思ははっきりしているように感じる。何が妙なのか、三人に何か違いがあるのか探るがヒントが足りない。


「さすがの私も強者三人と戦うのは疲れました。特に白竜は強い、厄介極まりない存在。……ですので同士討ちなんて展開になれば楽出来ると思いましてね。ああ、あと、この洗脳を解く方法を申し訳ありませんが私は知りません」


 一生洗脳状態なのが本当なら絶望すべき話だろう。だが、エビルは理解する。

 白竜を見続けてあることに気付けた。アイコンタクト出来るほど仲良くないので頷くことで気付いたことを知らせる。そうすることで彼から安堵の風が吹く。


「さあ、三人で一気に片付けなさい。私は玉座の間で休息しますので」


 リトゥアールが告げた瞬間――セイムだけが駆け出した。

 残りの命令無視した二人は振り返り、強烈な拳をリトゥアールの腹部へと叩き込む。まさか洗脳されていないとは思わなかったのか反応が遅れてまともに受けていた。背後の木製扉を破壊して吹き飛んだ彼女はあっという間に視界から消える。


 唯一本当に洗脳されていたセイムについては、振るわれる大鎌をエビルが剣で防ぎ対処している。何度も防御していて分かるが攻撃のキレは普段と遜色ない。実力が洗脳で劣化することはないようだ。

 冷静に分析していると突然――エビル達は虹色に光った炎に包まれた。


「んあ? なんだ、ひ、火いいい!?」


 朧気だったセイムの意識が戻ったのを感じ取る。

 彼は「アチチッチチチチチ!」と慌てているが問題ない。これは聖火、つまりレミの仕業。彼女が燃やしたいと思わない限り邪悪なもの以外が燃えることはない。熱くもないため冷静になれば気付けるだろう。


「あ、熱くねえ……。何か、前にもこんなことがあったような……」


「セイム、元に戻ったんだね。洗脳は聖火で解けるのか」


「エビル! あ、ああ……やっべえ、俺さっきまで何してたか憶えてねえ」


「――アンタは洗脳されてたのよ。アンタも、ね」


 赤い短髪の少女が右の通路から歩いて来る。

 所々衣服が破れているが目立った傷はない。

 エビルとセイムは彼女の名を普段通り呼ぶ。


「邪遠は?」


 レミはあの強敵邪遠と戦闘していたはずだ。特訓でいかに強くなったとはいえ苦戦は免れないはずだが彼女は平然としている。戦闘の痕跡は衣服に残っているが、邪遠の強さを知っている身としては不思議に思えた。


 彼女は静かに目を閉じて首を横に振る。

 敵のことを思い返すにしては合わない態度だがエビルには分かる。彼女は本気で悲しみ、悔いているのを感じる。……そしてマグマのように煮え滾る猛烈な怒りもだ。


「死んだ。……あいつ、別にすっごい悪い奴じゃなかった。分かり合えたのよ。なのに……目の前で……。元凶はリトゥアール! あの女は絶対殴る!」


「……そっか、あの人が」


 シャドウの言う通り、もうリトゥアールは改心などしないかもしれない。それでも自分を貫くために説得を試みるつもりだ。戦ってでも彼女を止めるつもりだ。


「そういえば、先程彼女が妙なことを言っていました。魔王が復活するとか何とか」


「魔王が……? でも死者が一定数出なければ封印は平気なんだよね?」


 サトリの言葉にエビルは疑問を抱く。

 アスライフ大陸の死者が一定数に達した時に封印は解ける。カシェがそう設定した以上覆らない事実。この魔信教との決戦で死者をあまり出していないにもかかわらず解けるとは、それほど切羽詰まった状況だったのだろうか。


「……まさか」

「レミ、どうしたの?」


「邪遠が持ってたアクセサリーみたいなの、急に爆発したのよね。それがリトゥアールの仕業だってあいつは言ってた。……もし、他の構成員も同じ物を貰っていたとしたら」


「一気に封印解除へ近付く……ってわけかよ!? おいやべえぞ!」


「ま、まだ可能性の話よ! アタシの推測ってだけだし」


 もしレミの語った話が事実だとすればとんでもないことになる。

 今日エビル達は魔王を相手取るつもりなどなかった。教祖や四罪を打倒して終わりだと考えていただけに、直に魔王が復活する可能性を考えると空気が重くなってしまう。


「おい、レミ・アランバート。そのアクセサリーとやらはどんな形だ」


「えっと、確か銀色で四角だったかしら」


「……ちっ、最悪だ」


 説明を聞いた白竜が舌打ちして歯を食いしばる。

 嫌な予感が全員を襲う。特に急激に焦りが高まったのを感じたエビルには緊張が奔る。続きの言葉を聞くのが恐ろしくなったため、誰もどうしたのと訊きはしない。


「外で襲ってきた連中が全員それらしきものを所持していた。爆発はおそらく神性エネルギーの応用か、予め込めていたエネルギーを自分の意思で爆発させられる仕組みだろう。外の連中は全員死んだとみていい」


「ここでゆっくり話している時間はあまりなさそうですね」


 恐怖を抱きつつエビル達は玉座の間の方角を見据えた。

 全員の想いは一つ。何としてもリトゥアールを止めるため闘志を高めている。


 エビルが「行こう」と言って走り出したのに残りの四人が続く。玉座の間への道は若干長かったが一本道なので迷わない。通った瞬間に左右の壁に設置されている松明に灯りが点く通路を進み、ついに派手に壊れた大きな扉の前に到達した。


 木製扉を開ければ階段のあった広間より若干狭い空間が現れる。

 とても巨大な玉座が最奥に置かれている大部屋。玉座の方を見ながら何かを考えているリトゥアールがこちらに気付き、鋭く暗い瞳で射抜かれる。


「まったく、時間稼ぎすら出来ないとはシャドウも邪遠も役に立ちませんね。いえ、本当ならもう時間稼ぎは必要なかったはず……となればシャドウですかね。せっかく私が作ったお守りを付けてくれなかったようです」


「そのお守りとやらを爆発させ、魔信教構成員を大虐殺することで封印を解除しようとしたな? かつての同胞の命を奪ってまで目的を成し遂げたいか」


「さすが神の僕、よく頭が回る。本来ならもう復活しているはずなんですが……計算だとあと一人といったところでしょう。あなた方の誰かを殺した瞬間、魔王は器の中に蘇る。私の目的達成への一歩を踏み出せる」


 濁った闇そのものの瞳を恐ろしく思うが立ち竦んではいられない。

 リトゥアールが錫杖を構え、エビル達は各々武器を構える。魔信教との最後の一戦は全員が走り出したことで開始した。


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