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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
終章 三百年以上の因縁
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勝利の風


 魔王城左奥の部屋にて、剣と剣が衝突し合う金属音が絶え間なく響き渡る。

 先程まで〈影分身〉で増えた四人のシャドウを相手にエビルは互角の勝負をしていた。一人、また一人と斬り倒すごとに新たな〈影分身〉が作られて四対一をキープされる。全力で動き続けるなかこのままでは敗北すると理解したため、逆転の一手として本日二度目の〈全方位への風撃(ダウンバースト)〉を発動した。剣捌きに集中していたため威力は不十分だが、四人との距離を引き離し〈影分身〉を一人ずつ斬り捨てる。


 激しく息を切らしながらも何とか一対一に持ち込むことが出来た。

 しかし休んでいる暇はない。新たな分身を作り出される前に攻撃しなければ、またあの四対一に戻ってしまう。厄介な影の魔術を使われる前に短時間でケリをつけなければ敗北確定。風の秘術をフル活用してスピードを極限まで高めた剣技を連続で放つ。


「ちょっ、おま、速すぎだろうが……!」


 今のエビルは鬼気迫る表情をしているだろう。

 負けたくない負けたくないと何度も思い、一度剣を振るごとに剣速が増していく。


 敗北は何かを失う可能性がある。強さが足りないせいで今まで何度も失いかけ、救えずに零れ落ちたものがある。天空神殿での特訓以降、自信を持ったからこそ更に敗北に恐怖した。もう何かを失うのだけは嫌だからこそ勝利に執着する。


『戦いは常に冷静でいなきゃ足元掬われるぞ』


 剣を振るのに集中するなか、エビルの頭に懐かしい声が蘇った。

 技を教えてくれた師匠(ソル)の声。教わった動き方が本人の声で聞こえてきた。心なしか確認出来ない自分の表情が柔らかくなった気がした。


『燃え上がる炎のように大胆に渾身の一撃を入れろ』


 勝ちたいという強い想いから力一杯の一撃を放つ。

 シンプルな〈暴風剣(テンペストブレイド)〉の振り下ろし。シャドウは受け止めきれずに数歩分のみ後退する。


「クソがあ!」

『流れる水のように滑らかな剣で受け流せ』


 押されているからかシャドウの怒りと焦りが伝わった。

 怒ると誰もが単調な攻撃になりがちだが彼はちゃんとフェイントを入れてくる。それを冷静に見極めて、本命を受け、剣が振るわれた方向に合わせて流す。繰り返す度に彼の焦りが強くなる。


 エビルは防御の手を一度止め、勢いよく後方へ跳ぶ。

 なぜかといえばシャドウが〈影の茨〉を発動したからだ。床から黒い棘が千本以上出て来たので、伸びてくるそれらを身のこなしだけで躱していく。避けきったら棘は崩壊し、彼とはかなりの距離が空いてしまった。


『吹きぬく風のように鋭い突きを放て』


 次の攻撃は迷わない。腰を深く落とし、右足を前に出し、剣を水平に構える。


「……はっ、また懲りもせずその技か。もう通じねえんだよそれはあ!」


 選んだのは〈疾風迅雷〉だ。風の秘術で多少素早く動くだけの突き技。

 思いっきり床へ踏み込んで一直線にシャドウへ向かう。加速度が足りないことから彼も〈真・疾風迅雷〉でないことに気付いただろう。困惑の感情が流れ込んでくる。しかしやることは変えず四方八方から黒剣が射出される。


『落雷のように素早く動け』


 最初から最大速度で突撃する〈真・疾風迅雷〉だと自分が速すぎて、回避が間に合わず迎撃するしかない。だが今走っている程度の速度なら回避も間に合う。風の加速は後回しにし、当てられると確信した時に行えば〈真・疾風迅雷〉と同等の威力が出せるはずだ。


 飛来する黒剣を素早く回避し、時には弾き、前に進むことは止めない。

 足を止めず前進し続ける。嵐のように向かって来る大量の黒剣を躱しきれず体に掠ることもあったが、負傷は最低限に留めてある。必殺の一撃を確実に決めるための代償と思えばいい。幾つもの軽い掠り傷で強敵を倒せるのなら安いものだ。


「今度こそ決める! 〈真・疾風迅雷〉!」


 剣を水平にするのも、足腰に力を最大限込めることも出来ない。

 それでも力強く踏み込み、背後の空気を追い風として自分を押し出す。

 駆けながら突き、シャドウが盾にした黒傷剣へと剣先が直撃。呻き声を上げた彼は何とか防ごうと両手で堪えているが――エビルには分かる、感じられる。黒傷剣は悲鳴を上げている。だが後一歩足りない。


 突き抜けるには後一歩の工夫が必要だ。

 何か、何かないかと思考を巡らせた結果、自分が持つ剣に目がいった。高速回転する風に覆われているから、右手の甲の風紋同様に薄緑の光を放っている。


 果たして刺突の際、剣先以外に〈暴風剣〉は必要だろうか。

 もし今纏っている風のエネルギーを全て剣先に集められたらどうなるか。そう考えてから実行に移すのは早かった。剣身を高速回転していた風を全て剣先へ移動させ、先端だけが強い緑光を放つ。


 新技と言えるかもしれないそれは(おこな)ってからすぐに効果を発揮した。

 黒傷剣は中心が砕け、エビルの剣がシャドウの腹部を貫通する。黒に近い緑の血液が彼の傷口から零れたうえ「がばあっ!?」と吐血さえした。


「僕の勝ちだ。異論は……ないな?」


「……互いに全て曝け出した結果だ。ごぶっ、文句なんがっ、ねえ」


 風の秘術での強化を解除してから剣を引き抜く。

 悪魔は頑丈なのでこの程度では死なないが、殺そうと思えばすぐにでも殺せる。シャドウから剣を引き抜いたのはもうその気が起きないからだ。彼からすれば不思議なのか「もう、何度目の問いになるか、分からねえが」と前置きしてから問いかけてきた。


「殺さねえのか? 俺は仇、なんだろ?」


 旅の途中で何度もその問いはされていたが今回は何か違う。

 出会った当初と違い、今のエビルは彼から負の感情を少量取り込んでいる。取り戻したと言い換えてもいいがとにかく最初よりも憎悪が強くなっている。その状態で生かす選択をするのが信じられないのだろう。


「悩んださ。殺したいほど憎いのは事実だけど、止めておく。……君は、ジークのようにどうしようもない奴じゃない。たとえ負の感情で構成されていても正の感情を覚えることは出来る。……君には、罪を償う道を選んでほしい」


 世の中には改心しそうにない大悪党が存在しているが、悪全てがそうではない。

 二人は元はと言えば同じ心身。悪魔王に注入された膨大な負の感情を拒絶した結果離別しただけの二人。ほとんどの負の感情を押しつけられたシャドウは正の感情があまりない。しかし最低限しかないからといって生涯そのままとは限らない。人間も悪魔もありとあらゆる出来事で感情が変化していく。誰かと深く触れ合うことで彼の中にあった種火も大きくなっていく。


「正の感情、か。……冗談じゃねえぜ。そんなもん、欲しいと思ったことすらねえっての。……償いなんざするつもりはねえ。俺はもう、ありのままの俺を受け入れてんだ」


「感じたうえで言ったのさ。変わろうと思えば君は変われるだろうから」


「くっだらねえ。……俺が正義の味方にでもなると思ってんのか?」


「思ってないよ。でも、ほんの僅かな君の良心が成長する未来に賭けるんだ」


 正反対の存在でも同一の存在でもある。シャドウにある僅かな正の感情はエビルのものでもある。だからか分かるのだ、眩しいと思って踏み出さないだけで本当は光に憧れているのを感じ取れるのだ。まだ彼は完全な闇へ堕ちきっていない。誰かの手助けは必須だろうが自力で這い上がれる素質がある。


 本当に救いようのない悪党ならとっくにエビル達は殺されている。それに、リトゥアールを救おうなんて考えないはずだ。誰かを救おうと思える彼は真の悪から程遠い存在。彼の中には自分と同じ確かな優しさが欠片程だが混じっているのだ。


「とにかく、自分の心にも君との勝負にも決着はついた。僕の、勝ちだ。……君を許すつもりはないけど、今後本気で剣を交えることはないだろうね。手合わせなら付き合うけど殺し合いはしない。仮に君が殺そうとしてきたら僕は何度でも負かす。当然今より状態が悪化したらどうするかはその時次第だけどね」


 こんなことを言いつつ今より悪に寄ることはないとエビルは確信している。

 悪の総本山のような場所で生活していたのだ、これ以上の下衆になる可能性は低い。決してないと思うのは信用したいという想いからだ。元が同じ心身だったのも今だから受け入れられる。言わばこれは自分を信じるのと同じ。


 以前ハイエンド城下町で融合しかけた時に、本来の自分がお世辞にも良い性格と言えない者なのは理解している。あの後、稀にだが人間を甚振って高揚していた感覚を思い出した。吐き気に襲われたが仲間達にバレないよう、野営の時などに一人抜け出して吐いていた。忘れたくても忘れられない当時の最低さには反吐が出る。

 それでもエビルは――自分自身を受け入れて、信じる。


「はっ、そうかよ。勝手にしやがれ」


 鈍い動きで立ち直したシャドウが告げた。


「さっきも言ったが、今回の敗北に文句はねえ。リトゥアールのことは好きにすりゃあいいさ。……俺には、あの女が改心するようには思えねえが……お前のやりたいようにやればいい。だが約束しろ、生かすにしろ何にしろ必ず魔信教は終わらせると」


「ああ、約束する。魔信教は今日中に解体してみせる」


「……お前にはまだ利用価値がある。今回の一件が終わってからでいい、西にあるオルライフ大陸のアギス港まで来い。いいか、アギス港だ。……俺も準備があるから少し間は空けていい。……忘れんな、世界の危機ってやつは決して一つだけじゃねえってことを」


 そう言うと彼は邪悪な笑みを浮かべた。

 もう彼は止めないだろう、彼自身決着したことを認めている。

 魔信教や先代勇者一行の因縁を断ち切るためにエビルは走る。今も戦闘の気配を濃く漂わせている中心地へと急いで向かう。


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