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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第一部 一章 目覚めの風
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摸擬戦


『なんだお前、気付いてなかったのか? 気配駄々洩れだったぜ?』


 いつから、というよりずっとドランは隠れていたのだろう。エビル達がここに来てから訓練場の扉は開いていないので、三人が入って来たから咄嗟に隠れたという推測が出来る。

 ヤコンは弟であることに安心して向けていた木刀を下ろす。


「なんだドランか、何で隠れる必要があったんだ。訓練していたなら堂々としていればいいじゃないか。訓練時間外に自首訓練しても咎めたりはしないんだから」


「あ、いや……そうなんだけど……」


 ドランはチラチラとエビルに目を向けている。それだけでエビルは全て把握した。

 昨日、初めてアランバート城休憩室にて目覚めた時、シャドウの煽り発言のせいもあって混乱していたエビルはドランの首を絞めている。そのことはまだエビルの中でも尾を引いている出来事であり、早いうちに謝らなければと思ってはいた。しかし昨日はレミの王城案内もあり、その後捜したものの見つからなかったのだ。


「僕が原因ですよね、ドランさん」


「何? あー、まさか怖がっているのか?」


「えっ何々、エビルってば何かしちゃったわけ?」


「まあちょっと酷いことしちゃって……」


 そう言いつつエビルは歩いて行く。近付くエビルにドランは体をビクッと震わせ、視線もさっきよりオロオロと彷徨いだす。

 二人の距離が近距離と呼べるくらいになってからエビルは立ち止まり口を開く。


「あの、ドランさん。昨日は本当にごめんなさい!」


 謝罪と共にエビルは深く頭を下げた。


「……あ、いや、僕の方こそ……ごめんなさい!」


 そしてなぜかドランも深く頭を下げた。


「えっと、どうしてドランさんが謝るんですか?」


 どういうわけか二人が謝罪し合う形になってしまい、困惑したエビルは頭を上げる。するとドランも頭を上げて向かい合う。


「昨日エビルさんは僕を捜していたでしょう。でも僕はあなたから逃げたんです。謝りたさそうなのは分かっていたのに、怖いから、あなたから逃げたんです。兵士失格ですよほんと……」


「そうだったんですか、でも首を絞めた相手から逃げたいと思うのは普通ですよ」


「えっ、首絞めたの?」


 何の罪もない自分がいきなり怪我人に殺されそうになったら恐怖しかない。逃走したくなる気持ちもエビルは理解出来ているつもりだ。


「でも僕は兵士なんです。兵士が逃げるなんて……」


「それなら約束しましょう。善良な国民として僕はもうあなたの首を絞めない。国に仕える兵士としてドランさんはもう誰かから逃げない。どうですか?」


 誰だって間違いを犯す、失敗する。重要なのは今後二度と同じ失敗をしないこと。

 兵士が逃げ出すのは確かによくない。だが兵士だって人間なのだ、恐怖の感情くらい存在しているに決まっている。そんな恐怖に呑まれてしまえば二度と戦いなんて出来やしない。


「……そうですね。約束、しましょう」


 エビルが手を差し出し、ドランがそれを掴む。二人は固く握手してから手を離した。

 眺めていたヤコンは見届けた後、話に入る隙を見つけたので口を開く。


「和解したようで何より。そこで、二人で摸擬戦してみたらどうだ?」


「えっ、ちょっ! 次はアタシじゃないの!?」


「レミ様の相手は弟の戦いが終わってからということで」


 悪くない提案だった。エビルとしては剣の腕を鈍らせないために少しでも多く摸擬戦したいのだ。ヤコンとの勝負は中断したままなので置いておき、現役兵士二人と摸擬戦出来るのなら大歓迎である。


「いいですねそれ。ドランさん、どうしますか?」


 ドランは両足を震わせながら「……ぼ、僕は」と自信なさげに呟く。


「逃げないんだろう、ドラン」


「……はい隊長、逃げません。約束ですから」


 誰からも逃げないという約束が欠片程の勇気では足りない部分を埋めてくれる。怖がりだったりネガティブだったりするドランの性格をよく知るヤコンからすれば、ついさっき結ばれた約束は都合のいいものだと断言出来る。


 二人は訓練場の中心へと移動して、少し離れて向かい合い木刀を構える。

 壁際ではエビルと摸擬戦を行う順番を変えられて不貞腐れているレミと、真剣な表情で二人を見つめているヤコン。そんなヤコンの「はじめ!」という合図で摸擬戦は始まった。


 開始の合図で駆けるドラン。対してそれに受けの姿勢を見せるエビル。さっきのヤコンとの摸擬戦時とは真逆の始まり方となった。

 雄叫びを上げながら木刀を振り上げたドランは斜めからの斬撃を放つ。エビルはその攻撃を先の摸擬戦と同様に受け流し、勢いで一回転して薙ぎ払う。


 防御するドランだが、木刀を受け止めきれずに吹き飛んでは悲鳴を上げて転がる。


「あ、あの、大丈夫ですか?」


 あまりの呆気なさに思わずエビルは問いかける。同一人物ではないから当然だろうがヤコンなら受け止めて攻撃に繋げていただろう。相手の戦闘力を見抜けなかったせいで威力の高い攻撃をしてしまった。


「だ……大丈夫、です」


 よろけながらも立ち上がったドランは引きつった笑みを浮かべる。

 その姿にレミも「えーっと、彼大丈夫なの?」と隣のヤコンに訊いてしまう。それ程に弱さが露呈してしまった摸擬戦だった。


「やっぱりか、ドラン。お前はアランバート流を辞めるべきだ」


「そ、それは僕に兵士を辞めろってこと?」


 摸擬戦を見守っていたヤコンの一言でドランは絶望を露わにする。

 アランバート王国に使える兵士達は全員がアランバート流だ。止めろということは実質クビ宣告のようなものだとドランは思っている。


「違うさ、何も兵士全員がアランバート流で剣を振るわなきゃいけないわけじゃない。人には向き不向きがあるからな、お前の非力な体じゃ向いてないってだけさ。お前にはもっと別の戦い方があると俺は思うんだよ」


「でも僕だってトレーニングで努力してるのに……」


 一方、エビルはいきなり始まった流派変更の話で置いてけぼりになっていた。

 ドランとの摸擬戦は流派の向き不向きを教える狙いがあったのか、自分の流派は合っているのかなどと考えているとシャドウが語りかけてくる。


『どうやらお前は(てい)よく利用されたらしいな。まああの非力さじゃアランバート流は向いてねえだろうよ、つーか兵士自体辞めるべきじゃねーのか。お前如きに一撃で吹っ飛ばされるようじゃあなあ』


 確かにドランにアランバート流という力押しの剣術は向いていない。だがそれは本人が真っ先に気付くべき問題のはずで、自分のスタイルに合う合わないはとっくに理解していたはずである。それなのに固執しているのは何か理由があるとエビルは感じた。


「あの、どうしてドランさんはアランバート流に拘るんですか?」


「……別に拘っているわけじゃ」


 エビルは首を横に振ることでドランの発言を否定する。


「自分にアランバート流が向かないことくらい分かっていたはずです。兵士全員がその流派でいなければいけない理由も規則もない。それならあなたはすぐに違う戦い方を模索すべきだと理解したはずだ。……ドランさん、あなたはヤコンさんに憧れていたんじゃないですか?」


 俯いていてドランの顔が素早く上げられる。

 昨日、ほんの僅かな時間とはいえ話したエビルは覚えている。ドランは兄とえらい違いだと自分を卑下していた。憧憬しているからこそあそこまで自分を下げたのではと今気付いた。


「……そうですね。本人を前にして言うのは恥ずかしいですけど、僕は兄さんに憧れています。兄さんのように強くなって人々を守りたい。だから自然とアランバート流を選んで、流派を変えるタイミングがあっても変えなかった」


 憧れの人物を目指していたからこそドランは同じ流派でいようとしたのだ。エビルも師匠であるソルに憧れていたから今があると思っている。しかしヤコンは真剣な表情で流派変更を促す。


「ドラン。憧れるのは勝手だが、俺を目標にしている程度じゃ弱いままだ。努力するなら俺を超えようとしてみないか? お前には俺を超える才能があると思っている。流派を変えれば今より確実に強くなれるはずだ」


「でも……」


「お前が憧れているのはアランバート流を使う俺なのか? それとも人々を守ろうとする俺なのか?」


 力の強い兄。兵士として立派に人々を守ろうとする兄。どちらも憧れる要素ではあるがアランバート流の有無は果たして関係あるのだろうか。


「もし前者なら今のままアランバート流の訓練に励んでいればいい。だが後者なら俺は第三部隊隊長として、兄として流派の変更を勧める」


 ドランの表情が不安そうなものから決意したようなものへ変わる。

 もちろん兵士全員が訓練しているアランバート流を続けたいのは変わらないだろう。だがドランの憧れているヤコンが勧めている。隊長としての立場や兄としての気遣いがエビルにも伝わってくる。


「……分かった、僕、流派を変えてみるよ。僕の憧れた兄さんは強くて人々を守ろうとする人だから。まずはなりふり構わず自分が強くなってみるよ」


「そうか、俺はその選択が間違いじゃないと思うぞ。じゃあ新たな流派としてまずエビル君から教わろうか」


 良い流れだなと思って何度か頷いていたエビルは、急に矛先が自分に向かってきたので驚愕して目を丸くし「えっ僕!?」と叫ぶ。


「ん? なんだいその顔は。良い提案だと思わないかエビル君。君の剣術は力押しをするようなものじゃないから弟にはピッタリだと思うんだが」


「ま、まあ僕は構わないんですけど……。僕あと二日くらいしたら出ていくんですよ? その期間中に全て教えるなんてちょっと無理難題では……」


「大丈夫だ、君なら出来るさ。出来るところまで教えてやってくれ」


 優しい笑顔を向けてくるヤコン。その笑顔が今だけエビルは怖く感じる。

 流派の全てを教えろと言われたわけでないとはいえ、全く別の流派を今から二日間で習得しようなど無謀と言わざるをえない。なぜか遠回しに兵士団に入って残ってくれと言われているような気がした。


「話は纏まったみたいだし次はアタシの番ね! さあエビル、アタシと勝負よ。思う存分戦いましょう!」


「いえレミ様、彼はこれから忙しいので摸擬戦はなしということで」


 やっと自分の番と意気込んで拳を合わせるレミに告げられた言葉。出鼻を挫かれた思いで間抜けにも目を丸くして「……え?」と呟いた。


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