死の冒涜
魔王城二階。灰色の柱が等間隔で数十本ある広い部屋。
色素が抜け落ちたうえ艶が全くない白髪の老人を前に、セイムは煮え滾るような怒りを燃やしていた。見据える鋭い目に老人は「おお怖いのう」と余裕な態度で呟く。
白衣を着た老人、ガクガンの肉体は手首などから分かるように年相応。筋肉も脂肪もほとんどない彼の戦闘力など子供と同レベルだろう。いつでもセイムは手に持っている大鎌で首を刎ねることが出来る。赤子の手をひねるように楽な作業だ。
「お主、儂を憎んでおるのか? 恨んでおるのか? はて、面識はないと思うんじゃが」
「ああ、ねえよクソッたれ。テメエみてえな屑野郎に会ったことあったら速攻で首刎ね飛ばしてるぜ。今だってそうだ、今すぐにでもぶっ殺してえさ。ま、話終わったらすぐ殺すけどよ」
「八つ当たりか? ふーむ、お主から怒りを買った覚えはないしのお」
死者をなるべく出すなと白竜に言われていても関係ない。
この場でガクガンは殺す。たとえ誰に止められようと、どんな障害があろうと、目前のマッドサイエンティストを断罪しない選択肢などない。魔王の復活条件は死者の一定数らしいが、一人殺したくらいで復活しないだろう。もししたなら遠くない未来でどうせ復活してしまう。
「エビルから聞いた。テメエが改造したんだろ」
「ふむ、無人機械竜なら確かに儂が改造したものじゃが」
「そっちじゃねえよ。スレイとイレイザー、あの二人のことだ」
苛ついた声で間違いを訂正する。
冷めることのない怒りの原因はそこだ。
「俺はあいつらが好きだったわけじゃねえ。敵だし、平気で人間殺すし、大切なもん傷付けられたかんな。……でもよ、それとこれとは別なんだ。問題なのはテメエがあの二人の死を冒涜した事実さ。イレイザーの方は知らねえが、スレイは俺が殺した。一度死んだ奴を蘇らせようなんざ、死神の末裔として許しちゃおけねえんだよ」
今やひっそりと静かに暮らしている死神の一族。
死神は死の淵にいる、もしくは死を撒き散らす生命体の前に赴き、苦しまぬよう生を終わらせる役目を持っていた。子孫の代になってからは役目も徐々に廃れ、普通の人間と同じように畑仕事などして暮らしていた。しかし初代死神の想いや言葉は継承されていっている。今生きる死神の末裔も死という現象を尊重している。
スレイは確実にセイムが殺した。黄泉へ導いた。
死した者が暮らす黄泉の世界。どんなものかは知らないが、死者が安らかに眠れる場所だと言い伝えられている。憎き相手とはいえ彼もそこで静かに過ごすはずだった。
どんな理屈かはさておき彼は蘇っている。黄泉から生還している。
本人が望んだ望んでいないは関係ない。問題なのはガクガンが人間の身で、自分勝手にも死者を蘇生させたことである。
命は尽きればそこで終わり。現世での続きがあってはいけない。
「なぜ怒る? むしろ称賛されるべき技術じゃぞ。失った友人、恋人、家族、全人類が再び親しき者に会える。もう失わない関係性、寿命を超越した体を手に入れる。奴等二人は限りなく儂の理想に近かった傑作だったんじゃがのう」
「生命体には何の為に寿命がある。何の為に死が存在している。人間も他の動物も寿命はそう長くねえ、精々長く生きて百年ちょいっつーとこか。でもよ、いつか終わりが来るからこそ生きることに必死になるんだ。別れが来るからこそ他の奴と色々やるんだ。テメエの研究は生きるっつーことの全否定だぜ」
「興味深い意見じゃが儂の研究は続くぞ。その為には朽ちぬ肉体が必要じゃ」
「はっ、端っから止めることに期待はしてねえよ。俺のやるべきことは何も変わらねえ。ガクガン、テメエが生きてたらまた同じことが起きちまう。死神の血を引くことに誇りを持って、俺がテメエの命を終わらせてやる。利用してきた奴等に黄泉で詫びてこい!」
大鎌を振り上げてセイムは駆け出す。
今の自分なら老いた人間一人くらい数秒で殺せてしまえる。
数メートルの距離を詰めようと走る途中――金属音がした。
連続で柱から聞こえるそれは段々と近付いて来ており、並々ならぬ殺気を纏っている。
現れたのは二人の男。突き出された拳と脚を咄嗟に大鎌で防御したが、勢いを付けて攻撃してきただけあって踏ん張りきれずに床を転がる。すぐに立ち上がって体勢を直すと怒りのボルテージが上がっていく。
「テメエ、懲りずに……また! つーか何で二人も居やがる!?」
男はイレイザーだった。一人が、ではなく二人が。
緋色の尖った髪に全身が機械化した体。目は空洞だが赤い光が浮かんでいる。
「ふぉっふぉっふぉ、残念じゃったのう。儂に危害を加えようとすれば襲撃するように命令してある。量産型イレイザー、本人と遜色ない実力に加えて命令に忠実な道具じゃよ。儂を殺したければ全員破壊せにゃならんのう」
金属音が遠くから近付いて来た。
一人、また一人とイレイザーが現れる。
あっという間に三十人以上のイレイザーがセイムを取り囲む。
「……なら、皆殺しだ。邪魔すんならテメエらも!」
セイムの全身から赤黒いオーラが吹き出て、眼球の色が赤く染まる。
死神の神性エネルギーを高めて身体強化する秘技〈デスドライブ〉を使用した。それと同時に大量のイレイザーが襲い掛かって来る。
秘技〈デスドライブ〉を発動したセイムは無人機械竜すら容易く切り裂ける。今さら機械のイレイザーに敗北などありえない。数の多さから苦戦するかもしれないが、力の差を示すように二人同時に真っ二つにしてみせた。
「む、これ程とは……一旦準備をしなければいかんか」
焦ったのか冷や汗を掻いたガクガンが歩いて別の部屋へと逃げていく。
咄嗟に「おい待てコラ!」と叫んだが止まらない。
イレイザー達の猛攻を捌きながら追跡は出来ないので、結局ガクガンを取り逃してしまった。一刻も早く片付けなければと意気込み、また襲って来る個体を斜めに切断する。
真横から別個体が接近して来た。機械でも攻撃の際は殺気が容赦なく放出されているので居場所が分かりやすい。迎撃してやろうと大鎌を振り上げ、振りやすいように足を動かそうとした瞬間――足が動かずに軽くバランスを崩す。足元を慌てて見てみれば別のイレイザーがセイムの両足を掴んでいた。
「ちっ、うぜえな!」
気付けなかったのはその個体に殺気がなかったからだ。
段々とイレイザー達は学習し始めている。一人で攻撃しても倒せない、連携しなければ攻撃が当たらないことに気付いたのだ。このまま戦闘を長引かせれば相当厄介な相手になるのを悟る。
足を掴んでいた個体の両腕を斬り飛ばし、真横から接近していた個体の方を見た時にはもう遅い。至近距離にまで近付いていたその個体は全力の拳を突き出しており、セイムは防御出来ずに左頬で受けてしまう。
壁まで吹き飛んで激突。肺の中の空気が口から吐き出される。
体勢を直す余裕をイレイザー達は与えてくれない。
一人が一直線に駆け出し、続いて他の個体も駆け出す。視界に移るのは跳び蹴りしようと急接近してくる七人のイレイザー。伸ばされた金属の脚が容赦なくセイムの体にぶち込まれた。
「……げぶっ……こんなんで、俺は、やられねえ!」
気合いを入れて大鎌を振り回したことで五人を吹き飛ばす。
無我夢中で吹き飛ばしたセイムは他の個体がやろうとしていることに気付く。
死なないことは想定済みだったのか、それとも死体すら残さないつもりだったのか。攻撃してきた個体以外のイレイザーは全員が片腕を前に突き出していた。見間違えるはずがない、熱線を放つ準備だった。
「げ、やば」
回避は間に合わない。生身で防御しようがない。大鎌で受けたら溶ける。
どうするべきか迷うセイムに対して、イレイザー達の手から数十の熱線が放射された。




