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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
七章 悪とは魔であり人でもある
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魔を信じる者達へ


 クランプ帝国より遥か北西に広がるライゼルシア山脈。

 小さな村が一つしかない山脈の中、不気味な城が一つ建っている。

 灰色のブロックが積み上げられて造られたその城は頂上に破れた旗が掲げられていた。太陽を両手で包み隠すような絵が描かれたそれは且つての魔王軍の印。三百年以上前は城も山脈も強力な魔物が多く生存していたが今は少ない。それでもわざわざこの灰色の城――魔王城へ近付こうとする愚者は普通居ない。


 魔王城内部、玉座の間。

 赤く大きな玉座は少なくとも人間が座ったら幅が余りすぎる。とんでもなく巨大なので座るには飛び抜けた跳躍力が必要だろう。不便なため当然誰も座っていない玉座は魔王専用と言っていい。


 今、玉座の間には魔信教と呼ばれる組織に所属する者全員が集められていた。

 玉座の前に黒い神官服を着た女性、教祖リトゥアールが立っている。その前には幹部とされる四罪(しざい)で残った二人、白衣を身に纏う老人科学者が一人、そして黒いフード付きローブを着たその他百人以上の構成員達がずらっと整列している。

 突如、カンッという音が部屋に響き渡った。


「魔信教に属する信者達よ。集ってくれたことに感謝を」


 錫杖を軽く床に打ちつけ、口を開いたリトゥアールの透き通る声が部屋に響く。


「我々は人間という種に失望し、復讐し、底へ堕とす。そのための魔王復活計画はもう完遂間近。封印が解ける目安がつきました、あと少しの辛抱です。目標が達成出来そうなのはあなた方信者達のおかげ、改めて感謝を」


 信者達が喜びの声を上げる中、四罪の一人である邪遠(じゃえん)は黙って彼女を見つめる。

 赤黒い瞳。灰色の肌。黒髪を掻き分けて側頭部から突き出る捻じれた角。人間離れした容姿に変貌した自分に向けられる殺意は小さくとも鬱陶しい。その殺気は彼女の復讐対象が人間だけではない証になる。隣に居る全身漆黒の悪魔シャドウにも同じように殺気が送られているだろう。


「さて、その計画を邪魔せんとする者が最近頭角を現しました。かの風の秘術を宿した今代の勇者は、仲間と共に魔王城へ攻めて来るでしょう。我々と真っ向から対立して一時の平和をもたらそうとしている。彼らは強い、確実に魔王復活の邪魔となるでしょう。みなさんの役目は復活の儀式終了までの時間稼ぎとなります」


 邪遠は内心で『風の秘術……!』と呟き、一人の少年を思い浮かべる。

 今代の勇者認定されている少年に邪遠は憶えている限り二度遭遇している。どちらもただの偶然にしか過ぎず、出会った頃はその実力を確かめて合格を言い渡した。しかし、ある目的のために成長を促したとはいえ魔信教を相手にするには力不足。下っ端構成員なら問題ないだろうが教祖一人出陣した時点で詰む。


 そこでふと思い出したのが以前に天空へと昇っていった大地。

 遥か上空に浮遊している大地にはカシェという神が住んでいる。通称天空神殿に行くためにはオーブを四つ集め、小型神殿にある祭壇上の台座に設置しなければならない。仮に少年達がカシェと出会い、強くなるための特訓を受けていたとしたらどうか。一人では無理だろうが総出でかかれば教祖に善戦出来るかもしれない。


「ではみなさんにお守りを授けましょう。これは私が作成し、確かな力を秘めているものです。魔王復活を終えるまで絶対身につけておくように。一応言っておきますがお願いじゃありません、命令です」


 小さな銀色のお守りを教祖自らが全員に手渡していく。

 首から下げるタイプなので邪遠も他の構成員同様身につけておいた。六角形の硬質な布なのだが、銀色のせいで意外と目立つのを気にして全員がローブの内側にしまう。


「それではいつ戦闘になっても構わないよう準備をしておいてください。怠った者には死が待っているだけです、同士の尊い命が散るのは辛いので気合を入れるように」


 招集は決戦に備えさせるのが目的だったらしく、リトゥアールの話が終了したので次々と構成員達が玉座の間から去って行く。この魔王城には且つて魔王軍が住んでいたのもあり多数の部屋が存在している。基本的に魔信教の面子は待機の場合そこで生活するのだ。


 次々と構成員達が出て行って残ったのは邪遠、シャドウ、リトゥアールの三人。現状の魔信教を支える強者三人……だが実のところ邪遠とシャドウが所属するのは魔信教ではない。悪魔王率いる七魔将(しちましょう)の二人は厄介な組織を潰すよう命令されている。


 魔信教を潰せという命令だが予想するに復活した魔王含めてだ。

 エビル達の成長具合にもよるが魔王討伐に向けての戦力に集中させるか、それとも魔信教をさらなる成長の糧として残しておくかを迷う。いかに邪遠といえど魔王相手に二人で挑むのは分が悪いし、教祖含めて相手するならさらに悪い。封印からの復活後は全盛期に程遠いだろうが強大な相手である。


 戦力は多い方がいい。シャドウは殺そうとしてくる可能性があるので信用出来ず、実質単騎で挑むようなものだ。リトゥアールが味方をしてくれれば問題が一気に解消されるのだが難しい。彼女の境遇を知ってから、邪遠は計画に協力してくれないかと勧誘したが一蹴されている。目的が同じなようで微妙に違うのが原因なのか、恋人を帰らぬ人にした原因だからかは不明だが。


(……いや、せめて最後にもう一度)


 説得出来ないだろうか、と考える。

 リトゥアールの目的は魔王復活後、恋人の仇である悪魔王を殺し、恋人を結果として死に追いやった人間達を追い詰めること。彼女と邪遠の目的は悪魔王打倒のみ共通している。


「すまないリトゥアール、一ついいか」


 気付いた時には声を掛けていた。

 過去に本気で好きになり、秘術の火が聖火へと進化したほどに邪遠は彼女を愛していた。グラデーションの綺麗な青紫の長髪も信念ある瞳も昔と変わらない。変貌したのは神官服の色が白から黒になったのと、愛の強さゆえに暴走している正義感。昔と違うのに、今でも捨てきれない愛情を持ったまま邪遠は彼女に接している。


「何です邪遠、やはりチョウソンを器にするのは反対ですか?」


「……ああ。そもそも魔王復活を早める計画も反対しているがな」


 今の彼女は且つての仲間さえ道具にしようとしている。意趣返しのつもりなのか、過去に道具を扱っていた商人をだ。彼女にとっては最早恋人以外の全てが復讐対象なのかもしれない。


「今からでもまだ間に合う。俺の計画に乗れ、奴を滅ぼす手立てを伝えたはずだ。もう既に四人いる中で二人を見つけたんだ、強くなれる素養は十分にあった。勝算はある」


「悪魔王を秘術使いで倒す、ですか。……聞かれていますよ?」


「あいつには以前伝えたことがある。協力は断られたが」


 シャドウは悪魔王に忠誠を誓っているため一蹴されるのは納得。だがリトゥアールは恨みを持っているため、彼女自身の計画を考え直してくれれば協力してくれる可能性がある。もし力を貸してくれるなら心強い戦力となるだろう。


 上級悪魔を殺すには神性エネルギーが必要なのだ。

 秘術も元を辿れば創造神アストラルが人間に自らの力を分け与えたもの。つまり秘術使いでなくても神性エネルギーを秘めている死神の末裔や、カシェから力を分け与えられた者などは上級悪魔を殺せる。悪魔王にすら死を与えられる。


「……相変わらず否定するのですね。あなたなら理解してくれると思っていたんですがね……あなたも人間が悪だと思っているのでしょう? ビュートを直接殺したのは悪魔王ですが、間接的に殺したのは彼を頼りすぎた人間達。あなただってそう言っていたじゃないですか」


 確かに先代勇者ビュートの死後、邪遠は再会したリトゥアールの気持ちに同意した。隠す必要もない本音だがそれは決して人間相手に復讐したいと思っていたわけではない。勇者を頼りにしすぎた人間にも悪い部分があると認めたにすぎない。


「だからといって人類全体に復讐はおかしいだろう。魔王を弱らせて封印を手伝ったのは俺達なんだぞ、せっかく人類のために手に入れた平和を自分で崩壊させるなど間違っている。貴様の計画はビュートとの旅の成果を否定するようなものだ」


「ふふ、否定、否定ですか。そうですね、過去に戻ることが可能なら今頃私はビュートの旅を終わらせていたでしょう。人間のためにあなたが戦う必要なんてない、そう言って力尽くでも彼を止めていた。旅なんてしなければ彼は死ぬことなどなかったのだから」


「旅をしていたからこそ俺達は出会えた、期限付きだが平和を手に入れられた。全員が不老になってまでその平和を永久のものにしてみせると誓った。……俺はあいつらとの約束を破るつもりはない。悪魔になってしまった今だって、手段を選ぶ余裕はないが真の平和をもたらすために行動しているつもりだ。……貴様はいいのか? あれだけ好きだったビュートを裏切って本当にいいのか?」


 アスライフ大陸の南、ミナライフ大陸に存在する秘境で先代勇者一行は不老になった。長寿泉(ちょうじゅせん)と呼ばれるその泉を飲めば不老になれるなんて胡散臭い噂を当てにしたのだが、結果成功している。本来なら旅を続け、いずれ封印が解ける魔王と再び戦って弱らせ、カシェの協力でまた封印するという無限ループを行う予定であったのだ。


 悪魔王の手によってその計画は儚く散ってしまった。しかし邪遠は魔王も悪魔王も放置するつもりはない。強き秘術使いを見つけ出し、不老にして自分達の跡を継がせる腹積もりである。未熟な秘術使いは見つけ次第殺して次に期待する残酷な方法を続け、ようやく合格点に足る者達が現れたのだ。それなのにリトゥアールが魔王を利用する計画が成功してしまえばエビル達が死んでしまう。


 そもそもの話、彼女の企みは人々を助けたいというビュートの意思を完全に無視している。これが裏切りでなくて何だというのか。愛した者を裏切るほどに傷心していた彼女をケア出来ていれば今のようにはならなかっただろう。……もう過ぎた話であり、今さらもしもの未来を想像しても無意味だが。


「勇者という救世主を抹消する。彼を死なせた世界を破壊する。それが彼を失って長年考え続けた私の答えです、本気で止めたいと思うのならば戦いなさい。殺しなさい。死ななければ私の歩みは止まりませんよ」


「……残念だ。まさか且つての仲間を始末しなければならないとはな」


 魔王復活は避けられない。ただ、リトゥアールも敵に回るとなればエビル達の力を借りても敗北してしまう。平和の大きな障害となる彼女を誰かが止めなければ世界は救われない。それに壊れた正義を振りかざす彼女を邪遠はもう見たくなかった。


 邪遠は両手に黒い炎を纏う。

 リトゥアールは錫杖を構えて臨戦態勢となる。

 力強い踏み込みの後、黒炎を纏う拳と錫杖が衝突した。


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