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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
七章 悪とは魔であり人でもある
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火と風は己が想いを暴露する


 クランプ帝国に来てから三日目。エビルはレミと二人で町の観光をしていた。

 本来なら魔王城へすぐに向かうべきなのだろう。だが魔信教の本拠地となれば総力戦になり、生きて帰って来れる保証はどこにもない。最悪全滅する可能性だってある。もちろん全員で笑って帰れるよう全力を尽くすつもりでいるが結果はやらないと分からない。


 そんなわけでエビルは今日一日を自由行動と決めている。

 命を落とすかもしれない戦いに赴く前に、やり残したことがあるならやっておこうという考えだ。仲間にも伝えたところセイムとサトリは二人で出掛けて行った。残されたエビルは隣を歩く赤髪の少女から一緒に過ごしてほしいと言われ、特に予定を決めていなかったのもあり承諾した。


「ねえ、魔信教を倒した後ってさ、どうするの?」


 歩きながらレミが不安そうに問いかけてくる。

 今日の彼女の服装は珍しく女性らしさが強い。普段の太ももの真ん中まで見えているミニスカートは変わらないが、上は可愛らしい桃色のブラウスである。いつもの無袖上衣も刺激が強いのだが今日の服装は別の意味で刺激が強い。あまり視線を送れないエビルは時折見ては逸らすを繰り返している。


「旅を続けるよ。アスライフ大陸は平和になるし結構色々な所に行ったから、次は別の大陸に行くのもいいかもね。西にあるオルライフ大陸とかさ、ホーストさんに頼めば船で行けるだろうし」


「……アタシも付いて行っていい?」


「え、いいに決まってるよ。どうするにしろレミの意見を尊重する。僕と一緒に旅を続けるのもいいし、ソラさんと一緒にアランバートに帰るのもいい。人生自分のやりたいように生きるのが一番だからね」


 レミは笑みを零して「じゃあ付いて行く!」と宣言する。

 彼女の選択をエビルも嬉しく思う。初めての年が近い友達だし、今までずっと共に旅をしてきた仲間なのだ。可能ならこれからも彼女と共に旅を続けたいと内心思っていた。


 不安はあった。彼女は現女王の妹、火の秘術使い、危ない国外に出れていることはソラの心が広いからに他ならない。しかしやがて自国へ帰る時が来るのではないかとずっと考えていた。その不安も今消えたところだ。ソラは妹の意思を尊重する女性なので心配はいらない。


「あー、でも一回アランバートに戻るってのも考えておかないと。昨日姉様と話し合ったの。やっぱり女王としての仕事は大変なんだけど、デュポンや兵士達が亡くなってからはさらに大変らしいのよね」


 血の繋がった姉妹だし支えになりたいって思うの、とレミは続ける。

 自由を得た恩返しと思えばそれは選択肢の一つだ。エビルは旅を続けるつもりでいるので別れてしまうが受け入れるしかない。アランバート国内に戻るのは世界を見て回ってからと決めている。もし何か理由があれば立ち寄るが余程のことがない限り戻るつもりはない。


「あ、やっほーい勇者様!」


 町中を歩いていると見覚えある女神官と遭遇した。

 白と桃色を基調とした神官服を身に纏っているが豊かに実りすぎた胸が清楚さを無力化。桃色の長髪はさらさらとしており、垂れ目と猫のような口は保護欲を誘う。今日は休暇なのか錫杖を所持していないが一応水上国ウォルバドの女王ウィレインの護衛である。

 こちらを発見した彼女は勢いよく走って来てエビルに抱きつく。


「な、なななななな何してんのよアンタあああああ!」


「ちょっアズライさん、困りますよ……」


 柔らかい感触が服越しに伝わってエビルの緊張が高まった。


「なーにい? ハグは挨拶だよん、初心な勇者様には刺激が強いかな? ダメだよーん、女を抱きしめるくらいの余裕を持たないと」


「えっと、人目もありますし……これ以上は」


 申し訳なさそうにエビルが言うとアズライは「ちぇー」と口を尖らせて引き下がる。

 離れてくれたことにホッと胸を撫で下ろしていると、隣にいたレミがショックを受けた表情で口元に手を当てていた。強い困惑と嫉妬の風が吹き飛びそうなくらいに容赦なく向かって来た。感情を感じ取れるというのも便利ではあるがこういった時は若干怖い。


「え、エビル、この神官の真似した娼婦と仲良いの?」


「娼婦!? ちょっとちょっと私れっきとした神官なんですけどお」


「アンタみたいな神官即刻クビになるでしょ! そのでっかい脂肪の塊押しつけてエビルを誘惑したくせに無理があるわよ、神官ってのは高潔な人達なんだから! アタシの仲間の神官はアンタみたいなこと絶対にしないわよ!」


「レミ、彼女はアズライさん。水上国ウォルバドの神官……だと思う。医療の知識とかあるし、女王様には神官って言われてたし。仮にそうじゃなくても女王様は信頼していたし危ない人じゃない……と思う」


 信じられないようにレミは「ホント……?」と呟く。

 具体的な証明が何一つ出来ないうえ、エビル自身アズライが神官だという認識があやふやになってきた。悪い人間じゃないことだけは秘術で感じ取れるのだが。


「あのアズライさん、アズライさんは今何しているんですか?」


 彼女は途端に視線を逸らして「……実は」と語る。

 サミット一日目の直前にカジノで所持金をほとんど消費してしまったため、今日はウィレインと共有している帰りのための資金を使用したらしい。それだけに(とど)まらずその資金を全て使いきったと言う。本人は善意で増やそうとしたんだけどねと笑っているが、今は激怒したウィレインとストロウ二人に追いかけ回されている状況と言うのだから全く笑えない。エビルは頬を引きつらせ、レミはゴミを見るような目を向けている。


「アンタが百パー悪いじゃない」


「いやいや、上手くいけば今頃は大金持ちになれてたんだよ?」


 大事なのは結果だ。欲をかいて破滅を招くなどよく耳にする話だとはいえ、本人がどう思っていようと悪いのは行動を起こした自分自身。だからアズライはちゃんと迷惑を掛けた者達の前で反省しなければならない。


 そう思っていた時、つい最近覚えた気配を感じたのでエビルは上を向く。

 クランプ城下町は下層と上層があり、上層の道はいくつもの橋で繋がれている。丁度上方にある橋から乗り出した女性の姿が目に入った。


「見つけたぞこのバカ神官! とっとと戻って来いやあ!」


 ボロボロのシャツとスラックスを履いている彼女は橋から飛び降りる。

 整えられていない水色の長髪はボサボサで、眼鏡を掛けた猫背の彼女こそ水上国ウォルバド女王ウィレインだ。額に青筋を立てていることや苛立った声から相当怒っているのが伝わる。


「げ、鬼が来ちゃった。まあそういうわけだから私もう行くね!」


 逃走しようとしたアズライの腕をエビルは掴んで引き留めた。


「……あのお、勇者様? 手、放してくれませんか?」


「僕は確かに女性を抱きしめるような勇気はない。でも、こうして引き留めるくらいはやれます。あなたは神官なんだからしっかりと罪を懺悔して反省してください」


「う、裏切り者おおおおおおおおおおおおおおおお!」


 協力者でもないのにいったい何が裏切りなのか。

 叫んだ後は項垂れた彼女をウィレインが首根っこを掴んで持ち上げる。


「悪かったな勇者サマ、デートの邪魔しちまって」


「デートじゃないですって。それより罪人の捕縛を手伝えて良かったです」


 ウィレインは上機嫌で「はは、今度礼すんぜ」と告げて宿屋へと向かっていく。

 昨夜から今朝の間に気付いたのだがウィレイン達やサマンドは、エビル達が泊まる宿【水銀の矛】に宿泊していた。奇遇なので一応皇帝カシマ以外の王とはそこで話をしている。


「……デート、じゃないんだ」


 ウィレイン達が見えなくなった時、隣の赤髪の少女が沈んだように呟く。


「え、違うよね? 確かデートって恋人同士が出掛けることじゃないの?」


「別に恋人限定じゃないわよ。親しい男女が出掛ければそれはもうデートなの」


「そ、そうなんだ。じゃあこうしてレミと出歩くのもそうなのかな」


「そういうことにしておいて」


 恋愛経験のないエビルは分からないことだらけだ。幼少の頃に読んだ書物の数々が知識の全てである。実際に誰かに恋した記憶は一切ないし、他者の恋愛もあまり参考になっていない。ただ今は空気を読んで今日がデートと思うことにした。


 デートという名の帝国観光は続く。

 本屋で帝国にしかない本を見た。

 食事のために飲食店に寄って同じ料理を食べた。

 立ち寄った花屋では珍しい花を見た。店員は初日に見かけた女性、帝国兵士のネオンであった。なぜ兵士の仕事をしていないのかと訊いたところ、皇帝が色々と反省して規律を緩めたりしたのを機に彼女は辞職したらしい。


 皇帝がどう変わったかといえば、今まで水上国に兵士を向かわせていなかったが、戦力として五十もの兵士を支援として送ることにしたというのが一つ。他にも兵士に剣技習得を義務付けた代わりに待遇を大幅に改善、罪人を即座に殺す命令の抹消、消費税の減少などなど細かいことまで上げればキリがないとネオンは語った。昨日の一件は皇帝に良い影響を与えたようだ。


 花屋を離れたエビル達はそれからも観光を続け、見て回りながらも迷子の案内や紛失物の捜索など困る者達の悩みを解決していく。ただ歩き回るよりも二人らしい観光であった。


 夕日も暮れ始めた頃。観光を終えて、町の上層の橋上で沈む太陽を眺める。

 十分に楽しみ、英気を養った一日になった。暗くなる前に宿へ戻ってゆっくり休もうかと思っているとレミが「ねえ」と話しかけてきた。夕日の輝きに照らされる彼女の穏やかな顔は美しい。


「今日は一日付き合ってくれて嬉しかった、ありがと。楽しかったよ」


「僕も楽しかった。レミと過ごせて良かったと思ってる」


「うん、そう、楽しいんだよエビルと居ると。胸が高鳴るし、ハプニングがあっても笑っていられる。アタシはずっと……ずっと……この先ずうっとエビルの傍に居たいな。こうしていつまでも隣に居たい」


 常に感じていた彼女からの好意がどんどん増している。

 恋愛経験のないエビルでも何となく分かる。勘違いでなければこれは愛の告白だ。


「アタシ、エビルのことが大好き」


「……僕もレミのことは好きだよ」


「はははっ、アタシの好きは友達としてじゃなくて、異性として! 分かってるんだからね、友達としてしか見てないことくらいさ。それを承知の上で言った。愛してるって伝えた。……このまま伝えられないかもって思ったら自分の情けなさが嫌になってさ、後悔する前に伝えておこうって決めたの」


 言い当てられた通り、エビルの彼女へ対する気持ちは友人としてもの。

 初めての同年代の友達という意識が強すぎるのだ。失いかけて再認識させられた大切さも、愛しているという自覚を持ったのも、全て友人という立場から抱いたものだ。友愛があまりに強いゆえに区別がつかない。


 彼女は言えなかったらと告げていた。それが指す意味は勇気の欠如、そして魔信教に挑んだ末の死。彼女も相応に覚悟を持って戦いに臨んでいる。殺伐とした戦闘に関しても恋愛に関しても覚悟を持たなければ勝ち目はないのだから。


「察してたんだ。凄いね、風の秘術なんて使えないのに」


「短いようで長い付き合いだからね。秘術なんてなくたって分かるよ」


「お察しの通り、僕は君を友達としてしか見ていない。……いや、見れていないというべきかな。恋愛ってものがどんな感じなのかよく分からなくてさ。こうして君に告白されても未だに迷っている。君のことを一人の友達として好きなのか、一人の女性として愛しているのか、よく分からないんだ。……おかしな話だよね、誰よりも感情を感じ取れるはずの僕が自分の気持ちを理解出来ないなんて」


 以前ビュートと接した際、秘術の調子が悪くなった。

 風の秘術使いは己の感情などを感じることは出来ない。そもそも一人しかいないのがセオリーなのでビュートの件は例外だが秘術の性質は理解出来た。感情、思考、その他諸々を風として感じられるのはあくまでも他人のもののみである。


「ううん、おかしくなんてない。アタシだって散々迷った挙句答えに辿り着いたんだもん。たぶんさ、迷わないで出せる答えなんてないんだよ。みんな何かに悩みながら必死に自分なりの答えを見つけていく。エビルだってそうすればいいじゃん、いつか迷いが晴れるまで悩み抜けばいいじゃん」


「返事は今すぐじゃなくてもいいの?」


「もちろん。でも期限は設けます、三年! これ以上は待てません!」


「三年、か。長いようであっという間に過ぎるんだろうね」


 まだレミとエビルが出会って一年も経っていない。だというのに旅の最中は楽しくて、非常に濃い日常を送れている。三年も経てば何かしらの答えは出るだろう。


「ねえレミ、まだ判断つかないけど率直な気持ちを聞いてほしい。僕は君のことを太陽みたいな人だって思ってる。傍に居た君の明るさに、正しさに、どれだけ救われたことか。感謝しているんだ、今まで傍に居てくれるだけで心の支えになってくれた君にはひたすら感謝している。大切な人だって思ってる」

「うん」

「大切だから簡単に答えを出したくない。一生懸命に悩み抜いて一年以内に、自分なりの答えを出してみせるから。だから申し訳ないけど、返事をするその時まで待っていてくれ」

「うん」

「……以上。……ごめんね」


 なるべく早く返事をしてあげたいとエビルは思う。

 愛の告白は相応の勇気と精神力が必要だ、勇気を振り絞ってくれたレミをあまり待たせたくないのは当然である。明日からは魔王城へ向けての旅、決戦が近い。ゆっくり考える時間はないが魔信教の一件を終わらせ次第返事が出来れば最高、最低でも一年以内に双方納得する言葉を捧げたい。


「うん、うん、良いんだよ。期待はしてるけどね」


 赤く照らされた彼女は笑みを深めて「さ、帰ろ!」と歩き出す。

 その明るさに何度救われたか。戦闘能力が向上しても精神面があまり成長していない自分を情けなく思う。理想は今この場で答えを出すことだったのだが過ぎた話。先に歩き出した彼女の後を追うようにエビルも道を歩み出した。


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