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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
七章 悪とは魔であり人でもある
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聖火招来


 アズライとストロウはクランプ城下町を入口に向けて進んでいた。

 なるべく急いでいるものの町人はパニックになっている者もいる。銃を持った兵士達が大人数で外へ出たと思えば、慌てて引き返してきて、その後に爆発音が町中に響き渡ったのだから無理もない。普段の城下町より混雑しているため迂闊に走れないのが状況から最悪だ。今も進行しているであろう無人機械竜相手に戦っているエビルの加勢に中々行けないのだから。


「彼は凄いな、この人混みの中を全速力で突き抜けるとは」


「あっという間に見えなくなっちゃったからね。さすが勇者様って感じ?」


 人と人との隙間を縫うように、それもほぼ視認出来ないような速度で入口へ向かった勇者。彼の戦闘に加勢するためとはいえ町人達を跳ね除けて進むのは躊躇われる。被害を出さずに走り去る超人業は軽々と真似出来ない。


「あの、兵士さん! 神官さんも! あの、さっき兵士さん達が大勢慌てて走って行って、すごい爆音がしたんですけど何かあったんですか!? 何かあったんですよね!?」


 向かっている間、こうして町人に声を掛けられるのは何度もあった。その度に魔物の襲来を話しているのだがキリがない。色々と察してくれた方が楽だが一般人にそれを求めるのは酷な話だ。

 今話しかけてきた女性に作り笑いを浮かべたアズライが応答する。


「はーい、落ち着いて落ち着いて。まあちょっと強い魔物がいましてねー。これから処理するのでご心配なく、いつも通りに過ごしてくださーい。すぐに片付けるので、重ねて言いますが安心してくださーい。慌てる必要はありませーん」


「そ、そうだったんですか。じゃ、じゃあ手早くお仕事をお願いしますね。あんな爆発音がしたり兵士が慌てていたらみんな不安になりますから」


「でっすよねー。では私達は魔物退治に行きますのでおさらばー」


 会話が聞こえた者達は安心したように離れていく。

 アズライは作った笑顔を消して困ったようなため息を零す。


「……私、一応他国の神官なんだけど」


「もう何回も話しかけられては応対してを繰り返しているな。このままじゃ加勢にかなり時間が掛かってしまう。一人で戦っているだろうし、無事でいてくれるといいんだが」


 本来対処するはずの帝国兵士は何をしているのかと文句を言いたくなる。

 内情を考えれば色々と推測は出来る。現在の帝国兵士は強力な武器の入手によって女性も多く、数で言えば大陸一を誇るだろう。しかし仕事に対して荒削りなのと銃の射撃訓練の多忙さもあり、民間人のことを蔑ろにしている者が多いのだ。皇帝の厳しさも影響しているだろう。つまり帝国兵士達はそこらの傭兵と変わらず、民間人のケアが出来ない二流なのである。


「あの、ちょっといいですか」


 新しい声を掛けられたことでアズライは「んもうっ、またあ!?」と若干怒りを滲ませながら振り向く。話しかけてきたのは赤い短髪の少女であった。

 一目見て二人は理解した。この少女は強い、只者ではないと。


「さっき爆発の音みたいなのが聞こえて……。みんな慌ててるみたいだし、何かあったんですか? もし魔信教とかが襲撃して来たんなら手助け出来ますけど」


「相当腕に自信があるみたいだねえ。ま、協力してくれるって言うんならありがたいかな。今、魔信教が保有している兵器が向かって来ているの。勇者様が戦いに行ってくれているけど一人だし、早く加勢に行ってあげないと」


「勇者様? その勇者様って……いえ、今はいいわね。あの、場所は入口の方で合っているんですよね? それならアタシ行くんで、二人は戸惑っているみんなを安心させてあげてください」


 やけに自信あり気な少女は町の入口の方角へと体を向ける。


「待った。君、名前は?」


 ストロウが額に汗を滲ませながら問いかけた。

 少女は振り向かず、敵の残る方角を見据えて答える。


「レミ・アランバート」


「……そうですか、教えてくれてありがとうございました。行ってください」


 赤髪の少女、レミは走り出す。

 驚異的な速度で去っていった彼女の名前をアズライは知っている。正確に言うなら家名、アランバートという部分。偶然の一致でさえなければアランバート王国の王族だ。

 驚きで目を丸くしていたアズライは隣のストロウに顔を向ける。


「まさか気付いてたの? あの子が王族だって。行かせちゃマズイんじゃないのかなあ、死んだりしたら国際問題になりかねないよねえ。たぶんソラ様の妹でしょ」


「アランバート王国の王族は代々髪色が赤いと聞いていた。……彼女の名前を聞いてもう一つ思い出した。王族に火の秘術使いが誕生したんだ、アランバート王国は。おそらく彼女のことだろう」


「秘術使い……へぇ、風以外も属性あるんだ」


「風、林、火、山の四種類だな。まあ、秘術関係なく強いのは一目見て把握した。実際の力がどれほどかは分からないがそう簡単にやられるような人じゃないだろうさ」


「なるほどねえ。興味あるけど、今はいっか」


 二人はまた町の入口目指す。

 途中で見かけた混乱中の人々を落ち着かせながら先へと進む。

 しばらくはレミが持ち堪えてくれるだろうという、出会って間もない彼女の強さを信頼して余裕が持てた。もうアズライはため息を零さない。



 * * *



 草原での無人機械竜達とエビル達の激闘は続いている。

 たった三人で強力な兵器を次々と破壊していく。無人機械竜も半数を切っており、制圧しきるのは時間の問題。ようやく三人にも余裕が戻ってきた。しかしエビルは余裕を得てしまったからこそ、町の入口の方へと視線を向けてしまう。


「この感じ……レミ?」


 まだ寝ているはずの少女の気配を風として感じられた。

 入口から高速で走って来る赤髪の少女が見えた。目覚めたばかりだろうに必死に足を動かして、竜型兵器に立ち向かおうとしている。


 なぜそんなに必死になるのか。以前撃破した機械竜と酷似しているからか。

 否、答えはエビルも分かっている。視線を逸らしたのが隙だと思われたのか無人機械竜のうち三体が、口を大きく開けて光線を放とうとしているのだ。もちろんそれはエビル自身が秘術で一番理解しているが他者には分からない。言葉にして伝えなければレミはピンチと勘違いしたままだ。


「待たせたわねみんな! そいつら、アタシが全部焼き尽くしてあげる!」


 そう言うと同時にレミは立ち止まり、開いた手を無人機械竜達へと向ける。まだ戦っているためエビル達が傍にいるにもかかわらず炎を放とうとしている。


 非常にまずいとエビルは思う。

 ここは草原、火を放てば瞬く間に火の海だ。


「ダメだレミ! ここで火の秘術を使ったら――」


 いくら彼女が狙いを絞ったとしても絶対燃え移らない保証などない。彼女から感じる風は問題ないと訴えてきても、頭にある常識が邪魔をする。幼い頃に松明(たいまつ)を振り回して遊んでいた時には村長に怒られたのをよく憶えている。家や森に燃え移ったら火事で大変なことになると、こっぴどく叱られたものだ。


「〈聖炎波(せいえんは)〉!」


 レミの左手から大量の炎が放射される。

 津波のように高く、それでいて広範囲。炎はあっという間に草原内に広がってエビル達ごと無人機械竜に襲い掛かる。だが不思議なことに全く熱を感じず、むしろ体が軽くなった気さえした。確実に体力が回復したのを感じた。


「……綺麗だな。まるでアランバート王国の聖火みたいに」


 今もなお放射され続けている炎は鮮やかでムラ一つない。思わず見とれてしまうほどに、たまに虹色の光が一瞬だけ見える現象もあって飽きない景色だ。炎に包まれている事実さえ忘れてしまう。


 ダメージがないなら敵も倒せないのでは、という疑問は出なかった。

 確かにエビルは燃えていない。死の風を感じないことから他の二人も無事だ。しかし無人機械竜達だけはドロドロに溶けて崩れていく。普通の草木や人間すら燃えない熱量なのではない、これは燃やす対象を選べる炎なのだ。


 やがて特殊な炎は消え去って草木一本燃えていない草原の景色に戻る。変わったのは全ての無人機械竜がもれなく溶けていることだ。グツグツと煮えている機体は半分液体になっている。人間相手なら瞬時に融解した後蒸発して消滅するだろう。見た目の美しさからは想像も出来ないほど恐ろしい熱量である。


「アチチチチッ! アチチチチチ、チチ……あ、熱くねえ?」


 地面を転がっていたセイムが間の抜けた表情で呟く。

 服に燃え移った火を消すためだったのだろうがそもそも燃えていない。


「聖火は善を癒やし、悪を焼き尽くすことで平和を守る。心配しなくても仲間は燃やさないわ。……ま、色々あったけどレミ様完全復活! なんてね!」


 ピースサインしたレミは照れるような笑みを浮かべた。


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