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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
第一部 一章 目覚めの風
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火の秘術


 王城でエビルが休養して二日目。

 庭に建てられている長方形の兵士訓練場。石で造られているそこで、エビルはレミ、ヤコンと共に摸擬戦を行おうと話をしていた。本来ならレミと体を動かす程度にするつもりだったのが、ヤコンが接触してきて提案を持ち掛けてきたのだ。


 訓練場使用時に着るという薄い白シャツを互いに着て二人は離れた場所に立つ。レミは入口近くでこれから始まる摸擬戦を楽しみに見守るつもりである。


 用意された木刀をエビルは軽く振って、使い心地を確かめて問題ないと理解すると向かい合っているヤコンに目を向けた。

 ようやく摸擬戦開始と思ったエビルだがその前にヤコンが告げる。


「エビル君、一応ルールを決めておこう。目や急所攻撃は禁止。まいったとか降参と言った方が負け。ついでに、ないとは思うけど気絶しても負け。こんなところかな」


「妥当なところですね。いいと思います」


「ああ、それじゃあ始めよう。そっちのタイミングで来てくれて構わない」


「はい、じゃあ行きますよ!」


 エビルは疾走し、距離を詰めて木刀を真上から振るう。

 速度を重視した一撃をヤコンはしっかりと木刀で受け止めていた。力をグッと込めても防御を突破出来そうになく、鍛え抜いただろう肉体の強さに内心素直に凄いと称賛する。


 力を込め続けているとヤコンが振り払ったことでエビルの体勢が崩れ、その隙に大胆にも真上から大振りの一撃が迫る。姿勢よく繰り出されたその一撃に辛うじて防御が間に合ったものの、強い力でエビルはよろけて数歩分下げられた。


「想像していたより速いねエビル君。まだ若いだろうに、既に兵士団の部隊長を務められるレベルにある。良き師に恵まれたようだね」


「……はい。師匠は強かったですからね、僕なんかよりもずっと強かった。まだまだ僕は未熟ですけどこの摸擬戦で師匠の強さを再現出来ればいいなと思っています」


「それは、楽しみだ!」


 次はヤコンから仕掛ける。数歩分の距離を一気に踏み込んで、息を吐きながら渾身の振り下ろしを繰り出す。

 先の攻防でエビルの筋力では力比べに勝てないことは分かっている。それなら無暗に力で勝負せず、柔軟に相手の攻撃を受け流してしまえばいい。エビルは振り下ろされる木刀に自身の木刀を横から当てて、その勢いで自身に当たる軌道からずらして床に押さえつける。


 驚愕で目を見開くヤコンの肩にすかさずエビルは蹴りを入れる。実力から本気で入れても問題ないと判断したエビルの蹴りは直撃したが、ヤコンの位置を多少ずらすだけで精一杯だった。


 左に一歩分程ずれたヤコンは力任せに、押さえつけているエビルの木刀ごと自身の木刀を持ち上げる。予想以上の力に目を丸くするエビルはヤコンが横に薙ぐ構えに移行したのを見た。咄嗟に木刀を右手から左手に持ち換え、これから来るだろう攻撃の方向へ盾にするように構える。


 床と垂直に構えている木刀に右腕を添える。いつ衝撃が来てもいいよう待ち構えていると、案の定横に薙ぎ払う一撃がやって来て想像以上の衝撃にまたもや数歩分吹き飛ぶ。


 ヤコンは蹴りを喰らった右肩を回しながら口を開く。


「前にも話した通り、アランバートの剣術は相手の攻撃全てを受けとめて反撃する力の剣。でも、エビル君は流派が違う。新鮮だよ、違う流派の剣士と戦ったのは以前他国の兵士と交流試合をした時くらいだからね。打ち合った感じからすると、君の流派は受け流すことに長けている速度重視の剣といったところかな」


「そういう面もあります。……しっかしヤコンさん、全力の蹴りを入れたのにほとんど効いてませんね。その肉体の強さはアランバートの流派あってこそですか?」


「まあそうだね、敵の攻撃を受けとめる力がなければそもそも成立しない剣術だから。この国の兵士は剣術より体を鍛えることを重要視しているよ」


 その通りだからか、薄着である今こそ分かるがヤコンの体は筋肉がかなり発達している。エビルもそれなりに鍛えている方だと自負していたが全く及ばない。


「うん、だがそうだな。そろそろ本気でやっても構わないよ」


 ヤコンの発言にエビルは困惑する。

 本気でいいと言われても元から本気だ。まさか殺す気でやれとは言わないだろうし、どうすればいいのか分からず困り顔になる。


「僕は最初から本気でしたよ。買い被りすぎです」


「右手にある紋章、風の秘術の紋章だろう? 以前会った時は気付かなかったから驚いたよ。まさかエビル君が風紋を宿していたとはね。それを使わずして本気だなんてありえないと思うよ?」


「……風紋……秘術か」


「ちょっと待って! エビル、秘術使いだったの……?」


 初耳だと目を丸くしているレミにエビルは申し訳ない気持ちになる。

 エビルもエビルでそれについては悩んでいたのだ。絵本にもなっている風の勇者に宿っていたとシャドウは言った。そんな凄い力、風紋が自身に宿っている現状がずっと疑問になっている。秘術の説明を以前ヤコンからされた時、生後から既に紋章が体のどこかに存在していると言われたがそんなことはなかった。右手の甲にあれば十七年の間に確実に気付く。


 夢や幻想かといくら想っても右手の甲にある竜巻のような紋章が否定した。

 シャドウによれば封印が施されていたとの話だがいまいち信用ならない。かといってそれを否定したところで他に正解らしき答えもない。


「レミ、隠してたわけじゃないんだ。ただどう伝えていいのか分からなかった。僕の場合、この紋章が現れたのは村が襲撃されている時だったから……だから、本物かどうかも分からない」


「えっ……でも秘術の紋章は生まれたときからあるものなんじゃ」


「そのはずです。しかしエビル君、紋章が急に現れたっていうのは本当かい? 生後から右手の甲にあったわけではなく?」


「はい。正直なところ、僕自身のことなのに分からないことだらけです」


 正直に言ってしまえば風紋が浮かび出た瞬間などエビルも見ていない。ただシャドウがそう言っていただけなので情報に正確性がないため敢えて口には出さなかった。


「そうか、まあ秘術というもの自体あまり研究が進んでいない代物だ。君が特別な存在なのか、それとも普通に起こりえることなのか、この国が保有する知識だけでは分からないな。……それでも秘術の紋章ではある、今は使えないかい?」


「何度か試そうとしたんですけど使えませんでした」


 仮にシャドウの言葉が真実だとするなら凄いことだとエビルは思う。

 憧れた風の勇者と同じ力が使えるなら遥かに強くなれることだろう。そう考えて今朝、何度か風紋に向けて語りかけてみたり、効力を発揮してくれと願ってみたが変化はなかった。今は使えないとなると未熟さの証明か何かのようで今朝は凹んだものだ。


「……なら、レミ様。秘術使いとして発動を見せてあげてくださいませんか」


 ヤコンはそう言ってレミを見やる。

 提案されたレミは苦虫を噛み潰したような顔をした後、ため息を吐く。


「経験者が一番ってわけか。……まあ、エビルがどうしても見たいっていうんならやってもいいわ。アタシとしても秘術使いに会ったのは初めてだから気になるし」


「……ありがとう、レミ」


 歩み寄って来るレミにエビルは礼を告げる。

 同類であるのに嬉しそうな顔はせず、協力に積極的ではなさそうなことが若干気がかりだが感謝はしなければならない。


「お礼なんか言わないで。簡単なことだから」


 そう告げたレミは腹部辺りで両手のひらを上に向け、両手のひらから火の粉が出始める。それは次第に大きくなって赤き炎へと変化していく。少し大きめのボールくらいの炎は綺麗な朱色に近い。

 人間には到底不可能だろう無から火を生み出す行為。このような特殊な力を扱うのが秘術使いであり、エビルがこれから使用を目指す力である。


 炎が両手の上で維持されているのを見てエビルの目が輝く。聖火のように綺麗な炎だとレミのことを心から称賛した。


「……ねぇエビル。……アタシ、この力が嫌い」


 しかし当の本人であるレミの表情は暗い。暖かい炎で明るく照らされている今はそれが目立つ。

 ヤコンは痛々しいものを見るかのような目を、エビルは輝きが止まった目を俯いている彼女の顔に向けてジッと見つめる。


 凄い力だというのになぜ嫌うのか。外出の許可が下りないからか。理由を、レミのことをもっと知りたいと思ったエビルは「どうして……?」と問いかける。


「こんな力があるせいでアタシは普通じゃなくなった。元から王族だから国民のみんなと違うのは当たり前だけど、この力のせいで姉様とも違うんだ。こんなちっぽけな火のせいでアタシは誰とも分かり合えない。だから秘術を恨んだ。……アタシね、この力を数回しか使ってこなかったの。姉様も、デュポンのやつも、ヤコンも、みんな、みんなこの力を凄い凄いなんて言うけどさ、聖火の輝きになんか到底及ばないこんな火のどこが凄いのか分かんない」


 そんなことはないと言い張るのは簡単だが軽い言葉では今のレミに届かないだろう。エビルは付き合いが自分よりも長いヤコンを一瞥するが、何を言っていいのか分かっていないような困り顔であった。


「反抗期っていうのかな、親とか姉様とかじゃなくて自分の力に対してだけど。使いたくないの。今だって本当は正直見せたくない。秘術なんかに頼りたくない、そんなものなくたって生きていける。アタシはみんなと同じなんだって証明したい……なんてね、そんなこと思ってる」


 特別扱いが嫌いなレミらしい発言だとエビルは思う。

 炎の形が球体になったり、柱のようになったり、鳥のようになったりと変化していくのを気にも留めずにエビルは口を開く。


「うん、レミはちょっと変わった力を持った女の子だよ。他の人と違うことなんてあんまりないと思うな。秘術を使えるのは凄いことだけど、それでレミの人間性が変わっちゃうなんてことはないはずだよ」


「そうね、アタシはちょっと秘術を使えるだけの人間なの。でもその人間ってところを、レミ・アランバートって部分をあまり見てもらえない。……だから秘術なんて嫌い、大っ嫌い」


 両手の上で変化し続けていた炎が霧散する。レミは俯いたまま両拳を固く握りしめた。


「秘術使いとしても、正直言えば王族としても見られたくない。そう思ってからは髪を短くして、王族なら着ないような衣服を着たり、秘術使いならしないような兵士との訓練をした。……エビルは自分が世界に四人しかいない秘術使いって分かってどう思ったのかな」


 どう、と訊かれてもまだ自由に発動すら出来ない力だ。本当に風の秘術を使えるのだとすれば思うところはあるが、今のところ自分のことすら不明な点が多すぎる。

 風紋が宿ったことについての感想は大したことを言えないが一つだけ言える。レミのことを少しでも知れて嬉しいということだ。友達の秘められた想いが打ち明けられたことに内心喜んでいる。


「正直、風紋については凄いなって感じかな。それ以外に今思えることはないよ」


 目を見開いたレミが「じゃあアタシの力は!?」と取り乱したように叫び、右手から短距離で火を出しつつよく見えるよう前に突き出す。


「この火を見て嫌な思いしない? 村が燃えちゃったんでしょ、だったらこんな火を間近で見て嫌いにならない!?」


 なんとなくエビルはレミが聞きたい言葉を予測出来た。

 レミは秘術が嫌いだとエビルにも言ってほしいのだ。確定でないとはいえ同じ秘術使い、滅多に会えない同類だろう友達に肯定してほしいのだ。しかしエビルは別に秘術について悪感情など抱いていないので、自分の正直な気持ちを口にすることにした。


「……綺麗だよ、その火は」


 目を見開いたままのきょとんとした表情でレミは言葉を失う。


「嫌な思いになんてならない。むしろ、僕はレミの出した火を見て安心した。暖かくて綺麗で、君の秘術は聖火にだって負けないくらい凄い力だよ。村を燃やした火なんかとは全然違う。先入観とか捨てて君自身の火をよく見てみてよ」


 見開いた目を通常に戻したレミは右手から出ている火に視線を向ける。ただ結局見続けても何も変わらないので握り潰すことで消火する。


「……正直分かんない。……けど、うん、エビルがそう言ってくれるのは嬉しい、かも」


「まあ嫌いなものは嫌いでいいと思う。それでも火の秘術だって君の力の一つなんだ。いつかその力を好きになれるといいね」


 四人しかいない秘術使い。知る者は誰もが特別扱いしたくなる気持ちもエビルは分かる。だがどんな力でもそれは個人の力だ、自分の力を嫌ったままでは生き辛くなるだけである。


「あー、エビル君。レミ様の秘術を目にして発動方法の参考になったかな?」


 会話に入れなかったヤコンが咳払いをしてからそう問いかけた。

 そういえば秘術発動方法の仕方を教わろうとしていたんだったとエビルは思い出し、先程の流れから何か掴めないかと思考してみたが何一つ糧に出来ていないと理解してしまう。いやそもそも属性が違うし、見ただけで掴めるほど単調なものではないだろう。


「すみません、全く分かりません」


「まあただ見ただけで何か掴めるような代物じゃないか。いやすまない、君の秘術について女王様が知りたがっていてね。使えそうなら力を確かめようと思っていたんだけれど」


 レミは「姉様が?」と首を傾げ、エビルは国のトップが知りたがっていたということで申し訳ない気持ちを抱く。

 なんの成果も得られなかったヤコンは諦め――木刀を訓練場にある柱の一本に向けた。


「さて、誰だ? そこにいるのは」


 エビルとレミは驚愕してその方向へと振り向く。

 木刀が向けられた先の柱の陰から中性的な顔の青年がひょっこりと顔を出した。申し訳なさそうな表情の青年はやがて柱の陰から完全に出る。


「ドランさん……?」


 陰から姿を現したのはヤコンの弟でもあるドランであった。


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