再利用のイレイザー
土煙が晴れてきて、得意気だったカシマの顔が歪む。
それもその筈。粉々に破壊したはずの機械竜達が一機も減っていないうえ、ほとんど傷付かず、未だに前進を続けているのだから。
「ば、バカな……なぜ五体満足なのだ? なぜ歩みを止めない? 大砲の威力は凄まじいはずだ、粉砕したはずではなかったのか!? いったい何なのだあれは!?」
大砲の力を見てもしかしたらと希望を抱いたが結果は残念。エビルは実際に戦ったからこそ機械竜の強さをよく理解しているし、出来ることならもう戦いたくない相手だが打倒出来るのはエビル達しかいない。帝国に住む人々を守るためにも今こそ立ち上がるべきだ。腰にある一振りの剣を一瞥してから先頭の機械竜を見据える。
「――フォッフォッフォ、苦戦しとるようじゃな皇帝陛下」
突如入って来た声に全員が振り向いてみれば、部屋の入口傍に老人が立っていた。
色素の抜け落ちた毛、しわしわの顔、筋肉と脂肪のない体、杖をついていることからかなりの高齢男性であることが分かる。カシマが「おお、ガクガン!」と嬉しそうに呼んだことで老人の名が判明した。皇帝から信頼を置かれている人物だというのは全員が理解する。
「ガクガンよ、其方から購入した武器があれらにはまるで効かんのだ! 何か、何かないか!? このままでは栄えある帝国があれらに破壊され尽くしてしまう!」
今、何と言ったのか。全員が耳を疑う。
カシマは確かに今、購入した武器と告げた。効かなかった武器というのは銃や大砲のことだ。つまりそれらは帝国で作っていたのではなく、この老人から買った物ということになる。製造方法を教えないのも納得だ、自国で作れていないのなら知っている筈がない。
「おい、おいちょっと待て! 銃は帝国が作ったんじゃねえのか!?」
「ああそうだ、全てガクガンから買った。製造方法はちゃんと研究しているが未だ成果は乏しい。今はそんなことはどうでもいいだろう! ガクガン、何かあれらを倒せる武器を売ってくれ! 金ならいくらでも払う!」
「外の機械竜のことなら要らぬ心配じゃよ。栄えある帝国はこの度、儂が作り上げた究極兵器の戦闘実験場所に選ばれた! 皇帝陛下、今まで資金提供ありがとう。あんな旧式のゴミ同然の武器に大金を払ってくれたおかげで研究費が潤い、無人機械竜などを開発することが出来た! あと皇帝陛下に残された役目は儂の兵器で蹂躙されるだけじゃ!」
「な、なんだと……どういう、ことだ?」
信頼していた者に利用されていた事実にカシマが愕然とした。
混乱しているのは彼だけじゃない、まともに思考を働かせているのは極僅かである。その内の一人、サマンドが彼を訝し気に見つめる。
「どういうことだ、か。それはこちらも同じ気持ちだ。カシマ殿、あの老人とどのような経緯で出会い、武器を購入するに至ったのか一先ず話してくれないか」
カシマは語る。ガクガンと会い、取引をした日を。
ある日、突然謁見がしたいと言う老人が現れた。その老人は銃を持っており、使用方法や威力などを口頭と実技で説明する。さすがに人間ではなく撃ったのは人形だったが、多少無機質で気持ち悪さはあるが精巧な人形は穴だらけにされた。すぐに心を掴まれたカシマは高額なのも気にせず購入を決めたのだ。
ガクガンはそれからも何度か城に出入りしては、アスライフ大陸では見たこともないような品々を売ってくれた。全て高額だが貴重な品々なので購入に迷いはない。そして愚かなことに、欲望が溢れ出す。
カシマはガクガンに武器を中心に持って来るようにと伝えた。その理由は言い辛そうにしていたがウィレインが睨むと観念して、俯きながら戦争のためだと答える。つまり彼は他の国に戦争を仕掛けて領土を広げようと考えていたのだ。
集中したエビルは彼の思考を僅かに感じ取る。魔信教の件が収束してから動き出すつもりだったらしいので、すぐに戦争を仕掛けようとしていたわけではない。それでも仕掛けようとしていたのは事実。全員の視線が厳しくなっている。
「……すまなかった。余は、欲に負けた。強大な力を一気に手に入れたからか自分が一番凄いと思い、万能感を得てしまったのだ。戦争を起こそうなど正常な思考をしていれば思わなかったはずなのに、あの時はどうかしていた」
「つまりこうなったのは美味い話に乗ったバカの自業自得。アタシらは巻き添え喰らったってわけか、冗談じゃねえ。おい何ボサッとしてんだアズライ、ストロウ、どっちでもいい。あの爺さんをぶっ殺せ。ありゃ反省するタイプじゃねえだろうからな」
「あいあいさー」
「了解しました」
実力者二人が走り寄ってもガクガンに反応はない。
明らかにおかしい、実は最初から奇妙だとエビルは思っていた。見た目は老人なのに中身がないというか、彼から感情が何も感じ取れなかったのだ。神相手なら納得出来るが老人はカシェの雰囲気とまるで違う。
アズライは「ん?」と不思議そうな声を出して立ち止まり、ストロウが躊躇せず一気にガクガンの細い首を剣で両断した。やはりそれもおかしい結果となった。本来なら大量出血するはずなのに血が一滴も出ないなど、人間では考えづらい現象である。
「無駄じゃよ、これはただの操り人形。最初からのう」
ガクガンの声が室内に響く。転がっている頭に付いている口はちゃんと動いている。
「うわ首が落ちたのに喋ってる!? キモすぎでしょこれ!」
「儂の声がして吃驚仰天といったところか? フォッフォッフォ、劣った文明の奴らを驚かせるのは気分がいいのお。年寄りのいい玩具になるわい。ただ通信機器を仕込んでいるだけなのにそんな驚くのは面白すぎじゃぞ」
通信機器が何なのかは誰にも分からない。それをガクガンが嘲笑う。
悪趣味だ、無知な他者を嘲笑するなど間違っている。優しく寄り添い知識を与えるのが正しい在り方だろうに。彼の心は酷く歪んでいる。
「ああそうじゃそうじゃ、現代の勇者様にも礼を言わなければ」
「僕に? 面識はないと思うけど」
「儂の改造兵器と戦闘してデータを集めてくれたから助かったわい。どちらも壊されたが、おかげで有益なデータをいくつも手に入れられた。もはや儂の最終兵器開発も完成間近なのでな、礼を言っておきたかった。ああ、あの無人機械竜達にも再利用しているんじゃよ? 儂、エコの精神を持っておるからの。使えるモノはいくらでも再利用する。残念ながらイレイザーの方しか再利用出来なかったがの」
「イレイザーって……まさかあなたも魔信教か!?」
ガクガンが魔信教だとするなら心当たりがある。今言っていたイレイザー、そしてスレイ。肉体を改造されて機械化されていた彼らが改造兵器だったのだ。
以前シャドウが言っていたことをエビルは思い出す。
魔信教にはテミス帝国の人間がいるらしく、人間を改造して機械化することも可能だと。その者がガクガンであるとようやく気付けた。つまり彼を打倒しなければ死者への冒涜が繰り返されることになる。
「その通り! そしてあの無人機械竜達にはイレイザーの脳細胞を仕込み、奴の凶暴性が付与された残虐な思考をするようになっておる。つまり儂は奴を増殖出来たようなものなのだよ、より強い体でのお! さあ諸君、健闘を祈る!」
その言葉を最後にガクガンの声は聞こえなくなった。
静まり返った部屋の中でエビルは振り返り、窓から無人機械竜達を見据える。
「すみません皆さん、僕はあれを倒してきます。町に侵入される前に倒さないと大変なことになってしまう。おそらく仲間も向かっていると思いますし、僕も行きます」
「おう、それがいい。アズライ、ストロウ、お前らも付いていけ」
二人がこくりと頷く。
実力者二人が加勢してくれるのはありがたいが今は時間がない。あと数分もしないうちに無人機械竜達が町へ入ってしまう以上、このクランプ城という名の塔の階段を降りている暇はない。最適解を導き出したエビルだがそれをやるには許可が必要である。
「あの、皇帝陛下……このガラス、斬ってもいいですか?」
「は、ガラス? あ、ああ、下に人がいなければ構わないが」
「それなら問題ありません。下には落とさないので」
許可も取れたのでエビルは人間が通れる範囲を正方形に斬った。素早い剣技を視認出来たのは水上国の者達だけだろう。
このまま正方形に斬れたガラスを下へ落とさないため、城外の風を操作して内部に押し込む。部屋に倒れてきたガラスを受けとめてそっと床に置く。そうなれば目の前には穴が空いているため風通しの良くなったガラス壁。ここから飛び降りればかなりのショートカットになる。
「まさか飛び降りるつもりですか!?」
「はい、普通に階段を使ったんじゃ遅すぎる。この方が早く下へ行けます」
「無茶です! いったいこの場所が何階だと思っているんですか!?」
ソラの指摘はもっともだ。この部屋は塔のように高く聳えるクランプ城の上層。数百メートルの高さに位置する場所から飛び降りれば確実に死ぬ。だがエビルにはなぜか五体満足でいられるという直感があった。
「面白れえじゃねえか勇者サマよお。じゃあアズライ、お前も飛び降りろ」
「いやいやいやいやいや絶対死んじゃいますって!」
「勇者サマ、これからやろうとしていることは複数人でも可能か?」
「……おそらくやれます。僕含めて三人くらいなら」
多少悩んだ後でエビルはウィレインに答える。
初めての試みだが確信はある。風の秘術が教えてくれるのだ、自分に出来るギリギリのラインを。無謀に思えることでもやれると風が告げている。
「そんじゃアズライ、ストロウ、行ってこい」
「……平然と恐ろしいことを言ってくれますね」
「ゆ、勇者様、私初めてだから、優しくしてね?」
エビルは「はい」と頷いてから二人の腕を掴むと、思いっきり駆けて飛ぶ。
室内から空中へ。上から下へ。風を切って進んで行く。
降下している最中はアズライが絶叫しており、ストロウは恐怖を堪えているようだった。エビルはこれからの一手一手のタイミングを間違えないように集中している。
落下速度を低下させるために真下から強風を吹かせたまま落ちていく。地面が近付いてきたら圧縮した風を地面近くに待機させておき、機を見て解放する。そうすることで多少の痛みはあれど、上向きの風により勢いをほぼ殺せた。
綺麗に着地したのはエビルとストロウの二人。アズライだけは胸から落ちて「ふぎゃん!?」と悲鳴を上げる。
「無事に着地成功ですね。僕は全速力で町の入口へ向かいます」
「ああ、追いつくのに少し時間がかかるだろうが俺達もすぐに向かう」
風紋により身体能力が強化されているため、走り出したエビルに二人は追いつけない。
ただ走るだけでなく追い風も利用してスピードをさらに増す。まるで体が風と一体化したように軽くなり、音すらも置き去りにする新技〈疾風走破〉だ。町の入口まで一気に駆け抜けられる。




