実力の証明
「……ああ、すまないな。我々クランプ帝国は協力などせん。妨害もしないが賛同もしない、勇者と言うのも否定しない。君が魔信教を壊滅させるために動くなら勝手にやりたまえ」
「なぜですカシマさん。今こそ私達は王として勇者をサポートする時では?」
ソラは若干焦っているようだがエビルはまあそうかと納得している。
そもそも一国が協力してくれること自体とんでもない幸運なのだ。帝国以外が魔信教討伐やそれ以降も支援してくれるのが異例にしか思えない。むしろカシマは至極真っ当な意見を言っているのではないかとすらエビルは思える。
「王として、か。勇者の旅を援助するのが王の責務なのかね? 余はそんなことを聞いたことがないな。勇者を頼りたいと思うのは弱国の証だ。帝国は強いぞ、銃があれば魔信教など恐れる必要はない。この城にもまだ切り札があるしな。エビル、お前はこの国の銃を持った兵士が戦うところを目にしたか?」
昨日、一度だけ目にしている。といっても戦いにすらなっていなかったが。
確認したのは盗賊らしき男が一撃で殺されたこと程度。こめかみに突如空いた穴が銃によるものだとは把握している。銃から発射されたと思われる弾を実はあの時多少だが目で捉えられたのだ、あの時は見間違いかと思っていたが今では確信している。銃とは高速で何かを飛ばして攻撃する武器であると。
質問に『はい』と答えていいのか迷ったがエビルは頷く。
「お前は銃を持った兵士達相手にどこまで戦える? 完封出来るか?」
「戦ったことがないので何とも……」
銃というとイレイザーを思い出す。彼も初邂逅時は帝国で普及しているものよりも強力だろうが、光線銃なる者を所持していた。あの頃のエビルなら帝国の兵士相手に手も足も出なかっただろう。
数々の戦いを乗り越え、天空神殿での特訓を終えた今ならどうなのか。銃にしても一度見た程度なので情報不足だ。視認した時は意識の外からの攻撃だったので、真正面から見ればまた違うかもしれない。想像よりも速くて躱せないかもしれない。何にせよ実際に相手にしてみなければ分からない。
「もう剣など刃物の時代は終わったのだよ。今の時代を制するのは銃! 火薬の力、科学の力! 今や帝国の軍事力は世界を制した、完全無欠の帝国に敵はない!」
カシマの宣言に誰もが呆気に取られていた。
しかし銃が強力なのは事実。言うこと全てが的外れなわけじゃない。
「……皇帝の言うことは置いといて、要は実力が大事だって話だろ。支援するとは言ったがアタシも勇者が弱いならさっきの話はナシにするぜ。ここは勇者サマの実力を披露するためにこいつと戦うのはどうだ?」
そう言ってウィレインが指したのは側近の男兵士。
「ストロウ、構わねえよな? お前だって勇者サマの力を見てえだろ」
「ほう、面白そうではないか。かのアルテマウスの兵士と対決するのなら余も見物したいものだ。銃がいいとは言ったが剣闘試合も楽しむタチだからな」
ストロウと呼ばれた大柄な彼は無言でエビルを見つめる。
観察されているのが分かる、凄まじい分析で実力が読まれているような感覚を味わう。エビルがアズライ達を観察して実力を大まかに把握したのと同じだ。今、逆に測られている。
しばらくしてから彼は一息吐き、首を横に振った。
「……残念ですが、俺では力不足ですね」
「お前がか?」
「はい、おそらく勝負にすらなりません。彼は俺よりも遥かに強い」
彼の本心だとエビルは感じ取れる。
自分の感覚的にも負けるつもりはない。ただ、勝負にならないなど言いすぎだとは思う。接戦とまではいかないが経験の豊富さを頼りに戦えるはずだ。こればかりは直感なので説明出来ないが彼は謙遜しているだけだろう。
「お前が言うなら本当かもしれねえが、それじゃ勇者サマの実力を目にすることが出来ねえな。……そういやアズライ、お前は道中でアタシに借りを作ったっけな。不問にしてやる代わりに貸し一つってやつ。どうだ、お前が相手になるってんならそれでいいんだが」
「うえ!? ま、まあ、少年の相手一発で借りが消えるなら――」
「俺にやらせてくれませんか」
アズライの言葉に割り込んだのはヤコンであった。
全員の視線が彼に集まる。彼は緊張した様子もなく堂々と告げる。
「俺だって今は一応、アランバート王国で兵士長をやらせてもらっている身です。実力にしても他国の兵士長に負けるつもりはありません。どうか俺にやらせてもらえないでしょうか」
「ヤコン、あなた……」
「申し訳ありませんソラ様、独断でこのようなことを言ってしまって。……この中で彼と戦うメンバーを選出するなら俺がやりたいと強く思ってしまいました。処罰はいつでも、どんなものでも受けましょう」
ヤコンが独断で発言したことにエビルは驚きを隠せない。
てっきりアズライと戦うとばかり思っていたので、予想外なことに彼と戦うことになりそうだ。風の秘術も対象に意識を向けなければ内面まで感じ取れない。大まかな感情程度なら分かるのだが、彼からは咄嗟の焦りしか感じられなかった。
「アランバートの兵士長、お前が戦うというのか? それほどの自信があるか」
「自信、というのは間違いでしょう。俺が勇者殿と戦ったところでストロウと同じく相手にならない。ただ、彼とは知人でして、試合も何度かしたことがあります。彼としては知り合いとやる方がやりやすいのではないでしょうか」
堂々と嘘を吐く。それらしい説明をしているだけで彼の中にあるのはたった一つ。
成長したはずのエビルと一人の戦士として手合わせがしたい。それだけ。
「ふむ、まあ、他者の強さなど目で見たところで余には分からぬ。アルテマウスの兵士が無理と言ったのだから他の誰でも一緒なのだろうな。……いいだろう、勇者の実力を最低限見せてくれるのならな」
「私も構わない。どうせなら賭けでもしないか? 軽く三十万ほどでも」
「賭けは成立しねえだろ、たぶん勝つのは勇者サマだ。奇跡でも起きねえ限りそれは変わらねえだろうよ。ま、アタシは別に誰でもいいぜ? 大事なのは勇者サマの実力をこの目で見ることだかんな」
「ヤコン、一つあなたに罰を与えます。出来るだけ長く持ち堪えなさい」
ヤコンは「きつい罰ですね……」と苦笑した。
確かにエビルから見ても彼はストロウよりも弱い。もう以前とは違う、格段にレベルアップした今では彼と勝負にもならない。はっきり言ってしまえば楽勝。それを彼本人も理解していての提案だったのだろう。
* * *
高く聳え立つクランプ城の地下にある闘技場。
最近は魔信教などの脅威が原因で使われなくなった場所だが、以前はよく腕自慢を募集して戦わせていたという。そんな場所の中心にエビルとヤコンの二人が真剣を構えて立っていた。観客席には寂しいことにサミット参加者のみが並んでいる。
武器を渡される前、木刀がいいと懇願してみたもののカシマは拒否。何でも真剣同士の斬り合いでなければ見応えに欠けるとか。この場合エビルがヤコンを斬らずに勝つには武器破壊か〈烈風打〉などの打撃しかない。
「すまないねエビル君、俺なんかと戦わせることになって」
言葉とは裏腹にヤコンは笑みを浮かべている。
試合を楽しみにしているようにしか見えないし、嬉しさが感じられるので間違いない。彼はエビルとの戦いを心待ちにしていたのだ。
「構いませんよ。……にしても、嬉しそうですね」
「バレたか。まあ、そうだね、君とこうして戦うのは少し楽しみにしていたんだ。あ、誤解しないでくれよ? 別に戦闘狂ってわけじゃない。俺はただ、君の成長を見てみたかっただけなんだ。これでも昔は勇者に憧れていたりしたからね。純粋に楽しみなんだ。勇者と戦えるって事実も、レミ様を守ってくれる君の力を確かめられるのも」
「そうですか、じゃあ、早速始めましょう」
全力とは程遠い速度でエビルが駆けた。
障害物などがない平らな砂地なので真っ向からの勝負になる。ヤコンが取れる選択といえば避けるか、打ち合うかの二択。そして彼が選んだのは予想通りその場に留まって迎え撃つものだった。
アランバート流の剣術の基本だ。相手の攻撃を受けて反撃する戦法。
ヤコンは薙ぎ払いを受け止めたが数メートル横にずれていく。手加減した一撃でも今の彼では防ぐのが精一杯なのかと、エビルは自分の成長を改めて実感する。天空神殿での特訓もこれまでの戦闘経験もちゃんと力になっている。
「……エビル君」
真剣な顔でヤコンが名を呼ぶ。
同時に彼から苛立ちを感じた。対象はエビルと、彼自身。
「真面目にやれ」
手加減したのが瞬時にバレてしまったのを悟る。
若干笑みを浮かべていた顔をエビルは真剣なものへと変えた。
ヤコンの言う通りだ。この試合は実力を知らしめるためのもの、手加減していては意味がない。そのような真似をした事実などストロウにもバレてしいるだろう。
「はい」
手を抜くのはヤコンへの侮辱。そう思ったエビルは右手の甲にある紋章、竜巻のようなそれを発動させて薄緑色に光らせる。全力の全力を出す気持ちでいくなら風紋の発動は必須だ。
周囲にある空気が剣を取り囲み薄緑のオーラが纏わりつく。風を纏って威力を上昇させる〈風刃〉の上位互換、風の回転を極限まで高めた〈暴風剣〉である。そして背中の後ろに空気を圧縮して、踏み出しと同時に解放することによって普段以上の速度を生み出す。
疾風と化したエビルの姿をヤコンが捉えられるはずがない。
構えてはいるものの無防備に近い彼に対し、容赦なく最大威力の剣技を放とうとして――寸前で踏み止まる。俗に言う寸止めのような形になってしまったが、剣に纏っていた風が軽鎧に当たって吹き飛ばした。
数十メートルは離れていた壁まで飛んで激突したヤコンは「かはっ!?」と肺の中の空気を吐き出す。軽鎧は大きく抉られ、見るも無残に傷だらけ。完全に切り裂かれてしまった部分もある軽鎧はもう使い物にならない。
もし、あのまま剣を振るっていたらどうなっていたことか。
剣に纏わせていた風だけでもヤコンを壁に激突させて防具を斬り刻む威力だ。剣が直撃すればまず鎧ごと体が真っ二つになって助からない。全力に拘りすぎて危うく殺してしまうところだった。
これは自身の成長を正確に把握出来ていなかったエビルに問題がある。
特訓前のエビルの一撃なら直撃しても死にはしなかっただろう。そのままの感覚で剣を振るおうとしたが、寸前にヤコンが死ぬのを直感したからこそ止められた。秘術の力には感謝してもしきれない。……そもそも素の力だけならギリギリ死ななかっただろうが。
「僕、こんなに強くなっていたのか……」
呆然としているエビルの口からそんな言葉が出る。
鍛えていたヤコンでさえああなのだ。普通の村人なら〈暴風剣〉に触れただけで手が弾け飛んでもおかしくない。全力の出し処をこれから考えていかなくてはいけないだろう。




