サミット二日目
広い部屋には話し合うための長方形の机が存在している。
机を囲むように置いてある四つの椅子には既に各国の王が座している。
クランプ帝国皇帝、カシマ・セルデラ。
砂漠王国リジャー国王、サマンド・キュルメルス。
水上国ウォルバド女王、ウィレイン・ウォッタパルナ
エビルはアランバート王国女王、ソラ・アランバートから事前に三人の名前だけ聞かされている。まだ顔と名前は一致していないが何も知らないより遥かにいい。
各々の王の傍には側近とも言える者達がおり、エビルはソラの傍に、ヤコンの隣に立たされている。誰もかれもが好奇の視線を向けてくる現状に早くも逃走したい気持ちが強まった。リトゥアールとの会話で和らいだ緊張も王達の前に出れば再び高まってしまっていた。
「ほう……。ソラ、彼が新たな風の勇者だと?」
「ええ、彼こそ時代に選ばれた少年。アランバート王国を救ってくださった恩人です。こういう場に慣れていないと思うので多少の無礼はお許しください。……エビル、名乗りを」
「え、えっと、エビル・アグレムです。よろしくお願いします」
正直なところソラのフォローはエビルにとってありがたい。
王と直接会う機会などアランバート王国の時以来であり、慣れていない現状では大きなミスをしかねない。さすがに名乗りで間違いは起こさなかった。変な言葉遣いになったらどうしようと緊張している中でにしては上出来と言っていい。
告げた名前が引っかかったらしく痩せ細った褐色肌の男は「その名前、ホーシアンレースの優勝者にいたような……」と呟いていた。優勝したのは確かだが、ほぼ毎日行われているレースで一度優勝した程度では記憶に留められなかったのだろう。レースを思い出していることから、彼がリジャーの国王サマンド・キュルメルスかと認識出来る。
「ありゃりゃ、予想に反して若くて可愛い系ですねえ。まだ未経験かな」
「アズライ止めてやれ、一応勇者なんだぞ」
「あっはっは、ごめんなさーい」
次に反応を示したのは入口側の席に座っている女性の側近。
女王は二人、内一人はソラなので、入口側の女性はエビルも行ったことがない水上国ウォルバドの女王ウィレイン・ウォッタパルナだろう。眼鏡を掛けた彼女のドレスはボロボロで、破れたところは縫い付けている。それに加えて猫背、整えられていない水色の長髪、正直だらしない女性である。一人だけやけに雰囲気が浮いているが彼女に対しては接しやすそうだと思えた。
問題はウィレインの側近であるはずのアズライと呼ばれた女性。
舌なめずりしていた彼女が言う未経験というのが何を指すのか、エビルは風の秘術で感じ取ってしまった。風体は神官なのに考えていることが破廉恥極まりない女性だ。思わず頬を赤くしてしまい、暴力的なまでの乳房に目が引き寄せられたが意識して視線を逸らす。セイムなら一瞬で吸い寄せられて下手すれば戻ってこれないかもしれない。
しかし見て分かるのは全身から滲み出る淫乱さだけじゃない。
重心、気配など立ったままでも分かることから判断するなら彼女はとても強い。彼女だけでなくもう一人の兵士らしき側近も、女王であるウィレインですら強いと感じられる。天空神殿で特訓する前のエビル達と同等かそれ以上だ。
「気を悪くさせたらすまねえな勇者サマ。アタシの名前はウィレイン・ウォッタパルナ。水上国ウォルバドってとこの女王やってるもんさ、よろしくな」
「よろしくお願いします」
気さくで庶民っぽさのあるウィレインは驚くほどに話しやすい。
全員がこうだったらいいのにと密かに思っていると、サマンドが顎に手を当てながらエビルに話しかけてきた。
「一つ、気になることがあるんだが……。エビル君だったか、私の名はサマンド・キュルメルスと言うんだが一ついいかね。君は勇者らしいが、目標などはあるのか? あくまで興味本位なので友人と語らうように気軽に答えてくれて構わない」
「目標、ですか」
「人生において目標というものは重要だ。私ならそうだな、金だ。金を集めることが私の生き甲斐と言ってもいい。集め、盛大に使い、国を発展させるのが目標なのだ。……純粋な興味だが君はどうだ? 生き甲斐とも言える何かがあるかね?」
サマンドの言うことには共感出来る。
目標のない人生など流されて生きているだけにすぎない。どんな小さなことでも、他人にはくだらないことでも、自分にとっては譲れない信念のようなものがあった方がいいのだ。
そんなものエビルにとって考えるまでもない。この旅自体がそうなのだから。
「僕は……僕の目標は、夢と言い換えてもいいですけど……世界の隅から隅まで旅して回ることです。幼い頃から、村の外に出て広い世界を見てみたいと思っていましたから」
「では見て回ってしまった後は? 目標が消えてしまうのではないか?」
「世界は広いですし、きっと生涯をかけても見て回れないかもしれません。人の近寄らない秘境だってある。仮に見終えたとしても大丈夫です。常に世界のどこかは変わり続けているんじゃないでしょうか。きっと、見飽きないでしょうね」
過去、エビルにとっての世界は小さな村一つだけであった。その小さな村でさえ色々な出会いがあり、時が経つにつれて変化もした。ならばこの広い世界を全て見きった後でも楽しめる。変化していく様を眺めていくのも退屈しないものだ。
このアスライフ大陸だけでも広大な大地が広がっている。この星全体となれば故郷の何千、何万倍の広さなのか想像もつかない。自分の生涯で隅々まで見きれるなど思わないが、世界を旅して回ることこそがエビルにとっての夢である。
幼い頃に風の勇者の絵本を読んだのをきっかけに得た目的。
風の勇者に憧れたのもあって人助けが目的に加わっているものの、根本的なところは旅なのだ。それだけは今のエビルの中ではっきりしている。
「そんな夢を守るためにも、約束のためにも、僕は魔信教という組織を壊さなければいけない。今は仲間達と被害を食い止めるために動いていますが……魔信教の本拠地が判明したのでこの国を出たら向かうつもりです」
「本拠地!? まさか、確かなのですか!?」
エビルは「はい」と頷き、情報源は信じられる人ですと付け足しておく。
ソラに場所を訊かれたので素直に魔王城だと答える。やはり衝撃を受けたようで、全員が大なり小なり驚きを見せていた。
「魔王城、か。どうりで奴等が見つからないわけだ。あそこに近付く奴が居たとしてもまともな奴じゃないだろう。隠れ場所には最適だなクソめ」
「あー、結構高い山に囲まれてんだったか。乗り込むにしても徒歩ってのはさすがにきちーな。何か空でも飛べる乗り物でもありゃ楽なんだが……今の技術じゃなあ」
空を飛ぶ発想はなかった。想像するとエビルの中で白竜の姿が浮かぶ。
もし協力してもらえるのなら彼に頼んだ方が手っ取り早い。となれば帝国を出た後、一度天空神殿に行ってみた方がいいのか。それとも厳しいと知りつつ徒歩で向かうべきか。これからのことで悩んでいるとサマンドに「エビル君」と声を掛けられる。
「君の夢、目標、理解したし気に入った。私は、砂漠王国リジャーは全面的に君を応援しようじゃないか。何か困ったことがあれば力になるので遠慮なく言うといい」
「は、はい。ありがとうございます……!」
物は試しにとエビルは飛行する乗り物の手配を頼んでみたが断られた。空飛ぶ乗り物など夢のまた夢なので結果は分かっていたが、あまり動かないサマンドの顔が困り果てたものになったので申し訳なく思う。
「はっ、空飛ぶ乗り物の用意は無理だがアタシ達も協力すんぜ。つっても今は色々忙しいから大した支援は出来ねえけどな」
「私達アランバート王国は言わずもがな、ですね」
感動のあまりエビルは「みなさん……」と思わず呟く。
いくら勇者とはいえ国全体が協力してくれるなど信じられないほど嬉しい。それも三つだ、三ヵ国が支援すると宣言してみせた。魔信教が恨まれているのを差し引いても、たった一人の少年のために動いてくれるなど贅沢な話だ。
「ふん、エビル……だったか。君は剣で戦うのかね?」
少々気に入らないという様子でカシマが問いかける。
誤魔化す意味もないのでエビルは「はい」と頷いて肯定する。
笑うのを堪える様子で、それでも堪えきれずに「くっくっく」とカシマが笑う。全員の目が集中しても止める様子はない。ようやく笑い声を止めたと思えば笑みをそのままに喋り出す。
「……ああ、すまないな。我々クランプ帝国は協力などせん。妨害もしないが賛同もしない、勇者と言うのも否定しない。君が魔信教を壊滅させるために動くなら勝手にやりたまえ」




