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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
七章 悪とは魔であり人でもある
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勇者としての答え


「……復讐、と表すのが的確でしょうね」


 魔信教を作った動機が復讐だと意味が分からない。

 リトゥアールが仮に復讐するのだとして、相手はおそらく悪魔王になるはずだ。なのに魔信教はアスライフ大陸の人間にばかり被害を出している。エビルには真逆の行為としか思えない。


 そこでエビルはハッと気付く。

 もし、対象が悪魔王ではなく人間であったのならどうか。

 復讐対象が人間だというなら納得は出来る。それだと動機が気になるところだが、まずは明確な対象を聞いておいた方がいい。


「誰に、ですか?」


「悪魔……そして、人間達です」


「どうして、人間が何かしたんですか? リトゥアールさんに酷いことを何か……でも、全ての人間が悪人ってわけじゃないはずだ。この旅を通してそれがよく分かりました。村のみんなだけじゃない、良い人は世の中に沢山いましたよ」


「まだあなたには分からないでしょうね。人は愚かな心を持っているのです」


 困惑したエビルは「……お、愚か?」と声が意図せず漏れる。


「なぜ勇者という存在が生まれるのか、いえ、人々に望まれるのか。それは人間が誰かに頼ることでしか生きていけない愚かで弱き種族だからです」


「頼るのは、悪いことじゃない。誰かを頼ることは恥じることじゃない。この旅でそう思えました。人は足りない部分を補いあって生きているんだって」


「別に悪いとは言っていません。誰かと協力すれば一人より負担が減ることもありますからね。……ただ、それは言い換えれば楽な方へ逃げるということ。より楽に楽にと考え続け、やがて困難に立ち向かうことを全て他人任せにする。その困難の解決を体よく押し付けられるのが勇者という存在なのです。言わば勇者とは他人に利用されるだけの都合のいい救世主。……よって私は考えました。全人類が一人で生きていければと」


「一人で……」


「知っていますか? 勇者と呼ばれた男の終焉を。……彼は世のため人のためと働き続け、その結果待っていたのは敵に殺されるという救いのないもの。助けられた誰かが幸せになるとして、勇者の幸せはいったいなんなのか。……私は利用されるだけの救世主など不要と考えています。誰もが自分の力で生きる世になれば勇者の必要性は皆無。そのためには全ての人類に対し困難を与え、それを解決する人間がいなくなればいい。復活した魔王には手っ取り早く人間の困難になってもらいたい。そして勇者となりえる者は誰であろうと、手段問わず、私が無力化する」


 悲しい世界だとエビルは思う。

 理屈としては間違っていない。この世に生きる誰もが、生きるということにのみ集中しなければいけなくなる。そんな世界になれば他者に頼っても無意味、冷たくあしらわれるだけだ。どんなに足掻いても一人で生きなければいけない以上、救世主なんて誕生しない。悲しく恐ろしい闇の世界である。


 話をしていてリトゥアールの動機を理解出来た。

 彼女はただビュートのような人間を、正確には勇者を生みたくないだけなのだ。

 誰かの為に生きて死ぬ。勇者という存在を彼女は憎んですらいる。酷く歪んでいるとはいえ彼女が考えた結果が魔王の復活だったのだろう。魔王ほどに強い困難は他に存在しないと、打倒するために旅をしていた彼女自身が一番理解しているから。


「それは世界全体を闇に包む最悪の一手だって、分かっているんですよね。分かっていてやろうとしているんですよね。……でも、真逆でもいいはずだ。世界中の人が、誰かに助けてもらう必要のないほど幸福な世界。考え方を少し変えるだけで今と大分違ったはずだ」


「綺麗事だけで世界を変えることは出来ません。それにこれは先程も言った通り復讐なのです……過去、勇者を頼りに生きた人類への、ね。理不尽と思うでしょうがそれこそ困難の一つ。まあ、過去のツケを現代の者達が払わされるということですね」


 勇者を頼りにする人間は今ほとんどいない。

 なぜなら過去の栄光だから、現代には存在していても知名度が全くないから。誰も存在すら知らない者に頼ろうとは思わない。ただ、ソラは頼ろうとしていた。風の勇者の称号を与えて再び世に救世主を生み出そうとしている。


 ビュートから聞いた話が頭の中で蘇る。

 魔王を封印した後、各地で困り事を抱える者達に頼られて解決していったこと。


 エビルも同じ道を歩くのかもしれない。

 魔信教を壊滅させた後、各地を気ままに旅しようと考えている。だが困り事を抱える者達を見てみぬフリは出来ない。助けているうちに名前が広がり、各地で頼られるようになる未来も十分ありえる。


「エビル、あなたも勇者なのでしたね。あなたにもいつか、他人に利用され続ける未来が訪れる。なまじ知恵を持ってしまったばかりに人間の欲は膨大であり、ずる賢く叶えようとする。人間という種全体が変わらなければまた同じ悲劇が繰り返されるでしょう。救いのない人生になってしまう。……そんな時、いったいあなたの幸せはどこにあるのです?」


「僕は、僕の幸せは……ただ村長や師匠と過ごせればよかった。そんな当たり前だった日常が呆気なく奪われるのが今の世界です。だから僕のような者が今後出ないようにしたい。今の僕の幸せは、関わった人達が平和に過ごせることです」


 出来れば僕も含めて、とエビルは付け足しておく。

 エビルがもたらそうとしているのは誰もが幸福で平和に生きられる世界。

 リトゥアールがもたらそうとしているのは誰もが苦労する闇の世界。

 こうして理想を口に出してみると、リトゥアールと目指すものが真逆なのを実感する。同時に、絶対に阻止しなければいけないとも思う。魔王なんて危険な存在を現世に降臨させるわけにはいかない。


「あの、今からでも止められませんか」


 鋭い目がエビルに向けられる。

 迫力ある目つきに怯むも、説得すると決めていたのだから引き下がれない。


「まだ引き返せます。このままじゃ、僕はあなたを止めるために戦わなきゃいけない。そんなの嫌なんです。僕はあなたと戦いたくないし、殺したくない。ビュートさんと守った世界なのにあなたの手で平和を崩すなんておかしいですよ……!」


「なるほど、そこまで知っていましたか。……答えは変えません。……そこまで知っているのなら反対する意味がありますか? どうせこの先、何もしなくても魔王は直に復活してしまうというのに」


「……え。どういう、ことですか?」


 困惑で発言の勢いが削がれる。

 何もせずとも魔王が復活する。確かにリトゥアールはそう言った。

 ビュートの話ではカシェの力で封印されているはずなのになぜ復活するのか。まだ何か、エビルが知れていないピースがあるのか。意味をよく理解出来ない。


「それは知らないのですか? カシェ様の封印は一時的なもの、効果を発揮していられるのは一定人数の命が終わるまで。つまり魔王は時間が経てばいずれ復活する。仮初めの平和だったのですよ、風の勇者がもたらしたのは」


「そんなこと、カシェ様は一言も……」


「あの御方はおそらく、完全に人類の味方なわけじゃない。まあ私達如き人間が神の思考を推し量ろうなど不可能でしょうがね。裏があるのは確かでしょう」


 あれだけ親切にしてくれたカシェのことは信じたい。

 魔王の封印はカシェ本人が行ったはずなので、当人が何も知らないのはありえない。教えてくれなかったのはきっと何か理由があってなのだろうが推測は難しい。人類のことを考えてだとエビルは思いたいが……。


「ふふ、今はどうでもいいでしょうそんなこと。重要なのは私の野望が達成されるか、阻止されるかの二つ。あなたがどうしても止めたいと言うのなら相応の覚悟を持って来なさい。私は逃げも隠れもしません」


 リトゥアールは長椅子から立ち上がる。


「魔信教のアジト――魔王城にてお待ちしていますよ。この私と魔に染められし者達、全員が全身全霊でお相手いたしましょう。……ほら、行きますよシャドウ、これ以上留守にするのは許しませんからね」


 彼女は帝国入口へと向けて歩き出す。

 チッと舌打ちしたシャドウが影から出て来て、彼女の後を追う。


「おいエビル、俺達の決着はまだついてねえんだ。ぜってー来いよ」


 そう言い放つと彼はリトゥアールの影に潜り込む。

 決戦の日が近いことを胸に留め、エビルも「行くか」と言って立ち上がる。

 気分転換にはなった。明確な目標が定まったのもあり緊張も失せた。向かうのはクランプ城、各国トップが行う会談場所へと歩みを進める。


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