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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
七章 悪とは魔であり人でもある
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繋がり

 全てが大元へと繋がっていく。








 白髪の少年、エビルは帝国内にある店の一つにやって来ている。

 プリモアレーという食べ物専門店だ。鮮やかな草色のもちもちとした皮で、柔らかく甘い豆を包んだデザート。食べるのが初めてで楽しみなのだが、純粋に食べたかったというより気持ちを切り替えたかったのが訪れた理由だ。


 意図せずため息が口から漏れ出てしまう。

 昨日。サミットから帰って来たソラからある相談を受けた。

 新たな風の勇者として王達に挨拶をしてくれないかと、エビルには荷が重い話。


 なぜそうなったのかといえば会談中に一人の少年の話になったから。リジャーなどで盗賊と戦い、アランバートを魔信教の手から救ったことが大きな話題となったらしい。……だからといって王達の前に出ろなど緊張するどころの話じゃない。サミット二日目の開始時間にはまだしばらくあるのに、既に今から胸や腹が痛みを訴えてくる。


 断ってもいいと言われたが断れるわけがない。

 王達の願いを無視したらどうなるか、想像しただけでも恐ろしい。ソラ以外とは面識がないので不安なのだ。もし断りでもしたら無礼者として斬り捨てられるかもしれない。行って作法を間違えても斬り捨てられるかもしれない。ため息が出るのも仕方ない話だ。


「はいよ兄ちゃん、プリモアレー二個で三百カシェな」


 元気そうな女性がプリモアレーを渡してくれる。

 長い葉で船のような形を作った容器に、鮮やかな草色の丸い食べ物が乗っている。容器も凝っていて子供から大人まで親しみやすそうだとエビルは思う。

 人気店らしいが朝早いからか客は非常に少ないため、店の傍にある長椅子でゆっくりと食べられる。腰を下ろして早速プリモアレーを手に持って一口齧った。


「丁度いい甘さだ、飽きにくいかも」


「それでいて弾力がある皮が非常にいい」


「あ、そうですね。もちもちしてて癖になる食感……で、すね?」


 左の方から声がしたのでエビルは振り向く。

 一人の女性が歩みを止めて、隣に腰を下ろす。


 容姿を見た瞬間に息が詰まる。まさかこんなところで会うとは思ってもいなかった人物が隣におり、プリモアレーをエビルと同様に一口齧っている。黒い神官服を身に纏う不気味さがあるのに、綺麗で魅力ある彼女が食べる姿は美しかった。


 グラデーションの綺麗な青紫の長髪で若々しい見た目の女性。

 ――魔信教の教祖である彼女、リトゥアールが呑気に隣で食事していた。


「リトゥアール、さん」


「ええ、久しいですねエビル。……といっても再会は思ったより早かったですね。まさかこんなところで会うことになるとは思ってもいませんでしたよ」


「……はい、僕も、予想外です」


 予想外だが考えてみれば納得はいく。

 以前、初めて邂逅したのはハイエンド王国。進行方向が同じだったなら帝国にいるのは当たり前だ。嬉しいようで嬉しくない再会、驚きを隠せないエビルは額に汗を滲ませる。


『今なら隙だらけ、油断している。殺せるぞ』


 エビルの頭にそんな声が響く。

 自らの影に潜んでいる悪魔、シャドウの声だ。

 殺すつもりがないことを心の中で告げると黙ってしまう。


 先代風の勇者からの頼みで二人はリトゥアールを救おうとしている。ただやり方に決定的な違いがあり、エビルは説得、シャドウは殺害と正反対なのだ。今はまだどちらの方法で救うかを決められていない。まさかこんなにも早く再会するとは考えてもいなかったので二人は何も話していないのだ。


「どうして、ここに?」


 そう問うとリトゥアールは愛おしそうにプリモアレーを見つめる。


「この菓子が好きでしてね、たまに食べに来ていたんですよ。全国の菓子巡りなんてのもよくやったものです。私、甘いものには目がないもので」


「ああ、村長もリトゥアールさんに菓子を用意しようとしていました。アランバートのモエキ、でしたっけ。買いに行った日のことはよく憶えています。初めて村から遠出した日でもありますからね」


 会話は終了した。彼女は気にせず手元のプリモアレーを完食しており、エビルも完食しようと食べ急ぐ。あの魔信教の教祖、故郷壊滅の元凶だったとしてもやはり殺意がない。今のところは安全だがどうしても本人に確認しておかなくてはならないことがあり、それを口に出してしまえば戦闘になるかもしれないが、最悪な結果を想像していても訊きたいことがあった。

 しばらくの沈黙後、エビルは重くなっていた口を開く。


「……あの、リトゥアールさん。リトゥアールさんは……魔信教の教祖なんですか?」


 一瞬、軽く目を見開いて振り向いた彼女は、すぐに顔を正面へと戻す。

 魔信教なんて物騒な組織だと疑われたからか、なんて疑問は抱かない。もう既にシャドウから聞いている以上彼女が教祖であることは間違いない。ただ、それがどんなに残酷な事実であっても、エビルは本人の口から聞いておきたかったのだ。


「ええ、そうですね。私が魔信教の教祖をしています。それを知っていて、あなたは呑気に隣で食事していたんですか。普通、勇者なら悪者を放ってはおかないでしょうに。……シャドウから聞いたのですか?」


 今度はエビルとシャドウが驚く番であった。

 知られていた、というよりカマを掛けられていることは感じ取った。しかしその答えに推測とはいえ辿り着くまでが早すぎる。隠しても無駄と悟ったためシャドウへの許可を取ってから話すことにする。


「……はい。実は、僕の住んでいた村を壊滅させたのはあいつなんです。色々あって僕の影に住みつかれて、嬉しくないことに今までずっと仇敵(あたかたき)と一緒でしたよ。変ですよね、憎い相手と片時も離れられないなんて」


「はぁ、彼が行方を晦ませていた理由がようやく分かりましたよ。復讐するべき相手と共に旅ですか、私にはとても耐えられそうにありませんね。勇者として、いえ、あなた個人がまず滅ぼすべきなのは彼なのではありませんか? 彼が元はあなたと同じ体の持ち主だったことを気にしているのならお門違いです。あなたは異物を吐き出したにすぎないのだから」


「そこまで知っていたんですね」


「ええ、私もシャドウから全てを聞いた身なので」


 そうだ、彼だけが全てを把握していた。

 先代風の勇者の記憶を維持し、分離してからも記憶もある。彼以外が知っているのは彼自身が教えたということになる。エビルもその一人だ。


「嬉しくない再会でした。悪魔城の地下で眠らされていたあなた達二人を見つけたのが最初でしたね。あの時、私はあなただけを盗んで逃走した。シャドウの存在には気付いていながら私は放置してしまった。あの時に始末しておけばあなたはまだ幸せな生活を送れたかもしれないのに」


 軽く目を見開いたエビルは彼女を一瞥する。

 聞いたことのない新情報で戸惑いが強い。

 邪遠とシャドウは言っていた。とある女がエビルを連れ去ったと、そう告げていた。つまりとある女とはリトゥアールのことだったのだ。悪魔の根城から連れ出してくれたのは予想外なことに彼女であった。


「……リトゥアールさんだったんですか。あいつから聞いています、まだ赤子だった僕を盗んで逃げた女性がいるって……あなただったんですね。こうして会っているのも、運命、なんでしょうか」


「だとすれば嫌な運命ですね。……私は、愛する人の死を受け入れるのに時間が掛かってしまった。あなたを見ていると、彼を思い出します。当時の私には耐えられずにあなたを捨ててしまった。……あなただけじゃなく、お腹を痛めて産んだ子供すら捨ててしまった。……酷い女もいたものです」


 当時妊娠していたのをビュート経由でエビルは知っている。

 産みはしたらしいが捨てたと本人の口から語られて、少し悲しい気持ちになる。こうして語っている最中に彼女から途轍もない罪悪感や悲しみが伝わってくるから。あまりに強い感情にエビルの胸も痛む。


「僕は恨んでいません、むしろ感謝しています。だって、リトゥアールさんが行動してくれなかったら僕は悪魔として人々の敵に回っていたかもしれない。捨てられたけど、その結果村長に拾われました。村のみんなとの生活は他でもないあなたがくれたものなんです」


「……こんな私に、感謝を?」


「はい、ありがとうございます。僕を、助けてくれて……あの場所へ捨ててくれたことすら今は救いに思える。わざとだったんですよね。あなたは村長……チョウソンがあの近くに村を作っていたことを知っていたから、村の近くに僕を置いていったんじゃないですか? 捨てたと言っても、全てを見捨てたわけじゃないと思います」


 全てを偶然とするのは簡単だ。でもそこに人間の意思が関わっていないと誰が決めつけられようか。彼女自身に溜め込まれた後悔と悲しみ、罪悪感が彼女の意思に干渉したのかもしれない。確実に生き延びられる、チョウソンに拾われる場所へ誘導されていてもおかしくない。


「ありがたく、その感謝を受け取りましょう。今思えば捨てる場所を無意識に選んでいたのかもしれませんね。ふふ、普通は恨むべきでしょうに……。感謝されるなんて思いもしませんでしたよ」


 リトゥアールは力なく笑う。

 自然とエビルも笑みを浮かべるが、すぐに消す。


「どうして、魔信教なんてものを作ったんですか。何が、目的なんですか」


 確認は済んだ。本当に知りたい情報を得るのはこれからだ。

 ビュート達に逃がされてから何があったのか。

 どういう心境の変化で組織を作るに至ったのか。

 そして最終的な目的はいったいどういったものなのか。

 これを知っておかなければ彼女を止めるための言葉を迂闊に出せない。


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