真偽
「さあ答えてもらおうか。アルテマウスの生き残りがいることをなぜ黙っていた。なぜそんな人物を護衛として傍に置いている」
サミット開始と同時、カシマがストロウの件についてウィレインを問いただす。
彼女が答えようと口を開ける前に「待て」とサマンドが口を出す。もし彼が止めなければソラが勇気を持って告げていた。未だにウィレインと呼ばれる女性のことすら知らないのだ。一人だけが理解して話を進めるなど会談とは呼べない。
「そちらのウィレイン嬢だったか、いったい何者だ? その説明をカシマ殿からも本人からも一切受けていない。話を進めるのなら情報を開示して周知させてからにするべきだ、ソラ嬢も私も付いていけん」
「む、すまんな。つい興奮して話を急いでしまった」
「そうか、そっちの二人は初めましてか。アタシの名はウィレイン・ウォッタパルナ。水上都市改め、水上国ウォルバドの女王さ。感じている通り堅苦しい言葉遣いは嫌いだからこの場でもしないぜ。呼び方は好きにしな、ウィレイン嬢ってのは恥ずかしいが構わねえさ」
水上都市ウォルバドの名前はソラも知っている。
女王に即位してから初めてのサミット、去年の話だが、カシマから行くのを強く止められた場所だ。クランプ大森林の西に位置するその町は巨大な湖の上に存在している。複雑に入り組んだ橋を道として扱い、建造物は橋の上と陸上どちらにもある。とにかく真下にある湖が透き通っていて綺麗な都市だとカシマは過去に話していた。……にもかかわらず止めたのは、ウィレインの態度で機嫌を損なうと思ったからだろう。さすがに王族を前にあの態度は我が強すぎる。
「水上国ウォルバド……ですか。都市から国に変化した情報など受け取っていないのですが。これはお二方のどちらかから発信すべき内容だったのでは?」
そう、何も事前に知らない。完全に不意打ち。
当然ウィレインとカシマ二人の間で何度か話し合いは行われているはずだ。水上都市ウォルバドはクランプ帝国の領土にある町なので一方的に決めることは出来ない。なんせ帝国側からすれば今まで管理していた町が国として対等になるのだから、相当慎重に話をして断ってもおかしくない。
「色々とごたついていたもんでな。アタシには無理だった」
「そもそも正式に決定したのがつい最近なのだ。連絡してもよかったが、どうせこの場に集まるのならここで教えた方が早いと思ったまでよ。……だがそうだな、コミュバードでも連絡しておくべきだったかもしれん。これについては謝罪しよう」
謝罪されたもののカシマの考えには納得出来る。
つい最近に正式決定したのなら情報発信には遅い。コミュバードでの連絡は遠距離で便利となるもの。サミットのため集まっているソラ達に直接話すのと、国内にいるのにコミュバードで連絡するのはあまり時間の差はないだろう。情報の重要度にもよるが国が一つ増えたのだ、平和的な知らせだし問題はない。
「ふむ、なぜわざわざ帝国の枠組みから抜けようとしたのだ? 帝国が滅亡しかけない限り、新しい国として変化を目指す必要性はなさそうだが。資金面やらで何か不満があったのか? それとも態度の悪さに愛想を尽かしたカシマ殿が発端か?」
「そんなことよりもアルテマウスの兵士だ。彼の存在は余も知らんのだぞ」
「そんなこと? 自らの所有していた町が消えたも同然なのを、そんなことで済ませるのかカシマ殿は。話したくないのなら結構。こちらは勝手によくない想像をするだけなのだから」
「ふっ、いやいや、突っ込んで来るなサマンド。……まあ、余とウィレインは関係がギクシャクしておってな。くだらん難癖を付けてくるから縁を切った、それだけのことよ」
実際に態度の悪さを見ているとそう思えてしまう。――もう一方が口を挿まなければ。
「おいおい、難癖だと? 皇帝さんよ、都市に戦力を一人も寄越してくれねえから寄越せっつーのは難癖なのかい? そいつは知らなかった悪かった。アタシはただ、周囲の魔物から町を守るのに兵士の一人でも欲しかっただけなんだがなあ」
兵士を一人も送らないという事実にソラは愕然とした。
特例はあるが、アランバート王国領土にある村には兵士を数名は送っている。いくら魔物が警戒してあまり襲ってこないとしても番人役くらい居なければ、いざ襲撃を受けた時に大惨事になりかねない。魔物だけでなく盗賊などもいるのだ、村人だけで対処するのはどんなに頑張っても無理がある。
もし兵士を送っていないのが本当なら虐待と言ってもいい。
ただでさえ帝国の兵士は銃のおかげで戦闘力が高いのだ。一人いるだけでも戦いの際にかなり楽になれるはずである。兵士の居ない状態で持ち堪え続けたウォルバドにこそ称賛を送りたくなる。
「……現状、魔信教など目下の敵の対処で兵士は忙しい」
「そりゃどこも同じだろ? なのに帝国だけ領にある町に兵士を寄越さない、おかしいじゃねえか。こちとら神官と傭兵で何とか平和を守っているっていうのによ」
「守れているならそれでいいではないか。わざわざ気にするな」
「神官は無償で働いてくれるが傭兵は金で雇ってんだ。兵士さえ送ってくれれば無駄な出費を避けられるっていうのにだぜ。これで気にすんなってのは無理があるだろうよ。……あー、つうかさ、そっちが忙しいのは本当に魔信教の対処か?」
睨むカシマは「何が言いたい」と低い声を出す。
「敵は本当に魔信教なのかって話だよ。兵士一人一人に支給されている、今のアスライフ大陸にはオーバーテクノロジーな武器。城の要塞化。過度な防衛機能。アタシには敵が魔信教だけには思えねえな。銃ってやつの出所も分からねえ、なんかすげえバックが付いているんじゃねえのか」
好き放題告げるウィレインに対して、唐突にカシマの傍に立っていた兵士二人が銃口を向ける。彼女の言動に苛つくのは理解出来るが、武器を構えては国への敵対行為と捉えられてもおかしくない。自国の兵士の失態にもかかわらず焦った様子を見せないカシマは口を開く。
「すまんが忠告させてもらおう。これ以上くだらんことを言うと兵士が怒りのままに殺してしまうかもしれん。一応、忠告はした。くだらぬ探りは止めてもらおうか、そちらの尊い命のためにも、な」
まずい、とソラは焦る。
仲が険悪なのは分かったがここまでとは思わなかったのだ。このままでは大事な会談の場で死体が出来上がってしまう。銃の出所についてはソラも気になるが今追求すべきことではないと判断した。言い争いにならないことが一番重要だ。各国と情報を共有したうえでどう動くのかを相談し合う、国同士の親睦を深めることこそがサミットの目的なのだから。
「ウィレインさん、ここは謝った方がいいです」
「いや、銃の出所か。私も気になるな」
サマンドも乗ってしまったことにソラは彼の名を叫ぶ。
「新たな物を作るのには莫大な資金が必要だ。金だ金、結局のところそれが全て。先程ウィレイン嬢が言っていたが銃は私達の文明を超えていると思う。作れるなら製造方法をお教え願えないだろうか。最近は見なくなったが砂漠にはレッドスコルピオンがいるのでね、強力な武器はいつでも欲しい」
強力な武器の情報を共有するのもサミットの役割だ。さすがに王として長年生きていることはある、ウィレインのように強引な切り口ではない。あくまでもサミットらしく、友好的に言葉を発している。
ここは下手に謝罪を強制するよりも、流れに乗るべきだとソラは考えた。
「……魔物を撃退するための武器を欲するのはどこも同じですね。我々が戦争するわけでもないのです。カシマさん、ここは銃の製造法を全員で共有しておきませんか。魔信教への牽制にもなるでしょう」
「そ、それは……すまんが、まだ出来ん。まだ安全に作れるとは言い切れないのだ、教えてからそちらで事故でも起きたりすれば国際問題になりかねん。もうしばらく待ってほしい」
「兵士全員が持っているのに安全じゃねえって? おいおい、安全に作れねえもんを持たせるのはどうかと思うぜ。それともそれは言い訳で、アタシ達に教えられねえ事情でもあんのか。……例えばそうだな、戦争でもするつもりとか」
カシマの傍にいた兵士が持つ銃からけたましい音が鳴った。
一人だけだ、一人だけが銃を発砲していた。
弾丸が真っ直ぐにウィレインの眉間へと飛来して、瞬時に剣を振るったストロウが盾となる。ソラには弾丸が見えていなかったが今も防ぎ続けているのは分かる。そして戦いに勝ったのはストロウであり、弾き返された小さな弾丸はヤコンの胸へと直撃する。
ソラは彼の名を悲鳴混じりに叫ぶ。
数歩分下がったヤコンは歯を食いしばっており、心配そうに見つめていると優しい笑みを浮かべて「問題ありません」と告げる。
軽鎧を着ていたことが救いであったのだ。もし金属の鎧がなければ胴体を貫通して死んでいたかもしれない。彼はレミが気を許す数少ない男の一人であり現兵士団長。失った場合の損失は計り知れない。
沸騰するような怒りでソラは鋭い目を発砲した兵士に向ける。ヤコンに直撃したのはストロウのせいだが、元をただせば全て撃った男が悪い。普段温厚な自覚があるソラでも煮える感情を抑え込めなかった。
「なぜ攻撃したのですか! 危うく死者が出るところでしたよ!?」
「迷いがなかったなあ、おい。お前、予め撃つように指示されてたろ」
「……まあ落ち着けソラ、ウィレイン。これは確かに余の国の兵士の失態。幸い死人は出ていない、後でこの者には罰を与えよう。何なら罰の内容はそちらで決めてくれても構わない。一先ずは退出させておこう」
立って抗議したソラは納得のいかないまま腰を下ろす。
撃たなかった方の兵士が撃った方の兵士の肩を掴んで外へ連れて行く。
気難しい表情をしていたが攻撃の理由は不明だ。会談中の他国の王を殺害しかけるなど、これからの人生を棒に振るも同義。よっぽど愛国心か忠誠心が強いのだろうが狂気すら感じる。この場からいなくなったのなら安心しても構わないのだが心配の種は消えない。




