告白の返事
ここまで来ればもう逃げられない。後回しには出来ない。
己の気持ちに正直になればいいだけだ。深く考えず、本心を声にすればいいだけだ。サトリは左手薬指に嵌まっているリングを一瞥してから深く息を吸い、深く吐き出す。そして決意が固まったのを感じてから声を出すために口を開く。
「私には、自分の恋愛感情というものがよく分かりません。今まで恋愛というものを見たことはありますが、自分がしたことはないですし、そういったことを考えることすらありませんでした。しかしセイムのことは好きだと断言出来ます。ただ、それが恋愛感情なのかまでは分からず……」
紛れもなくこれがサトリの本心。
この期に及んで未だに恋愛的な意味で好きかどうか判別がついていない。
答えを保留にしていたのはタイミングもあるが、こんな状態で返事をしてもいいのかと迷いがあったからだ。しかしもう迷いはない。受け入れてくれることを祈って全てを吐き出すつもりでいる。
「焦る必要はない、自分の気持ちをちょっとずつでも理解していけばいい。あなたはおそらく、いつまでも答えを待ってくれる。……ですがそれは甘え。このまま闇雲に考え続けても大した進捗はないと分かっていながら、待ってくれるあなたに甘えて返答を引き延ばしているだけ」
「それでも俺は待つぜ? 急かす男は嫌われるからな」
理解しているのを示すために頷いたサトリは「ただ」と告げる。
「天空神殿にいた際も、今も、自分なりにかなり考えているのです。一つだけ分かったことといえば、あなたが女性に迫ったり不埒な視線を向けた時、以前よりも不快だと思うようになったことですかね。先程、アズライと密着していたのを見た時も心が煮えるというか……。おかしな話ですよね。心を静める特訓を行っていたというのに、逆に感情が荒ぶってしまうなんて」
天空神殿での特訓を終えた、いや終わってしまった時というべきか。
サトリは結果的に〈神衣〉の習得に成功した。どんな状況にも冷静でいられる波一つ立たない水面のような心を手に入れたのかといえば、そうではない。セイムと再会した時がいい例で実際は今までよりほんの少し冷静になった程度。
神に課せられた試練を乗り越えられなかったと失意の中、カシェ本人は合格ラインにあると慰めの言葉をくれた。ゆえに一時的に、静かな心の時、任意で〈神衣〉を使用出来るようにさせてもらった。……だというのに感情の制御が未だ上手くいかないことを恥ずかしく思う。
「……え、それ嫉妬じゃん」
「嫉妬……? この、私が……?」
セイムの言葉を呑み込むのにサトリは数秒を要する。
「俺が他の女といて胸が痛いとかないのか?」
「それは……先程、痛かった、かも」
「じゃあ嫉妬だろ。難しく考えすぎなんだってお前は、もっと単純でいいんだよ。好きなら好き、嫌いなら嫌い、それだけの話じゃねえか。一つだけ確かなのは俺がお前を好きで、お前も俺が好きだってこと。ならもう答え出てるだろうよ」
難しく考えすぎと言われると否定出来ない。
実はサトリは告白に対していい返事をしようと思っていた。しかしそれは恋愛感情の有無を確かめるためと注釈が付く。
セイムの言葉を聞いた今は違う。
嫉妬や胸の痛みなどは関係ない。ただ、好ましく思っているのが事実ならそれだけでいいのだ。軽々しく彼と恋人関係になってしまえばいい。これからサトリの想いが悪い方向へ変化する可能性は否定しきれない。もし嫌いになれば関係はそこまで、別れれば済む話。
「……何やら、胸が空くようです。今ならはっきりと言えますね」
彼が語った結婚の夢もサトリは持ったことがある。
子供の頃の話。将来は結婚して、子供を産んで、平凡な幸福を望んでいた。幸福になる夢など復讐を遂げようとする身では叶わない、とっくに潰えたかと思っていた。しかし今からでもやり直せると考えを改めることが出来た。
「私はセイムという個人が好きです。お調子者だけど誰かのことを考えられる、気持ちに寄り添えるあなたのことが好きなんです。不束者ですが、今後ともよろしくお願い致します」
「恋人として、だよな?」
「ええ。恋人として、です。くれぐれも浮気はしないように」
「分かってるっての。もう平気だよ、今の俺ならさ」
今からでも、いつからでも夢を叶えようとするのは遅くない。
復讐の後でいい。セイムと結婚して、神官は続けたまま平凡な生活を送ってみたいとサトリは思う。彼も同じ夢を持っているなら異論はないはずだと信じて、頭の中に幸福な未来を描く。
「ただ、恋人といっても何をすればいいのやらさっぱりですね」
「そこは俺もさっぱりだぜ。ま、今はやらなくちゃいけねえことがあるし、考えるのは終わった後でいいんじゃねえかな。全部終わったら時間はたっぷりとあるんだ。二人でいくらでも考えられるって」
魔信教への復讐を放棄するわけにはいかない。
セイムも同意見であり、恋人になってもそこは変わらない。
「ところでさ、ウォルバドの町長ってどういう男なんだ?」
「はい? 代替わりしていないと思いますから町長は女性ですが……どうしてそんなことを訊くのです?」
「……そっか……女か」
急にそんなことを訊いたセイムは微妙な顔をしていた。
サトリにはその理由が分からない。男という仮定で話していたことから浮気するつもりじゃないことくらいは分かる。何を思って訊いたのか問いただしたものの彼は一向に口を割らなかった。




