クランプ帝国
終章の一歩手前に入りました。
この文章を書いている時、実は未だに章タイトルが決まっていませんでした。
クランプ帝国は軍事国家アルテマウスに次いで戦力が高いとされている。
石材で造られた大きな城には多くの穴が空き、そこからは大砲と呼ばれる兵器が置かれている。他にも火薬なるものを用いた武器、銃と呼ばれるものを兵士が所持している。それらを活かすためか、城の安全のためかクランプ城は高い塔のようになっていた。城下町は壁に囲まれた円状になっており、城はその中心だ。
「ここがクランプ帝国……」
その見慣れぬ構造に目を丸くしている白髪の少年が一人。
彼は背に短い赤髪の少女を背負っており、首には白いマフラーを巻いている。彼こそがこの地上を守るために旅をする勇者であり、風の秘術という唯一無二の能力を持つ男。別名、風の勇者。
「はー、たっけえ城だなあ。上んの大変そ」
彼、エビル・アグレムの後ろで間抜けな顔をしているのはその仲間、セイム・ブラウン。黒髪褐色肌で、大鎌を担いでいる死神の末裔。
セイムの隣にいるプラチナブロンドの長髪の女性神官は彼の言葉に同意する。
「ですね。あれ程の高さ、階段で歩いて上るとしたら相当な労力でしょう」
白と青を基調とした神官服を着ており、金の金輪が三つ先端に付いている錫杖を握っている彼女がサトリ・ディルマイゼ。そしてエビルが背負う赤髪の少女がレミ・アランバート。四人こそ封印の神カシェに認められた勇者一行なのである。
ついでにもう一人同行者がいるが今は関係ない。
四人はカシェの傍にいた白竜という男、正体はドラゴンだった彼の背に乗せてもらって帝国まで降りてきた。彼はエビル達を送ると「これで役目は果たした、精々頑張ることだ」と告げてすぐに帰ってしまっている。お礼は言えたものの短い会話であった。彼らしいといえば彼らしい態度である。
普段の旅なら初日は旅の疲れを癒やすのが普通であったが全く疲れていない。今日はこのまま観光、といきたいところだがレミの存在がある。彼女を背負ったまま観光するのは疲れるし、先に宿屋へ置いていった方がいいだろう。
「しかしエビル、これからどうするのですか?」
「どうするっていうのは……観光? 旅?」
「どちらもです。まずレミを宿屋に置いてから見て回るのか、背負ったままなのか。旅をしてこの先どこへ向かうのか。この先には国がありませんよ、アルテマウスは滅びましたしね。他の大陸へ渡る手段もノルドの船のみですが今は漁業にしか使っていません。魔信教がアスライフ大陸以外に移動することはないですし、我々もこの大陸内を回り続けなければいけないのでしょうか」
サトリの言う通り、アスライフ大陸にクランプ帝国より北の国はない。
唯一あるとすれば軍事国家アルテマウスだったのだが生憎と魔信教の活動で滅びている。魔信教に一応属しているシャドウ本人が言ったので間違いない。今やその国は瓦礫の山となっているので行っても何もない。
魔信教の殺戮を阻止するために旅をしているエビル達だが困ったことにこの先は村一つない。クランプ帝国で被害が出ないのならどうするべきだろうか。被害を食い止めるにはその場所にいる必要がある。また来た道を戻るべきなのかエビルは悩んでしまう。
この先、国に限定しないなら一応建築物は存在するが人が住む場所ではない。今は廃墟の魔王城や、勇者に試練を与えるという噂がある塔などである。これらもシャドウの情報だ。昔に先代風の勇者が行った場所は彼が憶えている。
「旅の行き先はじっくり考えてみよう。レミについては先に宿に行ってベッドに寝かせてあげるよ。背負われたままよりもベッドの方がぐっすり眠れるだろうしさ」
「だな。……しっかし、レミちゃんはいつまで寝てんだか。人間ならこの時間帯は起きてるはずだろうにさ。そんなに特訓で疲れたのかね」
「疲れているのでしょう、そっとしておいた方がいいと思いますよ。幸いまだこの国では何も起きていないようですし、戦闘になるような事態に陥る可能性は少ないでしょう。ですが油断は禁物。もう直この国では各国トップ達の会談、サミットが行われるはず。魔信教がジッとしているとも考えられません」
「心配だね……」
各国の王族が集い話し合うのがサミット。
護衛が付いているとはいえ集まるのは国王達だ、魔信教でなくても狙う者がいるかもしれない。勿論部外者のエビル達にはどうすることも出来ないが心配なのだ。特にエビルはレミの実姉、アランバート王国女王のソラと知り合いなのだから。
「そういやレミちゃんの姉ちゃんなんだっけ、アランバートの王様。うーん、やっぱりレミちゃんみたいに拳振るう感じか? 勇敢で魔物も素手で倒しちゃう的な」
「ソラさんは顔がレミと似てるけど性格はあんまり似てないかな。お淑やかっていうか、大人しいタイプだったと思う。それでも決断は早いし的確で精神的な強さがある、良い女王様だよ。サトリも会ったことあるんだっけ?」
「ええ、ソラ様とは一度だけ。他にリジャーの国王とも会ったことがあります。サミットに向かう際、お二方共プリエール神殿に寄ってくださいましたからね」
リジャーといえば砂漠の国。会う機会はなかったのでエビルとセイムは国王を知らない。どんな人物なのか異様に気になって仕方ないので、セイムが「へえ、リジャーの王様ってどんな奴なんだ?」と問う。もし彼が訊かなければエビルが訊いていただろう。
「どんな人……。良い人、ではあると思いますよ。ただ、少々お金にがめつい様子はありましたね。リジャー王は自国の利益を追求するためなら随分と思いきった判断を下す方でした。話によればたまに城下町をうろついて豪快に買い物をしていくらしいです」
「へえ、色んな国王がいるんだね。他に参加するのはここの皇帝と……ハイエンドは王族が皆殺しにされたんだっけ。アルテマウスも滅んだ。……ってことは三人だけなのか」
アスライフ大陸には五つの大きな国が存在していたが今は一つが滅国、もう一つが王族不在。魔信教による被害は非情に大きい。残りの国もどうなるか分からない不安定な状況は、確実に魔信教を討つまで改善されない。
エビルは先代風の勇者に魔信教教祖、リトゥアールを救うと約束している。上手く説得出来れば解体も夢ではないと思うが自信はない。かといってシャドウのように殺す選択肢は選びたくないものだ。
深い思考で頭を働かせているとエビルは何かを感じ取る。
石畳の上を歩く彼らの視界の奥。何やら人々が騒めいており人だかりが作られていた。旅芸人などが芸を披露しているにしては戸惑いや恐怖の感情が流れてくる。ついでに闘争心が風として吹いて伝わる。穏やかな日常でないことだけは確かだ。
難しい顔をしていたせいかセイムが「どうした?」とエビルに問いかける。
「この先で何かあったみたいだ。みんな怖がっている感じがする」
「おいおい、まさか魔信教じゃねえだろうな」
「もしそうだったら人々が危ない、急ぎましょう!」
三人は走って人だかりの傍まで急ぐ。
人で渋滞しているそこはさながら壁だ。何が起きているのかはもっと近くまで行かないと分かりそうにない。三人は「すみません」や「通してください」などと言って人の波を掻き分ける。何とか顔だけでも抜けられたエビルは状況を把握しようとする。
「観念してください。あなたが店の商品を盗む瞬間を私と彼は見ています」
「そうそう、大人しく捕まった方がいいぞ。戦うのはお薦めしない」
二人の男女が一人の男の前で立ち塞がっている。
強面の男の前に立つ女の方は赤い長髪で立ち姿から気品を感じられる。女の隣に立つ青年は胸の辺りに燃え盛る炎の刻印がある軽鎧を身につけており、金髪で目鼻立ちのいい顔をしている。長剣を腰からぶら下げていることと鎧から兵士であるのは間違いない。
エビルは「ああ……!」と口を開けて驚く。
あの男女を知っているのだ。特に女の方は顔がレミと似ているので見間違えるわけがない。金髪の兵士の青年も恩があるしよく憶えている。
女はソラ・アランバート。レミの実姉にしてアランバート王国女王。
青年はヤコン。以前はレミの護衛として活動していた兵士。
そう、二人の男女は長い間会うことのなかった顔見知りであった。




