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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
六章 天空神殿
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再集合


 天空神殿の入口前。

 広い森が見渡せる階段の上にエビルは佇んでいる。

 特訓期間が終わって今日がもう天空神殿に居られる最終日。願えばもう少し滞在出来るかもしれないが魔信教の問題がある。託された願いもある。ここで立ち止まっているのは申し訳なく思えた。


「今日でお別れか、こことも」


『おい、ビュートがいねえんだがどこ行ったか知らねえか? あいつ俺との決着つけずにどっか行きやがってよ。お前は戦ってたみてえだが俺は今日戦ってねえぞ』


「いるさ。僕の紋章の中に」


 シャドウへの返答は間違えていない。ビュート、先代の風の勇者は願いを託して風紋と融合してしまったのだから。


 十日間、エビルは精神世界で特訓していたわけだが特に身体的異常はない。

 終わったら痩せ細っていたなんて状態も想像していたが杞憂だったらしい。ただ食欲は普段よりあったので、カシェに頼んで満腹になるまで食べさせてもらった。聞けばレミ達は十日間毎日その美味しい料理を食べていたというので少々嫉妬した。


「おや、出発の準備が早いですね」


 天空神殿内から発せられた声に振り向くとカシェと白竜が歩いて来る。

 相も変わらず美しい容姿だがエビルの目を引くのは隣の白竜――が背負っている赤髪の少女、レミの方だ。疲れているのか彼の背中でぐっすり眠っている。


「ああ、こいつか。疲労の封印を解いた瞬間に眠りこけてな。まったく世話が焼ける、貴様が背負え。いつまでも荷物を背に置いているわけにはいかん」


 言葉とは裏腹にそこまで嫌そうではないがそれを言うのは止めた。彼の性格上、あまり本心を指摘するとどんなことをするか分かったものではない。カシェがいるため暴れないとは思うが怖い。


 何も言わずにレミを受け取って背負う。安らかで気持ちよさそうに眠っており、歳相応の子供のようであった。背中の眠り姫が実は火の秘術使いで、肉体的な強さは男顔負けなどいったい誰が信じるだろうか。


「……ほう、貴様、かなり強くなったな」


 確かに強くなったが見ただけで分かることに驚き、エビルは「え、分かります?」と思わず訊いてしまった。言った後で考えると微妙に生意気そうで恥ずかしい。


「その女には及ばないだろうがな。どうやらそれなりに良い特訓を受けられたらしい。強くなれた事実を精々カシェ様に感謝しておけ。もう貴様が会うことはないだろうから一生分の礼を尽くせ」


「よしなさい白竜。感謝されるために特訓を提案したのではありません」


「はっ! おい貴様、感謝なんてするなよ!」


「い、一応しておきたかったんですけど」


 カシェ絶対主義の白竜はそれでも「するな!」と言うので心で感謝する。

 これで内心を読まれていたら殴られていたかもしれない。風の秘術を自分が持っていて改めて良かったとエビルは思う。


「おっ、全員揃って……ねえか。エビル久し振りだな!」


「セイム、久し振り。心配したよ」


 次にやって来たのは黒髪褐色肌の少年、セイム。

 黒のボディースーツとマントを着用して大鎌を背負う姿は普段通りだ。十日間以上会っていなかったので何だか安心する。妙に心がソワソワしているようだが些細なことだ。


「へへっ、悪い悪い。まあご覧の通り無事だし、もうお前らに心配かけさせたりしねえよ。この十日間で俺の〈デスドライブ〉もかなり強化されたっぽいしな。悪いがよ、俺が一番強くなっちまったかもしれねえわ」


「心強いよ。でも僕も強くなれたし、負担は掛けない」


 彼が「おう!」と言って拳を前に持って来たので、エビルも前に出して拳を合わせておく。

 若干こういう友達っぽい仕草に憧れていたのは秘密だ、揶揄われるのが目に見えている。いつかレミやサトリともやってみたいとは言えない。


「おや、私が最後ですか」


 最後にやって来たのはプラチナブロンドの長髪が美しい神官、サトリ。

 白と青を基調とした神官服。ゆったりしている服を着ていても分かる胸の膨らみ。三つの金輪が先端に付いている錫杖。表情は冷静さが滲み出ている、いつも通りの彼女だ。


「待たせましたねエビル、レミ、セイム……セイム? セイッ、セッ、セイム!? な、ななななななぜあなたが生きて!? ま、まさか彼の皮を被った魔物!?」


「あらあらサトリ、何事にも動じない冷静な心を持ったはずでは?」


「この状況で驚かないなど無理でしょう!? え、本物なんですか!?」


 顔にあった冷静さが一気に崩れて動揺している。

 カシェに指摘されているのを聞いてエビルも思い出した。サトリは波の立たない水面のような心を手にするため祈っていたはずだ。とはいえさすがに死んだと思っていた男がいたら動揺するだろう。これで微塵も動揺しないならもう心が死んでいるも同義だ。


「よおサトリ、十日間会えなくて寂しかったぜ。俺としちゃすぐにでも感動の再会でハグでもしたかったんだがね。ま、神様に止められちまったからさ。再会が遅れちまったのは許してくれよ」


 いつも通りのテンションでセイムは話しかける。

 残念ながらサトリの反応はない。無言でジッと見つめている。

 返事がなくて不安になったセイムはぎこちなく振り返り、エビルの後ろに回り込んで盾にした。肩までがっしり掴まれてはエビルも動けない。


「ちょっ、おい、やっぱ普段と同じテンションじゃまずかったか? 俺なりに考えた結果だったんだけどよ。あーくそっ、何か間違えたのか? 何も言われないの怖えよ……!」


「……大丈夫じゃないかな」


 サトリが無言で接近して来るが、エビルはあっさりと抜け出して横にずれる。

 肩を掴まれた状態から抜けた方法は簡単だ。風の塊を、この場合は空気の塊か。空気の塊で層を作ってセイムの両手を押し出してみせた。全く気付かなかった彼は「え、おい!?」と焦っていた。


「う、お、おい、悪かった。俺が悪かった! 心配かけてごめんって!」


 もうサトリはセイムと至近距離にまで歩いて来た。

 焦った表情で慌てている彼と対照的にサトリは物静か。いや、それはあくまで普通の人達から見た結果であって、エビルから見ればどちらも精神が乱れている。分かるのだ、風の秘術で。彼女の中にある怒りはあってないような小ささだと。


「……死んだと、思っていました」


「あ、うん。実は生きてましたーって……あはははは、は!?」


 驚愕で上擦った声をセイムが上げた。

 大胆にもサトリは全員の前で彼を抱きしめたのである。

 豊満な胸が彼の体で潰されていた。きっと柔らかい至福の感触が伝わっていることだろう。そのせいか、抱かれているせいか、彼の顔は一気に赤く染まって酷く狼狽えている。


「良かった……生きてて、良かった……」


 サトリは静かに涙を流す。強すぎるくらいにぎゅっと力を込める。

 咽び泣いている彼女の力はかなり込められているようで、時折セイムが幸福そうな表情から痛みに耐えるようなものに変わっていた。それでもまだ力を強めようとしている彼女をエビルは止めるか悩む。感動の再会であるし、セイムが嬉しそうな顔をしている時間が異様に長いからだ。気のせいか彼の骨からバキバキと音が鳴った気がする、気のせいであってほしい。


「返事、考えていましたから。あなたがいなくても、考えていましたから。……だから、時間がある時、私の答えを聞いてください。一生懸命考えて、悩んで出した答えですから」


「ああ、いつでもいいぜ。今は……まあ、ちょっとはずいから後でな。そ、そのさ、気付いてないわけないと思うんだけど、お前、胸、胸めっちゃ当たってるぜ」


「……今だけは……気にしません」


「え、おい、おいおい。ま、まさか……これもう答えみたいなもんじゃ」


「違います……! その、感動の再会ですから……つまらないことでこの気持ちを抑えたくないんです」


 もうセイムは昇天しそうだ。力がさらに強まって幸福そうな表情の頻度が明らかに減った。若干嬉しそうな笑みを浮かべているものの間違いなく痛みに耐える顔をしている。


「ふふ、嬉しくて抱きつくのは結構ですが。話を始めてもいいですか?」


 止めようとエビルが判断した時にはカシェが口を開いていた。

 慌てて離したサトリは彼女の方へと向き直り、セイムはふらふらと歩いてエビルの方へ寄って来た。もう痛みは治まったのか「俺、悔いはねえや」と笑顔で告げてくる。さすがに「ちょっとちょっと、冗談でも止めなよそういうこと言うの」と忠告しておく。


「時間を取るのも悪いので必要事項のみを伝えましょう。まず、この天空神殿から地上へ降りてもらうわけですが、降りるのは白竜に手伝ってもらってください」


 カシェが視線を白竜へ送る。

 どういうことだと思っていると白竜の体が白光に包まれる。不思議現象に目を奪われて静観していると、白光は徐々に大きくなって足場のない場所へとずれていく。直径十メートルでもまだ止まらない。直径二十メートル辺りになると白光が消えて白い生物が現れた。


 白い鱗に覆われた巨躯。人型だった頃と同じ金の鋭い瞳。あの機械竜を思わせる姿は正しく古代に存在したという超生物――ドラゴン。

 それが白竜だという事実を呑み込むまでにエビル達は時間がかかった。


「彼は、ドラゴンだったんですか? 人間じゃなく」


「マジかよやべえええ! テンション上がんなあ!」


「俄かには信じ難い事実ですね……。ドラゴンだったなど」


「絶滅したと地上で言われていますしね。私も知る限り、ドラゴンは白竜のみ。地上には少々刺激が強いと判断したのでこの神殿に居させています」


 確かに白竜が善だろうと悪だろうとドラゴンなら関係ない。怪物、魔物をも超えた最強生物。それが存在していると周知されるだけで危険かもしれない。どこかの国は危険視して討伐しようとするかもしれないし、神として崇めるような国も出たり、世界中が色々と変化してしまう可能性は否定出来ない。


「そして最後。エビル・アグレム」


 覚悟を持ってエビルは「はい」と頷く。


「レミ・アランバート」


 未だ寝ているので彼女は返事を出来ない。


「セイム・ブラウン」


 神相手だというのに彼は「はいよ」と軽く返事をする。


「サトリ・ディルマイゼ」


 もう落ち着いたようで彼女は「はい」と静かに答える。


「あなた方四人で必ず、悪の組織魔信教を討伐してください。地上の運命はあなた方の手にかかっているのです。――さあ行きなさい! 今代の風の勇者と、その仲間達よ! アスライフ大陸に平和を取り戻すのです!」


 こうしてエビル達は魔信教討伐への想いと覚悟を確かなものにした。

 次なる目的地はクランプ帝国。アスライフ大陸の各国トップが集う会議、サミットが開かれる大きな国。

 白竜の背に乗ったエビル達は雲と風を切り裂いて地上へと降りて行く。








 六章完

 次回 七章へ突入

 章タイトルはまだ未定です


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