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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
六章 天空神殿
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解放の恋心


 不公平は特訓ではなく告白。ならなぜここで無関係のはずのレミに話が移るのか。

 疲労から頭が回らない。いや疲労は食事で回復したはずだ。答えを分かっているからこそ考えないようにしているだけだ。



「――エビルに告白しねえか? 好きなんだろ?」



 一瞬、頭が真っ白になった。

 思考が再起動してから真っ先に思ったのは……どうして、だろうか。

 なぜセイムが自分の気持ちを知っているのか分からない。そんなに自分が分かりやすかったのか、それとも若干気持ちを話したことがあるサトリが伝えてしまったのか。レミはひたすら今考えても遅いことを考える。


 真剣な顔つきで真っ直ぐに視線を向けてくるセイム。彼は喋らない、レミが何か言うのを待っている。ごくりと喉を鳴らしたレミは目を逸らして口を開く。

 どうしてアンタがそんなことを知ってんのよ、と。小声で。


「見てりゃ分かる、バレバレだったぜ。気付いていないのはエビルくらいなもんだ。あいつがレミちゃんのことをどう思っているのかは俺にも分からねえけどな。少なくとも嫌いじゃねえだろ」


「……何でアタシも告白しなきゃいけないのよ。別に、いいじゃない」


 レミはセイムに背を向ける。

 今は魔信教をどうにかしなければいけない大事な時期。恋に(うつつ)を抜かして戦いに支障が出ては目も当てられない。一度好きだと告げてしまえばもう抑えがきかなくなる。エビルの負担になってしまうのは避けたい。


「さっきレミちゃんが言ったよな。死ぬ間際での告白は重いんだろ? 俺もそう思う。だけどさ、死ぬ前に絶対気持ちを伝えたいって思うだろ? こんなことは言いたくねえけどよ、この旅の途中でいつ死んでもおかしくねえんだぜ。……それにモタモタしてっと誰かに盗られちまうかもしれねえし。エビルはよ、結構多くの人間から好かれるタイプだと思うんだわ」


「……まあ、そうでしょうね」


 今まで死の一歩手前まで行ってしまったことは何度かある。いつ死んでもおかしくないというのは事実だ。もしかすれば別れも言えずあっさり死ぬかもしれない。

 エビルが多くの人間から好かれるタイプというのも同感。なんせ彼と付き合っていて目につく嫌な部分などまるでないのだから。あの純粋さだったり正義感に惹かれる者は今までもいた。運良くといっていいのか、恋愛対象としてエビルを見ていた者はいなかったので問題はなかった。


 これから出会う者がエビルに恋するかもしれない。自分より可愛く素敵な女性を見てエビルが恋をするかもしれない。セイムの言うことは尤もで、伝えるなら早く伝えた方がいいのだ。レミの恋が成就する可能性は早い方が高まる。


「……でも、エビルの負担になりたくないの。気持ちを打ち明けて恋人になれたとして……アタシ、結構嫉妬深いかもしれないから。きっと迷惑かけちゃう。……それに、もし……もし……フラれちゃったらって思うとすごく怖いの。きっと今まで通りの関係じゃいられない」


「じゃあレミちゃん自身の負担になるのはいいのか?」


 確かに気持ちを伝えずに抑えるのは負担だ。戦闘の時は気持ちを切り替えられると思うし、レミは大丈夫だと信じている。少なくとも愛する者に負担を掛けるよりよっぽどいい。


「レミちゃんが伝えなくてもさ、エビルは直に気付くぜ。風の秘術ってのは神様に訊いたところ熟練者は思考まで感じ取っちまうんだとよ。もちろん全部ってわけじゃねえらしいが。たぶん今回の特訓でエビルはその域に届く。……どうせバレるならよ、俺は自分から言うね。そうなってからじゃそれこそあいつの負担になっちまうだろうし」


「……考えておくわ」


 今までは伝えなくてもいいと思っていた。

 いつか気持ちを伝えるに相応しい時が来る、そう信じていた。

 もしレミとエビルが何の使命も背負わず、ただの村人として過ごす世界があったならと何度思ったことか。別に魔信教との戦いが嫌になったわけではないが平和に生きたかったのも本音である。もしエビルが普通の人間だったら色々と考えずにきっぱり伝えられたはずだ。


「――レミ! 少しこっちへ来い!」


 白竜に呼ばれたレミは彼の元へと歩く。

 いずれ解決するべき問題を考えながら向かう。彼の傍には座ったままのカシェもいる。なぜ呼ばれたのか、いったい何の話があるのか考える余裕が今はない。


「レミ、これからあなたの疲労を一時的に封印しないかという案を白竜が出しました。特訓にその分励むことは出来ますが辛さは増すでしょう。あなた自身の意見も聞いておきたいのですが」


「貴様が倒れている時間が勿体ない。強くなりたいなら受け入れろ」


「はい、構いません」


 セイムの言う通りならエビルにはいずれ自身の恋心がバレてしまう。

 隠し通そうという想いを彼が知っては意味がない。余計に気を遣わせる羽目になるだけだ。それならいっそのこと暴露した方がいいかもとは思える。


「……そこまでの覚悟を。分かりました、私はあなたの意思を尊重しましょう」


「はい、ありがとうございます」


 色々と考えた結果、レミは恋心を解放することに決めた。

 勇気は必要だろう。エビルの答えがどちらにせよ受け止めて、この先も変わらず一緒にいられるよう覚悟しておくべきだ。

 小さく「よし」と呟いて、内心で告白しようと決意する。


「では早速天空闘技場へ戻ります。カシェ様、十日後までに必ずこの女の実力を底上げしておきます。どうかご安心ください」


「え、もう行くの? まあいいわ、ちょっとスッキリしたし」


 何の話だったのかあまり聞いていなかったが終わったならもういいだろう。失礼かもしれないがレミはそう思い、カシェへと一礼した後に白竜の後へ続く。


 あっという間に天空闘技場へ戻って来た二人は早速特訓を再開する。

 また〈圧縮炎(コンプレスフレア)〉を発動したままの組手だ。もう何も迷わなくなったレミはいつも通りに火を出そうとして――。


「え、何これ……?」


 出たのは出そうとした蒼炎じゃない。かといって通常の火でもない。

 レミの手で燃えている火の色は紅い。ただ赤いだけでムラのあった通常のものとは違い、澄んだ紅は時折虹色に淡く光る。

 普段と違う火の色にレミだけでなく白竜も目を見開いていた。


「それはまさか……聖火?」


「聖火? それって城で燃えている火……」


 アランバート王城の頂点で燃え盛っている消えない火、それが聖火。

 思い返してみれば手元の火は自国にある平和の象徴と似ている。あちらは虹に光ったりしなかったが色は同様に澄んでいた。何か知っているらしい白竜へとレミは顔を向ける。


 白竜が語ったのはレミもまだ知らない、いやアランバート王国の誰もが知らない聖火の真実。


 聖火とは元々、火の秘術使いが扱える火の一種。

 初心者はどこにでもあるような赤い炎。強靭な精神力と一定の実力を持ち合わせて初めて扱える蒼炎。そして蒼炎とは違い、強くなるのに加えてとある条件を満たすことで扱えるのが聖火。


 その条件とは――恋の気持ちを伝えようとすること。


 なぜと問えば秘術についての話になる。

 秘術とは元々創造神アストラルが人間に魔へ対抗するために与えた代物。何が元になったかといえば創造神の感情である。火の秘術はその中の恋情の力を多く秘めている。


 遥か昔、火を扱えるようになった人類は大きく分けて三つの使い道を思いついた。

 肉などを焼いて調理するため。獣を追い払うため。そして今でいう結婚をした時の儀式で祝福するため。それらを知っていた創造神は火の秘術にそれらの意味を込めたのだ。

 調理。敵の撃退。恋の祝福。この三つこそが火の秘術の役割。


「貴様は今、火の秘術の真価を完全に引き出してみせた。正直これは想定外だ。聖火を出せただけでも相当なパワーアップを果たしたと思っていい」


「聖火……アタシの、新しい力」


「ふっ、後は炎のコントロールや火力を増していくだけだな。まあやることは変わらない。毎日〈圧縮炎〉を使用したまま俺と摸擬戦を行うのみ。さあ、新たな力に浮かれるなよ。強力な力を手にしても上手く扱わなければ無意味。残りの時間で十全に使いこなしてみせろ」


「やってやるわ。ええ、やってやるわよ。全部全部糧にしてやる!」


 張り切って組手を再開させたレミ。迎え撃つ白竜。

 しかしレミはまだ知らない。先程のカシェからの話を聞いていなかったせいで、自分が疲労などを封印されていることに気付いていない。倒れるまで組手を行うこの特訓からはもう食事や風呂の時間を除いて抜け出すことが出来ない。

 戦闘地獄と化した特訓が幕を開けたのである。


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