過去と現在
名を忘れられた村から悪魔王城での戦闘。
色々と語ってくれたビュートは軽く息を「ふぅ」と吐く。
「と、まあこんなところかな。俺とリトゥアールはそれっきりさ」
「つまんねえ話を聞かせやがって。ンなもんとっくに知ってんだよ俺は」
「エビル君は知らなかっただろ」
いったいどんな気持ちだったのだろうか。
リトゥアールはその後どう過ごしていたのだろうか。少なくとも数百年の間、どう生きてきたのか想像は難しい。また会えると信じていただろうに結局現在も会えずじまい。魔信教の教祖となった理由はエビル達の知らない空白の時間が深く関係しているに違いない。
思考に耽るエビルは内心で『あれ?』と呟く。
一つだけ、ありえないことがある。リトゥアールも、ビュートも、そもそも約三百年ほど前の人間である。ならばなぜリトゥアールはこの現代で活動していられるのか。人間なら三回は死んでいるような長い時間、どうして彼女は死なずにいられるのか。
「あのビュートさん、どうしてリトゥアールさんは生きているんですか? あなたが魔王を倒したのは約三百年前。人間ならもうとっくに死んでいるはずですよね?」
「ああ、まだそこは話していなかったね。せっかくだ、俺から色々な情報をぶちまけておこう。シャドウも知っているとは思うけど」
そっちが教えるかとビュートが視線を向けたシャドウは「教えねえよ面倒臭い」とあっさり拒否した。彼は立ち上がり、背を向けて草原の景色を眺め始める。
「エビル君、ジークという男の話を憶えているかい? あの男の言っていたことはほぼ正解。リトゥアール達が今も生きているのは長寿泉という場所のおかげさ」
ジークという名前に顔を顰めそうになるが抑える。僅かに出てしまった嫌悪の表情をすぐに戻して、あまり思い出したくない男との会話を記憶の底から引っ張り出す。長寿泉という場所について展示会で話していたような記憶はあった。
「アスライフ大陸の南、ミナライフ大陸にある長寿泉。あの泉を一定量飲むと不老になれるんだよ。ただ、番人がいるから誰でも泉に近付けるわけじゃないけどね。俺達はそこに行って、人類を永遠に支えるために不老となった」
「じゃあ、他の人も生きているんですか? 確かセイエンさんとチョウソン……ん? チョウソン……チョウソン!? ま、まさかチョウソンって!」
「君の想像通り、君が育った村の村長さ。本当に村を作ったのは俺も驚かされたよ」
衝撃の繋がりにエビルは驚きを隠せない。
まさか村長が勇者一行の一員だったとは夢にも思わなかった。村周辺の魔物を倒したりしていたことや、師匠であるソルが強いと言っていたことから相当に強いのは知っていたのだが。
村長が旅に出るのを許さないと言ったのは、勇者一行としての経験があるからなのかもしれない。いや十中八九そうだ。旅に出たら死ぬかもしれないという発言はビュートのことだと捉えられる。あれだけ止めたのは村長自身に後悔の鎖が絡まっていたせいだろう。
「ついでにセイエンは邪遠だぞ」
情報を処理しきる前にシャドウが新たな爆弾を投下した。
「はっ? セイエンさんが……邪遠? 邪遠!? 嘘でしょ!? だって種族が違うじゃないか! ビュートさん、セイエンさんって悪魔だったんですか!?」
「いやいや人間だよ……生きていた頃はね。まあそこも話そうか」
正直これ以上は情報過多でついていけない気がするが知りたいのも事実。
エビルはこくりと頷いて、見栄を張っているが聞く態勢は整っていると目で訴える。
「俺とセイエンは悪魔王に敗れ、あいつは殺された。この話、どうして悪魔である君が秘術を使えるのかってところにも繋がるからよく聞いておいてほしい。どうやったのか知らないけど悪魔王は生物を悪魔へ改造する力を持っているらしい。死体を改造して転生させると記憶だけ、生きたまま改造すると記憶と実力だけを引き継ぐ。あいつの場合は前者、俺は後者ってわけ」
悪魔へ改造するなど酷い話だ。特に死者を改造して転生させるなど死への冒涜に近い。死体を改造というと魔信教でもスレイを、まだ生きていた頃のイレイザーも含めて機械化していた。敵といってもそんな仕打ちを受けたと知ればいい気分になれない。
「秘術っていうのは死んだ直後に次の人間へ移る。セイエンが殺されたから火の秘術は誰かへ移り、俺は殺されずに改造されたから君が秘術の力を受け継いだ。君が赤子から育ったのはたぶん、反撃を恐れて肉体を赤子に作り直したからだろうね。俺の実力を受け継いだ悪魔だし、消耗していた悪魔王なら殺せるくらいに強いはず。セイエンを赤子にしなかったのは秘術の力を受け継がないからかな」
秘術の使用者としてエビルはその強さをよく理解している。
完璧に使いこなせば圧倒的な力を手に入れられるだろうし、身体能力も使用時には上昇する。まだ林と山の秘術使いには出会っていないが、少なくともレミも同じ感想を抱いていると以前聞いた。
「……どうかな? 筋は通っていると思うけど」
「合ってるんじゃねえの。つか俺に話を振るな、知らねえし」
「残念、生まれ変わってからの記憶を持っている君なら知ってると思ったんだけど。エビル君は何も憶えていないよね、生まれてからのことなんて」
「ええっと……あの、もしかしてなんですけど、僕って、ビュートさんの」
さすがにもうスルー出来そうにない。今まで敢えて突っ込んで訊かなかったのはこれ以上の新情報、衝撃情報は頭がパンクするかもしれないからだ。でもこれを訊かなければ話についていけなくなる。
「え? ああうん、エビル君は俺の改造後の姿。正確には悪感情を注入されたから俺が拒絶して、君とシャドウの二人に分離しちゃったから違うけどね。さすがに赤子にされたら俺も自由に動けないし、分離した時に黄泉へ行きそうになっちゃったから風紋にしがみついている状態かな。空っぽの赤子二人にはそれぞれ自我が芽生えた、それこそが君達」
「僕の体が……風の勇者の生まれ変わりだったなんて」
三度目の衝撃がエビルを襲う。いや、予想はしていたからマシではあったが。
憧れの人物が改造されて誕生した悪魔。それが二人になってしまい、片割れがエビルであるなどと少し前の自分には想像もつかなかった。
エビルが人間と同じ外見と血液を持っているのは、ビュートの生まれ変わりだからかもしれない。身体が分かれた時、シャドウが悪魔としての部分を引き受けたと思えば納得がいく。
「あれ、ちょっとシャドウ、もしかして言ってなかったの?」
「言ったら言ったで煩そうだったんでな。こいつお前のファンだし」
「一応俺の体の持ち主が俺のファンって、改めて考えると複雑すぎる……」
「まあでもこれで分かっただろ」
シャドウが身を翻してエビルの方を向く。
「お前は数奇な運命を持っているんだろうな。ビュート、セイエン、リトゥアール、チョウソン、かつての勇者一行と少しとはいえ関わったんだ。普通ならありえない。そしてそれがおそらく、神の言っていた過酷な運命の一端なんだろうぜ」
「運命がどうとか俺は信じないけど、君が今代の風の勇者であることは事実さ。もちろん風紋の持ち主だから戦えなんて言わない。でもね、時には自分が何もしていなくても理不尽が襲い掛かって来るのが人生だ。自衛出来る程度の強さがないとこの世界じゃ生き残るのは難しい。特に君は色々と特殊な存在だからね」
二人の言葉にエビルは納得出来る。
自分は特殊な存在。人間社会の中に溶け込む悪魔であり、今代の風の勇者。人助けという旅の目的もあるので悪人含めて誰かと関わる機会は多い。カシェの言っていた過酷な運命が実際にあるとして、今の生き方を続けるなら強さというのは必要不可欠。
あの故郷の襲撃のように理不尽が襲うこともある。自衛もそうだが、周囲にいる誰かを守れるだけの強さは得なければならない。
「はい、分かっています。だからビュートさん、僕を鍛えてくれませんか。せめてこの目に映る人達を助けられるくらいには強くなりたいんです」
「もちろん構わない。俺は風紋と融合しかけているから人間やめて疲れも感じないし、今を生きる若者に精一杯の指導をしようじゃないか。一人ずつかかっておいで。返り討ちにしてアドバイスを贈る。それを繰り返していけば君達は今より遥かにレベルアップ出来るさ」
「はい、お願いします!」
「チッ、お前ら二人は気に入らねえが……やってやるか」
こうして先代と今代、風の勇者同士による特訓が開始された。舌打ちをしていたものの影の悪魔もやる気だ。
エビルとシャドウはまずどちらが先に戦うかで揉め出す。ビュートはそんな二人の様子を苦笑しつつ眺めている。
十分後、剣で斬り合って勝負した結果シャドウから指導を受けることになった。




