風の勇者伝説~DEVIL CASTLE~
黒と赤を基調とした禍々しい城、悪魔王城。
忘れ去られた小国からここまでの道中、魔物は手強い者達が数多く存在していた。口の付いた黒い植物、灰色のゴーレム、赤鬼、侍の幽鬼などなど、今まで強大な敵と戦ってきたビュート達でも囲まれれば多少苦戦した。
少し汗を掻いた勇者一行の四人は目前の大きな城を見据える。
「ここがギルド本部長の言っていた悪魔王の住む城か」
ここまで来ればビュートならはっきりと分かる。中には数多くの悪魔が待ち受けており、一つだけ突出して強い魔王並の気配があることを感じ取れる。
魔王との決戦は正に死闘であった。カシェの特訓を受けなければ即死していたし、弱ったところを封印してもらわなければ全滅していただろう。四人共かなりの手傷を負った。もし気配の持ち主が本当に魔王並に強かったとしたら、身籠っているリトゥアールの参戦は止めなければいけない。もっとも説得しきれる自信がないから同行させているのだが。
心配な気持ちを込めてビュートは彼女へ視線を送る。
「ビュート、そんな目で見ないでください。心配無用です」
「いやいやビュートの心配は分かるぞ。リトゥアール、お前は妊娠しているんだから。やっぱり今からでもあの小国に戻ったらどうかね」
「全て任せて一人で待つなど性に合いません。私も戦います」
チョウソンの指摘は尤もだが彼女は一向に引かない。
「……やっぱ、いるのか? やばい奴が」
彼女へ視線を向け続けているとセイエンが問いかけてくる。
風の秘術で敵の有無が判断出来るのは自分、ビュート一人のみ。他の三人には未だ敵意殺意のない者の気配など感じ取れない。セイエンは不安になっていた自分を見て判断したのだろう。
ビュートはゆっくりと頷いて「いる」と答える。
「いたとしても俺がいれば大丈夫大丈夫! 安心してくれよな! 順調に強くなってきた俺の道具捌きでどんな奴も瞬殺よ!」
調子に乗ったことを言うチョウソンに三人の視線が向かう。
「よく言うぜ。俺達の方が強いってのに」
「ふふっ、そんなに張り切って、また敵前逃亡しないでしょうね」
「頼もしい限りだね。でも虚勢は張らなくていいよ」
今のビュートには分かってしまう。チョウソンはただ緊張を解そうとしていること、自分達の強さに自信を持たせようとしていることが。……一番緊張しているのは彼自身だというのに。
お見通しだと理解したのか彼は「げっ、バレバレか」と頭を掻く。
「まあ、気楽に行こうや。やることはいつもと変わらないんだし。未来のことも考えなきゃいけないんだしさ。特に恋人同士のお二人さんはなあ」
「それはそうですね……。戦闘前にするような話ではないかもしれませんけど。ビュート、この戦いを終わらせたらどこか、平和な場所に住居でも持って一緒に暮らしませんか? 勇者の役目は少しくらいお休みしてもいいでしょう? 勇者としての名が広まれば広まるほどあなたの負担が増えているように感じますし」
「確かに、それくらい自分で解決しろよって感じの相談してくる奴いるもんな。何だか依存してるみたいで困るぜ。俺達は便利屋じゃねえってのによ」
リトゥアールとセイエンの言うことには一理ある。
勇者として有名になっていけばいくほどに助けを求める声が増えていく。内容は本当に危機に陥っているものだったり、当人で解決出来そうなものだったりと様々だ。最近は休む暇などほとんどない。
思えば今回の悪魔についての調査、ギルド本部長であるミヤマから言い渡されたものだが気を遣ってくれたのかもしれない。移動距離は遠いがその分、期間は無期限。ちょっとした旅行のようにゆっくりと過ごす時間がある。ビュートは帰って報告する時に感謝しておこうと決めておいた。
「いいかもしれないね。子供も産まれるなら家でゆっくり過ごすのも」
「そうしろそうしろ。まあ安心しとけよ、ギルドを通しての依頼は俺一人でやっといてやる。今さら俺には帰る場所なんてねえしな」
セイエンはアランバート王国の王族。彼が王位云々以前に国へ帰りたくないと思う理由をビュートはよく知っている。
属性紋が周知されていなかったために悪魔の証などと言われ、王族だというのに国全体から迫害されてきたのだ。実の家族すら理解を示さず、ビュートが初めて彼と会った時はかなり性格が荒れていた。国を毛嫌いしている彼にとって故郷は地獄そのものである。魔王を倒した勇者一行として知名度が高まると手のひらを返したとはいえ、彼の気持ちを考えれば帰りたくないというのも頷ける。
「だったらよ、三人で俺の村に来いよ! きっと楽しいぞ!」
そう提案したチョウソンはご機嫌な様子だ。
きっと楽しいだろう。深い仲の四人が一緒の村に住めるなら毎日話せる。だがその提案には一つだけ致命的で大きすぎる穴がある。
「まず、村を作ってから誘ってほしいものですね」
リトゥアールの告げた通り、チョウソンは村長でも何でもない。故郷の村も滅びているため彼が言う村はどこにも存在しない。
ただ、村を作りたいというのが彼の夢なのはビュート達も知っている。彼が作ったというのなら喜んでそこへ住みたいくらい期待も応援もしている。
「やだなあ、これからすぐに作るさ。村を作るのが俺の夢だし」
「じゃあ俺達はいい加減に今を進めないとね。入ろう、悪魔の城へ」
いつまでも悪魔王城の前で話し込んでいるわけにはいかない。
ビュート達四人が入口の門から中へ入ると広間に出る。そこで待ち受けていたのは数多くの悪魔達。人型、動物型、植物型、異形型の四種類が侵入した勇者一行を見ている。
戦いは始まった。話し合いなどすることなく敵は襲い掛かって来た。
城の内部にいる悪魔達の強さはかなりのものだがそこは勇者一行。数々の苦難を乗り越えてきた四人は速やかに悪魔達の命を奪って黒い塵へと変えていく。
地下へ続く城の中を進んで行くと悪魔の姿が極端に減っていった。
最深部までに戦ったのは七魔将と名乗る七人。それぞれが特殊な能力を宿す魔剣を手にしているうえ、悪魔本来の固有能力も使用するので厄介極まりない存在である。倒すのにはかなりの苦戦を強いられた。
そしてようやく辿り着いた最深部。
重々しい大きな扉を開けると広い空間に出て、奧にはやたらと大きな玉座が一つ。そこに座っているのが体長八メートルはある魔物。
灰色の鱗に覆われているごつい巨体。頭に生えている四本の角。背に生えた赤黒い翼。下半身は大蛇のような形で長い。正に異形、見た者を恐怖させる悪魔の王。
「ほう、七魔将を倒して来たのか。見事なものだな人間」
赤く大きな二つの瞳が向けられ、裂けたように広い口が動く。
威圧感があると思うのはビュートだからか、それとも全員が思っているのか。明らかに他の悪魔とはレベルが違う。
「余は王。悪魔の王。うぬら、いったい何の目的でここに来た? まさか余を滅ぼそうなどと戯言を吐きに来たわけではあるまい。人間如きに余が滅ぼせるはずがないからな」
「そのまさかさ。もちろん、君に人間を害する気がないというならこのまま帰るだけだけど。上に居た悪魔達を見る限り、害さないと言われても信用出来ないかもね」
「くくっ、ふっ、くははははっ! 狂人の類であったか、何と愚かな者達よ。七魔将を倒した腕は見事だが自惚れは自身を滅ぼすぞ。余の経験から言えばうぬらは惨めな敗北を味わうことになる。秘術は確かに魔の天敵だが人間の脆弱さは変化せぬ」
「どうして秘術が使えるって分かんだよ」
セイエンは不思議そうにしているが簡単な推理だ。
ここまで戦った悪魔を殺さなかったというのは考えづらい。悪魔を殺せるのは秘術、もしくは神の力のみ。つまり四人の誰か、もしくは全員が秘術か神の力を扱えることになる。悪魔王の思考を風として感じ取ったビュートは全員に伝える。
「やってみないと分からないよ。人間だっていつまでも弱いわけじゃない」
「ならば証明してみせよ。余の差別的思考を覆してみせよ。だが生半可な覚悟で挑めば悔いのある死を味わうことになるだろう。しっかりと、死ぬ覚悟を抱いてかかってこい」
四人は武器を構え直して強大な敵を見据える。
体を貫くような殺気が部屋に充満していく。生半可な肉体や精神では動くことすら叶わないだろう。ごくりと喉を鳴らしたビュート達は先手を取って動き出す。




