風の勇者伝説~LAST DAY~
アスライフ大陸の西方に位置するオルライフ大陸。
その北側にある小さな国。名前もないその場所は精々が村という規模。忘れ去られた小国とも呼ばれ、世界のほとんどの者が知らない場所。自然豊かなそこへやって来ている四人の男女は、小国とは逆で知名度の高い勇者一行だ。
風の秘術使い。ビュート・クラーナ。
火の秘術使い。セイエン・アランバート。
神官。リトゥアール・フォルメルカ。
商人。チョウソン・アグレム。
四人はこれまで人々を苦しめてきた魔王を打倒、神の力を借りて封印したことで一躍有名となった。魔王を撃破してから人助けの旅をしているのも知名度の高さに一役買っている。そんな彼らが辺境の地である小国に来たのは理由がある。
「セイエン、頼みがある。これから敵と戦って少しでも危ないようなら、リトゥアールを連れて逃げてくれないかな。逃走の時間は俺が稼いでみせるから」
宿屋の一室にて、ベッドに腰を下ろしているビュートは目前のセイエンへ真剣な顔で告げる。
肩にかかっている男にしては長い赤髪。顔立ちが整っていて、足首には炎のような紋章が存在している。黒いコートを着ている彼はビュートにとって幼馴染であり、魔王を倒すと共に誓った仲でもあった。
「何? 今更、何言ってんだよお前らしくねえな。魔王との決戦前は黄泉まで付いて来てくれとか言ってたくせに。……恋人の安全が大事だって気持ちは分かっけどよ。あいつの戦闘能力は高い、いくら敵が強いとしても遅れは取らねえさ。それに俺がお前を見捨てて逃げるわけねえだろ? もう何年の付き合いになると思ってんだ、親友だろ?」
「嫌な風を感じるんだ。丁度、俺達が向かう予定の方角から」
これから向かう予定の場所はオルライフ大陸最北に聳え立つ城だ。
黒と赤を基調とした禍々しい城。ビュート達はギルド本部長兼受付嬢統括ミヤマという女性から、その城には魔王と肩を並べていた悪魔王という者が潜んでいるという情報を得ていた。かの魔王に匹敵するなら強敵に違いない。
「お得意の風か。でもそんなの、悪魔王とやらが実在するなら当然だろ?」
「……いや、ごめん。言い方を間違えた。確かに嫌な風は感じているけどそうじゃない。何か、具体的にどうとかじゃなくて、風とか関係なく嫌な予感があるんだよ。直感が告げている。今回は、リトゥアールを同行させるべきじゃないって」
「直感か……まあ、お前のはバカに出来ないな。……けど、あいつが大人しく置いていかれるような女じゃないのはお前が一番分かってんだろ」
リトゥアールが行ったことについて印象深いのはやはり最近の出来事。
以前、バトオナ族という部族の集落である事件が起きた。
バトオナ族は強い男性を好む女傑集団。ひょんなことから強さを見せてしまったビュート達は捕らえられ、子作りを強制されそうになった。そんな危険な女達の魔の手からリトゥアールはたった一人で救出してくれたのだ。待つだけではない、誰かが危険だと知れば一人でも特攻していく危なっかしい一面を見せている。
「だから、だよ。もし危機が迫ったと思ったらすぐに離脱してほしい。リトゥアールと君とチョウソン、三人で逃げてくれないか。さっきも言った通り逃げられる時間は俺が稼ぐ」
「どうしてそんな逃げることに拘る? あいつが恋人だからか?」
「……いや、実は……あーでも言っていいのかなあ」
顔をセイエンから逸らして頭を掻くビュートは悩む。
理由はあるのだが、先に恋人である女性に話すべき内容だ。それに正面の彼に話すこと自体少々躊躇ってしまう。別に彼を信頼していないわけじゃないがリトゥアールについては多少因縁があるのだ。いずれ仲間全員が知ることではあるがどうしたものかと頭を悩ませる。やがて決心したビュートは「まあ、いずれ分かることだし」と自身を納得させて告げた。
「――赤ちゃんがさ、お腹にいるんだよ」
事実を告げてみるとセイエンは目を丸くして何度も瞬きする。
「は? えっと、それは……妊娠ってことか? あいつが?」
「うん。風の秘術で分かっちゃうんだ、こういうの。まだ本人さえ気付いていない。知っているのは俺と君だけ」
「マジかよ……。いや、だって……お前ら、いつそういうことして。あ、二人して帰りが遅い日があったけどあれってもしかして……」
「別の宿をとって、ね。……ほら、わざわざこういうことを報告するのって恥ずかしいし、セイエンにとっては酷だと思って話さなかったし隠していたんだ。チョウソンは気付いていたみたいだけど」
「酷って……まあ、そりゃあ複雑だけどよ」
実はリトゥアールとビュートが恋人になる以前、セイエンも彼女のことが異性として好きという恋の三角関係状態であった。魔王との決戦前、勝利者が告白するとルールを決めた二人は全力で戦って決着をつけた。結果については現在が物語っている。
セイエンは彼女のことを諦めたと言ってはいるが本音は違う。まだ性的に好意を抱いていることくらいビュートは感じ取っている。熟練した風の秘術使いの前では隠し事など無意味同然。今も嫉妬などの負の感情が渦巻いているのが分かってしまう。
「それでか。確かに母体に無理はさせられねえよな」
「一応、伝えてみようとは思ってる」
「そうした方がいいぜ? あいつのことだ、腹に攻撃が飛んで来ても気合いで耐えようとか思うだろうしな。知らせてやった方が赤ん坊の危険は少なくなる。チョウソンにも言うのか?」
「もちろんだよ、もうすぐ買い出しから二人が帰って来ると思うし」
話をしていると部屋の扉が開かれる。
噂をすればというやつだ。狐色の短髪の男、チョウソンが部屋へ入って来た。
「おかえりチョウソン。リトゥアールは?」
「あいつならもう来る。悪いね、彼女借りちゃって」
彼の言う通りリトゥアールはすぐにやって来た……重そうな買い物袋を四つほど持って。
白を基調とした神官服を着ており、グラデーションの綺麗な青紫の長髪で若々しい見た目の彼女に不満はなさそうだが、妊娠のことを知っている二人の視線はチョウソンへ向けられる。事情を知らない彼は「え、なんだなんだ?」と困惑していた。
チョウソンが買い出しにリトゥアールを連れて行くのは理由がある。
値切り交渉のためだ。彼はよく店の商品を値切って安く購入しており、女に弱い店主にはリトゥアールを単独でぶつけて交渉させている。いつものことだ、彼が四人の中で一番力の強い彼女に荷物を持たせているのもいつも通り。だがこれからはしばらく控えてもらうことになるだろう。
「チョウソン、リトゥアール。さっきセイエンには話したけど大事な話がある」
怪訝な表情を浮かべる二人にビュートは赤ん坊の話をした。
察していたのかチョウソンは何度も頷いて「ああ」と納得している。リトゥアールは「へ?」と信じられない気持ちが凝縮された言葉を零す。母親になった彼女は視線を腹部へとゆっくり下げていく。優しく触ってみたり、撫でてみたり、そう言葉だけでは瞬時に受け入れられないらしい。
「本当、なんですか? 私とビュートの間に……赤ちゃんが?」
信じられないという風な彼女に対してビュートは一度しっかりと頷く。
「嬉しい……。私が、母親になる日が来るなんて」
早い段階で受け入れた彼女は目を輝かせて再び腹部を撫でる。
まだ膨らんですらいない腹に夢中な様子を眺めていたチョウソンは、今日伝えられたことの意味を理解して口を開く。
「となると、悪魔王の城に行くのはお留守番なのかね」
「うん、出来ればだけど。いいかな? リトゥアール」
「嫌です。ふふ、問題ありませんよ。動きが阻害されることもないですし、お腹に気を遣って戦うくらい出来ます。今まで通り私も付いて行きますとも」
「……そう言うと思っていたよ。まあ、君とお腹の子供のことは何があっても必ず守ってみせる。どんなことがあっても、必ずね」
ビュートにとってリトゥアールは誰よりも大切な人間である。
共に苦難を乗り越えてきた仲間の一人であり、初恋の女性。挫折した時に立ち直らせてくれたのはいつも彼女であった。告白後に交際を開始して、二人の間で新たな生命を授かった今は幸せの絶頂期だろう。だからこそビュートは最期まで彼女を守ってみせると誓う。




