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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
六章 天空神殿
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隠された真実


「――あなた達にはここで強くなっていただきます」


 至極当然、単純明快な使命だ。

 笑みを深めて言い放ったカシェの言葉にエビルとレミは頷く。

 ただ、目の輝きの強さを増した二人と違ってサトリに変化はない。


「先程エビルが言ったようにあなた達はまだ未熟。戦いで魔信教の戦力も削がれていますが、まだ上位戦力が残っている。教祖は言わずもがな、四罪(しざい)のうち二人は未だ健在。黒炎の邪遠……邪悪のシャドウ。その他の兵隊も中々の強者揃い。今のままではまず勝てません」


 シャドウの名を出した瞬間、カシェがエビルの影を一瞥していた。

 白竜が気付いているのなら彼女も気付いているのだろう。敵であるはずの男が影に潜んでいることを。


「でも、強くなるって言ったってそんな急には無理ですよね? かといって長く特訓してたら魔信教の手でアスライフ大陸が壊滅しちゃう。アタシ達に贅沢な時間は残ってないんじゃ……」


 レミの疑問は尤もだ。確かに強くなれるならなりたいが悠長にしていられない。元々魔信教を討伐する旅ではないが、人々を守るため町などに滞在する時間を確保しておきたいのだ。これから向かう予定だったクランプ帝国だって遠くないうちに襲撃されるかもしれない。


「問題ありません。あのままクランプ大森林をあなた達が抜けるには約十日はかかる計算です。つまり十日間この天空神殿で特訓し、終了後は白竜に帝国まで連れていってもらえば時間は同じ。単純な話、わざわざ森を歩かなくても抜けられるという特典を得たのです」


「つまりアタシ達は思う存分、特訓に専念出来る」


「自分のことに集中出来る時間が十日間もある」


 エビルとレミは互いの顔を見やって「いい!」と嬉しそうに頷く。

 今までの特訓といえば早朝、時間が余れば夜もやっていた。旅をしているから次の町を目指して歩き続ける身、日々の鍛錬も重要だがゆっくりとやっている暇はない。町に着きさえすれば多少の猶予はあるが時間は決して多くない。魔信教の襲撃や、それ以外のことで困っている人を助けて回っているのだから。――だから、十日間という期間を贅沢に使えるというのは非常に嬉しい。


「一つ、いいでしょうか」


 ここへ来てから真剣な、どこか思い詰めたような表情を変えないサトリが声を上げる。彼女は立ち直ったように見えて未だ罪悪感で胸を痛めている、エビルにはそれがよく分かっている。大切な人の死で傷付いた心はそう簡単に癒えない。エビル自身だって未だに思い出すと胸が痛い。


「さっきカシェ様は、ずっとこの天空神殿から見守っていたと仰っていましたね。それはつまり、私達がどんな目に遭った時でもそれを眺めていたということでしょうか」


 サトリの錫杖を持つ力が強くなっていく。


「……ええ。常時見れていたわけではありませんが、あなた達の旅の大まかな軌跡は知っているつもりです。例えばアランバートをイレイザーが襲撃した件。他にも死神の里、リジャー、プリエール神殿、メズール、ノルド、ハイエンド、そして真下にあるクランプ大森林。あなた達の健闘を見守ってきましたとも」


「では、セイムが転落死するところも……ただ、見ていたと」


 見守っていたというのは言い方を変えれば何もしなかったということ。

 シャドウがエビルの村を壊滅させたあの時も、死神の末裔とスレイが戦ったあの時も、プリエール神殿で邪遠が蹂躙したあの時も、|ハイエンド王国でジョウが殺されたあの時も、全て真上から見ていただけで何もしない。そう考えてしまうとエビルも単純な疑問を抱く。


 ――なぜ、助けてくれなかったのか。


 カシェ本人、何なら白竜でもいい。圧倒的実力者の二人なら今までの犠牲を無くせる。

 ただ敵を倒してくれればいい、弱者を救ってくれればいい。どうして二人は救いの手を差し伸べてくれなかったのか。


「死神の末裔か。そういえばあの男について話が――」


 白竜が何か言いかけたが、カシェに手で制されて口を閉ざす。

 彼の発言を止めたカシェが優しい笑みを消して答える。


「ええ、私はここから動かず眺めていました。彼が落ちる場面を」


「それならなぜ助けてくれなかったのですか!?」


 サトリが錫杖を床へ投げつけて、怒りのままにずかずかとカシェに歩み寄る。白竜が「おい」と睨んでも止まらない。やがて間合いに入った彼女はカシェの黄色いドレスを掴んで、持ち上げるようにして玉座から立たせる。


 神に対して非常にまずい行動だ。今すぐ処刑されても文句は言えない。

 このままでは立場が悪くなると理解していてエビルとレミは止められなかった。歩み寄って引き離すことも、呼びかけることも出来なかった。サトリと同じ気持ちだったからだ。今までの悲劇を起こさずに済んだのなら、助けてほしかったと叫びたくもなる。


「彼は死んでいい人じゃなかった……! 私は、私は! あなたを神として、信仰対象としても敬ってきたつもりです! 敬虔(けいけん)な信徒だった! ねえ、あなたは神なんでしょう……? だったらどうして人々を助けないのです。どうして強大な力を持ちながら眺めるだけなのです。奇跡の一つくらい、起こしてくれてもよかったじゃありませんか」


 サトリは涙を流して訴える。今まで敬っていた神相手にここまで言ってしまうくらい、彼女の精神はセイムの死で抉られていた。もしかすればそれ以前から傷は深かったのかもしれない。

 しかし相手は目上の立場、格上の存在。こんなことを許さない白竜が鬼のような形相で「貴様、無礼だぞ!」と彼女を突き飛ばす。


 強引にカシェと離されて軽く吹き飛んだ仲間をエビルとレミが受け止める。

 まだ落ち着かないサトリは再び足を進めようとした。二人は先程まで止める気がなかったが、さすがに止めた方がいいと感じたので両腕を掴む。


「サトリ、もう止めよう。責めたって仕方ない」


「うん、エビルの言う通りだよ。神様の奇跡なんて当てにしていたら全部それに縋っちゃうでしょ。たぶんカシェ様にも動けない理由があるんだと思う」


「……でも、それでも……私達は見捨てられたも同然で」


 信仰対象。偉大な存在。そんなカシェが救うために動かないというのは、サトリにとって途轍もなく強いショックを与えた。

 二人が止めなければ未だに目前の神を問い詰めるだろう。そんな彼女を睨みつけて敵意を向ける白竜、そしてそれを手で制し続けるカシェ。この状況で取るべき行動が何かエビルは考えるが分からない。


「レミの言った通り、理由が存在します」


 口を開いたのはカシェだった。


「まだ人間という種族が生まれて短い時代。人間達は神々を頼り、我々は彼ら彼女らを救ってきました。しかしその結果いつまでも大した成長を見せず、愚かなことに我々を悪事に利用しようとする者まで出てきた。一種の依存症です。神々は住処を天空へと移し、人間達には自分の力だけで生きてもらうように促しました。オーブはどうしようもなくなった時のための救済処置。神々は人間に対する協力は最低限にすると決めたのです。私はそれに従っているまでのこと」


 理由を聞かされたエビルは「そんなことが……」と思わず呟く。

 邪遠が告げていた勇者への依存と同じだ。身近に頼れる存在がいれば、人々は己の力で問題を解決することを放棄してしまうだろう。

 サトリも納得したようで腕に込められていた力が抜ける。


「……申し訳ありませんでした。カシェ様のお気持ちやルールを何も知らず勝手なことを……神官としてあるまじき行為でした。どうか私に罰をお与えください」


 頭を下げたサトリに「なら舌を噛んで自害しろ」と白竜が告げたが、すぐにカシェが名を呼んだことで「申し訳ありません、出過ぎた真似を」と言って軽く頭を下げた。


「では罰を与えます。神官サトリ、あなたはこれからも人々に奉仕し続けなさい。その初めの一歩として魔信教を解体、アスライフ大陸に平和を取り戻すのです」


「はっ、喜んでお受け致します」


 さらに深々とサトリは頭を下げる。

 エビルとレミはもう大丈夫だろうと腕を放して横に一歩ずれる。

 静かに時が流れゆく。長い沈黙が場を支配して――襲う違和感。


「……サトリ?」


「ねえちょっと、いつまで頭下げてんのよアンタは。もういいでしょ」


 エビルは感じられる。彼女には何もない、つまり無を感じられる。

 呼吸、脈拍、感情の流れ、その他全てが断ち切られていた。死者のように静まったことが違和感だったのである。


「すみません、一時的に彼女を封印させてもらいました」


 場に響いた澄んだ声はカシェのものだ。

 状況に付いていけない二人は「封印?」とだけ声を出す。


「これからする話を今は彼女に聞かせたくないので時間を封印しました。安心しなさい、話が終わればすぐに解除します」


「話っていうのは?」


「それは……白竜。先程あなたが言いかけたことを今言いなさい」


 言いかけたというので二人が思い当たるのは一つ。

 なぜか不明だが白竜はセイムについて何かを話そうとしていた。あの時はカシェが手で制して止めていたので何も聞けなかった。

 指示を受けた白竜が「了解しました」と頷く。


「よく聞け。死神の末裔、セイムという男は生きている」


「え!? でも、地上に落ちたって……!」


「俺が転落死する寸前で助けてやったのだ。今は一階の右奥にある部屋で眠っている。機械竜やイレイザーとの戦闘で重傷を負っているが命に別状はない」


「そう、だったんですか。あの、本当にありがとうございます!」


 エビルとレミの二人が感謝の意を示すために頭を下げる。


「礼を言う必要はない、カシェ様のご命令だ。俺は貴様等が死のうと生きようとどうでもいいのだからな」


「それでもありがとうございました。この恩は忘れません」


 カシェとは違い白竜は自由に動ける。

 確かにカシェは人間達に最低限の協力しかしないと言っていた。ならば、それでも助けたい者がいた時のために彼はいるのかもしれない。勝手な憶測をしたエビル達は頭を上げた。


「……でも、どうしてサトリには伝えないんですか?」


 尤もな疑問をレミがぶつける。

 もし真実を隠さず話していればさっきのようなことにはならなかっただろう。向けるのは怒りではなく感謝の気持ちだったはずだ。真実を隠したカシェの意図が二人には分からない。


「世の中にはいるのです、大切な者の死で肉体や精神に多大な変化を起こす者が。私はセイムの死を利用しようと考えました。彼女の飛躍的な成長に一役買ってくれればいいと、そう思って」


「サトリの心が折れないといいんですけど……」


「彼女なら死を乗り越え、精神的に強くなれると確信しています。さて、もういいでしょう。特訓の説明をするために彼女の封印を解きます。くれぐれもセイムの生存について話さないように、お願いしますよ二人共」


 過酷かもしれないが一理ある。一番近い呼び方は覚醒だろうか。

 大切な者の死や傷付く姿をきっかけとして、心が振り切れることで実は芽が出ている新たな自分を引き出せる。誰かの死などは大きく心の持ちようを変える。良い方にも、悪い方にも。この場に居る全員は当然だが良い変化を願う。

 当事者のサトリが頭を上げてからカシェは言葉を続ける。


「さあ、では早速特訓の説明をさせてもらいましょう。レミは白竜と組手、彼の指示に従うようにしてください。残りの二人は私に付いて来るように」


 歩いてエビル達の横を通り過ぎていくカシェがそう言い放つ。

 顔を見合わせたエビルとサトリは頷き合い、止まらない彼女の後ろを追いかける。レミと白竜が真剣に見つめ合うのを一瞥してから二人は階段を下りていった。








 セイムは死んでいなかった。仮に死ぬ時はもうちょっと感動的というか、そんな感じのシーンにしたいと思っています。仮の話ですが。


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