アランバート会議
アランバート城の三階に存在する謁見の間にて。
玉座に座る赤髪の女性に、兵士団三番隊隊長であるヤコンは片膝を床につけて跪きながらエビルのことを報告している。
「――というわけでエビル君、あの少年の証言によれば魔信教の一人がやったようです。彼が生きていたのは本当に運が良かった」
ドレスを着ている赤い長髪の女性は座りながら、その傍にいる大臣は立ちながら報告を静聴していた。しかしこのとき大臣である、口髭を横に伸ばして巻いている肥満体型の男が口を開く。
「で、魔信教の仕業というのは本当なのかねヤコン君。実際にそういった輩を現場で見たわけでもないのだろう? その少年だけ生きていたというのもおかしな話じゃないかね」
大臣は疑惑の目をヤコンに向ける。
「確かに、件の村で犯人らしき人物は発見出来ませんでした。しかし実際に魔信教の仕業だった場合、今後の影響は計り知れません。また罪なき人々が襲われ、殺されることになるのは想像が容易いです。即刻領内の各地に伝達すべきかと」
「むぅ、それはそうだ。しかし今回の一件で気にかかることはまだあるぞ。その襲われた村の存在を我々が全く知らなかったということだ。つまり領内に勝手に村が作られたことになるじゃないか。これは問題なのではないかなソラ様」
大臣は玉座に座っている赤い長髪の女性へと目を向ける。
ソラと呼ばれた女性、アランバート王国二十代目国王は静かに開口する。
「その件については問題ありません。先代国王、父が生前言っていたことを思い出したのです。国に危険人物が現れてどうしても対処出来ない時、南の森の中にある小さな村の村長を頼れと。彼の力を最終手段とするようにと言われておりました」
ソラは冷静に過去聞いた話を告げた。それに対して「なんですかなそれは!」と怒りを露わにする人物が一人、大臣だ。
「なぜそのような話を大臣である私が知らないのです!?」
「知る者を最小限にしておきたかったのでしょう。かの者の力は強大、ゆえに何かの策略に使われることを危惧したのだと思われます」
「心外ですな。まるで臣下である私達がクーデターでも企んでいるようではありませんか。ふん、だいたいそんな強者も報告通りなら無駄死にしたということでありましょう? まったく使えんではないですか」
あまりに酷い言い草にヤコンの顔が顰められる。
前から大臣の口の悪さや自分勝手さには嫌な思いをしてきたものだ。本当なら立場など無視して怒鳴ってやりたいとヤコンは思う。
「そんな言い方をするものではありませんよデュポン大臣。それに、逆に言えばそれほど魔信教の戦力が強大ということです。我が領内は被害に遭っていませんでしたが……楽観視出来ない状況に陥ったようですね」
「……すぐに領内の各町村の長にコミュバードで伝達ですな」
そこに「ソラ様!」と乱入者が現れる。
燃え盛る炎の刻印が胸にある軽鎧を着ている男、アランバート王国兵士団の一人は腕で青い鳥を抱えたままヤコンの隣まで走ってくる。
「大変です! 大変です!」
乱入してきた兵士にデュポンは「なんだ騒々しい」と不快そうに眉を顰めた。
「貴様、今が大事な話をしている最中だと分からんのか!」
「そのお話し中大変申し訳ありません! しかし、遥か遠くにある軍事国家アルテマウスからコミュバードによる連絡が!」
軍事国家アルテマウス。アスライフ大陸内ではトップレベルの軍事力を持つ国。
一人一人の兵士の実力はアランバート最強の兵士と同レベルで強く、兵士団団長である男は常軌を逸した強さを身につけていると噂になっている。
「ふん、アルテマウスからだと。そんなもの後にしろ!」
「ただの連絡ではありません……。あのアルテマウスが……」
血相を変えて走って来ていた兵士の顔色は今も悪い。青褪めている兵士の状態を怪訝に思ったソラは怒るデュポンを手で制する。
「手紙を拝見しましょう。コミュバードをこちらに」
青褪めている兵士は恐る恐るといったふうにソラへ歩み寄り、腕に抱えていた小柄な青い鳥を震えながら差し出す。
コミュバードというのは魔物の一種。危険性ゼロの可愛らしい手乗りサイズの青い鳥で、手紙を咥えて国同士を行き来する。言語を操るほどに賢い個体もおり、徒歩で十日掛かる道のりも一日掛からずに行くことが出来るので、郵便の配達や国同士のやり取りをサポートする存在である。
ソラは震えている兵士からコミュバードを受け取り、咥えられている封筒を手に取ると開封して中の手紙を読み始めた。
内容はシンプル。そして恐怖を煽るような絶望的文章。
目を通したソラは僅かに目を見開き、無言で手紙を折り畳む。
「……四十日ほど前、軍事国家アルテマウスが……陥落したようです」
簡潔な報告にいの一番に驚愕して「バカな!」と叫ぶのは大臣のデュポンだ。
「あの強さしか取り柄のない国がですか!? あそこの兵士は一人一人が物凄く強かったはず、いったい誰がそのような恐ろしい真似をしたのです!?」
「手紙には記されていませんでしたが只者ではないでしょう。おそらく魔信教か、あるいは別の何かか。まあ邪悪な存在ということは確かでしょうね」
デュポンは魔信教という言葉に戦慄して後ろへ一歩下がった。
驚くべき事実にヤコンも顔色が悪くなったが隙を見て報告を続ける。
「……報告の続きですが、魔信教には四罪という四人の幹部が存在しているそうです。おそらく一人一人が相当な手練れだと思われます」
「なるほど。ではデュポン大臣、魔信教についての報告を大陸の各国へ送ってください。あの組織についての情報が入っただけでも成果はありました。あなたも下がってよろしいです」
デュポンは「かしこまりました」と告げて、ふくよかな肉体を揺らしながら小走りで謁見の間を出ていった。それに続くようにコミュバードを持って来た男兵士も出ていく。
残されたヤコンを見つめてソラは小さな口を再度開ける。
「ヤコン。あの保護した少年についてですが、彼はレミの友達らしいですね」
「ご存じでしたか。はい、仰る通り、レミ様は彼のことを友人として認めています。彼も善良な人間であると思うので何も問題ないかと」
ソラはそれを聞いて優しい笑みを浮かべた。
「それは良かったです。レミの周りに対等な人間はいませんでしたからね。少し様子見してもいいかもしれません。私もいつか会って話くらいしたいものです」
女王自らの会いたいという願いにヤコンは冷や汗を流す。
ソラとエビルが会うこと自体は別にいい。だがデュポンにそれがバレれば口うるさく何かしら指摘されることだろう。ヤコンはあまりエビルにストレスをかけたくないと思っているので、デュポンと関わらせる可能性をなるべく排したいと考えていた。
いつか機を見計らったうえで二人を合わせようとヤコンは一人決意した。




