天空の大地
大きな揺れが再び襲ってきたのでエビルは目を覚ます。
ふと、目覚めると同時に悲しい風が二方向から感じられた。祭壇の外、そして真下から。
「……うーん、何なのー? 今、揺れたあ?」
眠っていたレミも目を覚ましたようで、まだ眠そうにしながら上体を起こす。
とりあえずエビルも状況は悪のために起き上がる。真下からの悲しみの風は途切れたようだが、祭壇の外から感じられるものは一向に止まらない。
「何だこの悲痛な風は……」
「ふぁああ、よく寝たわねえ。体力も結構回復したみたいだし」
「レミ、一度外へ出てみよう! 何か、何か嫌な予感がする……!」
焦ったエビルは一人で建物の外へと駆けて行く。置いてかれそうになったレミは「ちょっ、待って待って!」と叫び、慌てて走り出す。
外へ出た二人は目を見開いて愕然とした。
ついさっきまでいた広大なクランプ大森林が影も形もない。代わりに存在しているのは青白く穢れなき神聖な建物。横に広い長方形のようなそれは一目見ただけでも雰囲気が違い、異質な空気に呑み込まれてごくりと喉を鳴らす。
「あれが……神様の住む場所……ってわけ?」
「強大で澄んだ気配が二つ。神様かは分からないけど只者じゃない。……それより気になるのは感じられるこの悲しみ、いったいどこから」
大きな建物からは離れていても感じ取れる何者かの気配が漏れていた。
二つとも純粋で善に近いもの、それでいて明らかにシャドウよりも強い力を持っている。そちらも気になるが今は悲しみに暮れる誰かを優先したくなり、エビルが周囲を見渡してみると、見慣れた一人の女性が項垂れて座り込んでいるのを発見する。
見慣れたプラチナブロンドの長髪が地に垂れており、白を基調とした神官服を着ている女性はサトリだ。なぜか左肩が少し抉れている、焼いたような傷口なので出血はない。様子のおかしい彼女の方にエビル達は名前を呼びながら駆け寄った。
「何かあったの? かなり涙の痕が残ってるし、その傷は」
「ねえ、セイムは? あいつどこに居んのよ。アンタが泣いてたらうるさいくらいに慰めてくれそうだけど、肝心な時にいないのね」
「エビル……レミ……」
顔を上げて振り向いた彼女の目元は泣き腫らした酷いもの。赤く腫れた目元に涙が零れる。もう相当流したはずなのに、まだ流れてくるのはそれだけ泣くような何かがあったのだろう。彼女は神官服の袖で目元を擦ると静かに立ち上がる。
何か言いたそうにしているがサトリは俯いたまま口を開かない。落ち着いて話してもらうため、二人は彼女が喋り始めるのを静かに待った。
暫くの沈黙を経て、彼女はようやく重い口を開ける。
「――死にました」
「死んだ? いったい、誰が?」
簡潔な報告。主語がないせいで二人には分からない。
しかし次のサトリの言葉で二人は顔に驚愕の二文字が表れる。
「セイムが、死にました」
「……セイムが……死んだ?」
「は、何よそれ……? アンタ、冗談ならもっとマシなもん言いなさいよ! アイツがそう簡単に死ぬわけないでしょ!? だいたい、何があったらアイツが死ぬのよ! 何、足滑らせて落ちたとか言わないわよね!?」
「ここから、落ちて……。私の、せいで……」
「はあ!? アンタのせいだって言うの!? アンタまさか――」
「待ってレミ、落ち着こう。サトリも、僕達も、状況を整理するべきだ」
もしエビルが遮らなければレミは何と言っていただろうか。冷静じゃない状態で口を開いていると、固く結ばれた絆に亀裂が入るような発言をしてしまう。エビルは阻止すると同時にクールダウンを促した。
本当は冗談だと思いたいがサトリの様子はとても演技には見えない。特にエビルは風の秘術で感情まで感じ取れる、内面にある強い悲しみが演技の可能性を否定する。どんな人物であれ心の奥まで偽ることは出来ないのだから。
「……分かったけど。エビル、アイツが死んだのに随分冷たいじゃない」
「そう見えるかい……?」
表情は落ち着いたものだがエビルは全く冷静になれない。
サトリが嘘を言っていないと分かってしまうから心が荒れる。顔には出さないように必死に堪えているが両拳を痛いほどに握り、小刻みに震えていた。それに気付いたレミが「ごめん」と謝る。
暫くして、サトリがポツリポツリと何があったか話し出した。
オーブを台座に設置してから大地が浮き上がったこと。まだ生きていたイレイザーをセイムが地上へ投げ飛ばしたこと。暴走のような攻撃に自分が左肩を抉られ、落下しそうになったところを助けてくれたこと。そして、バランスを崩してそのまま彼が墜落したこと。
「全て、全て私の責任です……。私のせいで彼は……」
「アンタは何も悪くないでしょ。さっきは怒鳴ってごめんね、頭に血が昇ってたみたいで。それにしても女を助けて死ぬ、か。……アイツらしいといえばアイツらしいのかもね」
「サトリ、まだ何か隠してない?」
「……いえ、彼の死の真相は今話した通りです」
詳細不明だがエビルには彼女が何かを隠しているのが分かっている。しかし深く追求するつもりはないので「そっか」とだけ呟いて話を終わらせる。彼女が不利益な情報を隠しておく理由がない。きっと何かしら、簡単には話せない大事なものなのだと納得しておく。
一先ず話は終了したのでこの先どうすればいいのかをエビルは考える。
仲間が一人死亡してしまったのは実に残念だ。多少無理をしてでも一緒にいればよかったと思わずにいられない。だが過ぎたことだ、もしもを考えても仕方ない。親しい人物の死というのは慣れないが考えるべきは未来。いつまでもお通夜状態で立ち止まっているわけにはいかないのだ。
今いるのは祭壇があったあの円状の空間。現在進行形で宙に浮いているここからどうすれば地上へ降りられるのか、方法が不明なので帰るに帰れない。オーブを台座から外せば落ちるかもという考えが一瞬脳裏を過ぎったものの、もし重力に従って落下してしまえば全員死亡確定である。降りたいのは当然としてそのヒントを探さなければいけない。
「とりあえず、地上に戻らないといけないよね。このまま天空で暮らすわけにいかないし、どうにかしてこの大地を降ろす方法を見つけないと」
「オーブを外せば落ちるんじゃない?」
「重力に従って落ちたら僕達全員死んじゃうよ。リスクが高すぎるかな」
「……では、あの建物に行ってみてはどうでしょうか」
いつものように静か、というよりは覇気のないサトリが謎の神聖な建造物を眺めて提案する。
その提案はエビルも思考していたことだ。現在地から見る限りだと建物は一つしかない。仮にあれが神殿で、神が住んでいるとすればダメ元で頼んでみるのもアリだろう。神と呼ばれる存在ならエビル達を地上へ戻すくらい簡単なはずだと勝手に想像している。
「うん、実は僕もあそこが気になっていたんだ。でも気を付けた方がいい。今の僕達じゃどう足掻いても勝てない正体不明の気配を感じるから」
「何か建物といい、ほんとに神様がいてもおかしくないわね」
「あの建物は神殿でしょう。神殿とはプリエール神殿のように信仰を捧ぐためのものが一般的ですが、その実、神の住居とも言われることがあります。あれはおそらく後者ですね」
「油断しないようにしよう。警戒は、必須だ」
三人は目的を見失い、停滞するわけにはいかないのだ。亡き者の意思すら汲んで未来へと歩くのが残された者達の役目だろう。
遠くに聳え立つ神聖で青白い建造物を目指してエビル達は進む。
ここで五章、オーブ編は終了となります。
区切る場所どこにしようかなと考えた結果ここになりました。
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次回から新章 天空神殿編に突入します。




