新たに出来ること
森は大規模な火災が起きていたはずだ。今も燃え広がり、最終的に大森林全てを焼き尽くす。消火するような水場も大森林にはほとんどない。そのはずなのに――先程より明らかに火災の規模が縮小していた。
そして森の真上に集まっていく火が小さな太陽のような形になっていく。
火が独りでに動いて一つの球体になっていくなどありえない。何者かの仕業なのは間違いなく、そんなことが出来そうな者といえばこの場に一人しかいない。
「〈大火炎球〉」
真上に集まる火球を見上げていたイレイザーにレミの声が届く。
戦闘によって折れた木々の間から彼女が歩いて出て来る。
「意外にさ、やってみるもんよね。火の秘術はその名の通り火を扱う。それなら自分で出したものだけじゃなくて、他の場所、例えば森で燃え移りまくってる火とかも操れるんじゃないかってね。これで全部燃やすも鎮火させるもアタシの自由ってわけよ」
イレイザーの装甲を溶かすにはもっと強い火力が必要。レミの全力を一度に放つ奥義〈死爆蒼炎〉を使ったとして、それで倒せなければもう彼女は戦闘不能に陥る。セイムが満足に戦えない現状で彼女まで離脱するとなれば戦局の不利は当然。戦闘不能になるまで絞り尽くさず、敵に通じるレベルの火力を実現させるにはどうすればいいのか。
その答えが、自分の出した火以外から力を借りること。
やったことはなかったがレミは秘術の応用性に目を付けた。
火の形を自由自在に操れるのならいけるかもと、今まで試そうともしなかったことにチャレンジしたのだ。森で燃え広がった火をかき集めて一か所に、森の中では危ないので神殿周囲の真上に集中させる。急速に拡大していた火災を集中させたことで巨大な火球が生成された。
「燃え尽きなさい。今度はもう、復活出来ないくらいに!」
巨大な火球をそのまま落とせば落下の余波でまた森が燃える。下手すれば神殿まで溶けてしまうかもしれない。そのためレミは、範囲を狭めるために圧縮して急降下させる。圧縮した分だけ火力が上昇するため当たれば融解するだろう。
さすがにイレイザーも直撃がまずいことくらい分かっている。大慌てで後方へステップを踏んで回避した。目前で昇る火柱は間近にいるだけでも、火傷しそうなくらいに熱を持っているのを金属の体で感じる。
そんな時――突如、ガキンッという金属音が発生した。
発生個所はイレイザーの背後、いや背中。
何かと彼が顔だけで振り向くと驚愕で目を見開く。
倒れていたはずのセイムとサトリが自分の武器で、イレイザーの背中にある突出した筒を突いていたのだ。しかもその突きで筒部分が小さな爆発を起こす。
「おいどうした金属野郎。火を噴きすぎたんじゃねえか? 脆いぜ?」
「連続使用は避けた方が良かったようですね。これが壊れてしまえば、あなたの動きも十分対処可能。……エビルやレミに集中していたあなたの弱点です。あなたが戦っているのは四人なのですから」
この時、イレイザーは自身の肉体を改造した男の話を思い出していた。
白衣を着た老人は告げていた。あまりに急いだ改造のため作りが甘い場所があると。完全なものではないため背中の熱加速を多用しないようにと。つまりこれはイレイザーのミスだ。戦いに興奮しすぎて忠告を頭の遥か彼方に追いやっていた。
「クソがっ、離れろオ! 俺の眼中にあるのはお前らじゃねエ!」
――瞬間、イレイザーの前にあった火柱が消失する。
早すぎる鎮火を不思議に思って前を向くと、輝く青い炎の剣を持ったレミが距離を詰めて来ていた。そして〈青光焔剣〉がイレイザーの腹部を薙ぎ払うように振るわれる。
「このまま……! 焼き斬れろおおおおお!」
「させるかよオ!」
一発殴れば吹き飛ぶくらいに軽い少女だ。右腕を振りかぶろうとしたイレイザーだが異変に気付く、右腕が思うように動かないのだ。何かと思い、顔を後ろに向けてみればセイムが必死な表情で右腕を押さえつけていた。左腕の方を振り向いてみればそちらはサトリが押さえつけている。
腹部が段々溶けて〈青光焔剣〉が進んでいく。
焦ったイレイザーは雄叫びを上げながら全力で左腕を動かして、サトリごとぶつけてレミを殴りつける。体勢を崩したレミが転んだので〈青光焔剣〉は霧散した。
続けて右腕を全力で動かしてセイムをサトリへ叩きつける。腕を放した二人へ両拳を突き出して、腹部を潰す勢いで殴り抜いて離れた木々へ激突させた。
「クククゥ、ククククウ! こんなんで俺を殺せると思っていたのかア? まあ実際危なかったぜ、ほら見てみろオ。お前のせいで腹が半分くらい溶けちまったじゃねえかア。報いとしてお前の腹も半分抉ってやるウ」
転んだままのレミに手を伸ばしてイレイザーは不敵に笑う。しかし、それを上回る声量でレミが笑ったので彼は笑いと手の動きを止める。
「何だ、何がおかしいんだア?」
「ふ、ふふふ……! アンタがもう、終わりだからよ!」
首を傾げたイレイザーは一度止めた手をまた伸ばそうとして、高速で風を切り裂くような音が聞こえてきたので森の方を見やる。すると焦げた木々の間から、強烈な横回転をしながら高速で迫るエビルが現れた。
「〈旋風斬〉!」
強烈な横回転をかけていたエビルが薄緑に輝く剣を振るう。
先程レミが焼き斬ろうとした傷口へと狙ったように入り、切断しようと力を込めてくる。だがエビルでは斬れなかったことなど証明済みのはずだ。安心するのは早いがイレイザーはそこまで危機感を覚えていない。
「エビルウゥ、エビル・アグレムウウウウ! お前の剣じゃ俺を斬れねえってのがまだ分かってないのかア!? 哀れだなアおイ、精々恐怖しろこの俺にイ。お前達じゃ勝てない絶対的な強者にイ!」
「哀れなのはアンタの方よイレイザー。金属はある程度まで熱すれば脆くなる。アンタが今斬られようとしている場所はアタシが〈青光焔剣〉で攻撃した場所! 一部が溶けている状態になってまだ時間は経っていない!」
「何だとおおオ!?」
そこまで言われてイレイザーはようやく気付いた。
エビルの剣が徐々に、徐々にだが奥へ奥へと進んでいる。さっき溶けて半分ほどしか残っていない厚みが徐々に減っていく。
「だが避けちまえば……!」
後ろか横へ動けば終わる話だ。
イレイザーが今からでも動こうとして足が動かないことに気付く。視線を下に向けてみると、レミが両手で両足を掴んで負荷をかけていた。人間一人くらい引き摺って動けるはずなのにびくともしない。心なしか足首が歪んでいっているような気さえする。
「放せエ! どんな馬鹿力してんだお前ええエ!」
「セイムとサトリが君の移動手段を一つ奪ってくれた……! 足もレミが押さえているから君は動けない……! これで、終わりだあああ! イレイザーあああああ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオ!?」
エビルの剣が徐々に徐々に進んでいく。
必死に、全力で力が込められた剣が金属の腹部を進んでいく。
そしてついに、イレイザーの腹部が剣によって切断された。斬り離された上半身は放物線を描いてエビルの背後に落ちて転がる。レミが手を放したことにより下半身も音を立てて倒れる。
全員の力が合わさった連携に、強敵イレイザーは打倒されたのだ。




