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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
五章 オーブを探して
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オーブを納める神殿


 頭領であるジークが殺されたことで盗賊団ブルーズは壊滅した。

 ブルーズの残党については怯えて投降するものが多数。そういった者まで殺す意味はないし、今エビル達に戦う余力も残っていないので見逃すことにした。当然、自分からクランプ帝国に向かって兵士に名乗り出るように言っておいた。


 彼ら彼女らの中にはもちろん悪人もいるのだが、意外と潔く自身の罪を認める者がサトリに懺悔していた。そんな者達の中だと、元がただの村人だった連中の割合が多い。大樹の中でジークの発言を聞いていた者がいたらしく、大慌てで同じ境遇の人間に伝えたらしい。恩はあってもそれが作られた物なら返す義理はない。


 重傷のケインについてだが、エビル達は自分達の手当てのついでに彼の治療も行った。彼も事情を知ってしまったため意気消沈な様子であった。しかしサトリがプリエール神殿への紹介状を書き、保護を目的に向かうよう伝えている。彼はまだ罪を犯していない、一般人と同義。彼は感謝の言葉を述べ、目的はないらしいが一先ずプリエール神殿へ向かっていった。


 残党の中でも逃走した者は帝国に付いた後で兵士に知らせることにする。盗まれた品々の中でアジトに置いてあったものは少なく、財宝の類は闇市のような場所で売り払ってしまったらしい。そんな中グリーンオーブが残っていたのは不幸中の幸いである。


 ブルーズアジトでやることを済ませたエビル達は次の目的地を目指す。

 辛い出来事があっても四人の旅は止まらない。



 * * *



 広大なクランプ大森林の中を暗い表情の少年が歩く。

 白いマフラーをした白髪の少年、エビル・アグレムは未だ頭を悩ませている。


 盗賊団ブルーズ頭領、ジークの死亡。

 エビルが自分の意思で人間を殺したのはこれが初めて。善の幅が大きいため、殺しの重責が呪いのように重くのしかかる。これがイレイザーのように人殺しに快感を覚えるような狂人であったなら問題ないが、普通の心を持つ者にとっては辛く苦しい感情が渦巻く。


 苦い表情をしたまま歩くエビルのことを、一歩引いたところで仲間達は見つめていた。その中でも赤い短髪の少女は特に心配そうな顔をしていた。

 少女、レミ・アランバートには分かっている。普段と変わらないよう振る舞っていても、彼の心が酷く傷ついていることを。


 他の二人。黒髪褐色肌の少年セイム、プラチナブロンドの長髪である神官サトリも同様に気付いているが心配そうな表情はしない。これには理由があって、逆にエビルに余計な気を遣わせないためだ。心配そうな表情をしていれば「何もないから気にしないで」や「大丈夫」などの言葉を彼は告げることだろう。もっとも、風の秘術で他者の感情を感じ取れる彼には表情など些細な問題かもしれないが。


「そういやこの森だったか」


 セイムの呟きにレミは「何がよ?」と問う。


「クランプ大森林にあるらしいぜ。オーブを捧げる祭壇」


「うそっ! オーブはまだ三つだけど……どこにあるか分からない祭壇の場所が分かったのは大きな進歩じゃない! そうよねエビル!」


「え……? うん、そうだよね」


 メズール村にあったグリーンオーブ。

 ノルド町にあったブルーオーブ。

 ハイエンド王国城下町にあったイエローオーブ。

 盗まれていたグリーンオーブをブルーズアジトから回収したため残りは一つ。残りはレッドオーブのみと王手をかけた状態になる。


「確かに。ハイエンドの博物館でこの森だと記されていましたね」


「……行ってみようか、場所を把握しておきたいし」


 まだ少し元気がないエビルは、行き先をクランプ帝国から祭壇のある神殿へと変更する。その様子に再びレミの表情が曇ってしまう。そしてそれを察知したエビルが案の定「ごめん」と呟く。

 レミは「何のこと?」と返すが彼女も自分で気付いている。心配のしすぎで気を遣われて謝られたのだと分かってしまう。


「すぐに立ち直れると思っていたんだけど、身体が重いままで。みんなはそんなことないのにね。人間を殺した事実にショックを受けすぎているのは分かってるんだ。でも、まだ、あの時に感じ取った死を忘れられない。あの、死ぬ寸前に向けられた暗い感情が」


 なまじ他者の感情を感じ取れてしまうだけに、相手の負の感情にも敏感になってしまう。特に自分を殺そうとした相手に向けるどす黒い悪感情が分かるのは精神的負担が激しい。


「まあそればっかりは慣れるしかねえよなあ」


「ちょっとセイム! アンタ、エビルにまた人を殺させる気!?」


 人殺しに慣れるということは相応に殺さなければならない。優しさが強いエビルに慣れろというのはあまりに酷だ。彼のことを考えない発言にレミは怒りを露わにする。


「殺す方じゃねえ、感情の方。……この先、誰も殺さねえで生きるってのは無理がある。エビルだってそれは分かってるんだろ?」


「うん、まあね……。人助けの旅をしているんだし」


「だったら慣れないと身が持たねえ。悪感情に慣れておかねえとお前の場合はだいぶキツいだろうしよ、そこら辺はおいおいどうにかしていこうぜ。もちろん誰も殺さないで平和的に解決出来るってんならそれが一番だけどよ」


 エビルのことを考えない無神経な発言? 違う、セイムはちゃんとエビルのことを考えていた。彼の言動を深く理解しないで騒いだレミは己を恥じた。


「ごめんセイム、アンタは……ちゃんと」


「いいってことよレミちゃん。でも、お詫びにサトリがキスしてくれ」


「急に何を言っているんですか? あなたに謝ることなど何もありません。だいたいお詫びというのならレミがするのでは?」


 確かにサトリは何もしていないので詫びる必要がない。落ち込んでいるレミは「そうね……」と元気なく呟き、隣を歩くセイムの肩を思いっきり掴む。あまりに強いので「痛え」と連呼したセイムは彼女の腕を掴み返す。


「じょ、冗談! 冗談だから本気にしなくていいって! レミちゃんまでちょっとおかしくなっちゃった!? 何か悩みがあるなら相談乗るぜ!?」


「おや、あなたもおかしいですね。女性からの口づけに歓喜しそうなのに」


「これは俺おかしくねえだろ!? レミちゃんもほら、好きな男がいるんだから軽々しくそういうことしない。そういうのは好きなやつにしてあげなって」


 ようやく肩を放したレミは「別にいないけど」と呟き、視線をエビルに移す。当人同士が気付かない状況にやきもきしながら二人は様子を見守った。

 風の秘術でエビルは好意や愛情を感じている。しかしそれはあくまで友達としてだと本人が結論を出してしまっているせいで、実際に言葉にしない限り全く気付かないだろう。だというのにレミも自分の気持ちを理解していないのだから進展しようがない。


「あの、エビル。あなたの問題は今すぐ解決出来るものではありません。人を殺す機会などそう訪れません、訪れてはいけないのです。だからあなたの問題解決は時間がかかる。今は心の奥にしまっておいた方が楽になれますよ」


「ありがとうサトリ。そうだよね、その通りだよ」


 吹っ切れたわけではない。ただエビルは割り切ろうとしている。

 元々今すぐにはどうしようも出来ないのだから。彼女の言う通り、今は心の最奥へと悩みを閉じ込める。殺さなければいけない悪党などすぐには現れないはずだ。またその機会が来てしまった時に再び考えればいい。


「……待った、何か感じる」


 険しい表情になったエビルは後方の三人を手で制す。

 立ち止まった三人は不思議そうな顔になる。今いる場所はクランプ大森林。盗賊団ブルーズのアジトがあるなど予想外なことはあったが、その他に何か危険な存在が潜んでいることはないはずだ。魔物だってほとんど手こずることはない。


「何だっていうんだよ。ブルーズの残党でもいんのか?」


「妙だ。神聖で澄んだ風が吹いて、その中に異物が混じっているような」


「神聖って……神殿じゃないの? 妙な感じがするのは分かったけど行ってみるしかなさそうね。アタシ達は神殿を探しているんだし」


「……そうだね、行って確かめよう。この先に何があるのか」


 奇妙でいて清らかな澄んだ風が吹く方向へとエビルが進み、後に三人が続く。

 複雑な迷路のような道を歩き続けると森から抜けた。いや、まだ森の中だが木々のない広い空間に出たのだ。円状の広い空間には中心に建物が存在している。周囲には清らかな水が流れており、石製の橋が建物へと繋がっていた。


「あれが神殿……?」


 小さな一軒家と同じくらいの大きさだ。プリエール神殿の方が三十倍以上広いし、形も神殿というよりは祠というほうがしっくりくる。古いからか壁にはコケが生えていた。ツタが地面から伸びて絡まっている柱も存在している。まだ中に入っていないが入らなくとも状態は予想出来る。


「きったないわね……」


「当然だけど手入れはされてないね。人がいる気配も……いや、誰かいる気がする」


 丁度入口から反対だったため気付かなかったが入口には古い扉があった。

 扉には四つの紋章。竜巻、燃え盛る炎、三つ繋がった山、複数の木々、それらが丸い円の囲いの中に彫られている。秘術の紋章だろう、風と火は模様が一致している。


 エビル達は入口側に回って石の橋を渡った。古いがサビ一つない扉を押すと開き、内部へ入れるようになる。中は広い一部屋のみ。祭壇が存在しており、オーブを置くための四つの台座が視界に入る。神聖な雰囲気が漂っているのでエビルが感じられたのも納得だ。


「待っていたぞエビルゥ。エビル・アグレムウウウ!」


 ――だからそこにイレイザーがいることは誰も予想していなかった。


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