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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
五章 オーブを探して
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レッドホーン


 エビルが「待て」と叫ぶが待つわけない。入口からジークは逃亡した。

 慌ててエビル達は追いかけるため走る。すぐに飛び出したにもかかわらずジークの姿は当になく、アジト内を捜し回ることになってしまった。


「おいテメエらが侵入者だな!」

「ここから先は行かせねえぞ!」

「ひゃはは! 死んじまいな!」


 追走している途中で下っ端構成員と何人も鉢合わせる。

 先を急ぐエビル達はすれ違いざまに弱者を気絶させる。しかし微妙に厄介なのはレッドボアが一緒にやって来ることである。


 一人一匹がセットになり襲ってくることを不審に思うも、セイムはノルド町を攻めた幹部構成員のことを思い出して納得する。

 魔物を使役する道具が存在しているのだ。希少なものだろうが他の構成員が持っていないとも言いきれない。ただ道具の詳細も分からないうえ、誰が持っているのかも不明なため探す余裕はない。結局襲ってくる者達をすぐ戦闘不能にするのが手っ取り早い。


 そうしてアジト内を捜し回るもジークは見当たらなかった。

 隈なく捜しても見つからないのでもうアジト内にいないのか。それとも運悪く会わなかっただけか。とりあえず一度外に出てみようと思いエビル達はアジトから脱出する。


「……なっ」


 大樹から脱出して一番に目にした者は赤い猪の魔物。

 ただし、レッドボアではない。その魔物の丸々と太った体格は優に四メートルを超えている。赤い毛皮、立派に反り立った牙、睨むように鋭い瞳、その魔物の正体を察したサトリは「まさか」と呟く。


「レッドホーン……! レッドボアの成体です!」


「嘘!? 何でこんなところに、タイミング悪いわね!」


「なあレミちゃん、こりゃ本当に偶然か?」


「何、どういう意味よ」


 ジークが逃亡した先にいたレッドホーン。盗賊達と一緒に戦うその子供、レッドボア。偶然にしては繋がりがありすぎる。ここら一帯にレッドボアが大量発生していたのも今となっては引っかかる。そう、まるで魔物が人間に協力しているかのようだ。

 違和感に気付いたエビルが疑問を口にする。


「ブルーズにレッドホーンが手を貸しているってことかい? 魔物を使役する道具が使われているってことなら納得出来るよ、クラーケンだって最初は操られていたって話だし。盗賊団がその道具を複数所持しているのかもしれない」


「道具を使用している可能性もあるさ。でも今回は、何か違う。もしかしたらこのレッドホーンは自分の意思で盗賊共を助けているんじゃないかって話だ」


「自分の意思でって……そりゃまた何で?」


 魔物が人間に協力するといえばホーシアンやコミュバードが例にあたる。しかしその魔物達は温厚で人間に危害を加えないからこそ共に暮らせるのだ。レッドボア、ましてや成体のレッドホーンは人間を見境なく襲うような危険性の高い魔物である。そんな危険生物が知性を持って人間と手を組むことなどあるのだろうか。

 エビル達が頭を悩ませていると、サトリが「もしや」と呟く。


「そういえばこんな話を聞いたことがあります。とある人間が誕生直後の魔物を育てた実験の話です。まるで鳥類の刷り込みのように、生まれて初めて見た相手だからか魔物は人間を親のように慕ったと。あのレッドホーンももしかすれば……」


「はっ、一から手塩にかけて育てましたってか。だがよお」


「レッドホーンは確かに強いだろうけど、今のアタシ達を止めるには不十分よね! さっさと討伐してジークを追いかけましょう!」


 四メートルを超える巨体がエビル達に突進してくる。

 エビル達は各々横に跳んで回避し、レッドホーンは勢いをつけすぎたのか止まれずに大樹へ突撃した。大きな振動と共に大樹が揺れて木の葉が舞い落ちる。さすがの攻撃力であるし直撃を受ければいくら四人でも重傷を負うだろう。

 大樹に突撃しても無傷のレッドホーンは頭を横に振ってから振り返る。


「突進には気を付けて攻撃あるのみだ! 僕達なら問題なく倒せるはずだよ!」


 問題なく倒せるというのは驕りでも何でもない、事実だ。

 いかに強いとはいえレッドホーン一体なら油断しなければ確実に勝てる。

 今のエビル達は旅を始める前よりもパワーアップしているのだ。個々の身体能力、戦闘技術はかなり向上している。レッドホーンが複数体ならともかく一体ならあまり苦戦はしない。


 スピードを出し過ぎるあまり止まれない突進をするのがレッドホーンの特徴。小回りの利くレッドボアよりも、実力があればむしろ戦いやすい魔物だ。一直線に突撃して来るだけの攻撃など対処は簡単なのだから。


 まず突進を横に躱し、真横から各々が攻撃して着実にダメージを与える。

 中でもレミの炎を纏った拳は効果が強く嫌がる素振りを見せていた。火の秘術は森の中では使用を避けたいところだが、ブルーズアジト周辺は大樹に栄養でも吸われたのか樹が存在していない。

 エビルとセイムは武器で皮と肉を浅く切り裂き、サトリは錫杖で叩く。四人は一切ダメージを負わずに優勢で戦いを進めていく。やがてレッドホーンに疲れが見えて、動きが鈍ってきたところで一気に畳みかけた。


 大きな図体が力なく倒れ、地面が揺れる。

 体が黒く染まっていき端から塵と化す。


「ふうー、まあ俺達の相手をするならあと三体は欲しいとこだぜ」


「時間稼ぎだったのでしょうか……。ジークは今頃どこに……」


「まだ遠くには行っていないはずだよ。森を徹底的に捜索しよう」


 戦闘があったとはいえ短時間で森から抜けられるわけもない。ジークが逃げているなら今頃森を移動しているだろう。捜すために早速歩き出したエビルにセイムとサトリも付いていくが、立ち止まったままのレミが声をかける。


「ねえ、一回クランプ帝国に行って兵士の力を借りた方がいいんじゃない?」


 その提案を理解出来ないエビルは「どうしてかな」と振り向きもせずに告げた。


「森は広いし、アタシ達だけじゃ無理があるわよ。クランプ帝国の兵士なら魔物討伐にも来たことあるだろうし、森の構造も多少は知っているはずだから心強いわ。盗賊団ブルーズは大陸中に名が知れた悪党だし協力してくれるはずよ」


 確かにレミの提案は状況に合わせた妥当なものだ。

 逃亡したジークは森の道に詳しいだろう。期間は不明だがアジトを置いて活動していたのだから必然的に詳しくなるはずだ。それなら同じように詳しいクランプ帝国の兵士達に協力を求めるのは手の一つかもしれない。


 しかしクランプ帝国に辿り着くのはいったい何日後なのか。

 森は広い。現在地から帝国が近ければいいが希望的観測にすぎない。エビル達が帝国に到着する頃にはジークも森から出て行方を晦ます可能性は決して低くないはずだ。そうなった時、再びジークを見つけられるのはいつになるのか。おそらくもう警戒してエビル達の目の届かない場所に逃げてしまうだろう。


「帝国にすぐ行けるのかな。兵士に協力を求めて、すぐ動いてくれるのかな。……分かってる、冷静になれば君の言うことが正しいってことくらい。でも僕は嫌なんだ。もしここで見失ったらもう一生あいつは現れない気がする」


 エビルの心には復讐の二文字が渦巻いている。殺したいと思う程の憎しみが広がる。

 シャドウにも当然憎しみの矛先は向いているのだが、彼の場合は多少の事情を知りつつ魔信教壊滅に協力してくれる存在だ。わざわざ味方として動いてくれる者を害する意味はない。もっとも意味など関係なく感情のままに動いてしまいそうになる時があるのだが。


「今のエビルは憎悪だけで動いてるんじゃないの? ねえ、一回落ち着こうよ。確かにジョウを殺したあいつは憎いけど、今アタシ達だけで追いかけて捕まえられると思う!? 国の力を借りた方が確実だよ!」


 レミの気持ちはエビルも感じ取っていた。

 彼女は憎しみのままに動くエビルを止めようと思っている。

 復讐を果たそうとして何かが変わってしまうのを危惧しているのだ。今までの優しさが消えてしまうのではないかと不安を抱いている。


「セイム、サトリ、二人も何か言いなさいよ!」


 一人での説得が難しいと感じたレミは二人に助けを求めた。


「いいんじゃねーかな。好きにさせてやれよレミちゃん」


「復讐心に理解はあるつもりです。遠回りをするのは苦しさを助長するだけ、今すぐに追跡して叩くことが悪いわけではありませんよね? それに、自分の思考と違う行動を提案されれば納得は難しいものです」


「二人共……それでいいの?」


 予想外なことに二人はエビルの考えを肯定する側であった。

 悲しそうな表情を浮かべたレミからは今までの語気の強さが消えている。


「レミ、心配しなくても僕は何も変わらないよ」


「嘘。エビル、今までとちょっと違うもん」


「大丈夫だよ。僕はもう、感情に呑まれたりしない。一応冷静だよ」


 表情を変えないままレミは「……分かった」と呟く。

 憎悪と怒りに呑まれてジークを一方的に痛めつけた事実を彼女は、いや他の二人も知らない。だがレミが危惧しているのはあんな風に変化することだと何となく理解していた。もはやあれは黒歴史に等しい。エビルとしても絶対に話すことはないし、もう一度あんな状態にならないよう努力するつもりだ。


「それじゃあジークを追おう。何としても逃がさないようにしないと」


 一応全員の意見が纏まったので動き出す――その時。

 突然地面が揺れたと思えば重い音が響き、木々から鳥達が逃げるように飛び立つ。ズシン、ズシンと何かが歩いている音が等間隔で聞こえてくるのでそれだろう。

 またレッドホーンか、とエビル達は思ったが現れたのは全く別の存在。

 木々を薙ぎ倒しながら、妙な駆動音と共に動いて出て来たのは――鋼鉄の竜。


「……ドラゴン」


 サトリの呟きに全員が驚愕の反応を示す。


「ドラゴンって、もう絶滅したんじゃねえのかよ!?」


「そのはずよ、大昔に滅んだってアタシでも知ってる」


「本物なのか……? サトリはどうしてあれがドラゴンだって」


「文献で見たことがあります。あの姿はどう見ても同じものですよ」


 ドラゴンとは大昔に氷河期で滅んだとされる生命体。

 神々の戦闘にも加わったとされる彼らは強大な力を持ち、一体で人類を消し飛ばすとすら言われている。そんな伝説とすら言える存在がなぜかエビル達の前に姿を現した。

 驚いているエビル達を前にして金属の竜は聞き覚えのある声を発する。


「これが古で人々に崇められていたドラゴン。それを模した――機械竜だ!」


 機械竜から放たれた声は紛れもなくジークのものだった。


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