クランプ大森林を進む
オーブ編はクランプ大森林で終了。
四章なっが……分けるべきだったのかもしれない。
これからのを分けるとしたら魔信教の話は六章か七章で終わりかな。
クランプ帝国へと続く深い深い森。クランプ大森林。
霧に覆われている場所も存在し、右側には巨大な大樹が聳え立っている。奥に行けば強力な魔物も生息するその森はあまり人が通ることはない。通れるのはよっぽど旅に慣れた旅人か、護衛を多くつけた者達のみ。
日が昇っている内に旅人達は大森林を出来るだけ進む。
太陽の光は木々の葉で六割ほど遮られており、夜が近付けば完全な暗闇になるだろう。もしも暗くなり始めたら早急に野宿の準備をしなければならない。
旅人達四人のリーダー的存在である少年がふと呟く。
「この先をずっと進めばクランプ帝国か」
白い髪と肌、幼さは残るが整った顔立ち。寒くもないのに白いマフラーを首に巻いており、腰には鋼の剣が収納された鞘を下げている。右手の甲には竜巻の形をした紋章がアザのように浮かんでいる。その少年、エビル・アグレム含めた四人組はとある目的のためにクランプ大森林を突き進んでいる。
「クランプ帝国、確か軍事国家アルマテウスに次いで武力が高いと言われている国ね。噂だと魔信教による襲撃にも対応して死者が一人も出ていないとかなんとか」
エビルの呟きに反応して解説したのは赤い短髪の少女。
服装は紅色の袖がない上衣にミニスカート。首には黒いスカーフを逆向きで巻いている。左手首から肘にかけて大きな火傷痕が残っているがそれを隠そうとはしない。彼女、レミ・アランバートの言葉に三人が目を見開いて驚く。
「一人も!? そりゃ随分とすげえんだな」
特に驚いて大声を出した黒髪褐色肌の少年はセイム。
密着した黒いボディースーツ、黒いマント、大鎌と死神のような服装をしている。実際に彼は死神の子孫だったりするのだが。
「それも噂にすぎないけどね。もしかしたら死人が出ていることを隠すための噂かもしれないし」
「そんなことして何の意味があるんだよ」
「武力の信憑性のためでしょ。自分達は強いですってイメージ崩さないためのさ」
アスライフ大陸にて一番の武力を誇るという軍事国家アルマテウスは、既に何者かにより壊滅させられている。その状況で魔信教による死者すらいないと広まれば、実はクランプ帝国が最強の武力を持っているという証明になる。
「正直国の強さなんてどうでもいいと思うんだけどね。そりゃあ最低限はないと民を守れないけどさ、強くなっても得なんてないじゃない」
「……戦争で優位になる」
白を基調とした神官服で身を包む女性がボソッと呟いた。
腰まであるプラチナブロンドの長髪は美しく、バランスのとれたプロポーションをしている彼女の名はサトリ。元プリエール神殿の大神官である彼女は持っている錫杖を地面に触れさせずに歩く。
「戦争? 戦争って、あはは、さすがにそんなこと起きないでしょ。やるなら魔信教とだわ。普通の国同士で戦って何の得があるのよ」
「確かに現在は魔信教が第三勢力となるために起きないでしょう。しかし人間とは欲深き者。必ず欲に駆られ、どこかの国同士が争う。それに勝手な想像ですが、まず先制攻撃するのはクランプ帝国だと私は睨んでいます」
誰も反論する言葉を持たなかった。
絶対にないとは言えないのだ。もしも魔信教がいなくなればその先がどうなるのか想像出来ない。平和であってほしいと願うも、厄介な者達がいなくなったことで争いが起きる可能性もある。アルマテウスが消えた今、実質最強はクランプ帝国だ。どこと戦争をしても戦略がよほど酷くなければ勝利できるだろう。
戦争が起きる理由として一番は領土の奪い合い。
今持つ土地だけでは国が不便になったとき、他国を取り込めばその国が持つ土地を利用できる。他にも取り込まれた国の文化、財力、食料、全てが手に入るのだ。
もっと国を豊かに出来る。そういった発展のために起こることもある。
「悲しいね、争うことなく僕らは生きられるはずなのに……」
極論、争うことなどしなくていい。
誰かと戦わなくても人間は生きることが出来る。
戦うよりも協力し合うことが大事だとエビルは思う。戦争など起こさず、話し合いで全てを決められればどれほど平和になるだろうか。
そんなことを考えているとエビル達の視界に木々の隙間から男が飛び込んでくる。
青いバンダナを巻いており、上下が青色の服装の男。一目でブルーズの一員だと分かる男は焦った表情で、何かから逃げるように走っている。
何から逃げているのかはすぐに判明した。
丸々と太った赤い猪が猛スピードで、男が現れた方向から出現したのだ。
男は「うわあ!」と情けない声を上げて赤い猪から逃げるも、猪だって追い続ける。一人と一匹は意図せずぐるぐると回りながら鬼ごっこのような状況を作り出してしまう。
ひいひい言いながら走る男は意外と追いつかれない。小さな円を描くように走る一人と一匹を眺めてレミは「なにあれ……」と呟く。
ずっと見ていると意外に平気そうに見えてくるのは不思議なものだ。ピンチなことに変わりないというのに不思議と大丈夫に思えてくる。しかしやはりお人好しのエビル達がこのまま放置する選択肢はない。
「あれはレッドボア。素早い動きで獲物に突進して、何かに衝突するまで止まらないといいます。……とりあえず、助けた方がいいのでは?」
「そうだね、とにかく猪の魔物を倒そう」
ブルーズの男を追いかけ続けているレッドボアにエビルが接近して斬りつける。赤い毛皮と皮膚が切り裂かれ、緑の血液が噴き出す。
助けられたことに男は「え」と短く声を洩らして、立ち止まるとエビルとレッドボアを交互に見やる。そして一度動きが止まったレッドボアの隙を突き、男は無言で走り去っていく。
「はあ!? おいこら助けた礼もなしかよ!」
「セイム、今は目の前の戦闘に集中しないと」
エビル達は四人で一斉に攻撃してレッドボアに集中攻撃する。
幸い、先制攻撃のおかげで戦闘は優位かつ速やかに終われた。誰も傷を受けることなくレッドボアを討伐出来たのは実に良い結果だ。死亡したレッドボアは体の端から黒く染まり、塵と化して朽ちていく。
戦闘も無事終了したのでエビル達は急いで襲われていた男を追った。
少しとはいえ見失っていたので追いつくのは困難かと思われたが、男が走っていった方には足跡が残っていたので冷静に追跡出来る。
追っている間、セイムは苛ついた表情を隠そうともしなかった。
怒りの感情を強く感じ取ったエビルは前を見て走りながら口を開く。
「……セイム、怒ってる?」
「そりゃあな! 普通助けられたら礼くらい言うもんだろ! いくら魔物に襲われて怖かったとしてもそれくらい言えるはずだろ?」
「まあ、これはセイムの言うことに一理あります。服装からブルーズの一員でしょうし、いっそのこと懲らしめて帝国に身柄を渡してもありですね。クランプ帝国は法が厳しいと耳にしたことがあるので死刑になるかもしれませんが」
「アンタ、悪人にはほんと容赦ないわね。でも、この広いクランプ大森林を抜けるのに足手纏いがいるってのはちょっとマズいんじゃないの? 魔物から逃げてたってことは戦えないんだろうしさ」
ある程度戦える人間ならあそこまで無様に逃走しないだろう。もちろん全く戦えないわけではないかもしれないが、クランプ大森林にいる魔物は今までの場所と比べてかなり強い。一定の実力がなければ逃げの一択。あの男がこの場所へ来るのは早すぎたのである。
「ブルーズのアジトへ向かってジークを倒したら、場所を帝国へ教えよう。兵士達の力を借りれば残党はどうとでもなるはずだよ。とりあえず、今は彼に追いついて話を聞こう。まだ僕達がブルーズの敵だという確信はないはずだしね」
森の整備された道を辿っていくと行き止まりに行き着いた。そこでブルーズの男は白い紙を見下ろしながら「うーん」と唸っている。
行き止まりなのは逆に好都合。もしジークからエビル達の情報が伝えられていたから逃げたのだとしたら、再び逃げる可能性があるがもう道はない。身のこなしからも戦闘で負ける気はしないし何より四対一だ。よっぽどの幸運がなければ逃げられない状況なので男も抵抗しないだろう。
「おいこらようやく追いついたぞ。別に感謝されてえってわけじゃねえけどよ、助けられて逃げるなんざまともな神経してねえだろテメエ」
ナヨナヨとした情けなさそうな男が振り向く。
「あ、さ、さっきの……」
「キツい態度は控えようセイム。ごめんなさい、僕はエビル。できればあなたの名前と、どうして逃げたのかも教えてほしいんですど」
本人は無意識だがセイムはブルーズだという認識で最初から悪感情を抱いていた。先程も戦闘で助けて貰いながら逃亡したことでさらに評価が落ちている。乱暴な態度を取ってしまうのも仕方がないとエビルは納得している。……だからといってエビルが態度を乱暴にすることはない。
優しい口調で安心したのか男はジッとエビルを見つめる。
「え、あ、俺はケイン。その、怖くて、さっきは逃げてごめんなさい」
「いいんですよ、魔物に襲われたら誰でも怖いだろうし。それよりも、こんなところで何をしているんですか? もしかして、あなたが持っているのはこれと同じものだったり?」
ブルーズの一員だとするならアジトの場所も当然知っているはずだ。
地図を疑ってはいないが、入り組んだ迷路のような森では辿り着くのに時間がかかる。道案内の人間がいた方がスムーズにアジトへと辿り着けるだろう。手に持っている白い紙はジョウが持っていたものと同じなので、ケインがこれからアジトに向かうのはほぼ間違いない。
「そうですそうです! よかったあ、盗賊団の方でしたかあ。じ、実は地図を貰ったはいいものの、アジトに辿り着けなくて困っていたんです」
「なんだあ? じゃあテメエは迷子っつうことかよ?」
「は、はは、恥ずかしながら。迷っているうちにレッドボアに見つかっちゃって、もう滅茶苦茶に走り回ったので現在地も分からないし……。はぁ、魔物が多いと聞いていたけど、隠れながらだとやっぱり無理があったのかなあ」
後頭部を右手で擦るケインに呆れた視線が集中する。
地図を持っていることからアジトへの案内が可能かと思いきや、ただの迷子ということでエビル達の当ては外れた。
「隠れながらって、アンタ戦えないの? ブルーズの一員なんでしょ?」
盗賊団ブルーズといえばそれなりの実力を一人一人が持っている。それゆえに大陸全土の国々が手を焼いているのだから戦えないというのはおかしい。
「戦闘はからっきしでして……。まあその分、道具の扱いには手慣れてるんですよ。実家が道具屋だったものですから、基本的なことは分かりますし。あの、皆さん! もしよろしければアジトに連れていってもらえませんか!」
「……ごめんなさい、僕達も初めてだから場所は知らないんですよ」
せっかく頼りにされても状況が同じなら助けられない。
「そ、それでもいいですよ。もう一人じゃ怖くて怖くて、お願いします! 僕とアジトへ同行してください!」
もしこのまま放っておけばまた魔物に追われ、今度は殺されるかもしれない。エビル達はそんな見捨てるような真似はしたくない。どうせ行くのなら、同行させても問題はないと考える。
「いいですよ、一緒に行きましょう。アジトまで僕達が守ってみせます」
「ありがとうございます!」
こうして一時的にケインが同行することになった。




