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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
五章 オーブを探して
106/303

次なる目的地は


「……ん」


 ピクッとセイムの指が動いた。

 そして包帯があちこちに巻かれているセイムの目は薄く開かれる。


「……エ、ビル」

「セイム……!」


 起きて早々にセイムの全身を痛みが襲う。

 原因は死神の力を引き出す〈デスドライブ〉を使用しすぎたこと、骨が何か所も折れていること、折れているとまではいかずともヒビが入っている場所もあることだ。そんな状態ではとても起き上がれない。起き上がろうとすると苦痛で喘ぎ声が出てしまう。


「……俺、生きてるのか。それともお前も死んだのか」


「僕は生きているからセイムも生きているよ。悲しいこと言わないでくれ」


「ジジイの夢を見てた、正確には過去の話だ。走馬灯みてえに今までのことが夢に出てきた。もし死んでたらシャレにならねえわ、死神が誰かに殺されるなんてな……」


 今までで一番死にそうだなったとセイムは語る。

 邪遠という敵がどれほど強かったのかエビルはよく理解している。彼の真意は不明だが本気で戦っていれば間違いなく全員死亡していただろう。


「レミちゃんとサトリは……?」


「二人なら隣の部屋で寝ているよ。今は店主さんが様子を見てくれているから心配いらない。二人の心配より自分の心配をした方がいい、君の傷は一番酷いみたいだから。まったく、店主さんが多少の医療の知識を持っていてよかったよ。応急処置しなかったらセイム、君は死んでいたかもしれないんだから」


「この包帯か、血でも出てたか? 殴られた覚えしかねえんだけど……」


「そうだね、痣をいくつも作ってた。包帯は火傷の応急処置だよ。濡れた包帯で冷やして、浸出液をなんとかするためのさ」


 火傷は全員が負っている。一番酷いのは意外なことにレミだったが、火傷の範囲も不明だったので包帯を巻くには衣服を脱がさなければいけない。当然エビルには刺激が強く、女性陣二人は店主に任せて自分はセイム一人を担当した。なお、店主は「性欲など昔に枯れた」と宣言していたし、何かがあってもすぐエビルが駆けつけられるためあまり心配はしていなかった。

 宿屋に運び込んだ時を思い出していたエビルは、セイムが暗い顔をしていることに気付く。さっきの自分と重ねてしまって鏡のように思える。


「……俺は何も出来なかった。プリエール神殿の時も、今回も、それがたまらなく……悔しい。もっと、強くなりてえな」


「きっと、彼から見た僕達は弱く映っている。でも、それならこれから強くなればいいじゃないか。僕も修行しなきゃいけないし、セイムにも付き合うよ。頑張ろう。今度は、ちゃんと守るために」


 ベッドに座っているエビルは曇りない眼でセイムを見つめる。

 悔しい気持ち、苦しい気持ち、全てを糧にして強くなろうと目で語っている。セイムは「ああ」と重い声で短く、それでいて力強く返事をした。


 少しして、軽い音が部屋に響く。

 三回ほどノックしてから入って来たのは店主の老人だ。

 セイムが目覚めているのを見て、老人は「ほぉ」と驚きの声を零す。


「目覚めたのか」


「まあ、おかげさまでな」


「向こうの若い女子(おなご)二人も目覚めたぞ」


 レミ達が目覚めたと分かるとエビルとセイムの口元が綻ぶ。


「儂が説明するまでもなく状況を察したようだ、なかなか賢い女子達だ、二人っきりにしてくれと言われて追い出されてしまったよ」


「それは、何だかすみません」


「よいとも、儂も若い頃はそんな時期があったからな。それよりも目覚めたのならあれが使えるのではないのかね? 今持ってくるから待っておれ。こんなオンボロ宿屋に泊まり続けて傷を治すより、さっさと治して出ていった方がいいじゃろうて」


 そう言うと店主は部屋から出ていき、階段を下りる音が扉が開けっぱなしの入口を通って届く。ギシギシと木材が痛んでいる階段の音はよく聞こえた。


「あれってのは?」


「塗り薬だよ。店主さん曰く、高品質の薬草を使っているらしいから効能は抜群。数年前に購入して以来使う機会が来なくて棚にしまったままだったんだってさ」


「親切な人じゃねえか。うん? 塗り薬? なあエビル、塗り薬つったよな。それなら一つ頼み事があるんだけどよ」


 セイムは真面目な表情を作る。


「傷口に塗る役目、俺にくれ。女性陣の怪我は俺が治す」


「殴られるよセイム……」


 真剣な顔で何を言うかと思えば女好きの本領を発揮したというべきか。変態と罵られても文句を言えないようなことを口走った。当然エビルはセイムにそんなことをさせるわけにはいかない。仮にさせてしまえばレミに殴られること間違いなしだ。それになぜそう思ったのかは分からないが、エビル自身が少し嫌だと考えていた。


「だって、ずりぃじゃねえか……! お前だけ二人のあられもない姿を見れるなんて世の中不公平だ……!」


 両手で顔を覆うセイムに、エビルは呆れた口調で言葉を返す。


「別に二人に薬を塗るのは僕じゃないよ。大変だろうけど自分でやってもらうつもりさ。男の僕が手伝うのはレミもサトリも嫌だろうし」


「そんなことねえって、女はいつも俺達を待ってるぜ」


「殴る準備でもしているのかな」


 他愛ない会話を交わしていると店主が再び向かってくる。

 階段を音を立てて上り、彼はまたエビル達の部屋へと入ってきた。その手には大きめの瓶が持たれていて、透明な容器の内部には若竹色の液体が詰まっている。


「塗り薬を持ってきたぞ」


「ありがとうございます。レミ達には僕が渡してきますよ」


「……なら、儂がそこの小僧に塗っておいてやろう」


「げっ、どうせならレミちゃん達に……」


 口角を下げて嫌そうな顔をするセイムに、店主は正論をぶつける。


「怪我人に塗らせる気か。我慢せい、特別に若かりし頃の恋バナでもしてやる」


「うええ、分かったよ。丁寧に優しくしてくれよな」


 ベッドで横たわるセイムに店主が歩み寄る。

 ただ一介の宿屋の店主でしかない老人がここまでするのは、客を一人一人大切にするという精神があってこそ。もう泊まらないだろう客だとしても、誠意を持って接すると神に誓っているのだろう。


 店主がセイムの服を脱がし始めてから、エビルは手渡された瓶を持って出ていく。

 すぐ隣の部屋に向かい、扉の前で一旦立ち止まってノックする。三回ほどノックすると中から「はい、どうぞ」というレミの声が聞こえてきた。入室の許可が貰えたのでエビルは堂々と扉を開ける。


「二人共、調子はどう?」


「エビル……」


 二人の女性は白いベッドに横たわっていた。

 セイムと同様に身動きがとれないレベルではないとはいえ、絶対安静にしていなければいけない怪我。顔と体にアザを作って包帯を巻いている。さらにレミの方は左手首から肘までの大きな火傷痕がある。そんな痛々しい姿を見てエビルは息を呑む。

 女性であっても戦場では手加減されることはない。容赦なく拳が放たれ、剣が振られると分かってはいた。だがあまりにも酷いとエビルは言葉を失ってしまう。


「やっぱり、エビルが助けてくれたんだね……。最後まで戦って……戦いですらなかったかな。あのとき、最後に寝ちゃったのはアタシだったからさ。助けてくれるならエビルしかいないって思ってたよ」


「……いや、僕は何もできなかった」


 勇者を目にしたかのように輝いているレミの瞳。

 エビルにとって自分が過大評価されるのは避けたかった。本来以上の評価をされれば、今後また強い敵と戦うときに妙な希望を持たせてしまう。本当はそんなものはないのに舞台に上げられてしまう。


「運よく相手が去ってくれたけど、まともに戦ってもたぶん勝てなかったと思う。プリエール神殿の時と同じようにこうして全員生きていることが奇跡なんだ」


「……そっか。それでもアタシが助かったのはエビルのおかげだと思う。どういう結末であれ、こうして生きて話せるのはエビルがいたからだもん。ありがとね」


「あの状況、生存確率は非情に少ないものだったでしょう。レミの言う通り、この結果はエビルがいなければ出せなかったものです。強くなるのは必須でしょう。しかし自分を卑下しないでください」


「レミ、サトリ……」


 仲間の危機に駆けつけるのが遅すぎた。一歩間違えればジョウだけでなく、レミ達まで失っていたかもしれない。そのことがエビルに責任として重くのしかかり自分を責める理由となっていた。しかし自分だけを責めるのはもう止めた。仲間の感謝を素直に受け入れ、これから先に経験として活かせばいいとポジティブ思考に切り替える。


「うん、そうだね、みんなで強くなろう。あ、そうそうこの瓶は薬草の塗り薬。二人で使って早く怪我を治してね。こんなレミ達はあんまり見たくないからさ」


「心配してくれてありがとう。こんな怪我、三日もあれば治してみせるわ」


 塗り薬の入っている瓶を机上に置いたエビルは部屋を出ていった。

 怪我人は何とか怪我している場所に薬を塗って自己治癒力を高める。安静にして悪化を防ぐ必要があるので三人は一日のほとんどをベッドで過ごすことになる。


「おい小僧、お前に会いたいと言う女子(おなご)が来たぞ」


 部屋から出たエビルの元に店主の老人がやって来た。


「偉い別嬪(べっぴん)だ。いったい何をした?」


「女の人……あ、もしかして」


 ハイエンド城下町にやって来てから知り合った者は多くない。その中で女性といえば真っ先にリトゥアールを思い出す。展示会の品々を譲ってくれる約束をしていたので会う理由もちゃんとある。約束の日はまだのはずだが盗賊が事件を起こしたせいで展示会は中止になっているはずだ。

 宿屋の一階に下りると想像通り黒い神官服を纏う女性が立っていた。エビルが「リトゥアールさん」と呼びながら近付くと、彼女はグラデーションの綺麗な青紫の長髪を靡かせて振り返る。


「どうも。どうやら昨夜は大変だったようで」


「リトゥアールさんこそ、展示品を盗まれて大変でしょう。盗賊に襲われたりしませんでしたか? どこか怪我とかしてませんよね?」


 展示会場にいたならリトゥアールも襲撃された可能性は高い。

 エビルにとって彼女は父親代わりの村長の友達。村長の数少ない関係者が被害でも受けていたらジークを許せない理由がまた一つ増える。


「ふふ、心配してくれてありがとうございます。盗賊といっても弱者だったので問題ありませんよ。それに戦っていたら勝てないことを悟り、逃げていきましたから」


「それは良かったです。……あの、それで展示品は」


「幸いなことにほとんどが無事でしたよ。イエローオーブもね」


 リトゥアールはそう言って黒い神官服の内側に手を入れる。

 引っ張って首元から手を入れたため僅かに胸の谷間が見えてしまい、エビルは一気に顔を赤くして顔を背けた。後ろから「ああすみません、もう大丈夫ですよ」と声を掛けられたので顔を戻すと、彼女は手に灰色の収納袋を持っていた。


 収納袋はレミも持っているが基本的にこの大陸では貴重品。持っている者は非常に少ないし、これまで旅をしてきて所持者を他に見たことがない。


「展示品はほとんどがここに入っています。残念ながら風のマントは盗まれてしまいましたが……取り返す機会はいつかやって来るでしょう。私がちゃんと守れていれば盗まれなかったのですが……」


「リトゥアールさんは悪くありませんよ。その収納袋、ありがたく受け取ります。風のマントも僕と仲間で奪い返してみせます」


 灰色の収納袋をエビルは彼女から左手で受け取る。


「ということは盗賊と一戦交えるつもりですか?」


「はい、アジトの場所なら分かるので。盗賊のような悪人を風の勇者なら野放しにはしないでしょうし、僕も戦う理由がある。こんな僕のことを勇者と認めてくれた子もいるもので」


 力強い瞳をエビルが向け続けて暫くするとリトゥアールが視線を逸らす。


「勇者。その道が果てしなく険しく、辛く、惨めな死を迎えるとしてもですか?」


 誰かそうなってしまった人物に心当たりがあるようで、エビルは彼女から強い悲哀と不安を感じ取る。だが敢えてそれを口には出さず、己の決意を出すことにした。


「……はい。今後何があっても、僕は勇者として生きることを後悔したりしません」


「そうですか。では行きなさい勇者よ、敵はあなたを待ちません」


 そう言うとリトゥアールは背を向けて歩き去る。

 期待されているとは思わない。彼女から最後に感じられたのは諦めようという想い。彼女にとって勇者とは良いイメージではないのは明白だった。



 ――三日後。

 エビル達は宿から、このハイエンド王国から出ていくことを決める。

 全員の怪我が完治とまではいかずとも十分動けるほどには回復したのだ。レミの左腕の火傷も水ぶくれが非常に小さくなっている。宿屋に泊まり続けるのも治療のためだったのでもう必要ない。これからは旅人らしく旅に戻ることにした。


 宿屋入口で店主が軽く頭を下げて見送ってくれた。お世話になったのでエビル達も全員頭を下げて感謝した。

 次なる目的地に向かうためエビル達はハイエンド城下町入口へと歩いて行く。


「聞いたかよ、俺達が怪我した日の事件」


「――ハイエンド王城にて王族皆殺し。恐ろしいものです。町の人々はもう国王に頼れない状況になってしまいました。兵士達も給与がないため大半が仕事を放棄したとか。至急、遠い場所にいる国王の血族に大臣が伝書を送ったそうですが、これからどうなることか……」


 邪遠やブルーズとの戦闘があった翌日。ハイエンド王城にいた国王と妃、子供三人が一人残らず殺されていると店主から聞かされた。城には焦げ跡があったり、焼死体もあったりなどの情報からエビル達は邪遠の仕業であると理解している。


「やったのは邪遠、あいつに決まってるわ。次に会ったときは絶対に殴り飛ばしてやるんだから!」


 少し睨むような目をしたレミが両拳を力強く合わせる。


「そうだね、彼のしたことは許されない。でも今は次の目的地に向かおう」


「目的地ねぇ、次はどこに行くんだよ。こっから一番近いつったら……」


「徒歩では遠いですが北にあるクランプ帝国ですね。まだ行ったことがないというのならあの国でしょう。そういえばもうじきクランプでは各国の王達が集う会議――サミットが開かれますね」


 クランプ帝国に向かうには深い森を北に進まなければならない。

 クランプ大森林と呼ばれるその森。奥に行けば行くほど強い魔物が生息しており、何人もの旅人が息絶えているという噂も存在している危険な場所。サミットに向かう国王達の中にも通る者がいて、過去には向かう途中で死亡した王族もいるらしいとサトリが語った。


「本来ならクランプ帝国に向かいたいところだけど、寄り道をさせてほしい」


「何だよ、またどっかで展示会でもやるってのか?」


 セイムからの問いをエビルは静かに首を振って否定する。


「この紙を見てほしい」


 エビルが懐から取って見せる白い紙。それはジョウが最期まで持っていた物。


「どこかへの道が書いてあるわね、なんの地図?」


「おそらく……ブルーズのアジトだよ」


 予想外の場所にエビル以外が目を丸くする。


「次はここに行きたいんだ。地図はクランプ大森林のものらしいし、行くのにそう時間は掛からないと思う。僕はもうブルーズを放置したくないんだ」


 まだ驚いているレミ達だが頷いて肯定した。

 盗賊団ブルーズを放っておくなどとんでもない。今までは神出鬼没だったためにどの国も打つ手がなかったが、居場所が分かるというのなら話は別。何としてでも捕縛しておく必要がある。

 こうしてエビル達は次なる目的地――ブルーズのアジトへと向かう。


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