表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
五章 オーブを探して
103/303

因縁


 盗賊団ブルーズの頭であるジークが逃走する十分ほど前。

 組織に潜入することになったセイムとサトリは、ジョウ率いる小隊で見張りをしていた。本当は隙を見て逃げ出すつもりだったのに二人は組織に全面協力してしまっている。


 二十人一組のグループ五個、合計百人あまりが実行犯に駆り出されている。そのなかで実際に盗みを働くのは六十人あたり。残り四十人は見張りの役目を持つ。セイム達がまさにそれだ。

 見張りといっても、夜遅い時間に出歩く者は少ないので大した仕事ではない。展示会場から三百メートル前後、二方向にいる見張り役の集団を見れば怯えて逃げるほどの弱者しかいない。町人など所詮はその程度である。


 戦闘など滅多になく意外にも暇な役割だ。それに不満を持つ者もいるし、楽だと割り切っている者もいる。そんな仕事にいつまでも付き合うつもりはないし、仲間になったわけではないのでセイムとサトリは当然裏切る。


 さすがにあの地下に集まった四百人以上を相手取るのは無茶だが、二十人程度なら勝てなくはない。幹部クラスであるジョウは実力が高いと立ち姿を見るだけで感じ取れる。だが裏切るなら今この時しかないと、セイム達は考えた。


「おい、ここは通行止めだ! 今すぐ引き返すんだな!」


 突如、ブルーズの構成員の一人が叫び出す。

 攻撃に出ようと考えていたのでセイム達は出鼻をくじかれる。何かと思い視線を向ければ、一人の男が王宮前から歩いて近付いて来る。


 黒いローブを身に纏い、フードを深く被っている男。側頭部から捻じれている尖った角がフードを突き破っている。そんな不気味な男が近付いてくれば怖がるものだが下っ端構成員の彼らには関係ない。相手の実力を感じ取ることもできず、ただ喚き散らすチンピラのような存在なのだ。


 元々盗賊団ブルーズの構成員はジークが勧誘している者しかいない。それらは素行の悪い子供や、行き場を失った者達など心に付け入りやすい人間。戦闘力に乏しい者もいれば、才能があり強者になる者もいる。構成員の大半が前者であるが数の利は馬鹿に出来ない。


「あの角……まさかっ!」


「おいおい、嫌な予感がするぜ」


 黒ローブを着ている角の生えた男。もしサトリとセイム二人の想像通りの人物なら生存確率はほぼゼロ。この場の全員が死に絶えることになるだろう。


「おい、聞いてんのかっぐうぇ!?」


 構成員の一人が叫び、全て聞き終える前にローブの男が急接近する。

 首元を掴むことで喉を圧迫し、持ち上げることで苦痛を与える。その一連の動作が並の構成員にも、ジョウにも、二人にも速すぎてはっきり見ることが出来なかった。


「薄汚い盗賊風情が、何を盗もうとしているのか分かっているのか?」


 耳にしただけで身体の芯まで震え、怒りが伝わるその声。

 それが届いて数秒。掴まれている構成員の男の顔を――黒い炎が焼き始めた。


 喉が圧迫されて言葉にならない。黒炎で焼かれている男の声帯は震え、必死に苦痛に対して叫ぼうとしているが、本人の意思に反して風で飛ばされるような悲鳴しか出ない。

 目の前で起きている超常現象。炎を出すことは道具を使えば誰にでも可能だが素手で、何も道具を使わずに炎を出すとすれば、常人からは考えられない超常の力である。さらに色も黒いとなれば不気味さが増し、恐怖も増幅し、怯える者で溢れる。


 どう説明しようとも超常の力。しかしそれは常人であろうと心当たりはある。

 秘術と呼ばれる奇跡の力。これこそ敬われ、頼りにされる圧倒的力。使用するには体に刻まれた属性印が必要であるため誰にでも使えるわけではない。


 黒炎が男一人を使用者ごと呑みこむ。本来使用者も燃えるはずだが秘術使いには耐性が備わっている。ローブの男は生身の肉体に火傷一つ負っていないし、衣服すら燃えていない。

 黒炎に呑まれた構成員の男は焼き尽くされ、塵になった。役目を果たした黒炎は現世から消え去り、秘術だろう力を使用した灰色の右手の周囲は高熱で空気が歪んでいる。


「ほ、炎……火の秘術だ、始めて見た……」

「野郎、ぶっ殺してやる!」


 目前で人間を塵にされた構成員達はすっかり恐怖と怒りで支配される。だが例外が三人。ジョウは歯ぎしりしながら憎そうな表情をしており、部外者二人は怒りと警戒を高めていく。

 セイムとサトリの二人は知っている。黒炎を使用する謎の男、邪遠(じゃえん)のことを。


「テメエいきなり何しやがる! ぶっ殺すぞ!」


「この俺を殺す? 出来もしないことを言うものじゃないな」


「ふざけんな! この人数相手に勝てると思ってんのか!」


 舐められていると感じた男達は一斉にそれぞれの武器を構えて、邪遠へと一直線に向かっていく。素早い動きで迫る構成員の男達は短剣か長剣で斬りかかる。しかし邪遠は攻撃を必要最低限の動きで躱しつつ一人を殴り飛ばす。


「くそっ、なんで当たらねえん――ッ!」


 構成員の一人の首が邪遠に掴まれて右手で持ちあげられる。


「そこらの魔物は倒せても、そこらの一般人は倒せないのか?」


 力がどんどん込められ、喉が潰されて呼吸が出来なくなる。

 男がもう死ぬ直前――小型のナイフが邪遠の額に飛んでいく。だがそれは邪遠が首を曲げたことで外れた。


「お前みたいなやつが一般人とは笑えるぜ。魔信教の連中は冗談しか言えねえのか」


 鋭い視線で睨みながらジョウが二本目のナイフを投擲する。

 邪遠は最低限の動きでナイフを躱したあと、掴んでいた男を黒炎で包んで一瞬で塵にする。あまりの強さに構成員達は恐れて動きが止まってしまう。


「ほぅ、俺が魔信教の一員だと知っているのか。それに今のナイフ投げ、中々の腕だ。少しは出来る奴がいるな」


「これでも情報収集はよくするんでな。……お前ら、俺はお頭に応援を求めてくる! それまで出来るだけ耐えろ! いいか絶対に死ぬんじゃねえぞ!」


 ジョウは高く跳び上がり、壁を蹴り、地面に着地せずに走り出す。

 いきなりの逃走に目を丸くしつつも、邪遠は黒炎を右手に溜めて攻撃しようとするが攻撃直前に刃が迫っていたので回避する。黒炎は霧散し、攻撃した者が殴り飛ばされる。一撃で大の男を吹き飛ばして気絶させる拳。戦いと呼べるものではなく、まさに蹂躙。

 残りの構成員が一斉に襲い掛かり、邪遠の右手から黒い炎が溢れ出す。


「おらああっ! 死ねえええ!」

「……黒爆炎(こくばくえん)


 黒炎が爆発し、周囲の建築物や王宮よりも高く上がる。圧倒的熱量で周囲が焼け焦げ、邪遠の足周りは石畳が溶けてマグマのようになっていた。構成員の中に生きて立っていられる者などおらず、全員が全身の溶けた死体となってしまう。


「終わり……いや、終わっていないか」


 集団が身につけていたはずの青いバンダナが二つ、風に吹かれて宙を舞う。


「ふぅ、死ぬかと思ったぜ」


「助かりましたセイム。あなたが攻撃に一早く気付いていなければ、私は今頃あの死体の仲間入りでした」


 多少傷を負ったセイムとサトリだけがまだ立っていた。

 二人は大鎌と錫杖を高速回転させて爆炎のダメージを軽減させつつ、後方に跳躍して攻撃範囲から逃れたのだ。

 バンダナを取ったことで二人の正体に邪遠も気付く。


「貴様らは……プリエール神殿で見た顔だな。死神の一族の末裔、それに大神官……サリーの姉か。盗賊風情に堕ちていたとは滑稽なことだ」


「心外だな、盗賊なんかと一緒にされちゃあさ。俺達はただ潜入捜査してただけだぜ。裏切るタイミングが中々掴めなかったけど」


「そうか、それは災難だが……俺を見逃すつもりはないらしいな」


「王国騎士などなら問題ないですが、魔信教なら倒さなければいけない敵です。あなた達の非情な行為を悔やみなさい。サリーの仇、ここで取らせてもらいますよ……!」


 妹の死。親代わりの死。二人は魔信教に強い恨みを持っている。

 結果的に盗賊と敵対しているらしいが邪遠を見逃す理由などなかった。


「……なら仕方ない。黒き灼熱に焼かれ、死ね」


 そう言うと同時、黒き炎の塊が邪遠の右手から放たれる。先程の爆発よりも強い熱量を持つそれは真っ直ぐ、直線上にいる二人に向かっていく。一目見て受けたらマズイと理解した二人は、それぞれが反発し合うように跳んで黒炎を回避しようとする。しかし直撃は避けられたものの、爆発したかのように膨れ上がった黒炎が二人を建物の壁へと爆風で吹き飛ばす。


「最初から全開でいかなきゃヤベえぜ……! 〈デスドライブ〉!」


 現状出来る限りのパワーアップを果たしたセイムは壁にぶつかると――上体を横へ反らす。

 セイムが衝突した建物の壁に大穴が空いて崩壊していく。それはぶつかった衝撃によるものではなく、素早く迫っていた邪遠の拳が理由であった。


(は、はええ……この状態でも相変わらずまともに見ることすら叶わねえ。ほとんど直感頼りだったぞ……! しかもなんっつう力してんだこの野郎、家を丸ごとぶっ壊しやがった……!)


 避けられるとは思っていなかったのか邪遠は思わず褒め言葉を零す。


「ほう、やるな」


「ま、まあな。このくれえ楽勝だ、ぜ!」


 強がりがバレないようセイムは焦って大鎌を横に振るう。

 薙ぎ払おうと大鎌を振った瞬間、邪遠の姿が掻き消える。対象を見失ったセイムは視線を彷徨わせるが、当の邪遠は屈んで避けていただけであった。それに気付くのが遅かったため大鎌が上空へと蹴り飛ばされる。


「なっ! しまっ……!」


 真上へ向けての蹴りを放った邪遠は回転しながら立ち上がると、右拳をセイムの顔面に叩きつけようとする。

 大鎌を一時的に失ったセイムの額に冷や汗が浮かぶ。濃密な死の気配がある拳が迫り、死を覚悟した時、邪遠の攻撃が途中で止められる。なぜ中断されたかといえば背後からサトリの錫杖が振り下ろされていたからだ。

 さすがに邪遠といえど、全力の振り下ろしの直撃を脳天に受ければダメージは受ける。気絶とまではいかずとも痛みは与えられる。なので左に跳んで回避したのは必然の選択だった。


 壁から一歩進んだセイムは、落下してくる大鎌をキャッチして再び構える。


「サンキューサトリ」


「先程の借りを返したまでです。それより戦いに集中しなさい」


「分かってるよんなこと」


 苦笑いを浮かべつつセイムは大鎌を構えたまま腰を落とす。サトリも錫杖を敵に向けて集中する。そんな二人を見て、邪遠は静かに一言「来い」とだけ言い放つ。


 カッと目を見開いて二人が同時に動き出した。

 大鎌と錫杖を激しく振り回し、時には挟み込むように、時には同じ方向から、時には奇襲のように攻撃する。しかし二人の激しい全身全霊の攻撃を邪遠は涼しい顔で対処していく。武器を持たない彼は拳で全て対応し、金属と素手がぶつかったとは思えない轟音が鳴り響く。速度の衰えることのない猛攻を防御か回避をし続けて無言の攻防が行われる。嵐のように激しい攻撃を防ぐだけでなく、邪遠は二人の腹部に拳を叩き込んでみせた。


 強力な一撃を受けた二人は動きが鈍り、二度、三度と拳が体にめり込むことが多くなる。やがて二人は全身を絶え間なく走る痛みで限界を迎え、息を切らし、膝をつく。

 二分にすら満たない短い時間。その間に誰かが割って入ることが出来ないほどの、激しい戦闘が繰り広げられた。


「……ぐほっ、がはっ、あーやっべえ……勝てんわ」


「くうっ……! 体が、言うことを聞かない……!」


 もはや立つことも出来ない。二人が出来ることは意識を保つことのみ。

 悔しくて歯を食いしばる。実力があると調子に乗っていたわけではないが、自信が多少なりともあったことは事実。プリエール神殿での戦闘時から今までの成長を感じていただけに悔しい。


「貴様らはよく抵抗した。俺でも手傷を負う可能性があった……が、これが限界だ。ここまで戦えたことへ敬意を表し、黒き火葬でも骨くらいは残してやろう」


 邪遠の右手に黒炎がふいに出現した。

 マッチの火のように小さいが人間一人を焼き尽くすくらいの火力がある。骨を残すくらいには手加減した黒き炎は静かに、邪遠の口元に持っていかれて息を吹きかけられる。すると黒き火種が二つ、小さく吐き出された息で風に乗って二人の元へ向かっていく。


「あー、サトリ、俺達の旅は……ここで、終わりそうだ……だから言うんだ、が」


「……待ち、なさい。聞きたく、ありません」


「おい……ひっでえ、やつだ、なあ」


 熱量を持つ、体と心が焦げるほどの黒き火種が迫る。

 セイムは諦めるように目を閉じて死の瞬間を待つ。サトリは険しい表情で必死に抗おうとしている。そして――


(えん)(けん)!」


 鮮やかな紅蓮の炎が黒い火種を薙ぎ払って呑みこんだ。

 目を開けていた邪遠とサトリが驚愕する。セイムもいつまでも死が来ないので、目をゆっくりと開いて目を丸くする。

 赤き少女が熱く燃える炎の剣を持ち、二人の前に降り立つ。


「レミ……!」

「レミちゃん……」


 庇うように立つレミは首だけ僅かに振り向かせる。


「待たせたわね、二人共」


 優しい笑顔を浮かべた後、レミは再び敵へと向き直って鋭い視線を送った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ