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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
五章 オーブを探して
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芽生えた負の感情


 ジークが何を投げたのか。それはジョウを見れば一目瞭然。

 困惑、混乱、当然襲われるそれらを抑えつけようとする。普段なら抑えきれるそれらであるが、状況が状況のためにいつまで経っても抑えられず、冷静になれずに心臓が激しく鼓動したままだ。


「この矢はあなたが……」


 否定してほしい気持ちがあれど状況証拠が揃いすぎている。

 いきなりジョウの胸部を貫いた黒い矢。投げた体勢でいたジーク。弓を使わずに矢を投げて相手に当てるなど聞いたことがないが状況的にそうとしか思えない。


「よぉエビル、なんで来ちまうかなあ。まあこれで状況は分かっただろう。俺は盗賊団ブルーズの頭をやってるジークってもんだ、よろしくな」


「違う、そんなこと知りたかったわけじゃない。僕が今知りたいのは! どうしてジョウさんを攻撃したのかです。仲間でしょう、盗賊でも、同じ仲間なんでしょう!?」


 盗賊の頭が誰かなど、ジークがそうであるかなど今は後回しでいい。本当にエビルが気にするべきは仲間を攻撃する理由についてだ。ジョウが攻撃される理由などエビルからすれば全くない。


「どうしてだぁ? そりゃあお前あれだろ、そいつが裏切ろうとしたからだろ。裏切者を粛清するのはブルーズの掟の一つだからな。俺はその通りにそいつを殺しただけさ」


 組織としては妥当な判断と掟である。裏切者に何も罰を与えなければ、また次の裏切者が現れるかもしれない。放置せず、きっちりと何らかの形で罰を与えるのは必要なことだ。しかしエビルからすればこの状況に納得できずに「でもっ!」と叫び、その続きは抱えているジョウの手が肩に置かれて止められる。


「……違うんだエビル。これで、いいんだ」


 弱々しい声をジョウが絞り出した。


「ほう、心臓からズレていたか。相変わらず幸運な奴だなあ」


「くっ、いいはずない、こんな終わり方がいいわけないでしょう。あなたの気持ちが分かるからこそ、最期がこれじゃ僕が納得できない……! 今、僕は仲間に、友達に囲まれて過ごしている。旅を通して沢山の人に出会ってきた。充分すぎるほどに幸せな日々を過ごしているんです。あなたも、ジョウさんも、これから幸せになるべきでしょう……!」


「……いい、んだよ。はあっ、お前に言われて気付いたんだ……あっ、俺がしようとしていたことは……があっ、あいつらと同じで……殺されても……おぐっ……文句、言えないんだってさあ」


 こうして話している間にもジョウの命は儚く消えようとしている。

 心臓からズレていたとはいえ、近い場所を貫かれたジョウが助かる術はない。現在のアスライフ大陸の医療技術ではまず助かる可能性はゼロだ。どう足掻いても助からない状況を悟り、ジョウは顔を向けずにジークへ叫ぶ。


「頼みっがある……お頭。はあっ、俺の担当していた地点で……ぐっ、黒い炎を使う男が……は、あっ、来たんだ……! 頼むよ……裏切者からの頼みでもっ、ごはっ! 助けて、やって……くれ」


 死の間際まで仲間だった者達の心配をする精神、エビルはやはり良い人だと内心呟く。このまま死なせたくはないがエビルに傷を癒やす力はない。


「なるほど襲撃者か。マント以外も欲しかったが仕方ねえ、余力もねえし他の展示品は諦めるしかなさそうだ。さっさと――ずらかるか」


 深刻な表情になるジークは素早く最低な決断をした。

 彼が言ったマントというのは身に着けている白いマントだろう。展示品の中にあった風のマントに違いない。……だがそんなことはエビルにとってどうでもいい。


 ジークが町の入口方面へと歩き出す。その行動がどういう意味か考えなくたってエビルにも分かる。見捨てる、そう言ったわけではないが行動で示そうとしているのだ。死にそうになっているジョウの最後だろう頼みを無視して、自分だけ安全圏に逃亡しようとしている。エビルにとって許せない行為で、通り過ぎていくジークへ顔だけを向けて叫ぶ。


「ふ、ふざけるな! ジョウさんの頼みを無視するのか、仲間を見捨てるのか!?」


 精一杯の叫びを耳にしたジークは一度立ち止まる。


「違うなぁ。俺の仲間は必死に戦って足止めしてくれているんだ。それなら俺があいつらの想いを背負わないでどうする。このまま助けに行って全滅するより、俺だけでも逃げた方があいつらも報われるだろうさ。それになあ――仲間でもない奴の頼みなんざ聞かねえよ」


 聞き終わった瞬間、エビルはジークという男を決して許さない敵として目に映す。

 ジョウは重くなる瞼を閉じまいとしていたが、耐えきれずに閉じてしまい、再び開くと同時に涙が零れ出す。それを目の端で捉えたエビルは言葉にならない怒りで満たされる。

 偽物の感情じゃない、本物の怒りで。


『はっ!? おいおいおい待て待て! 一旦落ち着け!』


 唐突にシャドウが焦った声を上げる。


『落ち着けるわけないだろ。もう限界だ』


『いいから落ち着け! お前、俺を吸収しかけてんぞ!? 足りない感情をちょっとずつ吸い上げてきやがる! このままじゃ融合しちまうだろうが!?』


『丁度いい。負の感情が僕にはなかったんだろ? ならこれで……本気で奴を憎める。怒れる、恨める、呪える、今なら容赦なく斬殺出来そうだ。どんな風に殺してやろうか』


 どす黒い感情がエビルの心に流れ込んでくる。滝を流れる水流のように収まらず、むしろ勢いは増していく。その分だけシャドウの力も、記憶も、全てがエビルに注がれていく。


『クソッ、拒絶の気配がねえ! こいつが欲しがっているから拒絶反応がねえってか!? 冗談じゃねえ、しかも影から出れねえじゃねえか! このままじゃ……俺は……!』


 完全に融合した時、それは最強の悪魔として覚醒するということ。

 当然シャドウにとって望む結末ではない。何とか抵抗しているが、エビルが融合を意識してからは吸収速度が加速している。


 ジョウを石畳にそっと寝かせてから、全身を怒りで震わせて今までにない眼力でジークを見据える。睨み殺すかのような殺意の込められた視線でジークがバッと振り向いた。


「待て、もうお前は許さない。ここで斬る」


 白く満たされた心の中で黒が渦巻く。

 黒い渦は徐々に大きくなって白を喰らっていく。心が憎悪と怒りで満たされていき、エビルの白い髪が根元から黒へとゆっくり変色していっている。


「冗談じゃねえ、この感覚……エビル、お前、七魔将(しちましょう)か?」


「七魔将……ああ、シャドウの記憶にあるな。僕は違うが、知っているのか?」


「数年前に他の大陸でな。だが違うならいい、紛らわしい奴だ。一瞬雰囲気に呑まれたが奴等でないなら怖くも何ともねえ。展示会場にいた女も怖くねえ、部下の献身を無駄にしないためにも早いとこ逃げさせてもらうぜ」


「逃がすと思うか? お前は死ぬんだよ、今ここで」


 殺意が溢れて止まらない。エビルは剣を構えて足を力強く進ませる。

 ジークが「しつけえなあ」とボウガンを向けた瞬間、エビルは既に彼の目と鼻の先に立っていた。彼は驚愕で目を見開き、ボトッと音を立てて落ちた何かに視線を向けた。ついさっきまで自分に付いていた――ボウガンと左腕だと遅れて認識する。


 左肘から先が地に落ちたため赤い血飛沫が悲鳴と共に飛び出た。

 彼はエビルの斬撃に反応出来なかった。いつの間にか振られていた剣で、彼はいとも簡単に現時点の最大武器を失ってしまったのだ。


「ぐおっ、があああああああ!?」


 さらにエビルの左手がジークの右目に伸びる。

 高速で突き出された手は眼球を潰し、奧にまで届く。悲鳴を上げる理由と出血箇所がまた一つ増えた。容赦のない追撃を避けるために彼は後方へ跳ぶ。


「痛いか? ジョウさんの受けた痛みはこんなもんじゃない。精神的にも肉体的にも辛いダメージを負った。お前もそうなるべきだ。……簡単には殺さない。じわじわと(なぶ)り殺しにしてやるよ」


 酷いことをしている感覚がエビルにはあった。

 今までなら吐き気すら催すほどの邪悪さである。それが今は嫌悪から快楽へ変化しているように思う。思考や性格すらもう今までのエビルとは別物だ。

 人間の左腕を斬り落とし、眼球を潰したのに、なぜか――愉しい。


「はは、ははは、はっはっは! どうしてこんなに愉快なんだ!? 誰かが死へ向かうことをこんなに笑ったことなんてない! これが負の感情……芽生えたぞ、俺の中にずっとなかった闇の種が芽吹いた!」


『……力と感情に呑まれてやがる』


「さて、二つあるものは一つだけ残してやるよ。腕と目はもういい。人体で二つあるものは他に何があるのかなあ。下の方に何かあるよなあ」


 エビルの視線が徐々に下がっていく。

 つられてジークも下を見て、戦慄する。

 腕が斬られたのだから今度は脚か。視線は脚の付け根近くに向いているが……否、嗤うような目に捉えられているのは下腹部。男性には確かに二つあるものがそこにある。


「や、やめっ!」


「と見せかけてこっちだ」


 開いていたはずの距離が瞬時に縮まり、剣が振られた。

 石畳にポトッと何かが落下した。恐る恐る目を向ければ――右耳が落ちていた。


「ぬぐっ、ごおおおああああ!?」


「今じゃ悲鳴を聞くのも心地いい。何だ、俺も悪魔じゃないか。悪魔らしく最低に力を振るう……本当に愉快だな。さあて、そろそろ致命傷でも作っておこうか。肺を貫いたら何秒生きられるのかな」


「ぐうっおお! 仲間は、いいのか!? あっちに向かったんだろ!? ジョウが逃げて俺に応援を求めるレベルだしたぶんとんでもねえ化け物なんだろうぜ! 今すぐ行かなきゃ死ぬと断言出来るね!」


 剣を振りかぶった途中で「仲間……?」と呟いたエビルは硬直する。

 渦巻いて膨れ上がる負の感情が動きを止める。

 エビルは仲間のことを思い出す。レミ、セイム、サトリの三人と過ごした記憶が流れていき――姿も分からない敵の前で倒れ伏す映像が頭に浮かぶ。血塗れで伏す仲間達は立ち上がらず、やがて暗闇で覆われて何も見えなくなった。


「見捨てるつもりか!? 何だお前も人のことを言えねえなあ!?」


 まだ見つかっていないセイムとサトリはともかく、一人走って行ったレミが敵と対峙しているのは事実。必ず駆けつけて共に戦うと約束したのは憶えている。


(止まった……! 今しかねえ!)


 動きを止めた隙をジークは見逃さない。

 歯を食いしばりながら激痛に耐えて後方へと跳んで行く。一瞬でも目を離すのは危険としてエビルの方を注視しながら連続で跳ぶ。


「仲間を助ける……でも、ジーク、奴を……ジョウさんの仇を」


 エビルは二択を迫られた。

 もう去ろうとしている敵を追うか。仲間を襲っている敵の元に向かうか。

 ここでジークを見逃せば二度と会えないかもしれない。ここで仲間の元に向かわなければ大切な人を失うかもしれない。


 どうしていいか分からずに遠くなっていくジークを見る。そして振り返ってレミが駆けていった方向を見る。

 本来なら信頼するべきだろう。レミなら大丈夫だと、負けるわけがないと信じるべきだろう。しかし言いようのない不安というものが確かにあった。実力者であるジョウが逃げることしかできなかった敵に、果たしてレミ一人で勝てるだろうか。

 前後を繰り返し見続けて、最終的にエビルが出した決断は――。


「レミっ!」


 仲間を助けるべくジークを見逃すことだった。

 救出を選んだからか黒い渦が縮小していき、半分ほど染まっていた黒髪は色が抜けたように白髪に戻っていく。シャドウの力も当然返還されていく。


「絶対に無事でいてくれ……!」


 走る、走る、走る。精一杯、全力で、止まることなく。

 爆発したように黒炎が空へ伸びた場所へ一生懸命に走り続ける。


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