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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
五章 オーブを探して
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光を与える


 風の勇者にまつわる品展示会場前。

 冷たい風が吹いてエビルとジョウの間を吹き通る。

 白いマフラーと髪が揺れ、エビルが瞬きすると静かに口を開く。


「……僕と、同じだ」


「何だって?」


 村を離れている間に焼かれた。村人を皆殺しにされた。共通点はいくつもある。


「誰もいなくなった苦しみも、大切な人にもう会えない悲しみも、魔信教への憎しみも僕は分かるつもりです。僕も村を焼かれ、家族同然の人達を殺され、復讐心だって確かにある」


「お前も……」


 憎悪しかなかった目をジョウは丸くする。エビルが彼から感じ取ったのは狂喜。同じ境遇の者がいると思っていなかったのだろう。

 ジョウは狂喜の交じった笑みを作り上げ、狂気を秘めた瞳をエビルに向ける。


「そうか、お前も! お前も俺と同じだったのか! だったら殺そう、あいつらを殺そう、一人残らず殺してしまおう! 俺達には権利がある、誰にも邪魔されることのない権利があるんだ! さあエビル、俺と、俺達と共に来い! 一緒にあのクズ共を絶やそう!」


 まさに狂気。エビルは今までイレイザーが一番狂っていると感じていたがそれは間違いだった。世界は広い、その分だけ人間も多い。アレ以上がいたとしても不思議ではない。そして自分もジョウと同じようになっていたかと思うと瞳が揺れる。

 こうなってしまったのは魔信教への恨み。家族同然の村人達を殺された点が同じ異常、憎しみに囚われて復讐鬼と化してしまう未来だってエビルにもあったのだ。


「それでも……」


 二人の境遇は似ている。しかし現在は似ていない。

 いったいどこが分岐点だったのか、エビルにはよく分からない。

 分かることはただ一つ。復讐心に呑まれたジョウが間違っているということだけ。


「僕は、ジョウさんとは違う」


 同類に会えたと狂喜乱舞していたジョウの顔が歪む。


「どういう意味だ。お前、さっき同じだって言ったろ、言ったよなあ! お前が嘘を吐かなそうなのは俺にも分かる。なら尚更どういうことか分からねえぞ!?」


「過去は似ている……けど、今は違うんです。僕は復讐心に囚われていない。魔信教を止めようとは思うけど、全員殺してやりたいなんて思わない。殺されたから殺しかえそうなんてあまりにも酷いじゃないですか」


「なんでだ、あいつらは俺達の大切なモノを全て奪ったんだぞ! 復讐は当然の権利だ、俺達がすべきことだ! 甘すぎる考えは捨てろ! 俺達被害者はクズ共を殺すべきだろ!」


 甘いということはエビルにも分かっている。散々セイム達にも言われたことだ、しかしそこが自分のいい所であるとも認めている。

 エビルには負の感情がほとんどない。シャドウに言わせれば全くないらしい。怒っているフリ、憎んでいるフリをしているだけだと言われている。復讐鬼にならなかったのはそんな一面も影響しているのだが、もっと強い影響を及ぼしたものがあった。


「……師匠が、尊敬する人が最期に言い残したんです。復讐は望まない、お前に辛い思いをさせたくないからって。だから僕は目的を復讐にはしない。僕の目的は世界を旅するついでに魔信教を止めて、もう二度と同じような人達を出さないようにすることです」


 復讐ではない、あくまでも目的は人助け。

 明確な悪の手を滅ぼすのではなく、人々を守ることを優先する選択。


「そんな、そんなもの……俺には関係ない!」


 狂気の目を見開いて、短剣を両手に持つとジョウは駆け出す。

 鬼のような形相で舞うように短剣を振るうので、エビルはそれをなんとか剣で防御し続けてやり過ごす。


「みんな、親友も家族もみんな死んでいった……! 奴らを殺して何が悪い! 向こうにいるやつも全員でかかれば勝てる。後悔させてやるんだ、魔信教なんてものに入ったことが運の尽きだったと。俺達と同じ目にあわせてやるんだ!」


 両手での攻撃なので先程よりも手数が多い。

 素早い動きで翻弄されるためエビルが防御しきれない攻撃も出てきた。


「そんなことをしても悲劇が繰り返されるだけだ! あなたがしようとしていることは……魔信教と、何が違うんですか!?」


 ジョウの猛攻が一瞬だけ止まる。瞳が揺れ、表情が強張る。

 復讐として魔信教の誰かの大切な人を奪うなら、それで生き残った誰かが憎しみを抱く。同じ結末を辿り、今度はジョウが恨まれて殺される側になるだろう。

 復讐ほど新たな復讐を生む可能性が高いものはない。


「……違う。俺は、俺はあんなクズ共とは違う!」


 また憎しみが強く浮き出た瞳に戻り、ジョウは鋭い攻撃を繰り出す。

 応戦し続け、いつしか二人は鍔迫り合いのように刃同士を押し合っていた。


「村のみんなが望んでいるんだ。死んだことを嘆きながら、俺に復讐を果たせと望んでいるんだ!」


「それは違いますよ……。本当にジョウさんのことを考えているなら、復讐してくれだなんて望むはずがない。きっと、村の人達は生き残ったジョウさんに、復讐とは無縁の平穏な生活を送ってほしいと願ったはずだ。夢があるなら応援してくれたはずだ。こんなふうに犯罪者になって、憎悪にまみれた生活なんて送ってほしくなかったはずです……!」


 分岐点はそこだろう。エビルは師匠であるソルの最期を看取り、遺言である言葉を聞いていた。ジョウは親友の最期を見ることすら出来ず何の言葉も聞けていない。

 死ぬ前に相手のことをどう思うのか。たとえ魔信教への復讐心に支配されていたとしても、親友(ミドル)はジョウの幸せを願っていたはずである。親友の幸福を望まない人間がどこにいるというのか。仮にいるならもうその人間は友達ですらない。


 ジョウが目を見開く。あの時、ミドルはどんな気持ちで死んだのだろうか。

 復讐を果たせなかった後悔か。みんなと同じ場所に逝けるという嬉しさか。それとも親友の無事と幸福を願っていたのか。どれもジョウからすれば可能性のあると考えられる気持ちで、一つに決めつけていいものではない。僅かに二本の短剣を持つジョウの力が抜ける。


 動揺を見逃さずにエビルは隙を見てジョウを押し切り、振り下ろしと切り上げで短剣を二本とも弾き飛ばす。回転しながら勢いよく飛んだ短剣は、地面に当たると音を立ててジョウの後方へ転がっていく。


「でも俺は、もう……引き返せないところまで来ているんだ。今さら人並みの幸せなんて求める資格はない。そう願うやつも俺には残っていないだろうさ」


 俯いて暗い表情でジョウが口を開く。

 ジークの誘いで盗賊になってしまったのは変えようのない事実。盗みで他人に迷惑をかけ、場合によっては殺しにも手を染めている。今さら幸せに生きようなどおこがましいのかもしれない。そんな考えを感じ取ったエビルは薄く笑みを浮かべる。


「僕がいる」


 息を切らしながら告げた言葉。

 一瞬理解出来なかったようでジョウが「何だって……?」と困惑する。次第に言葉の意味を理解して、困惑から驚きの顔に変化していく。


「僕はジョウさんの幸せを願う。別に復讐を否定するつもりはありません、奪った奴等が憎いというのは……当然の感情だ。それでも僕があなたの復讐を止めるのは、あなたの心が悲鳴を上げているからです。辛いんじゃないんですか、その生き方が」


「違う、俺は別に辛くなんて……」


 出鱈目ではない。感じようと思えば風の秘術は心の奥底まで感じ取れる。


「あなたは優しい人だ、会って少しの僕達に力を貸してくれるくらいに。優しいからこそ復讐なんて向いていない。誰かを殺す度にきっとあなたは心の奥で苦しんでしまう。もう自分を誤魔化すのは止めましょうよ」


「じゃあ何か……故郷の奴等の仇は討たなくていいって言うのか? 俺が辛いってだけで、復讐しなくていいって言うのか? そんなんじゃ故郷の奴等が浮かばれねえだろ!?」


「確かに殺された人達は犯人を憎く思っているかもしれない。けれどやっぱり、生き残ったジョウさんの幸せをそれより強く思っているはずなんです。安心してください、魔信教への制裁は仲間と一緒に僕がやってみせます。殺したりしないかもしれませんけど……」


 エビルの本音にジョウは戸惑う。

 何かを感情のままに叫ぼうとして、それでも声に出せず歯を食いしばる。全身に力を込めていた彼はやがて弛緩して「ふっ」と笑う。


「……俺が復讐に向いていないなら、お前はもっと向いてないだろうに」


「自覚してます。だから僕がするのは復讐じゃない、人助けなんです」


「そうかい。全く、お前はどうして俺の為にここまで言ってくれるんだ? 一回助けてもらった義理だとか言わないよな?」


 問いの答えをエビルはすぐに出せない。

 何の為にジョウの心を助けようとしたのか。昔からの友というわけでも、仲間というわけでもない。一度助けてもらった義理というのもあるだろうがそれだけでは弱い。いったい何がエビルをここまで動かすのか。改めて真剣に思考すると悩むもので答えを出すのに多少の時間がかかった。


「……たぶん、とても単純です。ジョウさんと友達になりたかったんですよ」


「俺とか? 俺なんてつまらない人間だぞ」


「優しい人ですよ。僕はそれだけで友達になりたいと思える。……だから、僕はジョウさんに光を与えたかった。あなたの勇者になりたかった。理由なんてそれだけでいいと思います」


 レミが言った。勇者とは一人一人に光を与えるものだと。元気、勇気、様々なもので心を満たしてくれる者が勇者なのだと。エビルの理想と若干違っても目指す方向性としては正しい。

 心を曇らせていたジョウに光を与える理由。それが先程の答え。

 友達に年齢も性格も関係ない。なりたいと思ったらなればいい。


「全くお前って奴は……。なあ、俺は犯罪者だ。今さら取り繕う気もないから言うが人だって殺している。それでもお前は俺に幸せになっていいって言えるのか」


「幸せになる権利は誰にでもあります。ああそれとジョウさんのことを心配している人だって僕以外にもいます。心当たりがないですか? リジャーで待っていると思いますよ」


 ジョウは「……あるな」と笑みを浮かべて呟く。


「ねえジョウさん、まずは生きて罪を償ってください。償いが終わったらホーシアンレースに出てみたらどうですか? 実は僕、ジョウさんのレースを見るの少し楽しみなんですよ」


「……ホーシアンレースか。思えば暇潰しから始めたのにだいぶ熱中していたな。……また戻れると思うか? あの場所に、幸せのある場所に俺は戻れるか?」


「大丈夫です、だって待っている人がいるんだから。罪を償ってからならいくらでも幸せに過ごせますよ」


 大事なのは幸せになろうとする気持ち。それさえ持っていればいつかは辿り着けるだろう。罪の償いは死刑にならないようアランバート王国に言えばいい。エビルがソラに頼めば多少は減刑してくれるはずだ。完全な私情になってしまうがエビルはもうジョウに苦しんでほしくない。


「そうか……間違っていたのかもな、俺は。大事なのはみんなの復讐じゃない、みんなの分まで生きることだよな。盗賊団ブルーズ、お頭、俺はもう……付いていけないかもしれない」


 小さな音がした。何かが発射されたような音だ。

 一早く動いたのはジョウだった。エビルを右手で思いっきり押して後退させる。


「エビル、悪いが……ホーシアンレースは諦めてくれ」


 押し出されたエビルは真っ先に死の気配を感じ取る。

 感じてすぐ――黒く長い矢がジョウの胸を貫通した。

 矢の貫通部分から赤い染みが広がっていき、すぐに瞳が虚ろになっていく。


「ジョウ……さん?」


 矢から血を垂れ流しながら前のめりに倒れるジョウの体をエビルが支える。

 刺さり具合から矢がどこから飛んできたのかを推測する。エビルが展示会場の方へ視線を移すと、ただでさえ見開かれていた目がさらに限界まで開かれる。

 そこには展示会で出会った男が一人。ふくよかな体型でもっさりと髭を生やしている男、ジークが何かを投げた体勢で立っていた。


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