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【完結】新・風の勇者伝説  作者: 彼方
五章 オーブを探して
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ジョウ


 アスライフ大陸の東に位置する村。

 辺境の土地で、訪れる者など年に一人か二人。外と関わることを必要以上にせず、村人だけでの日常が生まれている場所――ミルミル村。


 家の数は僅か二十。人口は僅か四十人と少し。もはや集落とされてもおかしくない。

 村人達は主に近くの森にいる動物を狩ったり、森の恵である木の実などを採ったりして食料を得ている。そんなミルミル村に住む素朴な少年は森の中で食料を調達していた。


「よーし、これだけあればミドルのやつにも負けないだろ」


 素朴な少年――ジョウはひたすらに森の中を駆け回り、木の実や食べられる植物をバケツのような容器に入れている。すでに量は容器の半分ほどにまで溜まり、節約すれば三日は食い繋げるくらいになっていた。

 容器の中を覗き、ジョウは頬を綻ばせて村の方へと歩いて行く。


「ジョウ! お前どんだけ採れた? まあ俺の方が採れただろうけどな!」


 元気そうな少年が木々の隙間からジョウを見つけると、両手で持っている底深の容器を落とさないように走ってくる。その中身は隙間なく埋まっていて、明らかにジョウの持つ容器に入っている食料よりも多い。


 元々、こうして森の中に入っているのは親友、ミドルの提案だ。どちらが多く食料を手に入れられるかの勝負。ミドルと何かと勝負し続けているジョウは「いいよ」と即答している。彼らの勝負は今のところ引き分けで、今日こそ勝ってみせるとどちらも気合を入れていた。


 遠くから走ってくるミドルの手元を見て、ジョウは「げっ」と声を漏らす。

 せっかく気合を入れて木の実などを集めたというのに、明らかにミドルの持つ量に負けている。幼少の頃から長年勝負し続けて勝てると思った矢先、結局自分は負けるのかと思うとジョウは悔しさに唇を噛む。そして自分の持つ容器を隠すように後ろへ回す。


 息を切らしつつもジョウの元に駆けたミドルは意地悪そうな笑みを浮かべる。

 後ろに隠すということは見られたくない証拠。負けていると悟ったゆえの行動。つまりミドルは結果を早々に知ることになった。


「はははは、お前あれだろ。全然採れなかったんだろ。だから隠すんだろ!」


 ミドルが右へ動けば、ジョウは左に動く。

 ミドルが左に動けば、ジョウは右に動く。


「ち、違う。俺だっていっぱい採ったけど、急に後ろに手を回したい気分だったんだ」


「すぐバレる言い訳はいいって! ほら、見せてみろよ。まさか俺の半分も採れてないわけじゃないよなあ?」


「そんなわけないだろ、俺だって……あ! お前の容器、中身見せてみろ! イカサマしてるんじゃないだろうな!」


 石などを入れれば簡単に偽装可能だ。やけに重そうに持っているのも疑いに拍車をかける。


「し、しししししてねえよ! へ、変な言いがかりは止せ! 俺は潔白だ!」


 疑われたミドルは慌てて否定するも慌てすぎて逆に怪しい。


「じゃあその中身を全部出してみろよ。本当にやってないならできるだろ」


「やるわけないだろ! だいたいお前、もし俺が中身全部ぶちまけたら、その瞬間に勝ったとか言いそうだしよぉ」


「い、いいいい言わねえし! 変な妄想してんじゃねえよ!」


 見事に考えを読み合う二人。幼馴染だからか考えは相手に筒抜けであった。

 二人共慌てて否定し、見つめ合ったら自然と笑みが零れる。


「……ぷっ、ああもう、今回は引き分けな」


「賛成、次に全てを賭けようぜ」


 こういうことが毎度毎度続くからこその引き分けである。勝負自体にこれといった意味はなく、景品などない。なんの意味もないからこそこうして呑気に引き分けなどを進言できる。


「……うん? 何だあれ?」


 のほほんとした雰囲気から一転。何かを見つけたミドルは顔を強張らせて指をさす。


「黒い煙、あれ、村の方からじゃねえか?」


 その言葉にジョウも「村!?」と驚きながら振り返って、黒い煙がいくつも立ち昇っている場所があることを発見する。確かにそれはミドルの言う通り自分達の村がある場所に近い。


「大変だっ、急いで戻るぞ!」

「おう!」


 森を駆ける。最短コースで駆け抜ける。

 いくつもの木々を抜けて二人はミルミル村に戻ってきた。焦って走っていたこともあり、およそ十分程度で帰ってくることがで出来た。


 村に帰ってきた二人が目にした光景は、二人のなかで過去一番強烈なものだった。

 数件の家が真っ赤な炎に燃やされ続け黒煙を上げている。火事から逃げたのか村人達は外にいたが、全員が地に伏せて赤い水溜まりを作っている。中には火が燃え移って朽ちていく者もいる。このままいけば壊滅という言葉以外で表せなくなる。


「な、なんだよ……これ」

「父さん、母さん……」


 二人は震える声で呟くことしかできない。身体を動かそうにも思うよう動かない。

 赤く染まっていく村を眺めることしかできない二人に声がかけられる。


「ほぅ、まだ生き残りがいたのか。こりゃあ不運……いや、生きているのは喜ばしいことだから幸運か? そうだな幸運だ」


 二人が声のする方に振り向くと、黒い髭をもっさりと生やしている中年男性がいた。

 中年男性はふくよかな体を揺らしながら二人の元へと歩いてくる。


「な、なんだよお前……あ、まさかお前が村を!」


 燃えている村に他所の人間がいるなど怪しすぎる。犯人に間違われても文句などいえない。中年男性はそう言われるのを予測していたのか即答に近い形で否定する。


「ちげえよ、俺はただの通りすがりだ。怪しいのは分かるが、この村を襲ったのは最近現れた魔信教って宗教団体のやつらさ。ここ以外にも村を襲い始めるぜ?」


「ま、魔信教……?」

「そんなやつらが……」


「……まあ、まだガキだし難しいことは分からないだろうが、俺に付いてくるか? そうすればいつかこの村を襲った奴らにも会えると思うぜ?」


 全く知らない人間の誘惑。

 二人は悩む。この状況が分からない歳でもない、誰かが生きているなどという希望も持てない。仮に生きていても重傷で、治療道具もほとんどないこの村では生き続けることなど出来ないだろう。二人では食料の調達も難しい。植物は採れるが動物を狩ることはまだできない。動物がいる森の奥に行っても魔物が出れば即アウト、殺されるかもしれない。


「村の連中も仇を取ってほしいんじゃねえか? 自分達を殺した奴らを許しはしねえだろうさ。ぶっ殺してえと思ってるに違いねえ」


 倒れている村人達に視線を移す。

 大人には叱られたこともあるし、子供とは一緒に悪戯したこともある。でもとにかく全員が優しくしてくれた。彼ら彼女らは何が起きたのかも分からない顔、もしくは理解して驚いた顔で横たわっている。


「復讐を望んでいるんだろうなあ、あの世でもよお」


「……ふく……しゅう」


 そのとき、二人の意思は一つとなる。

 村をこんなふうにした者達を同じ目にあわせてやるという強固な意思。

 つまるところ復讐心。

 敵に悲しみを、苦痛を。その全てを踏みにじってやると決意する。


「……付いていく、俺は付いていく。ジョウ、お前も行くだろ」


「行く、行くに決まってる。絶対に許さないぞそいつら……!」


 怒りをため込むように歯を食いしばる。そんな二人を見て、中年男性はにやっと口元を歪ませて「よく言った」と褒める。


「よし、それならこの村を離れるぞ。まだ残党がいるかもしれねえからな」


 唯一の大人である中年男性はリーダーとして指示を出す。しかしその意見を聞くとジョウは考え込み、躊躇いつつも口を開く。


「あ、あの、家にお守りを取りに行ってもいいですか? 形見的な感じで持っておきたくて」


「お守り……ああ、あのちょっと前に怪しい女の人が売りつけたやつか。俺はいいや、形見を見ると思い出すだろ」


「それでも持っておきたいんだよ。忘れたくないんだ」


「まあいいが、早めに戻れよ坊主」


 ジョウは一人で家に向かう。幸い燃えている家の中にジョウの実家はなかったので、一応入れるくらいには原型を保っている。もっとも誰かに壊された場所も多く存在し、無事というわけではない。

 家の中には母親の遺体が存在した。体が弱かったこともあり、外への急な移動が困難だったのだろう。血塗れの母親に近付いて手を取ると握りしめる。ジョウの目は潤み、抑えられていた涙腺が一気に決壊する。


「くっ、うっ……どうして、こんな」


 母親の元から立ち去り、奥の自分の部屋へと向かう。

 途中で父親の遺体は見つからなかったため、外に出て殺されたのだろうと推測する。死んだ家族、友人達のことを考えると、どうして自分はここにいなかったのかと怒りが込み上げる。そしてこの村にいたとしても何も出来なかっただろうと、弱い自分に対してさらに怒りが増幅される。


 怒りに駆られながらも自分の部屋にジョウは辿り着いた。

 無事であった机の中に手を入れると、黒い長方形のお守りを取り出す。

 数か月前、旅人だと名乗る黒ローブの女性が売りつけた物だ。村人全員に売りつけたため相当儲かっているに違いない。


「頼む、俺に力を…………なんだ?」


 強くお守りを握りしめていると外から悲鳴が聞こえた。


「――ジョオオオオウ! 逃げろおおおおおおお!」


 それはジョウのよく知っている声だった。

 慌てて家から外に出てミドルと中年男性のいた場所へ向かう。


「……え?」


 目に映るものを見て足はすぐに止まる。そして見開いた目に映るそれが、現実だと受け入れたくないと理解を拒否し続ける。


「坊主か。チッ、魔信教の残党、一人だけ隠れてやがったんだ、後ろから弓矢で一撃……大した技術だぜ」


「あ……あ……うぁ……」


 黒く長い矢が少年の胸を貫いていた。


「い……ひっ……ああ……」


 心臓を貫かれている少年――ミドルは力なく横たわっている。


「み……ど……うっ……」


 これから二人で敵を倒すのだと、復讐するのだとそう思っていた。

 ジョウはミドルという親友がいたからこそ村の現況を目にしても喚かずにいられた。一人ではないからこそ、隣に親友がいたからこそ心は平常に保たれていた。


「ああああああああ! 魔信教っ! 魔信教っ! 全員殺してやるううう!」


 もう支えてくれる人はいない。ジョウの心には大きな亀裂が走った。


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