第六十七話「帰宅」
廃病院で仮眠を取ったアーシャ達は四層を見て回り、五層へと降り立った。
四層同様、ウルスラグナで見た高い建物や、石造りの家が建ち並ぶ。
「四層もそうだったけれど、五層も居住区なのね」
「そうみたいだなァ、ただ損壊が激しい」
「奥に行けば、行くほど、損壊が、酷い」
シャオラスの言葉に、ルーナが頷く。
四層とは比べものにならないほど、建物は崩れていた。
原型をとどめていない構造物もあるほどで、この場で何かがあったことは明白だ。
「上じゃあ魔物一匹いなかったしなぁ。ったく、つまんねぇの!」
「戦闘が少ないのはいいことだと思うわよ」
「はんっ! それはお嬢サマが軟弱だからだろうが。アタシは暴れてぇの」
「相変わらず戦闘狂ね」
「褒め言葉だぜ」
スノーとアーシャが言い合っていると、五層へ入ってから黙り込んでいたアルバートが口を開いた。
「皆、少しいいかな?」
「あん? なんだよアル。改まって」
「少し寄りたい所があるんだ」
「アルがワガママ言うなんて珍しいな。オレはどこでもついて行くぜ!」
「ありがとう、シャオラス」
皆が頷いたことを確認して、アルバートは歩き出す。
その足取りに迷いはない。
しばらく歩くと、アルバートが一軒の家の前で止まった。
異質なほどに綺麗な家だ。
周りの家だったものはもはや原形をとどめていないのにも関わらず、目の前の家だけは、微塵も欠けていない。
「旦那が行きたかったのって、ここかぁ?」
「うん、そうだよ」
頷いたアルバートは戸惑うことなく、扉を開け放った。
「誰かの、家、なんじゃ……」
「大丈夫だよ。ルーナ。ここは俺の家だから」
「……は?」
ぽかんと目を丸くするシャオラス達にアルバートは笑う。
「とりあえず入って」
生活感の残る室内は、アルバートが召喚された日のままなのだろう。
飲みかけの飲み物が入っていたであろうコップが2つほどテーブルに鎮座していた。
アルバートは慣れた様子で魔法を使い、コップをキッチンへ戻す。
テーブルに備え付けられている椅子は3つで、コップが少ないことにアーシャは違和感を覚えた。
「アル。家の中、見て回ってもいい?」
「うーん、少し恥ずかしいけど……。アーシャならいいよ」
アーシャは家主に許可をもらい、別室へと足を向ける。
そんな彼女をよそに、シャオラス達は椅子に腰掛け、アルバートを質問攻めにし始めた。
3つしか椅子がないため、アルバートとアーシャは立ったままだが。
「ここがアルん家ってどういうことだよ」
「そのままの意味だよ。俺は地下都市の生まれで、ここで暮らしてたんだ」
「はぁ? ってことは、旦那は過去から来たってことかよ」
「そうなるね」
吹っ切れた様子で語るアルバートの声を聞きながら、アーシャは別室に移動する。
どうやらアーシャが入ったのは寝室のようだ。
寝台の横には小さなテーブルが置かれている。
テーブルの上には一枚の便箋があった。
――風化せずに原型をとどめているのは、この家が残っているのと同じ原理かしら?
好奇心に負けたアーシャはコソコソと便箋を覗き込む。
――この文字、アルの文字じゃないわね。
筆跡が明らかに違いアーシャは首を傾げる。
アルバートの家のはずだが、何故別の人間の便箋があるのだろうか。
疑問を抱いたまま、便箋を手に取り目を落とす。
――アルへ……?
それは、アルバートに向けた置き手紙だ。
初めは彼の身を案じる内容で、仲のいい知人からの手紙だと窺えた。
アーシャは視線を滑らせ、便箋に綴られた言葉を拾っていく。
アルへ
突然未来へと消えてしまった君は、今、どこにいるのだろうか。
生活力がない君が心配だよ。
まぁ、君のことだから世話を焼く女の子の一人や二人すぐに見つかるだろうけど。
もしこの手紙が時を超え君に届くことがあれば、伝えなければならないことがある。
私達はこの安寧の地を手放し、地上に出る。
その時は君から預かった大切な物も一緒だ。
未来へと飛ばされた君に届くかは分からないが、私は代々伝えると決めた。
君の名にちなんで、当主となる子には「あ」から始まる名前を付け、君の帰還を待つ。
それが何十年、何百年、何千年後になろうとも。
もしこの手紙を見つけた暁には、ウォフ=マナフ家を訪ねてくれ。
クラウスより
最後まで目を通したアーシャの顔が強ばった。
突如出てきた自身のファミリーネームに心臓が嫌な音を立てる。
――どういうこと……?
到底呑み込めない事態に、アーシャの頭はパニック寸前だ。
思わず引いた手が椅子に当たり、がたりと揺れる。
拍子に便箋の下からひらりと一枚の紙が宙を舞った。
その様子に少し落ち着いたアーシャは、深く息を吸い込み床に落ちた紙へと手を伸ばす。
――これ、どこから落ちたのかしら?
それを拾い、なんの紙かと裏返した瞬間に、アーシャは後悔した。
小さな紙に描かれていたのは、幼い黒髪の少年と銀髪の少女が、互いを抱きしめて笑い合う絵だ。
――この絵、アルと……、私……? いえ、私じゃないはずよね……? 画家に頼んだ覚えなんてないもの。
どうしてアーシャと瓜二つの少女がアルバートの隣にいるのか。
疑問がアーシャを支配する。
――もしかして、私って、この子の代わりだったりするのかしら……?
つきりと痛む胸に、アーシャは頭を振る。
――いいえ、アルはそんな不誠実なことしないわ。大丈夫。
不安をのみ込んでいれば、アルバートの声が聞こえた。
「アーシャ。今、音がしたけど大丈夫?」
「だ、大丈夫よ!」
「アーシャの大丈夫は大丈夫じゃないからなぁ」
近づいてくる足音に、思わず手に持っていた便箋と絵を服の中へ入れ、安否を示すためにアルバートの元へ足早に向かった。
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