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第六十六話「秘密」

 資料に描かれていたのは、アルバートそっくりの女性だ。

 アーシャは嫌な予感に浅くなる呼吸をむりやり落ち着かせる。

 だが、どれだけ平常心を装っても手の震えは止まらない。

 覚悟を決めて次のページをめくれば、やはりというべきか、胎児の様子が事細かに記されていた。

 慎重に行われた魔力の器を増やす実験は、胎児が生まれたことで終わりを告げる。

 魔力暴走を引き起こしながら生まれた子の名は――


 ――アルバート。


 アーシャはちらりと同じ室内で資料を読んでいるアルバートへと目を向ける。

 異様なまでの魔力量を持ち、異世界から召喚されたはずの男。

 市井に放り出されてから不審な点がなかったといえば嘘になる。

 アルビオン帝国の文字が読め、まるでウルスラグナの存在を知っていたかのように話し、遙か昔に滅んだと伝えられていた魔法が使えた。


 ――だからって、過去から来ただなんて思わないじゃない。ウルスラグナの謁見の時に一人だけ帰りが遅かったことにも合点がいくけれど……。


 アルバートがアーシャの視線に気がついたのか目が合った。

 心臓が跳ね、思わず顔を背けてしまう。感じの悪い態度だったにも関わらず、彼は気にもとめず近づいてくる足音が聞こえた。


「アーシャ、どうしたの?」

「な、なんでもないわ」


 アルバートから隠すように資料を抱きかかえる。

 それが原因だと言わんばかりの反応に、アルバートが魔法で資料を浮かび上がらせた。

 焦るアーシャをよそに、ページをめくった彼はなんでもないと言わんばかりに笑う。


「ついに俺の秘密、バレちゃったか」

「そんな軽い話じゃ……」


 いつもと変わらないアルバートがアーシャを抱きしめた。


「ごめんね、黙ってて。びっくりしたでしょ?」

「驚いたとかそういう話じゃないでしょう。こんな……」

「アーシャ。俺のために泣きそうな顔しないで」

「っ、だって」


 絞り出した声が予想以上にか細く、アーシャは驚いた。

 彼の温かさにいつの間にか震えは収まっていたが、それでも胸の痛みは消えてくれない。


「俺はさ、実験で大量の魔力を手に入れたし、面倒だなって思ってた。でもそのおかげで未来に召喚されたわけで……」

「?」

「今はアーシャに出会えたから、実験動物(モルモット)だったことにも意味があったなって思ってるんだ。だから、気にしないで」

「……気にしないでって、無理よ」

「うーん。じゃあ、俺以外考えられないようにしてあげる」

「へ?」


 アルバートが手に持っていたはずの資料が宙に浮き、それに気を取られた瞬間、互いの唇が触れる。

 視界の端で資料が虚空に吸い込まれていくのが見えた。

 ついばむような口づけが何度も繰り返される。

 あからさまな話題逸らしに講義しようと口を開けば、唇の隙間から彼の舌がぬるりと入りこんだ。

 久しくされていなかった口づけに、アーシャは後退ろうと足を引く。しかし、アルバートが許すはずもなかった。

 アーシャの逃げ場を奪うように、彼女の背を壁へと押しつける。


「まっ、ん」

「逃げちゃ駄目だよ」


 口づけから解放されたのは、アーシャの足腰が立たなくなってからだった。

 息継ぎの間も満足に与えられず、くらくらする。

 今にも座り込んでしまいそうなアーシャを横抱きにしたアルバートへ抗議の目を向けた。

 

「な、なにするのよ」

「これでアーシャは俺のことしか考えられないだろ? ほら、もうこんなところからは出よう?」

「ねぇ、なんでそんなに急いでいるの? もしかして、これ以上見られたくないことが資料に書いてあるの?」

「……はぁ。なんでこういう時だけ察しがいいのかな」

「だって貴方、さっきの資料収納魔法(マジックポケット)に入れたでしょ」


 黙り込んだアルバートを見上げ、アーシャの喉からひゅっと嫌な音が漏れた。

 表情の抜け落ちた彼は何を考えているのか予測すらできない。

 声を発することすら躊躇っていれば、アルバートがゆっくりと口を開いた。

 

「俺の中の、漠然とした気持ちの理由が記されてると思ったんだ」

「アルバートの、気持ち……?」

「うん。何故か分からないけど、誰よりも強くならないといけない。じゃないと大切な人も守れない。みたいな強迫観念っていうのかな。すごい怖くてね」


 彼の言葉にアーシャは覚えがあった。

 魔の国で魔法の特訓をしていた時。そして、アーシャが彼を庇った時だ。

 彼にしては珍しく取り乱していたことは記憶に新しい。


 ――ここに来てアルの様子がおかしいのは分かっていたけれど、アルの強さにこんな事情があったなんて、思ってもみなかったわ。


 アルバートの頭に手を伸ばし、艶やかな黒髪を撫でる。

 少し驚いた顔をしていたが、すぐに頼りない顔へと変わった。


「死に物狂いで鍛えたけど、不安な気持ちは一向に消えてくれないんだ」

「そう」

「だから、大切な人を守れるようにもっと強くならないと」


 頭を撫でていた手を彼の頬に添え、強制的に目を合わせる。


「アルに助けられた私がここにいるのよ? これ以上、無理をしてもらっちゃ困るわ」

「でも」

「私は貴方に守られるだけの女じゃないわ。知っているでしょう?」

「それは……」

「アルの隣に立つのは私でありたい。守られるだけじゃなく、支え合いたいの」

「……ひどい殺し文句だね」


 頼りない笑みを浮かべるアルバートに、アーシャはからりと笑ってみせた。


「そんな私が好きなんでしょ?」

「あー、くそ。アーシャは俺をどうしたいの? 惚れ直しそう」

「惚れ直せばいいわ。私はどんな秘密があっても受け入れる覚悟はできているわ」

「ほんと、ひどい殺し文句。誰にも言うつもりなかったんだけどなぁ」


 横抱きのまま肩口に顔を埋められ、身をよじりながらも抱きしめ返そうとした瞬間。

 呆れた声が響いた。


「おふたりさーん、イチャつくのは別にかまわねェんだけどよォ……。毎回呼びに来るオレの身にもなってくれ、頼むから」


 声がした方へ目を向ければ、扉に背を預けたシャオラスがげんなりした顔で立っていた。


「っ!? い、いつからいたの!?」

「大丈夫、俺がアーシャに抱きついた時だからついさっきだよ」

「全然大丈夫じゃねェ! ったく、少し休んだら下に進むんだろ」

「そうだな。行こうか、アーシャ」

「え、あ、このまま行くのね……」

Copyright(C)2024-藤烏あや

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