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第六十五話「三層」

 中央制御室で頭に叩き込んだ経路通りに進むと、三層と思われる場所に辿り着いた。

 一層は観光施設だったためか、観覧車などの娯楽施設ばかりで、どこを見ても楽しげな雰囲気があった。

 しかし、三層はどうだろうか。

 きらびやかな空気は一切なく、少し古びた青色の十字架を掲げた施設が点在している。

 その建物の屋上には、必ず一つ旗が掲げられていた。しかし、アーシャ達には見覚えのない紋様の旗ばかりだ。

 一層とは打って変わった空気にアーシャ達は警戒を強めながら、先に進む。

 青色の十字架を掲げた一番大きな施設を前にして、アーシャ達は歩みを止めた。

 

「どうしてここに……」


 アーシャの口から信じられないと言葉がこぼれ落ちる。

 彼女が一心に見上げるのは、施設に掲げられている旗だ。

 その旗にはピンク色の花が描かれていた。

 見覚えのあるそれは、船から見たウルスラグナそっくりだ。


「ウルスラグナは建国から四千三百年だからなァ。ここが出来た時にもあったってのは理解できる」

「じゃあなんだ? この旗は全部国旗だってのかよ」

「でしょうね。でも知らない国旗ばかりだわ」

「そもそも、何のために、同じ施設が、国別に、ある……?」


 ルーナの言葉に、アーシャ達は確かにと首を傾げた。


「とりあえず中に入ってみないか?」

「えぇ。なにか分かるかもしれないわね」


 アルバートの提案に頷いたアーシャ達は、彼を先頭に施設へと足を踏み入れる。

 建物の中は白を基調とされた内装になっており、清潔感に気を使われていたのだとアーシャは一人納得した。


「ここは……病院かしら?」

「それっぽいよなァ」

「教会だと思ってたんだけど、違ったな」

「ここ、広いし……手分けして、何かないか、見て回る?」

「おっ、いいねぇ。旦那とお嬢サマ、アタシとにーちゃん、あとねーちゃんの三人で分かれようぜ」

「ちょっと、それじゃあ戦力に差がありすぎる気がするのだけれど……」


 アーシャが異を唱えるが、スノーは一切気にも止めず、シャオラスとルーナを連れて行ってしまった。

 アルバートと二人きりになったアーシャは、彼と顔を見合わせる。

 彼は首をすくめ、アーシャに手を差し出した。


「しかたない。俺たちは反対から回ろうか」

「……そうね」


 差し出された手を取ったアーシャはスノー達とは反対へと足を向けた。



 ◇◆◇



「ここで最後ね」

「分娩室、かぁ。やけに産科と離れてるね」

「産科って、上の階にあった?」

「そうそう」


 会話をしながらもアルバートが魔法で、自動扉を簡単に開ける。

 扉の向こうへと足を踏み入れたアーシャだったが、飛び込んできた光景に、思わず歩みを止めた。

 棚から落ちた書類が散乱しており、足の踏み場もない。

 さらにはガラス片が至るところに飛び散っている。

 奥へと目を向けると、壁の半分にガラスがはめ込まれていたであろう空間があいていた。

 部屋自体がガラスで半分に区切られていたのだろう。

 足下の書類を魔法でひとまとめにしたアルバートが、奥に進み苦虫をかみつぶしたような顔で吐き捨てた。


「まるで実験施設だな」

「え?」


 彼に続いて奥に進んだアーシャは、部屋の奥を見て、息を呑んだ。

 そこには古びたベットが一つ、ぽつりと置かれているだけ。

 扉はこちら側にしかドアノブがなく、向こう側からは開けられないようになっている。


「見ていて気分がいいものではないわね」

「でもここで何をしていたのか、気にならない?」

「……まさか」

「うん、ここの資料に目を通してみようよ」


 笑みを浮かべるアルバートの目が笑っていないことに気がつきながらも、アーシャは好奇心に負けて頷いた。

 アルバートに促されるまま、アーシャは棚に並べられている資料へと手を伸ばす。

 視界の端で、彼も足下に散らばっていた資料を手に取るのが見えた。

 静まりかえった部屋に、紙をめくる音だけが響く。


 ――アルの言う通り、ここは実験施設だったみたいね。


 目的と書かれたファイルには、保有魔力の向上が目的であると書かれている。


 ――人が保有できる魔力は生まれた時から決まっているはずよね。その器を意図的に増やそうって計画……?


 番号順に並んでいる資料を順番に目を通していく。

 資料に目を通せば、実験が難航していることが窺えた。


 ――そうよね。簡単に魔力の器を増やせたら苦労しないもの。


 開いていた資料を戻し、次の資料を開く。


「っ」


 思わず声を上げそうになったアーシャだったが、間一髪のところでのみ込んだ。


 ――そんな……すでに魔力量が決定している人では効果がないからって、胎児にまで……。っ、だからここは分娩室だったのね……。


 人道を無視した研究に、なんともいえない感情が渦巻く。

 読み進めていくが、やはりと言うべきか、胎児から魔力量を増やそうと試みた研究は実を結ぶには長い年月がかかっていたようだ。


 ――魔力の器が大きく生まれても、魔力が自らの体を蝕んで、魔力暴走……!? そんなっ……。


 アーシャは次々と資料に手を伸ばしていった。


 ――徐々に、魔力量の多い子どもが産まれるようになっているわ。この成果を生み出すために、どれだけの人を犠牲にして、どれほどの時間を費やしたの……?


 まるでねっとりと湿った蛇のような悪意が、足下から這い上がり、体内に侵入してくるような感覚に苛まれながら、アーシャは最後の資料を開いた。


 ――研究の集大成……?

 

 資料をさらにめくれば、あり得ない名前が被験者として上がっていた。


 ――サルマ・アズ・フォン・ウルスラグナ……? 聞いたことのない名前だわ。ウルスラグナの家系図はすべて頭に入っているのに。ウルスラグナには家系図から末梢された王族がいたということ?


 アーシャは見てはいけない物を見ているような気がして、体が震えだす。


 ――この名前が本当なら、ウルスラグナの姫が被検体になったことになるわ。


 わずかに震える指先でページをめくる。

 そして、目に飛び込んできた絵に、息を呑んだ。

 似顔絵よりも、自然な、その絵に切り取られてしまったのではないかと錯覚するほどの、精巧な絵。

 その絵の中で、アルバートそっくりの女性が微笑んでいた。

Copyright(C)2024-藤烏あや

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