第六十四話「中央制御室」
一層と同じく物資の輸送経路に降り立ったアーシャ達は、中央制御室を探し歩いていた。
アーチ型の通路を警戒しながら進むが、一向に景色は変わらない。無骨なタイルが続くだけだ。
「二層と三層の間なのだから、どこかに階段があってもおかしくないと思ったのだけれど……」
「この糞広ぇ場所をちんたら探すつーのは面倒だよなぁ」
「そこまでは言っていないわ」
「あん?」
「まァまァ。アーシャちゃんもスノーも苛立つのは分かる。けど、そのへんにしとかねェ?」
「シャオラスの言う通りだよ。あ、ほら。あれじゃないか? 中央制御室の扉」
アルバートの視線を追った先にあったのは、一つの扉と思しきモノ。
半円状に繰り抜かれたような形をしており、半円の中心に向かって継ぎ目が七本伸びている。
扉の隣には四角いモニター設置されていた。
「扉には見えないのだけれど……どうやって開くの?」
「この認証システムで開くだろうね」
「つっても、電気が通ってなけりゃ意味ねェだろ」
その上には電灯が緑色に光っている。それは北の森の洞窟内で見たものと同じものだ。
「いかにもって場所ではあるわね」
「けどよォ、あれって魔法じゃどうにも開かなかった扉だろ? どうすんだ?」
「強行、突破は、出来ない」
「だよなァ」
扉を二回攻撃すると周りの魔素を吸収し始め、沢山の銃口が連なった物が取り出されるはずだ。
魔素欠乏症になり倒れこんだ侵入者を完全に排除するために作られたそれは、アルバートでも突破できない。
敵と認識されたら最後、その武器の届かぬ場所まで撤退するしかないだろう。
正しい手順で扉を開けることの出来ないアーシャ達は扉を見上げ、頭を悩ませる。
「んで、どうすんだよ。旦那の魔法でも開けられねぇなら詰みだろ?」
「うーん。そうだな、こういうのはどうだろう?」
「アル。何かいい案が――」
アーシャの言葉を遮り、指を鳴らす音が聞こえた次の瞬間。
破壊音が響いた。
目を疑う彼女達を横目に、アルバートは何食わぬ顔で佇んでいる。
アルバートは何食わぬ顔で歩みを進め、中央制御室に踏み込んだ。誰も着いてこないことを不思議に思ったのか、彼は半身で振り返る。
「あれ、どうしたの?」
ぽかんと口を開けるアーシャ達。
衝撃から一番に戻ってきたのは、シャオラスだった。
「いや、どうしたもこうしたもねェよ!! 破壊できなかったはずじゃねェのかよ!!」
「意外と脆かったね」
「そうじゃねェ!!」
「魔法は通じないはずじゃなかったの?」
アーシャの言葉に笑みを深くしたアルバートが種明かしをする。
「これはダミーだ」
「ダミー? 偽物つーことかぁ?」
「そう。スノーの言う通りだよ」
「ダミーなら、攻撃しても、魔力は、吸収されない」
「そういうこったな! なんで気がついたんだァ!?」
「銃口が出てきそうなところがなかったからかな?」
アーシャは改めて壁を観察する。確かにアルバートの言うとおり、あの凶悪な銃の塊が出てきそうな凹みや怪しげな場所はなかった。
その上天井も高く飛び道具での攻撃はできないだろう。
ルーナとシャオラスが感心している中、アルバートはさらに中央制御室の奥へと足を進める。
目を引くのはなぜか部屋の中心にある楕円に隆起しているものだ。
――台座のようにも見えるけれど、昔は何かを置いていたのかしら?
室内を観察すれば床は外と同じ材質で出来ていることがわかった。
外と違う点といえば、排水口のような鉄の柵が床に伸びていることだろう。それは大きな機械へと続いている。
柵の下をよく見れば、何本もの配線が床下を這っていた。
――これがあの機械の動力源ね。
配線は部屋の奥にも伸びている。
一番配線が多く集まっているそこには、壁に埋められたモニターがあった。
モニターを見るためだろうか、ぽつんと椅子が置かれている。
今にも崩れてしまいそうな椅子の前でアルバートは足を止め、モニターを見上げた。
アルバートの後ろを歩いていたアーシャが彼の視線を追い顔を上げる。
それはやはりと言うべきか、なにも映っていない。
――なんのためにモニターが? 中央制御室という名前なのだから、何かを制御しているのだろうけれど……。
アーシャが内心首を傾げていると、アルバートがこれならと頷いた。
「電力が戻れば全部つくはずだよ。カメラが壊されていなければ、だけどね」
「どうしてこんなにモニターが必要なの……?」
「んー。どうしてだろうね? つけてみればきっと分かるよ」
「おっ、非常電源は生きてんじゃねェか! 渡りに船だな!」
「シャオラス、お手柄」
「お、おう。ルーナ、褒めても何もでねェぞ……」
あまり人を褒めないルーナから褒められたシャオラスの顔が少し引き攣った。
ルーナに他意はなかったようで、彼の言葉にむすっとそっぽを向いてしまう。
焦ったシャオラスが謝罪するが彼女の機嫌は戻らない。
「ルーナ。話が進まないから、シャオラスをからかうのは止めなさい」
「主の、命なら」
「シャオラス。お前の雷魔法で動かせそうか?」
「任せとけ! 魔力を放出するのは苦手だが、機械の起動を助けるぐらいはできるぜ!」
「それじゃ任せた」
「任された!」
シャオラスは胸を張り、ドンっと胸を叩いた。
彼は懐から魔紙を取り出すと、魔力を込め、床下の配線へと貼り付ける。
起動音が鳴り、一拍おいて電気が点灯した。
「あら」
「ついたね」
瞬く間に明るくなった室内に、皆思い思いに息をつく。
「バフがなけりゃあろくに使えない魔力だが、こういう時ぐらいは役に立たないとな!」
「うぉ!? なんだこりゃ!?」
「痛っ!?」
胸を張るシャオラスの背中にスノーが勢いよくぶつかる。
アーシャは彼女が驚いた原因を見て、目を丸くした。すぐさま緩んでいた気を引き締め、武器を手に取る。
そこには、ひとりの女性が立っていた。なにもない部屋の中心にぽつんと。
しかし、それはアーシャ達を襲うことなく、ただそこで佇んでいるだけ。敵意も感じられない。
――アルも気づかなかったなんて、ありえない。普通の人間では……。あら……?
じっと女性を見つめていると、わずかに歪んだ気がした。
アーシャが目を凝らす前に、アルバートの言い聞かせるような声が響く。
「皆、警戒しなくても大丈夫」
「どうして……?」
アルバートが女性に近づくと、女性は不自然なほど綺麗な笑顔を浮かべた。
「……その人、いいえ。それは人間ではないわね」
「よく分かったね。そうだよ。これはホログラムだ」
アルバートが女性の肩に手を添えようとするが、簡単にすり抜けてしまう。
彼の手が胸に突き刺さっていても、女性は笑顔を絶やさない。
明らかに異質なそれに、アーシャはごくりと息を飲んだ。
『認証完了しました。仮想層区を展開します』
「ん?」
アルバートが首を傾げた、その時。
女性の後ろに、地下都市の全貌だと思われるホログラムが現れた。
「うォ!? なんだァ!?」
「なに、これ」
「全部ホログラムだね。なかなかよくできてる」
「魔力で作られてるみたいだな、アタシでもはっきり見えるぜ」
「もっと一層ごとの詳細な地図がわかればいいのだけれど……」
『かしこまりました。詳細を表示いたします。何層をご覧になりますか?』
アーシャの声に反応したのか、女性が問いかけてくる。
目を丸くしたアーシャはアルバートと顔を見合わせ、どうすると首を傾げた。
すると、シャオラスがはいはーいと手を上げた。
「ここって何層まであんだァ?」
『申し訳ありません。お答えできかねます』
「はァ?」
「お嬢サマ、さっきの本には書いてないのかよ」
「え?」
「あの本には五層まであるって書いてあったよ」
「ほー、本に書いてあることも答えられねぇなんて使えねぇな」
ふんっと鼻を鳴らしたスノーは、女性から目を逸らした。興味津々だった彼女だが、目に見えて興味を失っている。
少し考えたアルバートが女性へと目を向ける。
「……現在地は?」
『現在地を表示します』
全体像を映していたホログラムだが、二層と三層がアーシャ達の方へと飛び出してきた。
層の間に赤い丸が点灯しており、そこが現在地だと示している。
「ここから三層に降りる最短ルートは?」
『表示します』
飛び出したホログラムに赤い線が引かれていく。
視覚的にも道順が分かりやすい。
アーシャは忘れないよう頭にしっかりと刻み込む。
「へぇ、案外近いね」
「こんな、使い方も、あるんだ」
「じゃあ、三層から五層までの監視カメラ映像をモニターに映してくれる?」
「魔物がいるか先に確認できるのね」
「うん、そうだよ」
『承知しました。三層から五層までの監視カメラ映像、展開します』
部屋の奥にあったモニターに映像が映し出される。
それにはウルスラグナと同じような建物が映っているが、損傷の激しい場所が所々あるようだ。
――損傷具合からみて、そんなに古くないわ。きっと魔物が暴れたのね。
アーシャがふとアルバートを見上げ、思わず彼の手を取った。
「どうしたの、アーシャ。俺が恋しくなっちゃった?」
「あ、いえ……」
少し驚いた様子の彼だったが、瞬く間にいつもの読めない笑みに戻ってしまう。
いつもの調子に戻った彼に、アーシャは口ごもる。
――今にも消えてしまいそうな顔をしていた、だなんて、きっと言ってもはぐらかされるでしょうね。
アーシャが言葉を選んでいるうちに、アルバートが女性に声をかけてしまった。
「ねぇ、映像にある民家の損傷が激しいのは何層かな?」
『損傷は五層が一番酷いです。次に四層となっており、三層には大きな損傷は見られません』
「なら、三層には、魔物が少ないか、もしくはいない、可能性が高い」
「あァ。ルーナの言う通りなら、ここか三層で休んだ方がいいんじゃないか? 四層からは魔物との戦闘が増えそうだし」
「そうだね。じゃあ三層はまだ無事そうだし、そこで寝具を拝借して休もうか。地べたよりも回復できるだろ?」
「賛成だぜ! かったい地面は寝心地が悪くてしゃあねぇ」
思い思いに頷き合ったアーシャ達は三層を目指し、中央制御室を後にした。
◇◆◇
訪問者がいなくなった中央制御室で、突然ホログラムが話し始めた。
『予期せぬ再起動のため、クラッシュ直前のモードを再起動します。制圧モード起動』
モニターの向こうで、上部から大きな壁が降りていき、通路を塞ぐ。
それはアーシャ達が通ってきたであろう通路も例外ではない。
『深刻なエラーが発生。深刻なエラーが発生』
大きな警報音が鳴り響く。
しかし、一瞬で鳴り止んだ。
『エラー原因を突き止めるため、層区内全ての映像を表示します』
モニターに映し出されたのは、無残にも破壊の限りを尽くされた家屋だ。
次々と映像が移り変わる。
突如、静かな室内に破壊音が響いた。
映し出された監視カメラが、一つ、また一つと壊されていく。
徐々に光を失っていく画面が最後に捉えたのは、真っ黒な毛から覗く凶悪な目だけだった。
Copyright(C)2024-藤烏あや