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第六十三話『地下へ』


 木々が生茂る、暗闇の中。

 忍び寄った動物のような影を、アーシャ達は見据えた。

 先の戦いで見た凶悪の塊と言うべき見た目ではなく、ただの魔獣に見える。

 しかし、月明かりに照らされ現れたそれは、やはりと言うべきか、目がなかった。

 獲物を捕らえるために必要な器官。

 それが退化している魔物は、いとも簡単にアーシャ達を捕捉した。

 巨体が獲物を押しつぶすかのように飛び上がる。

 と同時に、アーシャも後ろへ飛び退いた。

 もちろん飛び退いたのはアーシャだけではない。木の上へ避難したシャオラスは大きく舌打ちをする。


「ちっ! なんっでバレてやがんだ!」

「うーん。どうしてかな? 少し考える必要がありそうだね」

「ちょっと! 無駄口を叩いていないで、やるわよ!」


 呑気に隣で笑うアルバートに活を入れ、アーシャは懐から魔紙(まし)を取り出し、投げつける。

 発動した火の魔法で燃え上がった炎が、一瞬にして鎮火した。


 ――相殺された……?


 アーシャが視界に入れたそれは、彼女達を翻弄させるつもりなのだろう。

 陰惨(いんさん)に、残虐に、惨烈(さんれつ)に、にたりと笑った。

 やはり、魔物なのだ。

 そう感じさせるには十分だった。

 彼女はその光景に息を詰める。


「形は違えど、魔物だっつーこったな。ここで戦斧(せんぷ)使っても大丈夫か? 雪崩とかになんねぇ?」

「……貴女もそんな心配するのね」

「戦闘は好きだけどよぉ、これっぽっちも悪くねぇ一般人を巻き込むのは、主義に反するんだよ! 悪いか!?」


 袖口から魔紙を取り出し、アーシャは強気な笑みを浮かべる。


「安心したわ。貴女がただの戦闘狂でなくて」


 魔物に向かって魔法を発動させる。

 竜巻が魔物を包み込んだ。

 竜巻の中ではかまいたちが魔物を傷つけているはずだ。

 しかし魔物は予想に反し、苛立ったような雄叫びを上げた。


 ――前回対峙した魔物よりも頑丈ね。


 自身の攻撃が足止めにしかなっていないと悟ったアーシャはアルバートに目配せをした。

 彼は心得たと言わんばかりに、満面の笑みで頷いて指を弾いた。

 すると、竜巻の中を雷が走る。

 瞬間、響き渡る絶叫。

 思わず耳を塞ぎたくなる悲痛な叫びは、長くは続かず虚空へと消えた。

 竜巻が消えると同時に巨体が、大きな音を立てて崩れ落ちた。


「おー。一撃」

「流石」

「あなた達、少しは加勢しても(ばち)は当たらないんじゃない?」

「アルが加勢するんだ。オレらが手を出さなくてもすぐ片付くだろうしィ? 他にまだ魔物が居ないか確認するのも、大事だろ?」

「……一理あるわね。それで? 他に魔物は?」

「いない」


 人間よりも優れた目を持ち夜目も利くシャオラスが言うのであれば間違いはない。

 アーシャは安堵し体の力を抜いた。無意識に寄りかかっていたのだろう。アルバートの腕が腰に回る。

 彼女は回った手を受け入れ、体を預けた。

 すると彼は嬉しそうに声を弾ませる。


「魔法の発動速度が早くなってきたね」


 つい先程魔物を屠ったと一切感じさせない温顔で、頭を撫でられる。


「前から思っていたけれど、戦いの余韻を――

「お嬢サマよぉ! さっきの褒めてんの? 貶してんの?」

「貴女ね、人が会話をしているのに……。はぁ、まぁいいわ。さっきの……? 戦闘狂のくだりかしら?」

「それ以外に何があんだよ」

「……褒め……やっぱりなんでもないわ」

「んっだよ!! けっ! 素直じゃねー!」

「貴女、一度褒めたら調子に乗りそうだもの」

「アーシャ。それはもう褒めてるって認めているようなものだよ」


 解せないと言わんばかりの顔をするアーシャとは対称に、ガッツポーズをするスノー。

 そんな二人を眺めながら、アルバートはあっさりと笑う。

 木の上から足音一つ立てず着地したシャオラスがため息をつく。


「それはそうと、こっからどうするよ? 決定的だろ。魔物は夜行性だ」

「魔物の、巣も、近そう」

「にしては大量に沸かねぇな? なんでだ?」

「確かに巣が近いのなら、もっと魔物が出てきているはずよね」


 ――魔物が外界に出てこられない理由が他にあるんだわ。そしてそれは、魔物の力を持ってしても覆らない……。


 うつむきがちだった顔をパッと上げ、アーシャはアルバートを見る。


「どうしたの?」

「探知って換気口の中を辿れるの?」

「ん。出来るよ」

「じゃあ、魔物がいないか確認してちょうだい。私達なら、一日ぐらい不眠不休でも大丈夫でしょう?」


 そう言い切ったアーシャが確認するようにルーナとシャオラスの顔を見る。

 彼女と目が合った二人はもちろんと頷く。

 暗殺者という職業柄、不眠不休で標的を追い詰めることが多々ある。二人に心配の要素はない。

 懸念すべきはスノーやアルバートだ。

 不眠不休でいつもどおりのコンディションでいられるだろうか。

 そんな視線を感じ取ったのか、彼女は威勢よく胸を張った。と同時に大きな胸が揺れる。


「はん! 上等じゃねぇか!」

「アーシャ。そんなに心配そうな顔をしないで」


 困ったように眉を下げた彼は少し角張った男らしい指でアーシャの頬を撫で、口づけを落とす。

 頬へ添えられた手のひらに擦り寄った彼女は力を抜き、目を瞑る。

 彼女の行動が意外だったのは、アルバートだけではない。

 シャオラスやルーナでさえも目を疑っている。

 静まり返った場にアーシャは片目を開け、不服そうに呟いた。


「なに?」

「いや……びっくりして……」

「婚約者なんだから、別にいいでしょう?」

「そ、それは、そうなんだけど……アーシャ?」

「なに?」

「キスして、抱きしめてもいい?」

「どうしてそうなるの!?」


 彼の言葉に、アーシャは目にも留まらぬ速さで距離を取った。

 真っ赤に染まる彼女の可愛らしい行動に、彼は軽やかに笑う。


「冗談だよ」

「絶対本気だったろ。……ったく。早く行こうぜ。ほら、こっちだ」


 シャオラスは木の上にいる間に換気口を見つけていたようで、先導するように歩き出した。

 それに続いてアーシャ達も歩き出す。


「つーかよぉそこまで行かなくても、旦那なら地面の下探知出来るんじゃねぇの?」

「それが出来ないんだよ」

「あん? なんでだよ」


 草木を掻き分け、進む。


「……一層で、転移が阻害、されているなら、探知も?」

「よく気がついたね。ルーナの言う通りだよ。でも転移と違って魔法自体が使えなくなるわけじゃない。ただ一層ずつしか探知出来ないだけ」

「そうなのね」


 ――氷山だからかしら? 動物の気配が無いわ。……この感覚、昨日も……。


 辺りを見渡しながら、アーシャは訝しげな顔をした。


「さっき通ってきた換気口の中なら、阻害はされてなかった。構造物が同じなら底まで探知出来るはずだよ」

「そりゃ良かった」

「ただ、かなりの距離だからね。探知に集中することになる」

「つーことは、アルは無防備な状態になるんだな?」

「そういうこと。他の魔法が使えなくなる。常に発動してる防御魔法も解かないといけないんだ」

「探知は相当負荷強そうだもんなァ。っと着いたぞ」


 シャオラスに連れられて訪れたそこには、存在感のある排気口があった。

 彼でなくとも木に登ればすぐにでも発見出来そうなそれは、排気口ですと言わんばかりの見た目をしていた。

 アーシャは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 蔦や苔は生えているものの隠そうともしないその風貌は、まるでこの場所には誰も足を踏み入れないと知っているかのようだ。


「よし。それじゃあ、ちゃんと俺を守ってくれよ」

「言われなくても守ってやっから、安心しろォ」

「背中は任せて頂戴。アルには指一本触れさせないから」

「任せた」


 アルバートはそう言うと、両目を閉じ神経を集中させた。

 彼の四方を囲い、アーシャ達が辺りを警戒する。

 アーシャは彼の背中側に立ち、自身をすっぽり隠せる体格から意識を逸らした。


 ――こうしてアルが警戒を解くと、いかに私が気を緩めていたのかが分かるわね。


 警戒を強め、アーシャは前を見据える。

 暗殺者であったはずの彼女の研ぎ澄まされた牙は、戦いに破れた際(あのとき)もがれた。他の誰でもない。アルバートにだ。

 しかし、奥底に眠っていた魔力という名の猛獣を起こしたのもまた、アルバートなのだ。

 新たな牙を手に入れた彼女は、今度こそ力の使い道を見誤らない。

 懐から魔紙を取り出し、魔力を込める。


 瞬間。

 アーシャに向かって飛び出す両生類のような魔物。


「擬態出来るからといって、気配を消さなくていい理由にはならないのよ!」


 言い切った彼女が、炎魔法を飛ばす。

 炎が直撃した魔物は魔法を相殺しようと魔力を込めた。

 直後。


「させない」


 すでに魔紙へと魔力を込めていたルーナが、魔法の発動を阻止した。

 途端、火だるまになる魔物。

 喉が千切れそうなほどの雄叫びが、彼女達の鼓膜を揺らす。

 アーシャは命乞いにも聞こえるその声を無視し、風魔法を発動させた。

 風魔法が直撃した魔物は切り刻まれ、火葬される。

 響いていた鳴き声も聞こえなくなった。


「おーおーよく燃えんなァ! っと、こっちからもお出ましだぜ」


 シャオラスは燃える魔物から新たに現れた魔物へと視線を移す。


「はんっ! 上等じゃねぇか! こっちは任せろ!!」

「あっ、おい!!」


 戦斧(せんぷ)を持ち上げ飛び出したスノーを威嚇するように、魔物は十本の足をもたげる。

 断末魔とも呼べる仲間の雄叫びに釣られたのか、はたまた獲物を捕らえに来ただけか。


 ――まさか、アルが動けない今だから……?


 魔物には知能がある。

 アルバートが反撃出来ない機会を狙って襲ってきたとしても不思議ではないだろう。

 でなければ、擬態までして身を隠していた魔物が襲いかかって来るはずがない。

 燃え盛る魔物を視界の隅に捉えつつ、アーシャは軟体動物のような姿の魔物に向かったスノーに視線を向ける。

 彼女は戦斧を横に薙いだ。

 迫りくる戦斧を魔物が絡め取る。


「力比べか? 力加減すんのは性に合わねぇところだったんだ。いいぜ! 乗ってやらぁあ!!」


 地面を叩き割らないよう細心の注意を払っていたらしい。

 確かに彼女の破壊力は高い。氷山の頂上付近での戦いであるが故に、雪崩が起きないとも限らない。

 戦斧を絡め取った魔物が、使っていない触手を持ち上げた。


「オレを忘れてもらっちゃ困るぜ!」


 魔物の気を引くため、シャオラスは持ち上げられた触手を蹴りつける。

 捕まらないよう身体能力を最大限発揮し、蹴りつけては飛び上がり、また蹴りつける。を幾度となく繰り返す。

 彼はクーガーの亜人だ。目くらましはお手のものだろう。

 スノーも天性の戦闘センスがあり、戦斧捌きはアーシャでも苦戦するほどのものだ。

 しかし、魔法でしか倒す事の出来ない魔物相手では、決定打に欠けるのも事実。


 彼女が魔法を教わる前までは。


 戦斧を覆い隠していた触手が文字通り弾け飛ぶ。

 風が刃になり、切り落としたのだ。

 彼女は得意な戦斧から魔法を飛ばす術を身に着けていた。


戦斧(それ)を掴んだのが運の尽きだぜ」


 痛みにのたうち回る魔物が後退し、辺りの木々をなぎ倒していく。

 が、追うようにスノーが戦斧を振り上げ自在に風の刃を飛ばす。

 切り刻まれた魔物が絶命したのを見届けたスノー。

 彼女はダンッと大きな音を立てて戦斧を地面へと突き刺した。

 音に驚いたのか、シャオラスが彼女に鋭い目つきを向ける。

 しかし、彼女は意に介さず満面の笑みで振り返った。


「どーだ!!」


 彼女がにんまりと笑った。

 その刹那。

 ぱかりと大口を開けた魔物が彼女の背後に現れた。

 巨大な影がスノーを飲み込み――


「貴女は甘いのよ」


 口の中に複数のくないが突き刺さる。と同時に爆発した。


「っぶねぇな!? 危うくアタシまで巻き込まれるところだったじゃねぇか!」

「……助けてあげたのだから、少しは感謝してもいいと思うのだけれど?」


 焼け付いた喉では断末魔すらままならないのか、魔物は一声も上げることなく、事切れた。

 内側からの攻撃はよく効いたのだろう。


 ――あっけないわね。彼女が警戒を解くのを待ち構えていたのには驚いたけれど、戦闘には不向きな個体だったのかしら?


 動物を組み合わせたような見た目の魔物がいる。だが全ての魔物に共通するのは、目がない事だ。

 アーシャがまた思考の海へと潜ろうとした時、先の戦いに一切参加しなかったアルバートが動いた。


「うん。魔物はいない。今なら安全に潜れるよ」

「もうこの辺りに魔物はいない?」


 探知を常中へと切り替えたであろうアルバートにアーシャは声をかけた。


「うん。大丈夫だよ」

「つか、ここの他にも排気口はありそうだよなァ。一回見てから行こうぜ」

「そうだね。ちょっと見てくるよ」

「アル一人でか?」

「一人で十分だよ」


 綺麗な笑みを浮かべたアルバートは、浮遊魔法で宙に浮かび、滑るような速さで飛んでいった。

 そして、数秒後には戻ってきて、魔物はいなかったと状況を告げた。

 どうやら魔物は、彼女達がいると分かった上で、移動していたようだ。


「それじゃ、行こうか」

「おうよ!」


 全員が頷いた事を確認しアルバートは浮遊魔法を使った。

 例にもれず、彼はアーシャの腰を抱くが、彼女は文句一つ口にせず寄り添った。

 突入した真っ暗なダクトの中、アーシャは考える。


 ――魔物は、アルのように探知を使っているのかしら?


 彼女の思考を遮るように、アルバートの声が響く。


「まず中央制御室に向かうよ」

「そうね」

「見取り図には、二層と三層の間としか記されていなかった」

「あァ、そうだな。でも、裏側があるって気づいちまえば……」

 「そういうこと」


 一寸先も見えない闇の中だが、アルバートが強気に笑ったのをアーシャは感じ取った。


「っと、着いたかな?」

「そう、みたい」


 下へとダクトは続いているが、横への分岐がある。

 おそらく二層に続くダクトなのだろう。

 横へ逸れ、出口へと進んだ彼女達は、隠し通路へと降り立った。

 地に足をつけたアーシャは薄暗い通路から排気口を見上げ、眉をひそめる。


 ――どうして排気口を分ける必要があったのかしら?


「アーシャ、どうしたの?」

「……いえ。なんでもないわ」


 心配そうな顔をしたアルバートが、彼女の眉間に寄ったシワをつつく。

 アーシャはつつかれた額を両手で覆った。少し膨らんだ頬に、彼が笑う。

 揶揄うように笑ったアルバートをアーシャはジト目で睨むが微塵の効果もない。


「考えがまとまったらいつでも話して?」

「ええ。そうさせてもらうわ」


 なんとも名状しがたい考えを言語化するためにも、アーシャは前へと踏み出した。

Copyright(C)2023-藤烏あや

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