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公爵令嬢の裏稼業  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中
第三章『反乱軍と魔物』

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第六十話「調査は苛立ちと共に」

 アーシャが魔法で魔物を凍らせたと同時に、飛び上がったスノーが戦斧(せんぷ)を氷の塊に振り下ろした。

 魔物は氷と共に粉々に砕け散った。

 飛散した氷が木漏れ日に照らされ輝く。

 氷漬けにされた身動きの取れない魔物は断末魔を上げることなく息絶えた。

 着地したスノーに、アーシャは呆れたように呟く。


「いいところだけ持っていったわね」

「やっぱ戦闘は最っ高だよなぁ!」

「聞いてないわね」


 言葉を右から左へ聞き流したスノーに、アーシャは大きなため息をついた。

 後ろに控えていたルーナとシャオラスの元へ戻ろうとアーシャが目を向ける。

 彼女が一度瞬きをしたコンマ数秒の内にアルバートが彼の隣に姿を現していた。


 ――いつの間に……。


「うん。大丈夫そうだね」

「うォ!? いきなり現われんなよ! ビビるわ!!」

「ごめんごめん」

隠密(ステルス)?」


 ルーナの疑問に、アルバートが笑顔で頷く。


「そうだよ。あの時みたいに、二度と同じ轍は踏まないつもりだからね」

「……まったく。魔物は倒したのだから問題ないでしょう? それと、アル? 言いたいことは理解できるけれど、唐突すぎるわ」

「ごめんね。魔物が近くに居たから、いい機会だと思ったんだ」

「いい機会つったて、いきなり過ぎんだよ。つーか、オレ魔物に全く気付かなかったわ」

「別にいいじゃねぇか! アタシは楽しかったぜ!」

「戦闘狂は黙ってなさい」


 ピクリと眉を動かし反射的に反論しようとしたスノーだったが、戦闘狂だという自覚はあるようで、一度開いた唇をつまらなさそうに突き出すにとどめた。

 時間間隔も無くなりそうな森ではあるが、北の森で鍛えられたアーシャには太陽が少し傾きつつある事が分かった。


「進みながら話しましょう? 今日中に目的地へ行きたいわ」


 日が沈む前に目的地である洞窟へ辿り着きたいのは皆同じのようで、ルーナがまた道案内のため先頭を歩き始める。

 彼女の後に続き、アーシャ達は目的地へと再び歩き始めた。


「ねぇ、アルって見ていなくても誰がどこにいるか分かるの?」

「よく気が付いたね。うん、そうだよ。探知魔法を常中してる」


 ――やっぱり。って、ちょっと待って? と、いうことは……?


 一つの結論に至ったアーシャは、いたたまれなさに思わず閉口する。


「うげ、だから魔物の存在にも気が付いたんだな。なんなんだよ、お前のその万能さはよォ。用意周到すぎんだろ。尊敬通り越して怖ェわ!!」

「半径百メートルは余裕で探知できる。敵意の有無も分かるし、アーシャの言う通り誰がどこにいるのかも判別がつくよ」

「ガンスルー!?」

「シャオラスうるさい」

「……ルーナ最近冷たくねェ?」

「そんなことない」


 わざわざ獣耳(ケモミミ)を出して感情のままに垂れさせるシャオラスは、的確にルーナのツボを抑えている。

 彼の獣耳(ケモミミ)と悲しげに揺れる尻尾が出た途端、ルーナの後ろを振り返る動作が多くなった。

 いまにもシャオラスに飛びついて撫でくり回しそうな彼女だったが。案内役を務めている以上、アーシャ達を先導しなければならない。

 そのため我慢はしているが、耐えきれず見るだけならと振り返っているのだろう。さながら犬の待てと同じ状態だ。

 シャオラスがそんなルーナを無視して話を続ける。


「探知ねェ……探知に引っかかった奴の状態なんかも分かるってことだよな?」

「そうだね。意識はあるのか、こちらに気が付いているのか、今の精神状態はどうなのかぐらいは分かるよ」

「ひゅー、超便利じゃん。流っ石! アルバートの旦那だぜ! ……ん? つーことは、監視がついてても分かるはずだよな?」

「うん、分かるね」


 煽るようにニタァと笑ったスノーがアーシャを見た。

 何を言おうとしているのか瞬時に理解した彼女が焦った様子で首を横に振る。


「貴女の言いたいことは分かっているわ。だから言わなくてい――

「全部バレてんじゃねぇか!! くそダッセぇ!!」

「言わなくていいのよ! どうしてそう無駄なところで勘がいいの!?」

「そりゃ召喚者の近くにいる皇帝(バカ)の手先が何をしてるかなんて、理由は一つしかねぇだろ?」

「それは……っ、そうでしょうとも……」


 アーシャが反論できずに顔をしかめると、スノーは勝ち誇った顔でガッツポーズをした。

 先程の口論で反論の余地もなく黙らされた事がよほど悔しかったようだ。

 二人のやり取りを見て笑ったアルバートに、彼女は紅い瞳を釣り上がらせて睨む。


「そういう事はもっと早くに伝えるべきじゃないかしら?」

「そうカッカッしないで? もちろん怒った顔も可愛いけど、アーシャには笑顔が似合うと思うな」


 少し泥濘(ぬかる)んだ足場の悪い道だが、アルバートはまるでダンスホールをエスコートするかのようにアーシャの腰を抱き、甘い声で囁く。

 しかし、彼の過度なスキンシップに慣れてしまったアーシャは、彼に身を預けながら呟く。


「話を逸らさないで」

「仕方ないなぁ。そうだよ、スノーの言う通り、最初っから君が監視してるって気が付いてた。でも、奥の手は隠しておくものだろう?」


 ――だからアルが召喚されてすぐに寝込んだ時、看病していたのが私だと知っていたのね。変装していたのにも関わらず、私だって確信していたもの。……ちょっと待って。対アルに関しては、変装の意味すらなかったわけで……。


 考えれば考えるほどアーシャの顔は俯いていき、視線は彼から離れていく。


「……穴があったら入りたいわ」


 寄り添うアルバートの耳にすら届かないほどの小声で呟いたはずの言葉をシャオラスに拾われる。


「まっ、そうなるわなァ。どんまい、アーシャちゃん。そんだけアルが規格外だってこった!」

「そんな雑にまとめないで頂戴」

「主。それ以上恥の上塗りは、やめたほうが」

「ルーナまで!」

「もう着いた、から」


 アーシャが思わず視線を上げれば、見慣れた幻想的な世界が広がっていた。

 新緑は凍りつき、花には霜が降りている。そして、地には薄っすらと雪が積もっている。そんな光景。

 冷たい風が木の葉を巻き上げ、足元から凍りつきそうな冷気が這い上がってくる。


 ――お父様は、いつも提示する情報は分かり難いのよ。北の森奥地に洞窟なんて、本来なかったはずだもの。だからこれは、地震の影響……。


 年中氷に覆われたこの山は、ニクス帝国との国境(くにざかい)。氷山があるおかげで軍事的な衝突はなく、比較的良好な国交を結べている。

 そのうえ、ウォフ=マナフ家が辺境を統治することで氷山を迂回しての侵略を牽制しているのだ。

 国交にも関わる大事な場所。にも関わらず、度重なる地震によって氷山の裾は崩れ落ち、新たな洞窟を作っていた。

 穴の前の地面には、粉々になった岩や氷が散乱している。


「……思っていた以上の大穴が空いているわね」


 それはまるで、ぽっかりと未知の生物が口を大きく開いているかのようだ。


 ――……妙ね。ただの雪崩で出来たにしては、形が綺麗だわ。


 アーシャは洞窟を見つめ、違和感の正体を探ろうとする。

 しかし、彼女の思考はシャオラスによって停止させられた。


「アーシャちゃん、良かったな! 念願の穴に入れるぜ」

「……その尻尾、引き千切られたいの?」


 答えに辿り着けなかった苛立ちを隠そうともせずアーシャは、いまだ尻尾を揺らしている彼に言葉を投げつけた。

 すると瞬時に消える尻尾。そして忘れていたと言わんばかりに、数秒遅れて獣耳(ケモミミ)が消えた。

 ルーナが少し青褪めた彼を名残惜しそうに見つめる。


「アーシャ、駄目だよ。ネコ科は尻尾でバランスを取ってるんだから」

「……しかたないわね。目を瞑るのは今回だけよ」


 アルバートに(いさ)められたアーシャは渋々矛を収める。


「それで、何を考えてたの?」

「元々北の森にこんな洞窟はなかったはず。それなのに、こうして……ほら、ちゃんと入れるような洞窟になっているでしょう? まるで、誰かが掘ったみたいに」


 繋がれた手を離し、一足先に洞窟の中へ踏み入れたアーシャが、洞窟の壁面を指で弾いた。

 洞窟の壁面は自然に出来たというには不自然なほどつややかな断面をしている。


「それに、下に続く階段もあるわ」


 彼女が階段を降り、振り返る。

 出入り口の上には緑に光る長方形の人工物が取り付けられていた。


 ――何か意味のある物なのでしょうけど……。


 アルバート達が洞窟へと続き、彼女の言葉を確かめるように各々洞窟内を眺め始めた。


「おォ、ホントだ。こりゃ驚きだわ」

「おい。にーちゃんよぉ。あんたは夜目が効くんだろうが、アタシはそうじゃねえんだ。灯り点けちゃくれねぇか?」

「あん? スノー、頼む奴、間違えてっぞ。おい、アル」


 声をかけられたアルバートは指を鳴らした。直後、辺りが照らされる。

 明るさに目が眩み、顔をしかめるアーシャ達だったが、次第に目が慣れてくると、今まで見えていなかったものも見えるようになってきた。


「ここが終着点だったようね。だから魔物はここから出る事を選んだ」

「そうだろうね。これは天然のものではないな。明らかに人の手で作られた洞窟」

「だな。まァ、怪しさ満載ではあるけどよ、奥に進むしかねェよな」

「広ぇな!! 行ってみようぜ!!」

「スノーは、いつも通り」


 気分が高ぶったのか、駆け出したスノーを生暖かい目で見るアーシャ達。

 彼女の天真爛漫な様にアーシャは肩を落とした。


 ――心の赴くままに生きるのは、彼女の特権ね。


「大丈夫だよ、アーシャ。ここに魔物はいない」

「探知、便利」

「そうね。安心して進めるわ」

「おい! 早く来いよ!」

「鬼が出るか蛇が出るかってな。さァて、行くか〜」


 高い身長をさらに伸ばし、シャオラスは体をほぐしながら歩き出した。

 彼に続きアーシャとルーナ、アルバートも歩き出した。




 ◇◆◇




「なんだこりゃ?」


 奥へと進む途中で彼らは違和感に気が付き、歩みを止めた。

 シャオラスが緑に点灯している丸い電灯を見上げながら呟く。


 ――また緑の電灯……。


 彼女達の右側の壁は明らかに違う材質で出来ている。それは素人が見ても別物だと分かるだろう。

 その壁に、入口でみた緑色の人工物と同じような電灯が付いている。


 ――まだ奥へと進めるけれど、異質なこれを放って進むわけにいかないわね。


 アーシャ達の目的は、洞窟内の調査だ。

 理解しようともせずに進むのは、調査とは言わない。

 アーシャは材質の違う壁と洞窟本来の壁を叩き、音を聞き比べる。すると、材質の違う壁の向こうは空洞であるような軽い音が響いた。


「空洞っぽいね。……壊そうか」

「だな」


 爽やかな笑みを浮かべ、とんでもないことを言ってのけるアルバートを、アーシャは二度見する。

 いくら人工的に作られていても、灯りが点いていても、ここは洞窟だ。じっとりと湿度の高い空間であることに変わりわない。

 そんなうんざりするほどの不快感を我慢していたのだ。

 温厚な彼が苛立っても不思議ではない。


「じゃあアタシが……」

「スノーは、だめ。洞窟ごと、壊し、かねない」

「ちっ、しゃあねえな」


 一番文句を言いそうな彼女ではあるが、ウルスラグナでの魔法訓練で、自身の攻撃が大雑把であると理解させられていた。


 ――出来ないことを理解しても、自分から手を引くのは簡単なことじゃないわ。天才が努力を始める事ほど、怖いものはない……。


 成長を続ける彼女に、アーシャは拳を握りこんだ。


「じゃあ、俺が壊すよ。皆、離れて」

「あいよー」


 全員が後ろに下がったことを確認し、アルバートが魔法を発動させる。

 洞窟が崩れてしまわないよう微調整された風魔法が、かまいたちの如く壁を貫いた。


 はずだった。


「っ!?」


 放った魔法の威力が倍増され、襲いかかってきた。

 壁面に傷一つ付いていないのは明々白々だ。


 ――反射された……?


 アーシャが口を開こうとした瞬間。

 緑色の丸い電灯が、赤く点滅し始める。


反射(リフレクト)された。しかも、増幅魔法も……」


 アーシャの隣まで下がり反射された魔法を避けたアルバートがじっとそれを見つめる。


「攻撃の無効化か。……まいったな」

「お? 魔法が使えねぇなら、やっぱアタシの出番だよな!!」


 いまにも飛び出したスノーが、戦斧(せんぷ)で壁を突いた。

 狭い洞窟内では、彼女の倍はある戦斧では振り下ろせないため、突きでの攻撃しか出来なかったのだろう。


「っとぉ!?」


 力では誰にも引けを取らない彼女の攻撃が弾かれ、押し返される。


「わったった。くっそ! んだよ、あれ!」

「アルバートは、攻撃の無効化って、言った」

「あぁ?」

「ちょっとは頭を働かせなさい。物理での攻撃も効かないってことよ」

「はぁ!? そりゃ反則だろ!! 誰だよ、こんなもん作った奴ぁ!!」

「それが分かれば苦労しないわね」


 そもそも帝国に魔法は存在しない。使える人間も遥か昔にいなくなったはずだ。

 にもかかわらず、対魔法用に作られたような装置が帝国領にあること自体、不可解だ。


 ――なぜ?


 その答えを考えるには、時間が圧倒的に足りなかった。


「おい。こりゃヤベェぞ、アル。こいつ、辺りの魔素を吸い取ってやがる」


 魔素が体内から枯渇すれば、欠乏症を起こし昏倒してしまう。

 あの時のアルバートのように、回復するまで意識が戻ることはないだろう。

 そして、


『侵入者。侵入者。排除します。排除します』


 機械音声とサイレンが鳴り響く。

 それと同時に聞こえたかすかな機械音をアーシャは聞き逃さなかった。

 天井付近に視線を上げれば、小さな銃口を数十以上重ね合わせた物がこちらを捉えていた。


 ――なに、あれ。


 未知の機械から目が離せないアーシャは、地面に足が縫い付けられたかのように動かなくなってしまう。

 小さな銃口から弾丸が発射され、ゆっくりと飛んでくるのを、アーシャはただ眺めていた。


「アーシャ!!」


 銃口と見つめ合っている彼女を間一髪のところで抱きかかえ、避けたアルバートが指示を飛ばす。


「奥へ!」


 短い言葉だが端的で的確な指示に従い、ルーナ達は奥へと足を進めた。

 退避を選んだ彼の腕の中で、アーシャは俯いたまま唇を噛んだ。


 洞窟の奥へと退避したアーシャ達は、調査を進めるため引き返さず、さらに奥へと進むことにした。

 アルバートに抱えられたまま揺られるアーシャは、視線を地へ向けたまま呟く。


「ありがとう。助かったわ」

「言っただろ? 二度と同じ轍は踏まないって。間に合ってよかったよ」

「……ごめんなさい」

「ん?」

「アルを危険に晒してしまったわ」


 彼女の言葉に、アルバートは大きなため息をついた。

 怯えたように肩を跳ねさせたアーシャの額に、彼は口づけを落とした。


「俺ってそんなに頼りない?」

「いえ、そうではなくって……」

「これでも、すごく嬉しいんだ。アーシャが普通の女の子だって分かって安心した。誰だって未知の物は怖いよ」

「アル……」


 二人の世界で会話をする彼女達を横目に、シャオラスが肩を落とした。


「暗殺をする女子が普通なわけねェってツッコミは、今は無粋か……」

「シャオラス、進歩した」

「おうよ! いつまでも邪魔者扱いは勘弁だしな!」

「でもそれじゃあ、旦那を止める奴いねぇじゃねぇか。誰が止めんだぁ、アレ」

「アルはわかってやってんだから、大丈夫だろ。……たぶん」


 そんなたわいもない会話を繰り広げていると、先ほどと同じような壁が現れる。

 咄嗟に身構える彼らだったが、襲ってくるようなことはなかった。


「こちらから攻撃しなければ発動しないようね」

「そうみたいだね」


 こちらの壁に付いている電灯は緑に点灯したままである。


 ――これが赤く変わると、攻撃されるのね。


「いっちょ一発いっとくか?」

「ちょっと、正気なの!?」

「確かめてぇことがあるんだ、よっ!!」


 スノーは制止も聞かず、また戦斧(せんぷ)で壁を突く。

 当たり前と言うべきか、彼女の攻撃は先ほどと同じように弾かれた。

 途端に赤く色を変える電灯。

 しかし、覚悟していたはずの機械音声は流れなかった。


「やっぱりな!」


 ――なるほど。……一度目の攻撃は警戒されるだけ。でも、二度目の攻撃は、敵意ありと判断されて排除の対象となるのね。


「珍しく冴えているじゃない」

「はんっ! 見たことねぇ機械に殺られそうになってたお嬢サマと違って、アタシはちゃーんと周りを見てんだよ」

「悪かったわね。私だって足がすくむ時ぐらいあるのよ」


 開き直ったアーシャは、スノーの攻撃を受けても傷一つ付かない壁を見つめる。


 ――観察を怠らなければ、見えてくるものがあるはず……。


 材質の違う壁。それは攻撃を反射する魔法がかかっていた。

 二度攻撃を繰り返すと、辺りの魔素を吸収されるため魔法は使用できなくなり、最悪の場合、魔素欠乏症で昏倒してしまう。

 侵入者を拒み、排除しようと作動する機械は、昏倒した者を確実に仕留めるための武器だ。


「叩いた程度じゃ攻撃判定にはならねェみたいだな?」


 シャオラスが壁を叩けば、軽い音が響く。

 やはりこちらも壁の向こうに空洞があるような音がしていた。しかし、現時点では向こう側へと入る事は不可能。


 ――つまり、これほど厳重に警備をする必要のある何かがある、ということ。


 思案に暮れていたアーシャが、一つの可能性に気が付いた。


「これは壁ではなく……扉、だったりしないかしら?」


 その言葉にルーナ達が息を呑む。


「言われてみりゃあ、確かに。アーシャちゃんの言う通りかもしれねェな」

「でもよぉ、それが分かったところで、なんの解決にもなりゃしねぇだろ? どうあがいても入れないんじゃ、扉を無視して進むしかねぇ」


 スノーの言う通り扉だと分かったところで、打つ手はない。

 どうすべきかと途方に暮れる寸前で、ルーナがふと奥へと顔を向けた。


「……こっち。ついて来て」

「お? なんか見っけたのか?」


 扉を無視し、奥へと進んでいくルーナを先頭に、彼らは再度歩き始めた。


 ルーナに連れられて、歩くこと数時間。


 足音だけが響く洞窟内の音が変わった。足元から聞こえるそれは、まるで砂利を踏みしめているかのようだ。

 アルバートに抱えられたままのアーシャが視線を下げる。


 ――石? いえ、岩かしら? さっきも同じような物を見たわ。


「アーシャ? どうしたの」

「いえ、足元が気になっただけよ」

「あぁ、これだけ音が反響していたら気になるよね。でも、ほら」


 アルバートの視線を追い、彼女が顔を上げれば、洞窟の入り口と同じような穴が開いていた。


「おっ、出口かァ?」

「やっとか! これでやっと外の空気が吸えるわけだ」


 出口へと一目散に走り出したスノーは、出口の一歩手前で止まった。


「どうしたの?」

「闇雲に突っ走ると落ちそうだっただけだ」

「……細い道だね。大人一人通れれば御の字ってところか……。すれ違いは出来なさそうだ」


 スノーの隣で外を覗き込んだアルバートが呟く。

 洞窟内の光により少しだけ外が照らされている。その光で視認できる範囲の道は、とても細い。

 いつもは夜の闇を照らす月も、今夜だけはその姿を隠しており、外の世界は闇に包まれている。そのため、照らされる場所以外は見ることが叶わない。

 アルバートの魔法で照らされた洞窟内を歩いてきた彼らの、暗闇に慣れていない目では辺りを十分に把握出来なかった。

 だが、激しく突き上げるような湿気た風が、この場が水辺に面する崖であると教えてくれる。

 どうやら、洞窟を探索している間に日が暮れてしまったようだ。

 近くで瀑声(ばくせい)が聞こえる。


「ん? ここは……」


 一足早く目を慣らしたシャオラスが、辺りを見回し首を傾げた。


「テラスの涙を栽培する集落のある場所ね。ルーナは滝の水気に誘われたのね」


 アルバートの腕から降りたアーシャが正解を口にする。

 彼女の言葉に、ルーナは頷いた。


 ――キクコさん達は無事かしら?


 この場所でアーシャは変装をしてアルバート達と共に行動していた。

 アルバートには彼女だと気が付かれていただろう。

 しかし、まだシャオラスには気が付かれていないはずだ。

 そのため、集落に住む人々の安否を心配するような言動をする事は出来ない。


「集落は無事だね。前に来た時と人数は変わってない。どうやら魔物は、集落には目もくれず、ここを突き破って北の森に行ったようだね」


 口数の少なかったアルバートが、彼女の疑問に答えるように集落のある方角を一瞥した。


 ――良かった。


 安堵の表情を浮かべたアーシャを優しく見つめたアルバートは、少し振り返って洞窟に目をやる。

 彼に釣られてアーシャも洞窟内を見た。

 魔法で照らされているため、容易く状態を確認することが出来た。


 ――アルに抱えられていたから分からなかったけれど、洞窟の内部に向かうほど損傷が激しくなっているわ。思えば、森から入る時は外に岩が転がっていたわね……。


 足元に広がる粉砕された岩は、元々崖の一部だったのだろう。その様を見るだけで、外から内に向かって攻撃した様がありありと目に浮かぶ。


「ということは、魔物の本来の出現場所はまた別の場所にあるわね」

「そういうことになるね。さて、日も暮れたことだし今日はこの辺で休まないか? 幸い、洞窟で雨風もしのげるし、警戒する場所も二か所で済む」

「さんせー! アタシもう(ねみ)ぃよ」

「こっからが本番ってこたァ、体力回復しといた方がいいだろうしな。オレも賛成」

「そうだね、休もう」

「そうね」


 アーシャ達は満場一致で、一度休憩を挟むことにしたのだった。

Copyright(C)2022-藤烏あや

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