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公爵令嬢の裏稼業  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中
第三章『反乱軍と魔物』

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第五十八話『ひび割れたもの』

 アーシャが思い通りに体を動かせるようになったのは、彼女が目覚めて一週間経った頃だった。

 傷に触るからときらびやかなドレスではなくウルスラグナで揃えた魔服を身にまとった彼女は、久しぶりに皆と同じ食事の席に着くことが出来た。

 大きな窓から降り注ぐ陽光にアーシャは目を細め、窓の外に目を向ける。

 木々が穏やかな風にさらわれる様はまるで頂点を通過した太陽を歓迎しているかのようだ。

 ゆっくりと歩き慣れた廊下を進み、控えていた従者に食堂の扉を開けてもらう。

 一番に目に付いたのは、テーブルの奥で着席したアザミだ。

 暴力的なまでに美しい笑顔でアーシャを迎え入れてくれる。

 アザミの斜め前に空いた席が一つ。そこはアーシャの席だ。その隣にはアルバートが座っている。

 アーシャの席の目の前にはルーナが。隣にはシャオラス。彼の隣には苛立った様子のスノーが着席していた。


 ――あら?


 席についた彼女がすでに揃っていた仲間を見渡し、首を傾げる。


「レモラはどうしたの? 遅刻なんて珍しいこともあるのね」


 糸が張り詰めたように静まり返る食堂内。

 いたたまれない空気が漂う食堂に、アーシャはますます首を傾げるしか出来ない。

 目を泳がせながらシャオラスが口を開く。


「えっと、その……なんだァ」

「歯切れ、悪すぎ」

「そりゃあ歯切れも悪くなるだろ! まさかレモラが騎士団側につくなん――


 彼が言い終わる前にガチャンッ! と大きな音を立て呷っていたグラスをテーブルに叩きつけるスノー。

 彼女の額には青筋が浮き出ている。

 騒ぎ立てまいと心の内に秘めていた怒りが姿を現したのだと、全員が理解した。


「あの騎士団長サマにゃぁ、一発入れてやらねぇと気がすまねぇ!!」

「スノーに殴られたら、レモラ死ぬんじゃねェかな……流石にやめてやれ」

「なんでそんなに冷静でいられんだ! 意味わっかんねぇ! あいつは!! 裏切ったんだぞ!?」

「んー、まァ、むかっ腹は立つ。でも仕方ねェ。オレとレモラは同じ穴のムジナってやつだからな。気持ちが痛いほど分かる」

「あん?」


 ギラギラと血走った力強い白菫(しろすみれ)色の瞳は、弱視だとは到底信じられないほどの眼力でシャオラスを睨む。

 血気盛んなスノーを見ても何も言わず食事を続けるアザミに、アーシャは内心ため息をついた。


 ――まったく、こんな考えなしが聖女だったなんて信じたくもないわね。


「全く。もっと頭を働かせなさい。レモラは家族を人質に取られているのよ」

「はぁ? アタシ達の帰還に合わせて騎士団を待機させていたのも、あいつだろうが!!」

「そこに気が付けるのに、なぜ人質って発想に至らないのかしら。そもそも、レモラは自分の命を全うしただけよ。悪いことではないわ」


 何を言っているんだ。馬鹿じゃねぇの? と書かれた顔を向けられ、アーシャは考え込む。


 ――どれだけ辞する意思があったとしても、まだ彼は騎士団長だもの。皇帝から受けた命もまだ有効だ……と言っても納得しないでしょうね。理解出来るだけの頭はあるはずなのだから、これは怒りのはけ口が欲しいだけね。


 どれだけ説明を重ねようと聞く耳を持たないスノーを説得するのは不可能だ。

 彼女が悩み、閉口していると、ルーナがポツリと呟いた。


「一度、見に行った。レモラの実家は、もぬけの殻だった」

「じゃあ望み薄じゃねえかよ」

「あたし達、影は動いてない。騎士団が、主犯。影も、彼らを捜索中。だから、必ず、必ず見つけ出すよ」

「クソみてェな国だな。前々から思っちゃいたが……」

「その前にまず、レモラは、自分から、アルバートの転移魔法を抜けた。それは、彼の意思。尊重しないと、駄目」

「魔法もなにかと不便だからなァ。座標を合わせたら、合わせた場所にいる人間しか転移出来ねェの。せめて人で指定出来るようになりゃあな」

「確かに不便かもしれないね」


 シャオラスの不満げな声に、アルバートが軽やかに笑った。


「レモラは俺に裏切ることがあるかもしれないと言っていた」

「笑いながら言うことじゃねえだろうが。あんだよ? アタシにもそれを許容しろって?」


 アルバートを見据えたスノーの両目は隠しきれない獰猛さに染まっており、今にも噛み千切られそうだ。

 殺気そのもののような視線を受けた彼は、気にも留めない様子で肩をすくめた。


「許容しろなんて言わないよ。ただ俺も家族を見捨ててまで一緒に来てほしいなんて思ってない。それに、俺は何があっても大切な人を守ろうとするレモラだから仲間にしたんだ」

「詭弁だぜ、旦那」

「レモラにはレモラの大切なものがあるって話だよ。それが無くなれば、君の好きな誠実で真面目なレモラではなくなってしまうかもしれない。それでもいいの?」

「はっ、はぁ!? アタシは別にそんなんじゃねぇし!!!!」

「そう? じゃあそろそろ今後の話をしようか。せっかく皆が揃ってるんだ。お義父さんもいるって事は、なにかしら状況が変わったって事だろうから……」


 アーシャはアルバートの言葉とスノーの反応に目を丸くしながらも、彼が自然に目を向けたアザミに視線を移す。

 背筋を伸ばし、彼女は聞く姿勢を整えた。

 皆の視線が集まったことを確認したアザミが喋り始める。


「魔物と呼ばれる生物が現れたのはすでに聞き及んでいるね?」

「はい。魔法でしか対応できないと」


 彼女が頷けば、アザミは満足そうに微笑む。


「魔物の出どころが分かった。君たちには騎士団から身を潜めながら、調査をお願いしたい」

「もちろん構わないのですが、それは身を隠しながら出来る事なのですか?」


 アーシャの疑問は当然だ。

 騎士団が目を光らせアルバート達を捜索している現状。騎士団の目を掻い潜り、調査をすることは人数が多い分困難だろう。

 今彼らが見つかっていないのは、皇帝でも手出しが困難なウォフ=マナフ家の領地にいるからに他ならない。


「勿論だとも。原因は幾度も繰り返される地震だと推測される」

「アルが召喚されてから、やったら多い地震が原因ねェ? 出来すぎだろォ」

「私もそう思う。仕組まれていた事だと言われた方が納得もいくというものだ。しかし、現に魔物はそこから現れている。今はまだ国民に見つかるような事はないが、時間の問題だろう」

「その場所はどこです?」

「ウォフ領とマナフ領の境にある北の森。その奥地にある洞窟だ」


 ――北の森……。確かに魔の国で魔物を見た時に映し出されていたのも北の森だったわ。


「案内は?」

「あたしが案内人」


 アルバートの疑問にルーナが答える。

 確かにルーナであれば難なく案内が出来るだろう。影にとって、北の森は庭のようなものだ。

 そのうえ、アーシャの体が本調子に戻るまでアザミの指示に従っていたのだから。


「それなら安心ね」

「任せて。あと、確認。アルバート・ミトラ」


 いきなりフルネームで呼ばれたアルバートは気の抜けた顔でルーナを見た。


「英雄になる覚悟は出来た?」


 静けさが食堂を満たす。


 ――騎士団にがここまで執拗に追ってくるという事は、皇帝がそれだけ本気だということ。アルがこれからこの国で暮らし続けるには、日陰の道を歩むか、それこそ反乱軍(レジスタンス)として皇帝を挿げ替えるしか……。


 重たい沈黙が続く。

 息苦しさを感じてしまう空気の中、口を開いたのはアルバートだ。


「それがアーシャと生きる道ならば、喜んで。『英雄』という人柱になろうじゃないか」


 それは並々ならぬ覚悟。

 全てを理解しているかのような目つき。燃え上がる決意の炎は消えることなく藍方石(アウイナイト)のような瞳を彩っている。

 口元には勝利を確信した笑みを(たた)えるアルバート。


 ――英雄たる素質は十分ある。でもそう簡単な道ではないわ。人は正当性を求めるもの。今のままでは正当性に欠ける。アルを皇帝にするための、何かが必要ね。例えば皇族の血を引く伴侶、と……か……。


 この国で唯一皇族の血を引く女性であり、アルバートと年齢も近く恋仲になりうる存在。

 そんな都合の良い存在が、ここにいる。

 アーシャは少し薄ら寒い感覚に囚われながら、頼りない視線でアルバートを見つめるのだった。

Copyright(C)2022-藤烏あや

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