第四話『昇格試験』
アーシャはアルバート達を追うように城門まで来ていた。
門番に通行書を見せ、外へと続く橋を渡る。
久しぶりに出る外の空気に、彼女は思わず伸びをした。
城郭都市の大きな城壁の頂部、歩廊には見張りが徘徊している。
見張りは基本的に第二騎士団が務めており、城郭都市の外から集められた人材ばかりだ。そのせいか、あまり真面目に働いている様子は見られない。
ルーナが残した目印を追えば、すぐに追いついた。
近くの茂みにアーシャは身を隠す。その動きは、しなやかで、流れるように無駄のない動きだった。
彼らは草原で薬草を採取しているようだ。
昇格試験で採取する薬草は珍しくもない、ただの薬草で、草原のどこにでも群生している。
カルミアは見張り役に徹しているようで、ルーナとアルバートが片膝をつき薬草を採取していた。
「さっきから気になってたんだけど、あの等間隔に並んでる建造物はなんだ?」
アルバートがカルミア達に問う。
彼の視界の先には、平原であろうが町であろうが関係なく等間隔で建っている塔があった。
彼が不思議に思うのも無理はない。魔法の使える世界ではきっと必要のない物だ。
「あれは、早馬の代わり」
「簡単に言えば、騎士が使う伝達塔だな。攻城兵器弩砲を使って情報伝達を行うらしい」
「攻城兵器弩砲を使って……?」
アルバートが少し困惑した様子を見せる。本来の用途とは別の使い方をしていたらその様な顔にもなるだろう。だが、早馬よりも早く、正確に情報を伝達できるのが強みなのだ。
「矢に文を付けて、塔から塔へ放つんだよ。あ、ほらあそこ」
カルミアが指を指した方向に目をやれば、丁度、攻城兵器弩砲が稼働しているところだ。
かなり離れた森の中にある塔から、帝都に一番近い塔に向けて矢が放たれた。矢は塔に刺さるわけでもなく、減速して塔の上へと落ちた。
「角度と速度を計算して威力を殺しているのか」
「そう。だから、賊が帝国のどこに居ても、すぐに見つかる」
ルーナの言葉に納得したアルバートが採取を続けようと顔を下に向けたが、
「おい。あれ、やばくないか?」
カルミアが顔を引き攣らせ声を上げた事で、それは叶わなかった。
アルバートとルーナは採取を中断して立ち上がる。
そして彼の目線を追えば、遠くてあまりはっきりとは見えないが、森の奥から小さな二つの豆粒――冒険者であろう人影が――何かから逃げるように城郭都市へと向かっているのが分かった。
しかも、少しずつ大きくなるその豆粒は、あろうことか魔獣達を引き連れて来ていた。
その魔獣は遠くからも姿がはっきりと分かるほど大きく、自由に空を飛び回る、猛禽類のような見た目をしている。
魔獣の群れが、逃げ惑う冒険者達をあざ笑うかのように、彼らの近くを滑空しては元の高度まで戻るという行動を繰り返し行っていた。
完全に獲物として見下されている。
「……逃げたほうがいい。あたし達も巻き込まれる」
「そうだな。あいつらには悪いが命は大事だ。逃げるぞ」
ルーナとカルミアは早々に見切りをつけ、その場を離れようとする。
彼女らの判断は正しく、魔獣の群れ、しかも鳥型となれば、その討伐はS級だ。
S級といっても、難易度は細分化されており、その中でも最上位のランクとなる。
アルバート達が敵う相手ではない。
「もしあの魔獣を倒せれば、こんな面倒な昇格試験はもう受けなくて済むよな」
アルバートは自分が死ぬことは無いと言わんばかりの強気な口調で言い切った。
その顔には笑みすら浮かんでいた。まるで、この状況を楽しんでいるかのように。
「は? いや、確かに倒せりゃいいけどよ……。あの数の魔獣を相手に三人で戦うって言うのかよ。無茶だ。いや無謀すぎてへそで茶が沸くぜ!」
「言うが易し行うは難し。って知ってる?」
二人に反対されるもアルバートは意思を変える気はないらしく、戦闘がしやすいよう、荷物を地面に置いた。
茂みに身を隠しているアーシャも彼のその行動は理解しがたく、眉間にシワを寄せてしまう。
どうやら彼は死に急ぎたいらしい。
逃げる素振りの見せない彼に、カルミアは自らの髪を右手でワシャワシャと掻き乱し、大きなため息をついた。
「わかった。しゃあねェ、手伝うさ。旅は道連れ世は情けだしな! オレが死んだら故郷の妹によろしく言っといてくれ」
彼がアルバートの背中を叩き、豪快に笑う。
「カルミア、ありがとう。ルーナ、お前は戻ってもい――
「あたしも残る」
食い気味な彼女の言葉に、アルバートは少し目を見開いた。
ルーナが逃げると思っていたのだろう。彼女はこんなことで仕事を投げ出したりはしない。
彼はありがとうと言って、少し後ろを気にした様子を見せたが、アーシャの気のせいだったようで、彼はすぐに魔獣へと視線を戻していた。
三人の意思が確認できたところで、逃げ惑っていた冒険者たちが彼らに気がついた。逃げろと叫んでいるが、彼らは踵を返さない。
そのうちに冒険者達で遊んでいた魔獣の群れが、新たな獲物を捕捉した。
魔獣の群れは共鳴するかのように、鼓膜を切り裂くような甲高い音で鳴き始める。
それと同時に、空気を裂くような閃光が空中で弾けた。
乾いた衝撃音が響く。
音の発生源であるアルバートに、そんな場合ではないと頭では理解しているが、目を向けてしまう。
それは皆同じだったようで、開いた口を隠そうともせずに彼を見つめていた。
今度は数回、重い音が響いた。
緑したたる大地に似つかわしくない死骸が、雨粒のように落ちては波紋を広げた。
その衝撃は凄まじく、地面もが揺れる。
彼は、目にも留まらぬ速さでリボルバーのシリンダーに新たな弾を装填する。その動きは並の冒険者の動きではなく、玄人のそれだ。
「俺だけでやっていいのか?」
そう横目に声をかけられて、カルミア達は我に返った。
あまりにも予想していなかった武器の登場に思考が停止していたようだ。本来であれば命取りである行動も、彼の手腕のおかげで傷一つない。
「銃と閃光弾を持ってるなら言えよ! この数相手に近接で戦わなきゃいけねェかと思っただろ!?」
彼の叫びはもっともだ。
近接武器しか持っていないパーティーでは、空を支配する魔獣には到底敵わないだろう。誰かが囮となって引きつけるなら別だが、囮は死ぬ可能性が高い。
だが、遠距離武器があるなら話は変わる。もちろん、弓のような発射に時間がかかり威力もあまりないような物でないことが前提条件だが。
ルーナの恨みがましい視線を浴びたアーシャも、カルミアと同じようなことを思った。
――銃があるなんて知らない。
その一言に尽きる。
事実、この数週間アーシャは一度も銃の存在を目にしなかった。しかも、簡単に懐に隠しておける手のひらサイズの銃ではなく、比較的大きいサイズの銃だ。それを懐から取り出したのだから、理解ができない。
隠密の目をも掻い潜る彼は一体、何者なのであろうか。
ルーナがくないを飛ばし、魔獣の羽を傷つけ、羽を痛め飛べずに落ちてきた魔獣を、カルミアが刀で止めを刺す。
簡単な即席のコンビネーションで、彼女らは魔獣を追撃した。
その様子を横目で見ていたアルバートが九発目の弾を撃ち、弾の補充をしたのをアーシャが確認し、少しの違和感を覚えた時、背後から風を感じた。
見れば、群れから離れた一羽が不躾にもアーシャの背後を飛び回っている。
――これじゃ隠れている意味がないじゃない。
アーシャは顔をしかめ、一言「邪魔」と呟いて少し後ろを振り返り、袖下に隠し持っていたナイフを魔獣に向かって投げつけた。
彼女はそれっきり後ろを振り返らなかったが、魔獣が彼女を襲うことはなかった。
時間にして十分程度だろう。
あれほど風を吹かせていた鳥たちは、もう一羽も飛んでいない。
それもそのはずで、魔獣は皆、地に落ち、屍を晒しているからだ。
魔獣の群れに追われていた冒険者達は、アルバート達になぜこのような事態になってしまったのか説明をしていた。
彼らはS級の昇格試験に挑んでいた若手の四人組パーティーだった。
試験官であるS級冒険者に連れられて、森の深部に入り、イノシシの魔獣の討伐をしていたらしい。
その試験の最中に、なぜか産卵期でいないはずの猛禽類がおり、魔獣化していた。不意をつかれたS級冒険者は十センチ以上ある鉤爪で簡単に持ち上げられ、森の深部にある谷へと落とされ、死亡。
それを見て思わず逃げてしまったが、逃げ遅れた二人の仲間はイノシシの魔獣に踏み潰され帰らぬ人となったらしい。
遺体もそのままに逃げ帰って来たが、執拗に追いかけてくる魔獣の群れに、もう日の目を拝めないと諦めたところに、アルバート達を見つけたそうだ。
「本当に、なんてお礼を言ったらいいか……。ありがとう。ありがとう」
どこから出た水分なのか分からないぐらいにグチャグチャな顔でお礼を言う冒険者二人に、アルバートは苦笑いをしている。体は後ろに引き気味だ。
「いいんですよ。亡くなった方々のプレートを回収して来ましょうか」
そう簡単に言う彼は「待っていて下さい」と言って、一人で森へと駆け出した。
アルバートの後を追ったのはアーシャだけだった。
後を追うといっても、茂みから茂みへと姿を晒さぬよう遠回りでの追跡となってしまったため、彼との距離はすぐには縮まらなかった。
だが、森に入ってしまえばカルミア達の視線を気にする事もなくなり、アーシャは木々を伝ってアルバートに追いつく事が出来た。
彼はアーシャが尾行していることに気づいていないのか、魔法と思われる刃のような風の攻撃を乱射して、気がつけば、いとも簡単にイノシシの魔獣を仕留めてしまっていた。
目にも留まらぬ早業とはこのことだろう。
アルバートはイノシシの大きな牙を風の魔法で切り落とし、俵のように担いだ。
木漏れ日が彼を照らす。
息のない魔獣に向かって浮かべた彼の不敵な笑みに、アーシャは不覚にも目を奪われた。
その光景は、息を飲むほどに美しく、目も、魂でさえも、惹きつけられそうになるほどであった。
少し惚けてしまったアーシャだったが、すぐに立て直しアルバートを探せば、意外にも彼はすぐ近くにいた。亡くなった冒険者のプレートを回収していたらしい。
アーシャが彼に追いつき、視界に捕らえた瞬間に彼は走り出した。それもイノシシの牙を抱えたまま。
彼は走るスピードすら変えられるらしく、アーシャは着いていくのがやっとだ。
アルバートが冒険者の名前の入ったプレートとイノシシの牙を抱えて戻ったのは、森へ向かってから、約五分程度しか経っていなかったらしい。
待ちぼうけを食らったカルミア達が、信じられないと言わんばかりの目を彼に向けていた。
そしてアルバートの功績は、一夜も立たずに広まった。
“E級の冒険者、S級に飛び級”
といった見出しの新聞が出回ったぐらいだ。今じゃちょっとした街の有名人になっている。
彼は魔法を使えることを隠しているのか、カルミア達の前では使わなかった。
そのため、新聞にもメインの武器は銃だと書かれており、彼は思惑通り、そう思わせることに成功している。
彼は意外にも策士で、より一層、警戒が必要そうだ。
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