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第五十話『一時の休息』

 夕焼けが最後の一滴を街へ落とし、ゆっくりと暗がりに飲み込まれていく。

 そろそろ夜の香りが近づいてくる時間だ。

 武具屋で武器を受け取ったアーシャ達は、閉店した武具屋の前でウルスラグナの官僚であろう双子からもらった一枚の紙に頭を悩ませていた。


「罠ではないと思うんだけど、怪しさ満載だよな」


 アルバートが苦笑気味に呟く。


「双子の官僚といえば、超優秀な王サマの側近だろ?」

「スノーさん、知っているんですか?」


 レモラの言葉に、彼女は胸を張って頷いた。


「あったりまえだろ! なんたってこの国じゃ知らない人間はいないほどの有名人だぜ」

「まァこの宿、今日から使えるっぽいし行ってみるのもアリじゃねェ?」

「最近、野宿ばっか……せっかくの主の美貌が、霞んでる」

「別に私は気にしてないわ」

「よくない」


 シャオラスとルーナの提言もあり、アルバートも行く気になったようだ。


「じゃあ、転移魔法で宿まで飛ぶから動かないでね」


 瞬きをする間に景色が変わった。

 辺り一面に広がる緑。

 そして、視界の先には大きな建物がそびえ立つ。

 その建物は木造りで辺りの森林に溶け込んでいおり、よく観察しなければ通り過ぎてしまうだろう。

 転移魔法という、行き先を決めることの出来る便利な魔法がなければ、この建物を見つけられなかったに違いない。


 初めての感覚に驚いたのかスノーが「すっっげぇ!!」とはしゃぎだし、それをレモラが諌める。


「落ち着いて下さい。スノーさん。あ、ちょっと!!」


 彼の言葉に耳を貸さないスノーが我先にと建物の入口へと走り出す。

 彼女を追ってレモラも走り出し、残されたアーシャ達は顔を見合わせた。


「好き放題だなァ。羨ましいぜ」

「欲望のままに、生きてるって感じ」

「スノーの事はレモラに任せて、俺達も行こうか」

「そうね」


 アーシャ達もスノーとレモラに続き、建物内へと足を踏み入れた。


「ようこそ、いらっしゃいました」


 建物の中へと入った瞬間に、魔服を来た女中達が一斉に頭を垂れた。

 一糸乱れぬ動きにアーシャとルーナは頷き、シャオラスやアルバートは目を見開いて驚くという、三者三様の反応を示した。


「アルバート・ミトラ様御一行ですね。お連れ様は一足先にお部屋へとご案内させて頂きました」

「え、あぁ」


 目の前で大勢が頭を垂れるという衝撃から返って来られないのか、アルバートは生返事しか出来ないようだ。

 魔の国特有の文化に従って一足先にアーシャは靴を脱いだ。

 小上がりになっているエントランスホールに足を踏み入れ、用意された履物を履く。


「長旅でお疲れでしょう? 早速お部屋にご案内させて頂きます。アルバート・ミトラ様御一行が泊まられる間は貸切とさせて頂いておりますゆえ、ごゆるりとお寛ぎ下さい。当旅館には自慢の美肌効果のある温泉もございますので、堪能して頂けると幸いです」

「えぇ、ありがとう」

「もったいないお言葉です」


 一人の女中が案内をしようと先頭に立つ。

 しかし、女中の後ろにはアーシャとルーナしかいない。


「……何してるの?」


 アーシャは少し振り返り、ぽかんとアーシャを見つめていたアルバートとシャオラスに言葉を投げかける。


「え、いや、やっぱりお嬢様なんだなって、関心してた」


 彼女の声に現実へと引き戻されたアルバートが照れくさそうに笑う。

 同じく我に返ったシャオラスは早々に履物に履き替え、エントランスホールへと上がった。


「よくよく考えりゃあ慣れてるわな。お嬢様だもんな」

「いつもはお嬢様らしくないと言いたいの?」


 じっとりとした目でシャオラスを睨んだアーシャだったが、靴を履き替えたアルバートに腰を抱かれ驚きに固まった。


「俺はどんなアーシャも好きだよ」

「……それって遠回しにお嬢様に見えないって言っているようなものじゃない」

「主、落ち着いて。お嬢様らしくなくても、主はお嬢様ですよ」

「フォローになってないわ」


 アーシャはわざとらしくため息をついて、空気と化している女中に声をかけた。


「待たせたわね。案内してちょうだい」

「かしこまりました」


 頭を下げた女中が姿勢を戻して歩き出す。

 アーシャ達もそれに続いた。




 女中に案内されたのは向かい合わせになった二つの部屋だ。


「右手のお部屋が梅の間。左手が桃の間となっております」

「男女別の部屋か。ありがたい」


 本来の調子を取り戻したアルバートが頷く。


「すでにお連れ様が入室しております。梅の間にはレモラ様が。桃の間にはスノー様がおいでです」

「そうか。ありがとう」

「それではごゆるりとお寛ぎ下さい」


 そう言って女中が下がる。

 女中が見えなくなったところで、ルーナが口を開いた。


「温泉行こう」

「そうね。早く入りたいわ」


 アーシャも彼女の提案に頷く。


「なら、荷物を置いてすぐ行こうぜ! な、アル!」

「そうだな」

「じゃあ早速、用意して風呂行くか!」

「ん。また後で」

「あァ、また後でな!」


 そうしてアーシャとルーナは桃の間に、アルバートとシャオラスは梅の間に別れ、部屋に入った。

 まずはじめに足を踏み入れたアーシャ達を歓迎したのは、い草の独特な香りだ。

 帝国では見ることの出来ない光景にアーシャは圧巻され言葉も出ない。


「遅かったじゃねぇかよ」


 スノーの悪態に我に返ったアーシャは、すでに人数分用意されている布団や、木製のどっしりとしたローテーブルを何事もなかったかのように一瞥し、荷物を置いた。


「私達これから温泉に行くのだけれど、貴女も来る?」

「どういう風の吹き回しかしれねぇけど、アタシも行こうと思ってたところだ。付き合うぜ」


 スノーの了承を得て、アーシャ達は温泉へと赴くのだった。






 温泉に入ることにしたアーシャ達は、足早に女湯へと辿り着いた。

 久しぶりの風呂に心躍らせたアーシャは、見事な早業で服を脱ぐと温泉の洗い場へと移動した。

 湯気が立ち上り、独特の匂いが彼女達を包む。

 初めて見るアーシャの浮かれた姿に、ルーナとスノーは呆気にとられている。


「主。そんなに慌てなくても、お風呂は逃げない」

「久しぶりの湯船なのよ? ゆっくりと堪能しないと」

「まったく……」

「お嬢サマにも子供ぽいとこもあんだな」

「あら、いいじゃない」


 声を弾ませて会話をしつつ、洗い場で念入りに身体を洗い流す。

 アーシャはルーナに髪を洗ってもらい、洗い終えると露天風呂へと足を進めた。

 その際に髪を頭の上で纏めることも忘れない。


「やっぱりお風呂は良いものね」


 一足先に湯船に身体を沈めたアーシャが呟く。


「温泉があって、良かった」

「同感。いい湯だな」


 身体を清めたルーナとスノーも湯船に浸かり、アーシャの言葉に頷いた。

 思いっきり身体を伸ばし、アーシャは野宿で凝り固まった筋肉をほぐす。

 野天に広がる温泉は、首を上げるとキラキラと自己主張をする星がよく見えた。


「綺麗」


 雲ひとつない夜空に広がる星々の大海原。

 その幻想的な光景に、アーシャの口から感嘆の音が漏れる。


「平和すぎて、感覚が鈍ってしまいそうだわ」

「確かに」


 アルビオン帝国にいた時には感じたことのない安寧。

 魔の国こそが、アーシャ達の目指す平和な国というものなのだろうか。


「いい国だろ、ウルスラグナは」


 スノーが勝ち誇った顔で胸を張ると、豊満な乳房が大きく揺れる。

 揺れた胸元と自身の胸元を見比べたルーナが恨みがましそうな視線をスノーに向けた。


「なんだぁ? こんな(もん)あっても邪魔なだけだぜ? なぁお嬢サマ」

「そうね。激しく動きすぎると千切れそうになるから、サラシを巻かないといけないもの。着替えに時間を食うから面倒なだけよ?」

「……巨乳は皆、そう言う」


 不服そうなルーナの声に被さるように、隣の男湯から竹垣(たけがき)越しに声が飛んでくる。


「女は胸が全てじゃねェぞ!!」

「ちょっ、シャオラスさん!? デリカシーがないにもほどがあるでしょう!?」

「シャオラス、流石にそれはどうかと思うぞ……」


 隣が男湯だと知らなかったアーシャは彼らの声に目を泳がせた。

 そして慌てて夜風に晒された肩を湯船に沈める。


「お? なんだぁ? 旦那達もいたのか! この際一緒に入っちまうか?」

「ちょっと!? 何を言い出すの!?」

「はぁ? 減るもんじゃねえし、ちょっとぐらい良いだろうが」

「良くないわよ!!」


 スノーの素っ頓狂な提案にアーシャは目を剥いて否定する。


「アーシャ。そんな必死に否定しなくても、混浴をするつもりはないから安心していいよ」

「もう知らない!」


 たまらず湯船から飛び出したアーシャは目にも留まらぬ速さで脱衣所に戻って行った。


「あーあ、恥ずかしがらせるから」

「んだよ、面倒くせぇなお嬢サマは」

「元はと言えばスノーさんのせいですけどね」

「……フォローしてくる」

「おォー、いってら」


 アルバートとアーシャがいなくなった湯船で、残されたシャオラス達が悪巧みを始めたのは言うまでもないだろう。




 ◇◆◇




 まだ明けきらない白色の夜明けが闇を溶かし始める頃。


 いつもの癖で早くに目が覚めたアーシャは、前夜に堪能出来なかった温泉に来ていた。

 少し寝ぼけた頭で脱衣所で用意されていた夜着を脱ぎ、洗い場へと向かう。

 そこで身を清めたアーシャはいそいそと露天風呂へと足を進め、湯気の立ち上る湯船へ身を沈めた。

 気持ちよさに目を細め、息を吐く。

 昨夜と同じように全身を解すため大きく伸びをして、はたと気がついた。


 ──人の気配……? こんな朝早くに?


 息を潜める気配を感じて、アーシャは警戒態勢に入る。


 ──こんな所を狙うなんて、無粋な暗殺者ね。


 音を立てないようゆっくりと立ち上がり、髪を一つに纏めている簪を取った。

 支えの無くなった長い髪が一瞬散るように踊って肩に流れる。

 髪の先端が湯に浸かって四方に広がり揺らぐ。


「そこにいるのは分かっているわ。出てきなさい」


 やはりと言うべきか、返事はない。

 そのかわりに息を呑む音が聞こえた。


「来ないなら、こっちから行くわよ」


 湯気で見えないと判断したのだろう。

 不用心にも後ずさる人影が見えた瞬間、アーシャはそれに飛びかかった。

Copyright(C)2022-藤烏あや

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