第四十九話『戯れ』
強い人? と顔を見合わせ首を傾げた一瞬の隙。
アーシャとアルバートはその隙に腰掛けるベンチごと子供達に囲まれてしまった。
「ねぇねぇ!! どうやったらお兄ちゃんみたいに魔法使えるようになるの!?」
「初級魔法でどうやったらあんな事出来るの!?」
「あっ! こっちのおねぇちゃんも守人だぁ!! ねぇねぇ! おねぇちゃんもすごい魔法使えるの!?」
口々に喋りだしてしまえばその勢いは収まる気配はなく、質問であるはずの言葉は弾丸のように一方通行だ。
困った顔のまま愛想笑いを浮かべたアルバートが口を開く。
「そんな一度に喋られてもお兄さん困っちゃうな。一度に喋らなくても、ちゃんと答えてあげるから一人ずつ質問して? ね?」
「はぁい!」
元気よく答える子供達にアーシャは胸を撫で下ろした。
アルバートは彼女の腰を抱いて、子供達に「最初の質問はなんだ?」と問いかける。
――腰を抱く必要はあるのかしら……?
思考を別のところへ飛ばすアーシャをよそに、はいっと元気よく手を上げた女の子が質問を投げかけてきた。
「じゃあねじゃあね、お兄ちゃんはどうして強いの?」
純粋な疑問。
抽象的だが、なかなか答えにくい質問だ。
アルバートもそう感じたのか眉を下げて考え込む素振りを見せた。
しかし、答えはすでに決まっていたのか曇りない笑顔で言葉を紡ぐ。
「大切な人を守るため、かな」
彼の答えに満足いかなかったのか、質問を投げかけてきた小さな子供は不満げに次の質問を繰り出す。
「おねぇちゃんが強い人の大切な人?」
「うん。そうだよ」
――大切な人。アルの大切な人にはシャオラス達も含まれるでしょうね。
その言葉の特別感に浸る間もなくあっさりと肯定された。
アーシャが頬を染める暇もなく、次の質問が飛んでくる。
「どうやったら初級魔法であんな事出来るの?」
「簡単に言うと、魔法をかけ合わせて使ったんだ」
「えー?」
分からないと口々に騒ぐ子供達。
黙り込んだアルバートはチェスで行き詰まったかのように腕組みをし、綺麗に整えられた眉を八の字に寄せて考え込んでいた。
小さな子供達にも理解できる説明はなかなかに難しい。
「そうだなぁ。みんなは複数の属性の魔法を同時に使う事が出来るかな?」
しばらく考え込んでいたアルバートが子供達に質問を投げかける。
「そんな高等技能を使えるのは一握りの人間だけだぜ、兄ちゃん」
子供達の中でも一番年長だと思われる男の子が呆れた口調で言い放った。
「そっか。でもそれが出来たら将来有望だろ?」
「そりゃあそうだろ。エリート中のエリートで、憧れだ」
「だからアルにコツを聞きに来たのね。勉強熱心だわ」
よしよしと男の子の頭をアーシャが撫でれば、顔を真っ赤にして手を振り払われてしまった。
「ガキ扱いすんなよ!! これでも魔法塾では一番優秀なんだ!!」
――魔法の扱いが優秀な事と子供な事とは関係ないと思うのだけれど……?
そう言って男の子は自身の手首に付けている黒色のデバイスを見せつけ、守人だとアピールする。
しかし、その行動と言葉の意図を理解できないアーシャは困った顔で首を傾げしかない。
彼女とは反対にアルバートは意味が理解出来ているのか、綺麗な顔が苦虫を潰したかのように歪んでいる。
「魔法技能が優秀であればあるほど大人に近づくんだよ」
「そういう事。だからおれはもう一人前の大人と言ってもいいんだぜ!」
「そうなのね」
――魔法が国を支えているからこその考えね。魔法が使えない帝国で生まれ育った私には分からない感覚だわ。
淑女教育では習わない文化の違い。
魔法が使える国ならではの感覚はそう簡単に理解出来るものではないが、尊重すべきだと、彼女は簡潔な返答に留めた。
「なぁ、姉ちゃんは結婚してないんだよな?」
「まぁそうね。まだ既婚者ではないわ」
「じゃあおれと結婚してくれよ!」
「……え?」
「綺麗で可愛くて守人だなんて、憧れだろ!!」
唐突なプロポーズに固まってしまうアーシャだったが、次に続いた言葉に闇夜に灯火を得た思いになり、思わず笑顔になる。
――大人ぶってはいるけど、年上の女性に好意を抱く子供ね。
アーシャが言葉を発する前に、アルバートが自身の膝の上へと彼女を攫う。
「残念だけど彼女は俺のだから駄目」
警戒している相手の不意をつくより簡単に膝の上へと乗せられるが、その行為に慣れきってしまったアーシャは、慌てることなくアルバートの顔を見上げる。
そんな顔色一つ変えないアーシャにアルバートは不満げな顔を見せた。
しかしそれもそのはずで、彼は唐突で過剰なスキンシップを彼女の羞恥心という感情を麻痺させるほど行っているからだ。
「よくある大人の女性への憧れでしょう? 気にする必要はないわ」
「君は何も分かってない」
後ろから痛いほど抱きしめられ、首筋に顔を埋められる。
彼の行動にアーシャは戸惑いを隠せない。
彼の言葉の意味も一割も理解出来ず、考えれば考えるほど泥沼に沈んでいきそうだ。
「ウルスラグナは、アーシャが思っている以上に魔法至上主義だよ」
「そうだぜ、姉ちゃん。いくら自由恋愛が主流でも、守人には当てはまらない事もあるんだ」
「……どういう事?」
「婚約者のいない守人には、国から婚約者があてがわれる事があるって事だよ。勿論、婚約者として登録されるのは同じ守人だよ」
「どういう意図があってそんな事を……?」
子供の戯言から何故そのような話に飛躍するのか分からないアーシャは彼らの話について行けない。
――自由恋愛が主流なのに守人にだけ何故そんな事をするのかしら?
持ち前の優秀と名高い頭で思考を巡らせるも、答えは闇の中だ。
「流石に分からないよね。理由は簡単。人口を減らさないためだよ。守人はその役割故に高給取りで裕福層なんだ」
「ええ、そうでしょうね」
魔法が全てであるのならば、待遇の良い職場に就職するために必要なのは魔法技能という事になる。
「昔、その制度がなかった時代に子どもが全然増えない時期があったんだって。それで子供を増やすために出来たって授業で習った」
男の子がふてくされた顔で呟く。
自身のプロポーズを蔑ろにされているのだから当たり前だろう。
「この子の言う通りだよ。詳細は省くけど、その制度を成立させた時代の偉い人達は優秀な人材をたくさん確保したかったんだろうね。だから、子供が途絶えないような制度を作った」
「……家が途絶えないようにする貴族と同じなのね」
アルバートは何故ウルスラグナの内情に詳しいのだろうか。
何度目かの違和感を覚えつつもアーシャが返事をすれば、よく出来ましたと言わんばかりの顔で頭を撫でられる。
「そういう事。でも俺達は一時入国しているに過ぎないから、この制度自体意味を成さないんだけどね」
「はぁ!? それを先に言ってくれよ!!」
「確認しないで俺の彼女を口説こうとしたのは君だろ?」
「牽制ばっかだな、兄ちゃんは。自分の手元に抱え込まないと安心できないような器の狭い男のくせに」
バチバチと彼らの間に火花が散る。
不可抗力で板挟みになったアーシャだったが、アルバートの初めて見せる子供っぽい一面に小さな笑い声が漏れてしまった。
途端に彼らからジト目を向けられてしまう。
しかし、アーシャの顔からは笑みが離れない。
「いつも余裕な顔しているのに……」
「それはそれ、これはこれ」
「意味が分からないわ」
「アーシャは自分の魅力をもっと自覚した方がいい」
「そうかしら? 私は自分が人並み以上に整った顔立ちをしている事も、男性が喜ぶ体つきな事も自覚しているわよ」
「自覚が足りない」
アルバートがアーシャの頬へ口づけを落とす。
虚を突かれた彼女は一瞬何が起こったのか理解出来ず固まったが、理解が及んだ途端、顔を赤く染めた。
抱きしめられたり、腰を抱かれたりするスキンシップには慣れたアーシャだったが、口づけに関しては何度されても慣れることはなかった。
「ああ、もう! 目の前でイチャイチャすんなよ!! 恋仲の二人の間に入ろうとしたおれが無粋だったのは分かったからさぁ!! ゲロ甘すぎ!!!」
うげぇと舌を出した男の子は「もう行こうぜ」と周りの子供達を引き連れて近くの建物へと走って行ってしまう。
子供達の元気な様子を眺めていると、ぴくりとアルバートの眉が動いた。
次の瞬間。
目の前に現れた白と黒。
違いは真っ黒な長い髪と真っ白な長い髪だけの同じ顔が二人。
「アルバート様。ウォフ=マナフ家ご令嬢アーシャ様ですね?」
「首都ブロッサムにて、王がお待ちです」
「宿もこちらで手配させて頂きました。勿論、お連れ様もご一緒に」
「謁見は明後日となっております」
「お召し物もこちらで手配済みですので、こちらの宿まで飛んで下さい」
「それでは」
「これにて失礼」
口を挟む暇もなく黒と白の同じ顔は一瞬にして消えた。
一枚の紙切れだけを残して。
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