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第四十八話『武具屋にて』

 アルバートが闘技場で優勝をもぎ取った日から早五日。

 アーシャ達は衣服や装備を買い揃えるため武具屋を訪れる事にした。

 武具屋の扉を開けば、登る朝日を受けて鋼ひとつひとつにきらめき渡り、後光のようにまばゆい光を投げかける。

 アーシャはその輝きに少しだけ目を細めた。


「いらっしゃい」


 一目で職人と分かる風貌の店主が形だけの歓迎を口にした。


「少し見させてもらうね」

「あぁ」


 アルバートが店内を見回る許可を取ると、シャオラスやレモラ、ルーナは思い思いの武器へと吸い寄せられていく。

 スノーだけはつまらなさそうにレモラの後ろをついて行っていたが。


 ──職人の腕がいいのね。


 好奇心をくすぐられたアーシャも彼らと同じように店内を回ろうとするが、アルバートに手を取られ一緒に回ることになった。

 しばらく見て回っていると、スノーが唐突に声をかけてきた。


「旦那には武器なんて必要ないだろ?」


 スノーの言う通り、魔法闘技場で竜族に勝つほどの実力者に武器は必要ないだろう。

 刃渡り七〇cmの刀を手に取って観察していたアルバートはその言葉に苦笑いで答えた。


「攻撃の手段はなるべく多い方がいい。帯刀していれば、相手は勝手に剣士だと勘違いしてくれるからね」

「ふぅん? まっアタシには関係ねぇ話だけどな! どんな奴も戦斧で真っ二つだしよ」

「貴女は攻撃が単調なのよ。慣れてしまえばどうにでもなるわ」


 帝国では製造する事が不可能な素材の短刀をもの珍しげに見ながらアーシャがボソリと呟く。

 売り言葉に買い言葉。

 スノーが青筋を立てて反論を口に出す。


「あんだと? お嬢サマは防戦一方だったじゃねぇか、笑わせんな」

「アルが妨害しなければ、勝っていたのは私よ」


 憤るスノーを横目にアーシャは薄っすらと笑みを浮かべた。

 再び口を開こうとしたスノーよりも先にシャオラスが呆れ顔で口を開いた。


「二人とも飽きねェな。そもそも、アーシャちゃんとスノーちゃんとでは戦闘スタイルが違うだろ? 一概にどっちが強いなんて測れねェよ」

「主は、負けず嫌いなだけ。もう少し、素直になれば、いいのに」

「スノーさんも、毎日毎日アーシャさんに突っかかって楽しいですか?」

「アタシは楽しいねぇ。お嬢サマの反応も面白えし」

「もしかしなくても、遊ばれてたって事よね」


 スノーのにやにやとした視線とシャオラス達からの生暖かい視線を浴びたアーシャは少しむくれた顔でそっぽを向いた。

 そんな彼女をアルバートが放っておくわけもなく、武器を置いた彼が彼女の肩を抱く。


「アーシャ。ねぇ、これはどう?」


 アルバートが空いている手に取ったのは小ぶりの短刀だ。

 今彼女が使ってる短刀も魔の国製であり、まだまだ現役として使えるが、武具屋へと訪れてみると新しい得物も欲しくなるのだから不思議なものだ。

 気難しそうな店主へと視線を向け、アーシャはゆったりと微笑む。


「今持ってる物を鍛えてもらう事は出来るのかしら?」

「ん? あぁもちろん出来るぜ。魔獣の素材からでも、鉱石からでも、なんだって使える」

「すごいのね。じゃあこれを……」


 帯刀していた短刀をカウンターへと差し出したアーシャにルーナが驚きの声を上げた。


「主自ら、得物を手放すなんて……」

「そんなに驚く事ですか? メンテナンスをする時ぐらいは普通手放すでしょう?」

「レモラは知らなくても仕方がないよな。オレらみたいな生業をしてっと、そう易々と得物は手放せねェのよ」


 同意を求めるシャオラスの視線に、返答に困ったアーシャは眉を下げる事しか出来ない。 


 ──暗器はたくさん仕込んでいるから、短刀が手元に無くても困らない……って言うべきかしら……?


 彼女が口を開くか悩んでいれば、肩を抱いていた手が腰へと下がり、気付いた時にはもう遅く、魔服の腰帯に隠し持っていたナイフを数枚かすめ取られていた。


「あっ、ちょっと!」

「思っていたよりも小振りなんだね。仕込み武器って」

「おォ? そんな場所に武器を隠すとか危ねえな。身体傷つけても文句言えねェぞ?」


 感心されるどころか身体を傷つける可能性を心配されてしまい、アーシャはなんとも言えない顔でシャオラスを見つめる。

 そんな彼女をよそにアルバートは彼女から取り上げたナイフをカウンターに置いた。


「この際持ってる武器全部メンテナンスしてもらったらどうかな? 幸い資金は潤沢だし」


 魔法闘技場で優勝したアルバートは多額の賞金を受け取っており、資金面での心配は必要なくなった。

 アーシャは彼が勝ち取った賞金を使う事に忍びなさを感じるが、彼曰く「こんなにあっても使い切れないから」だそうだ。

 彼の善意に甘え、彼女は持っている武器を一つずつカウンターへと置いていく。


「……これで全部ね」


 アーシャがそう呟いた頃には、カウンターに小さな武器の山が出来上がっていた。

 最初は気乗りしなさげな目を向けていた店主も、武器が増えていく様子には堪えられなかったのか最後には身を乗り出して見るまでになっていた。

 満面の笑みを湛える店主とは反対に顔が引きつっているシャオラスとレモラ。


「どんだけ隠し持ってんだよ。フツーに引くわ」

「暗殺業ってそんなに武器必要なんですか?」

「いや、いらねェだろ」

「……あたしもこんなには持ってない」

「なぁお嬢サマ、仕込み靴は出さねぇのかよ?」

「まだあんのかよ!? すげェな!?」


 各々が口々に言いたい放題喋る中、アーシャは大きなため息をついてカウンター近くの丸椅子へと腰掛けた。

 そしておもむろにブーツを脱ぎカウンターへ置いて足を組む。


「私はあなた達みたいに身長がないから、手数を増やすしか出来ないのよ。ルーナにすら腕力は劣るんだもの」

「手数を増やすつってもコレはやりすぎじゃねェ?」

「別に全部使うわけじゃないわ。念の為よ」


 どうあがいても男の力には敵わない。同業同士の衝突で生き残るための手段だ。


「言い合いはここまでにして、これ全部メンテナンスするとなるとそれなりに時間は必要ですよね?」


 アルバートがにこやかに店主へと質問を投げかければ「昼過ぎには終わる」と意外な答えが返ってきた。


「じゃあ、これと……そこのランスと、あ、あとこの脇差を四(ふり)貰うよ。この鉱石使って加工して欲しい」


 アルバートはそう言いながらカウンターの隅に大きな孔雀緑(くじゃくみどり)色の水晶を出現させる。

 魔法収納(マジックポケット)の応用なのだろう。


「さすが優勝者だな」


 店主が感心したように呟く。

 それもそのはずで、魔法だけでなく彼が指定した武器はこの店で出来の良い一品ばかりだ。

 素人なら彼の指定した物ではなく、その隣に陳列されているパッと見凄そうな武器を購入するだろう。

 店主は一瞬だけ目を見開いたが何事もなかったかのように、無表情に戻った。


「こんなデカいのは久しぶりに見るな。極めて魔伝導性の高い鉱石だが、全部使っていいのか?」

「全部使ってもらって構わないよ。購入する全ての武器に付与してもらえるかな?」

「そりゃあこれだけあれば出来るさ。夕方にまた来てくれるか? それまでには仕上げとく」

「わかった。ありがとう。あ、アーシャこれ履いて」


 新たな靴を魔法収納(マジックポケット)から取り出したアルバートがアーシャの目の前に跪き、組んだ足を優しく取り靴を履かせ始めた。

 彼女は突然の事で理解が追いつかずされるがままになっている。


「はい。それじゃあ行こうか」


 習熟した動作で彼に手を取られ、店の外まで連れ出された。

 その後を追って店から出てくるシャオラス達。

 朝一番に武具屋へとやって来たはずだが、時はすでにあと数刻もすれば日が昇り切ってしまいそうな時刻になっていた。


「どっかで飯食おうぜ。腹減って仕方ねェ」

「賛成。あ、そうだ。各自、自由行動にしない?」

「おっ、いいね。オレはルーナの意見に一票だ」

「そうですね。たまには別行動も良いかもしれませんね」

「アタシはどっちでも構わないぜ?」

「私もどっちでもいいわ」

「うん、なら自由行動にしようか。夕方この武具屋で待ち合わせにしよう。じゃあ解散」


 アルバートの一言で思い思いに散らばっていくルーナ達を眺めながら、アーシャはいまだ離されない手の温かさを感じていた。


「俺達も昼食食べに行こうか」

「一緒に行動するのは確定なのね」

「嫌だった?」

「……そういう聞き方は卑怯だと思うわ」


 視線を逸したアーシャを見たアルバートは嬉しくてたまらない様子で破顔し、彼女を連れて歩き出した。








「ん。美味しいね」

「そうね」


 アーシャとアルバートは大きめの広場で昼食を取っていた。

 三角形に固められたおにぎりと呼ばれる食べ物。

 食べ進めると中に焼いた魚などの具材が入っており、味覚を驚かせてくる。


「本当にこれだけで良かったの?」

「ええ。十分よ」


 彼女が頷いた瞬間、


「あ! 強い人!!!」


 と声変わり前の声が広場に響き渡った。

Copyright(C)2022-藤烏あや

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