表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/76

第四十六話『人の心』

 アルバートは慣れた様子で魔導輪を運転する。

 自動運転という機能も備わっているようだが、彼は自身で運転を楽しみたいとその機能を使っていなかった。

 魔導輪を走らせながら、彼は何気ない会話をアーシャへと振る。


「初のアルバイトはどうだった?」

「そうね。楽しかったわ。それに……」

「それに?」

「思ってた以上に、この国は良い人達ばかりだわ」


 魔の巣食う国と伝え聞いていたが、そうではないと気付かされた。

 なぜなら、アーシャは自身の目で、耳で、肌で感じたからだ。


「それはよかった」

「配達に私を推薦した甲斐かいはあった?」

「バレたか。……そうだね、帝国と違って自由でのびのびと生活できる国だと思わない?」

「そうね。今だから分かる。我が国にはないものが沢山この国にはあるわ」

「うん、そうだね。ねぇ、アーシャ。帝国が異質だと、実感出来た?」


 アルバートが一ヶ月の間アーシャを宅配へと連れ出した理由。

 それは、帝国しか知らない彼女に、ウルスラグナの日常を見せるためだった。

 その策にまんまとハマり、彼女は帝国では見ることの出来ない日常を目にする事となった。


「……自分が愚かだと思ったのは、久しぶりよ」

「君らしい答えだね」


 そう言って彼は満足げに頬をほころばせる。

 アーシャはいたたまれず、視線を窓の外へと逃がした。

 一ヶ月ですっかり慣れてしまった魔導輪の速度。

 窓から流れる景色を眺めながら、彼女はゆったりと微笑んだ。


「貧富の差がない素敵な国だと、今はそう思うわ」

「気に入った?」

「えぇ」


 その中でウルスラグナの街並みをその目で見て、国民の人柄に触れたアーシャ。

 彼女は目に見えて雰囲気が柔らかくなっていた。


「ん。着いたよ」

「そうね」


 アーシャとアルバートは魔導輪から降り、注文の弁当を取り出す。

 チャイムを押せば、すぐに黒髪の女性が出てくる。この家の奥さんだ。

 二人は奥さんから代金を貰い、軽く挨拶をして魔導輪へと戻った。


 魔導輪に乗り込み、アーシャは窓の外へと思いを馳せる。

 この家は、初めてアーシャが訪れた際に富裕層だと勘違いした戸建てだ。

 彼女が思わず「立派なお家ですね」と口走り、笑われたのだ。「そんな立派な家じゃないわ。普通よ」と。

 帝国の基準で見ると貴族街にあってもおかしくない二階建ての立派な家。

 それなのに何故謙遜するのかと疑問に思った。

 だが、二軒目、三軒目と配達に行くと、その言葉は何も間違いでなかったと気付かされた。

 どこの家も同じように立派な建物ばかりで、服装にも差は感じられない。

 現実を見てしまえば、国民は豊かなのだと理解せざる得なかった。


 次の宅配先へと魔導輪が走り出し、アーシャは呟く。


「初めて街を見た時は、信じられなくて皆に迷惑をかけたわ」

「帝国とウルスラグナじゃ、文化が違うからね。混乱して当然だよ」


 アルバートの言葉にアーシャは困った笑いを浮かべる。


 配達初日に初めて彼女が目にしたウルスラグナの街は、いつ訪れても街は活気に溢れ、笑顔が絶えない街だった。

 身なりに差はなく皆が上質な服を着ており、路地裏にボロボロの身なりの貧民がいるわけでもない。

 電気と呼ばれるエネルギーが使われ、夜でも電灯が明かりを灯している。

 そんな昼間のように明るい街は、国民の心を映し出しているかのようだ。

 全ての国民が魔法を使え、日常的に奇跡と呼ばれる御業みわざが飛び交う。

 帝国ではありえない光景の数々。

 それを目にしたアーシャは愕然としてしまい、仕事が手に付かなかったのだ。



 ◇◆◇



「これで最後だね。行こうか」

「ええ」


 アーシャ達は魔導輪を降り、足の悪いお婆さんが一人暮らす戸建てへ足を運ぶ。

 チャイムを鳴らせば、自動で開く玄関。

 足が悪く、玄関まで時間がかかるということで、アーシャ達が家の中まで届ける手筈となっている。


「お邪魔します」

「おばあちゃん、持ってきたよ」

「いつも悪いねぇ」


 土間で靴を脱ぎ、リビングへと足を運んだ二人を車椅子に乗った女性が出迎えてくれる。


「俺達は今日が最後の仕事なんだ。明日からはまたオーナーが届けに来るからね」

「そうかい、そうかい。今までありがとうねぇ。とっても楽しかったわ」

「私達も楽しかったです」


 持ってきた弁当をテーブルに置き、アーシャは頷く。


「あたし達が平和に暮らせるのも、あなた達のような“守人もりびと”に守られているからなのよ。本当に感謝しているわ」

「ははっ、おばあちゃんそれ何回目? 前も聞いたよ」


 アルバートが笑いながら答えれば、女性もゆったりと笑う。

 “守人もりびと”とは、黒のデバイスを持つ者に付けられる総称のようなものだ。

 反対に白のデバイスを持つ者は“希人まれびと”と呼ばれる。


「守られる事は当たり前じゃないの。恋人や家族がいても有事の際は愛する者より、国を守らないといけない。それがどれだけ尊い事か、あたしは知ってる。だから、あたしはずっと"守人もりびと”に感謝し続けるよ」

「そっか。おばあちゃんはい人を戦争で亡くしたんだったね」

「もう何十年も前の話さね。ほら、そろそろ行かなくていいのかい?」

「……そうですね。では、おばあさま。お体には気をつけて下さいね」

「あなた達もね」


 別れを告げ、二人は家を後にする。

 魔導輪に乗り込んだアーシャがぽつりと呟いた。


「白と黒のデバイスを渡されたから、そこで差別が生まれるんじゃないかと思っていたの。でも、誰もそんな事気にしてなかった」


 魔導輪を動かしながらもアルバートは頷いた。


「そうだね」

「むしろ感謝されてばかりだわ」


 帝国では能力の高い者は嫉妬ややっかみの対象でしかなかった。

 だが、ウルスラグナはどうだろうか。

 嫉妬されることなく、やっかみを買うこともない。

 むしろ感謝される。


 ──この違いは何なのかしら?


 一重に国民性と括っても良いものなのだろうか。


「多分、こういう制度を作った当初は反発も、差別もあったと思うよ」

「え?」

「少しずつ、本当に少しずつ、国民の意識を変えていったんじゃないかな。それこそ何十年と時間をかけて」

「……そう、かもしれないわね」


 人の心はすぐに変わることはない。

 だからこそ時間をかけて変えていく必要があるのだろう。

 アルバートがアーシャの右手に左手を重ねる。


「俺とアーシャだって最初は相容れなかったけど、今ではそうでもないだろ?」

「あなたは最初から……」

「うん。アーシャの事、想ってたよ」

「っ、ほんとあなたって人は……!!」


 ふとした瞬間に口説き文句を落とすアルバートに、アーシャは翻弄されるばかりだ。

 そんな現状を嫌でないと思う感情も彼女の中にあり、どうしようもない。


「可愛い。ねぇ、キスしていい?」

「いつも唐突にするくせに、なんで聞いてくるのよ」

「えー、そんなのアーシャが可愛いからに決まってる」


 いつの間にか運転は自動でされていて、アーシャの顔を覗き込むアルバートの瞳は、獲物を捉えた猛禽類のように燃え上がっていた。


「良いって言わなくても、するくせに」

「あ、バレた」


 意地の悪い笑みを浮かべた彼は、アーシャの体ごと引き寄せ、抱きしめたまま口づけを落とした。

 強張るアーシャをなだめるように、優しく背中を撫でる。

 何度も角度を変え口づけをし、終わりと言わんばかりにチュッとリップ音が鳴った。


「何回しても慣れないね。そんなところも可愛いんだけど」

「はぁっ、なんでそんな余裕なのよ……」


 アーシャは顔を真っ赤に染め、上目遣いにアルバートを睨むが効果はない。


「それ、煽ってるって自覚ある?」

「んむ!?」


 自覚を持てと言わんばかりにアルバートはもう一度唇を奪う。


「ぁ、んっ」


 口内に侵入してきた舌で蹂躙され、時折唇の隙間から漏れる自身の声にアーシャはますます顔を赤く染める。


「可愛い」


 アルバートは息がかかるほど近くで微笑むが、彼女から見えるのは優しげに細められたコバルトブルーの瞳だけだ。

 もう一度口づけようと彼が近づいた、その時。

 ノック音が響いた。


「お二人サーン。そろそろいいかァ?」


 げんなりした顔のシャオラスが魔導輪の外に立っていた。


「っ!!!???」


 真っ赤な顔をさらに赤く染めたアーシャは盛大に飛び上がり頭を天井にぶつける。

 動揺を隠しきれない彼女とは反対に、アルバートは何食わぬ顔でため息をついた。


「まったく……毎回タイミングが良いんだか悪いんだか」


 アーシャを車内に残し、一足早く魔導輪から降りたアルバートがシャオラスに悪態をつく。

 衝撃から抜け出せないアーシャを助手席から降ろすため、彼は助手席の扉を開け、頭をぶつけないよう自身の手でガードし降りるように促す。


「オレも毎回こんな役やりたくねェよ。でも今回は止めなかったらヤバかっただろォが」

「……否定はしない」

「気ィつけろよォ。そういう行為も知ってるだろうけどなァ、一応、箱入りのお嬢様なんだから」

「そうするよ」


 彼らの意味不明な会話を聞きながらアーシャは魔導輪から降り、内心頭を抱えていた。


 ──いつ帰ってきたの!? というか、いつから見られてた!? 気配に気づかないなんて……お父様に顔向けできないわ。

Copyright(C)2022-藤烏あや

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ