第四十四話『魔力測定』
それは夜、年頃の男女がひとつ屋根の下で寝泊まりするのは良くないと、男はシャオラスの家に、女はシャオラスの家の隣にアルバートが魔法で建てた家で休息していた時だった。
けたたましいノック音がアーシャ達女子が休む家に響いた。
「魔法庁の者です。アルバート・ミトラさん及びウォフ・マナフ家のご令嬢はご在宅だろうか」
家の中にもよく通る声で自身の名を呼ばれてしまえば出ていくという選択肢しかない。
アーシャは羽織を肩にかけ、背後に得物を隠し玄関の扉を開けた。
扉の向こうには、黒色がベースの伝統的な魔服を機能的にしたパンツスタイルの女性が佇んでいた。
アーシャの後ろから少し警戒するようにルーナが待機している。
「ウォフ・マナフ家の娘は私です。どうされましたか?」
異変を感じ取ったのか、視界の端で隣の家からアルバートが出てきたのが見えた。
彼がアーシャの肩を抱いたのを見計らい、女性は口を開く。
「入国の際に受けるはずであった検査を受けていただきたく、不躾ではありますがこちらから出向かせて頂きました」
「入国審査?」
「はい。アルバート・ミトラさん御一行全員受けて頂きます」
「おねェーさん。それってオレも? オレは元々ここの住民なんだけど」
隣の家の窓から体を乗り出して問うのはシャオラスだ。
「はい。その際にデバイスの再発行し、定期検査を受けていただく手筈となっております。ではまた明日、迎えに上がります」
彼の問に頷いた彼女は伝えるべきことは伝えたと言わんばかりに踵を返し、消えた。
転移魔法を使ったのだろう。
「せっかちだなァ」
「……まぁ、仕事だから仕方ないさ。今日は早めに寝よう」
「えぇ、そうね」
「ちゃんと戸締まりして寝るんだよ。おやすみ、アーシャ」
アーシャの額に口づけを落とすとアルバートは彼女を家の中で様子を伺ったままのルーナへと渡し、扉を締めて帰っていった。
「愛されてますね、主」
「……知らないわ」
安全のために好いた女性を先に家に入れてから自分も帰る、という発想はどこから生まれるのだろうか。
アーシャは熱に浮かされた顔を隠すように自室へと逃げ込んだ。
◇◆◇
明くる日。
宣言通り、早朝に迎えに来た魔法庁の女性に連れられ、アーシャ達とメイビスは大きな施設に来ていた。
スノーはすでに入国検査済みのため、この場にはいない。
その施設はバンブ島のような空高くそびえ立つ建造物ではなく、研究所のような見た目の建物だ。
「こちらへ」
大きな広間へと通されると、部屋の奥に黒髪黒目の男性が佇んでおり、アーシャ達を視界に入れた途端に腰を折った。
「お待ちしておりました。案内人の彼女と同じく魔法庁の者です。時間に余裕はありませんので、手早く説明させて頂きます」
そう言って姿勢を正した男は、隣にある長方体の構造物に目をやった。
アーシャ達はそれに習い構造物に目を向ける。
長方体の上面(底面とも呼ぶ)にあたる所は斜めに切られており、手形が彫られている。
「一人ずつこちらの装置に手を置いて下さい」
「……すみません。それはどのような装置なのですか?」
レモラがさらなる説明を求めるように声を上げた。
説明不足な得体の知れない装置に触れるのは誰だって躊躇するだろう。
「あぁ、これは魔力測定装置です。本来なら入国時に魔力測定と適性検査をさせて頂き、安全な人間だと判断できた場合のみ、本土への滞在を許可されるのです」
「なるほど。俺達はその入国審査を受けずに入国したからな、魔法庁が慌てて来るのも頷ける」
アルバートが頷けば、男がそれではとシャオラスを装置へ促した。
亜人である彼はこの装置に慣れていると判断してだろう。
「はいよ。シャオラス・アジュガー」
装置の前に立ったシャオラスが自身の名を口にする。
『ウルスラグナ国にて登録を確認しました。最終更新は十五年前です』
機械的な女性の声が装置から聞こえた。
アーシャはその様子に驚きながらも、お手本であるシャオラスを見つめる。
「もうそんなに経つのか……。あァ、違いねェ」
そう言った彼は、戸惑うことなく装置に手を置いた。
三十秒間の静寂。
すると、装置の上に一枚のカードが現れた。
そのカードを手に取り、シャオラスは戻ってきた。
「では次は私が」
メイビスも彼と同じように名を名乗り装置に触れ、カードを手にした。
彼女のあとにルーナが装置の前に立ち、彼らと同じように名を口にする。
「ルーナ・フォン・ティクス」
『アルビオン帝国にて国民登録が確認されました。ウルスラグナ国への入国歴一回です』
──何故、帝国の国民登録情報を魔の国が持っているの……?
アーシャは聞こえてきた声に内心首を傾げた。
どれだけ思考を巡らせたところで答えが見つかるわけもなく、アーシャは釈然としない表情で成り行きを見守るしかない。
「相違ない」
頷いたルーナが装置に手を触れ、カードを手に戻ってくる。
「ルーナ、来たことあったのね」
「主が同行する予定だった、会合の時ですよ」
「そんなこともあったわね。四年前の会合の日であってるかしら?」
渡航前に風邪を引いてしまい、参加できなかったウルスラグナとの会合。
それにルーナが着いて行ったとは初耳だ。
「レモラ・パトリオットです」
その後は言わずもがなで、レモラも彼らに習い装置に触れ、手に入れたカードをマジマジと見つめている。
アーシャは自分の番だと前へ進む。
「アーシャ・ティア・デューク・フォン・ウォフ・マナフ」
『アルビオン帝国にて国民登録が確認されました。入国歴はありません』
「間違いないわ」
頷き、恐る恐る装置に手を触れる。
冷たいような、そうでないような感触と何かが身体を巡る感覚。
その感覚が何なのか、考える間もなく現れたカードに戸惑いながらも、それを手に取り後ろに下がった。
そのカードは金属のようで、表だと思われる面には文字が刻まれている。
名前、年齢、性別、出身地。
魔力量数値、適正属性、魔法持続時間、最大出力持続時間。
カードにはその八つの項目が書かれていた。
──魔力数値5,500って高いのかしら……?
平均的な数値が分からないアーシャは内心首を傾げるしかない。
「最後は俺だね」
アルバートが前に出て名前を口にする。
「アルバート・ミトラ」
『登録がありません。新しく登録をしますか?』
登録がないのは彼が異世界人だからだろう。
彼は指示を仰ぐように男に視線を向ける。
「新しく登録していただいて構いません」
「じゃあ、お言葉に甘えて。新しく登録してもらうよ」
『年齢、性別、出身地をお応え下さい。わからない場合は不明とお答え下さい』
「二十歳。性別は男。出身地は……アルビオン帝国」
──自己申告でいいのかしら? それに何故出身地をアルビオン帝国に……?
アーシャと同じような事を思っているのか、シャオラス達も不思議そうな顔をしている。
『登録完了しました。お手をどうぞ』
その声を聞き、アルバートが装置に手を置いた。
次の瞬間。
大きな機械音が鳴り響く。
何事かと彼に目を向けると、装置の上に大きく測定不能と赤色の文字が浮かんでいた。
彼は装置から手を離し、困ったように笑っている。
「測定不能……?」
アーシャの呟きが部屋に響く。
「やはりですか。とんでもないですね、異端者というのは」
──異端者? キキョウ様にも彼が召喚者だと話はしていないはずだけれど……。でも何か気づいた様子はあったわね。
アーシャが一人考えに浸っていると、男が指を鳴らした。その音に我に返り男へ視線を戻す。
すると、魔力測定装置の後ろに大きな歯車が複数現れた。
アーシャの身長三つ分はある黒曜石のような光沢のある大きな歯車達。
重厚な見た目のそれは何をする装置なのか彼女には分からない。
じっくりと観察してみれば、装置と歯車が繋がれているのが見えた。
「本来であれば別室での対応になるのですが、本日は時間も場所もありませんのでこちらに用意させて頂きました。ささ、アルバート殿。もう一度お手を」
アルバートが頷いてもう一度手を置く。
装置と歯車を繋ぐ管がコバルトブルーに染まりながら歯車の方へと進む。
そうすると歯車がゆっくりとギギギと音を立て、目にも留まらぬ速さで回りだした。
「おォ、すげェな。測定不能ってのも初めて見たけどよ、どういう原理なんだァ? コレ」
「魔力を百分の一に減衰する装置です。まぁ、測定不能になる人間はなかなか居ません。いたとしても、竜族の亜人や獣人の方々がほとんどですね」
「アル、人外宣言されてっぞ」
「心外だなぁ。一応、人間のつもりだよ」
測定が完了した彼がカードを手に苦笑しながら戻ってきた。
定位置と言わんばかりにアーシャの隣へと戻ってくるアルバートを横目に、アーシャは疑問を口にする。
「そもそも魔力数値とはどのような物なんですか?」
「帝国の方が知らないのも無理はありません。それは自身が秘めている魔力の総量です。現在の技術で測定可能な最大値は99,999まで。この数値を超えても一律99,999とされています。最初の装置では9,999まで測定が可能です」
「つまりアルは9,999以上ってことか」
シャオラスの言葉ににこやかに頷いたアルバートは信じられない言葉を紡ぐ。
「測定可能な最大値が表記されてるよ」
「バケモンかよ!」
「酷いなぁ」
シャオラスに化け物と言われるが、アルバートは全く気にしていない様で、美しい顔を困らせ笑うだけだ。
「……それで、一般的な数値はどうなっているのかしら?」
アーシャが素直な疑問を向ければ、男は簡単に説明をしてくれた。
「中央値は3,000となっており、人間が保有する魔力量で一般的に高いと呼ばれる数値は5,000以上となっています。その反対に低いとされる数値は1,500以下ですね」
低いとされる数値を聞いたレモラが自身のカードを見て、目に見えるほどの哀愁を漂わせていた。
「因みに亜人や獣人は基本5,000以上の数値が出るんだぜ。でもまァ、ここまで大きな装置は初めて見たな」
「そうでしょうね。殆どの人類は最初の装置で事足りますから」
シャオラスも説明に加わり、より詳しい説明が聞けた彼女は疑問が晴れたと笑顔を見せる。
「んで、次は適正検査だよな?」
「はい。では、こちらへ」
男が隣の部屋へ続く扉を開き、アーシャ達を招き入れる。
その部屋には机と椅子が並べられており、机の上には数枚の紙とペンが置かれていた。
「簡単なペーパーテストです。すでに人数分用意していますので、好きな場所に着席して下さい。時間制限はありませんので、焦らず全ての設問を埋めて下さい」
男に言われるがまま、アーシャ達は着席し、各々ペンを手に取る。
──どんなものかと身構えていたけど、簡単な設問ばかりね。
彼女はスラスラと詰まることなくペンを走らせる。
──次で最後ね。
設問に目を通し、解答を書く手が止まった。
『怪我をして道端に倒れている人があなたの目の前にいます。あなたはどうしますか? また、怪我人を邪魔だと蹴る人が現れました。その時あなたはどうしますか?』
という設問。
──正直に書くべき、よね。
彼女は自身の正義感に従い答えを綴る。
「終わったらどうすればいいのですか?」
レモラが座ったまま挙手をし、男に問う。
男が周りを見渡し、
「……皆様終わられたようですので、暫しお待ち下さい」
そう言うと同時に答案が消えた。
そして、一分が経過すると、腕時計が各々の机へと現れた。
「こちらは、国民並びに入国許可の下りた異国人に渡される、腕時計型のデバイスです。基本的に外さず身につけておいて下さい。防水仕様となっておりますので、入浴時でも装着可能です」
「汗で気持ち悪くなった時は外してもいいんだったよなァ?」
「シャオラス殿の仰る通り、問題ありません。洗浄後はすぐに装着して下さい」
目の前に現れたデバイスを手に取り、アーシャは口を開く。
「このデバイスで国民や異国人を管理しているって事よね?」
「はい。老衰以外の緊急時は救急隊員が転移魔法で駆けつけます」
駆けつける事ができる。つまり、いつ何時でも居場所を把握されているという事だ。
「あの、僕と彼らとでは色が違うように見えるのですが」
レモラの声に、彼の持つ腕時計へと視線が集まる。
彼の腕時計は白。
視線を彼の腕時計から離し、アーシャは他の腕時計へと視線を向けた。
──ルーナも白ね。
対して、アルバートやシャオラス、アーシャの腕時計は黒だ。
「間違いではないのでご安心下さい。我が国では一定以上の魔力量を持つ方々に課せられる使命があるのです」
「使命……?」
困惑するレモラに、男は続ける。
「有事の際、その魔力を持ってして国を守る責務が伴います。そのため、デバイスに紐付いている口座に毎月一定の金額が振り込まれます」
──もしかして、最後の設問はこの社会福祉のための……?
「毎月金が入るなら、引き受ける人間も多いだろうね。因みにどのぐらい?」
「三十五万ラグナですね」
「へぇ、贅沢しても余裕で暮らしていける金額だね」
アルバートが感心した声を上げた。
「国防を任せるのですから、当然の金額です」
「仕事をしなくても暮らしていけるんだぜ? 国防を守ろうって気にもなるよなァ」
「ですが、税金は無限ではないはずでは?」
当然の疑問をレモラが口にする。
「大丈夫ですよ。黒色のデバイスが渡されるほど魔力の高い方々は、国民の0.1%に満たないのです」
「十万人はいる計算になるんですが……」
「まぁまぁ、レモラ。それは国の中枢が考える事だよ。俺達は運が良かったと思うべきじゃないか? なにせ俺たち一文無しなんだしさ」
──確かに不幸中の幸いと言うべきかしら。帝国の硬貨は価値が低すぎて、両替したところで二束三文でしょうし……。
アルバートの言葉にアーシャは納得した。
「最後に、黒のデバイスには制御機能が備わっております。これがある限り、有事の際以外では高出力魔法を使用できません。ご留意下さい」
「魔力は適度に発散させたいんだけど、そういう場合はどうしたらいいのかな?」
「高い魔力を保有している方々は、基本的に仕事で魔法を使用しておりますので……」
「働かなくてもいい環境下でも働くのはすごく勤勉だね」
──魔力が発散出来なかったらどうなるのかしら?
アーシャは当然のように横に着席していた彼の顔を盗み見た。
目敏く視線に気がついた彼は、彼女に向かって唇をほころばす。
「気になる? 適度に魔力を発散しないと、魔獣みたいになるんだよ」
沈黙。
「爆発する……?」
今まで口を閉ざしていたルーナがぽつりと呟いた。
「いやいやいやいや!! アルバートさん、それはなんでも物騒すぎるでしょう!?」
「事実だよ」
「事実だろォ?」
驚きのあまり立ち上がったレモラに、アルバートとシャオラスの言葉がハモる。
聞かなかった事にも出来ず、対策は取られていないのかとアーシャは魔法庁の男へと目を向けた。
「魔導輪を運転して頂くか、働くというのもありですし、初級魔法なら使用できるので根気よく発散するか……あとは闘技場や魔法訓練場へ行くか、ですね」
「まぁ、自分でなんとかするよ」
アルバートが苦い笑みを浮かべると、男は頭を下げた。
「そうして下さい。では、本日はお時間を頂きありがとうございました」
その言葉と同時に、風景が一瞬で切り替わる。
雲ひとつない青空。
爽やかな風が髪をくすぐり、木々のざわめきが耳を打つ。
転移させられたと彼女達が気づいたのは、目の前に昨日建てたばかりの家が見えたからだった。
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