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第四十三話『聖女の事情』

 あの後、ルーナがアーシャ達の部屋へとやって来て、服を手渡してくれた。

 アーシャが着替える事を察したアルバートが一度部屋から出て行く。

 そして、扉越しに「着替え終わったらこっちにおいで」と先回りして言われてしまい、彼女に逃げるという選択肢はなくなった。




 着替え終わったアーシャが部屋から出ていくと、そこには朝食が並んだテーブルを囲んで座るアルバート達と何故か聖女であるスノーがいた。

 アーシャに気が付いたシャオラスが感嘆の声を上げる。


「おォ、似合ってんな」

「褒めても何も出ないわよ」


 彼女が渡された服は、いつもの真っ白な暗殺者の服ではなく、魔服と呼ばれる魔の国の服だ。

 魔服には、伝統的な魔服もあれば機能性重視な魔服もあり、アーシャが着ているのは機能性重視な魔服だ。

 ただ少しだけ胸周りがキツイ。

 渡された魔服はシャオラスの妹、メイビスの持ち物だったのだろう。アーシャの身長が足りずとても長い丈だが、胸周りの布が足りないという面白い現象が起きていた。


「……首都に着いたら服を買いに行こうか。あ、そうだ」


 アルバートに手招きされアーシャが隣に座れば、彼は懐からアーシャの羽織を取り出した。

 その異様な光景に、アーシャだけでなくシャオラス達も口をあんぐりと開けて固まってしまう。


「スノーとの戦いの時に、脱ぎっぱなしだったから拾って保管しといたんだ。って、皆どうしたの?」

「おま、お前なァ!! それは懐から出していい大きさじゃねェだろ!?」


 シャオラスの言葉に合点がいった彼は美しすぎる顔で笑い、種明かしをはじめる。


「空間魔法の一種でね。収納魔法マジックポケットって言うんだ」

「それ、どんな物でも、収納できる?」

「もしかして、魔法銃も懐から出してたのではなく……?」


 興味津々といった様子で彼に聞くルーナとレモラ。

 アルバートをじっと不満げに見つめるアーシャの視線を物ともせず頷いた。


「この容量は保有魔力量に左右されるんだけど、俺の場合入り切らなくなった事がないくらいには、たくさん入るよ。生きていなければ何でも入るし、レモラの言う通り魔法銃も収納魔法マジックポケットから出し入れしてた」

「便利ですね。でも懐からしか出せないと、少し不便な気もします」

「本当は懐からじゃなくても出せるんだけど、監視の腕が良すぎてボロを出さないようにそうしてただけだよ」


 そう言ったアルバートは、隣のアーシャをひょいっと抱き上げ横抱きのまま膝に座らせる。

 流れるような動きに違和感もなく成すがままにされた彼女が驚きに体を揺らしても、彼には離すという選択肢がないようで、逃げられないよう抱きすくめられてしまった。


「いや、おかしいでしょう!? この流れで私を膝に乗せる意味あるの!?」

「一緒のべットに寝てたのに抱きしめられなかったから、その補填だよ」

「なに当然のように言ってるの!?」


 アーシャはアルバートの腕から逃れようと暴れ出す。

 どれだけ胸板を押しても離れる事のない腕に、彼女は最終手段とばかりに顔にグイグイと両手を押し付け脱出を試みた。


「ひっ!?」


 顎を押していたつもりが、いつの間にか彼の口元を触っていたようで、ぬるりと手のひらを舐められた。

 未知の感覚にぶるりと震え手を離したアーシャの負けだと、周りで息を殺し様子を窺っていたシャオラス達は察した。


「そろそろいいかぁ?」


 おずおずと手を上げたのはスノーだ。

 彼女の挙手に助かったと言わんばかりのアーシャが「どうぞ」と声を上げた。

 その間もアルバートが彼女を手放すことはなく、にこにこと笑顔を見せるのみだ。


「そもそもよぉ、あんたみたいな皇帝(バカ)の手先が何故ここにいんだよ?」

「アーシャは足を洗ったんだよ。ね?」

「……そういう事にしておいて頂戴」

「おォ? アーシャちゃんも暗殺業引退すんの?」

「シャオラスは黙ってて」

「酷くねェ?」


 アーシャが冷たく当たったにも関わらず、彼はケラケラと笑う。

 腰に回った腕に力が籠もるのを感じて、彼女は慌てて口を開いた。


「ア、アル、が……どうしてもって言うから、従っただけよ」


 初めて口にする男性の愛称に口籠りながらも、言い切ったアーシャに感極まったのか、アルバートが彼女を思い切り抱きしめた。


「……主が、アルバートに敵意がないなら、あたしも種明かしして、いいね?」

「ルーナがアーシャの手先だって話かァ?」

「そう。あたしは主の右腕だと、自負してる」

「えぇ、ルーナは自慢の右腕よ」


 アルバートに抱きしめられたまま、にこりと笑った彼女に、ルーナは頷く。


「主は尊敬してやまない方ですから」

「……それにしては、引き止める方法が強引ね」

「でも、あれなら確実」

「そうでしょうとも」


 アーシャは腐っても公爵家の令嬢なのだ。

 男性に肌を晒す事はあってはならない。もし晒してしまったなら、婿に取らなければと考え、彼女は固まった。


「アーシャ?」


 アルバートに顔を覗き込まれた彼女は、ボンッと音を立て顔を真っ赤に染め、


 ──わ、私……なんてことを……婚約者が決まったのに、婚約者以外に肌を晒すなんて……!!


 一瞬にして青褪めた。


「主が何を考えているか、なんとなく察しはつくけど、心配しなくていい」

「で、でも、ルーナ……」

「? 当主から聞いてない?」

「聞いてるから焦っているのよ!?」

「……またあの方の悪い癖」


 小さな声で呟かれたルーナの言葉はアーシャには届かず、首を傾げた彼女にルーナは笑って答えた。


「面白いんで、しばらくそのままで」

「私は真剣に悩んでるのよ……」

「まぁまぁ、ルーナさんもアーシャさんも話が進まないので、そろそろいいですか?」


 長くなってしまった話を切ったのはレモラだ。

 彼に続いてスノーが少し引いた顔で口を開いた。


「アタシは亡命目的でここに来たんだけどよぉ、まさか噂の召喚者に会えるとは思ってなかったぜ」

「この国にまで召喚者の噂が広まってるのか?」

「あったりまえだろ。アルバートの旦那が思ってるよりウルスラグナ(ここ)は情報通だぜ?」

「そうか」

「つーかよ、旦那達はこれからどうすんだ?」

「俺達か? そうだな、一度首都で必要な物を買い揃えたいな」


 アルバートは自分が旦那と呼ばれる事に違和感はないらしい。


「そこの手先も一緒にか?」


 じっとりと視線を向けられ、アーシャは彼の膝から降りてスノーの目の前に跪いた。

 彼女が驚き、息を呑むのが手に取るように分かる。


「誤った判断であなたに刃を向けたこと、心よりお詫び申し上げます。そして、私はもう手先ではありません。アーシャとお呼び下さい。聖女様」

「……アタシももう聖女じゃねぇよ。帝国じゃ国民登録すらない、ただのスノーだ」


 その言葉に今度はアーシャはが息を呑んだ。


「登録が、ない……?」

「あんたみたいな良いとこのお嬢様は知らねぇだろうな。オーバーザウンじゃ普通の事だ。なにも驚くことじゃあない」

「……ごめんなさい」

「まぁなんだ、アタシもこれからあんたらに着いて行く事にしたからよ、よろしく頼むわ。な? お嬢サマ?」


 うなだれたアーシャの肩に手を乗せ、ニカッと笑ったスノーの言葉。


「はあァァァ!?」

「えええぇえ!!?」


 それを聞いたシャオラスとレモラの絶叫が響いた。

Copyright(C)2022-藤烏あや

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