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第三十八話『とある騎士団長の苦悩』

レモラ視点。

 宿から離れたレモラとアルバートは、隠密ステルス魔法で姿を隠し転移魔法でこの島まで乗ってきた船に移動した。

 その船の隣には、すでに同じ大きさの船が停泊しており、金色の龍とその後ろに双剣が描かれた帝国旗を掲げている。


「声は俺達にしか聞こえないようにしてある。言いたいことがあれば、言っていい」


 冷静なアルバートの言葉に、レモラは眉間に皺を寄せ静かに口を開く。


「僕が騎士団長だと、知っていたんですか?」

「いや、知らなかったよ」

「では驚いた素振りを見せなかったのは何故です?」


 冷たい視線を向けられた彼は気にした様子を見せずに笑った。

 その様子が、レモラにはとても信じられない。

 シャオラスが教会の間者だった時も、彼に殺意を向けているアーシャに対してもそうだが、彼はいつも広すぎる心で受け入れる。

 器の違いを見せつけられているようで、心が抉られる思いだ。


「そうだなぁ、ポッと出の冒険者に着いていきたいなんて思う奴は、大体ワケアリだ」

「僕はシャオラスさんみたいに、すぐ仲間に加わったわけじゃないですよ。アルバートさんが有名になってから接触したつもりだったんですが……」

「それだよ。疑って下さいって言ってるようなもんだろ。その点、シャオラスは上手かったな。最初はただのお節介な奴だと思っていたよ」


 レモラが考えていた以上に、彼は警戒心が強く、洞察力や観察力に長けていたらしい。

 蠱惑的(こわくてき)で、近づきがたい高雅(こうが)な顔立ちのアルバートは、その笑顔の裏で色々な事に思考を巡らしていたようだ。

 彼の思う壺にはまり、手のひらの上で踊らされたレモラはさぞ滑稽だろう。


「……試してたんですか? それとも、警戒されている事にも気付かない僕を内心嘲笑っていたとか?」

「後ろ向きだなぁ。俺はそんなに性格悪くないつもりだよ」

「じゃあどういうつもりで僕を仲間に加えたんですか?」

「策士で技量も申し分なさそうだし、根は良い奴だと思ったからだよ。昔から、勘だけは良い方でな」

「ただそれだけで……?」

「そうだな」


 彼の言葉に、レモラは絶句した。

 第六感という見えないものを信じるアルバート。

 情報をかき集め、一見繋がりのなさそうな点と点を繋げるような作業を繰り返し行うレモラには、到底信じられる感覚ではない。

 アルバートが圧倒的な力を持つ、強者だからこその感覚。


「……貴方には敵いませんね。勝てる気がしません」


 レモラはいつもの元気が見られない、陰った表情で笑う。


「シャオラスにも言ったが、お前はもう俺の仲間で、失いたくないぐらい大切な奴だ。だから、レモラを信じている」


 海風がアルバートの髪を揺らす。

 真正面から見る彼のコバルトブルーの瞳は、なぜだか赤く煌いて見えた。


「それは、僕が上に報告した事で暗殺されそうになってもですか?」

「もちろん。むしろ感謝してるぐらいだよ。レモラのお陰で、アーシャに接近できた」

「……そうですか」


 影である彼女には少し悪い事をしたかもしれないと思考を巡らせたレモラだったが、暗殺命令が出ておらずとも、アルバートは彼女を捕まえただろうという考えに至り、彼はそれに関して考える事を放棄した。

 彼が考えたところで、事態は好転しない。無駄な思考は邪魔なだけだ。

 レモラは一度両目を閉じ、大きく深呼吸を繰り返す。

 自身を落ち着かせた彼が両目を開ける。その瞳にはもう迷いはない。

 彼は真剣な眼差しをアルバートに向けた。


「この島の占領計画は、確かに存在しました」

「……俺に話していいのか?」

「はい。戦力差も分からず突入する作戦に納得出来ず、承認しなかったものなので」

「お前が俺の監視に就いたのを見計らい、指揮を取れる人物……となると、副団長か」

「でしょうね」


 彼の言葉に頷き、レモラは船首せんしゅへと移動する。そして隣の船へと目を向けた。

 彼らの予想通り、甲板で椅子に座りふんぞり返っているのは、ギラギラと装飾を身に着けた、騎士の風上にも置けない男だった。

 うねりを上げる金色の髪。前髪は七三に分けられている。

 日に焼けていない肌に、筋力のない体躯は、鍛錬を怠っているのだと確信するには十分で。

 レモラに続き隣に立ったアルバートは、その風貌に思いっきり顔を歪めた。感情のまま表情を顔に宿らせない彼が、見るだけで心底嫌そうな顔をするのだから、相当だろう。

 そして、レモラもアルバートも気配を殺していないのだ。だが、隣の船から攻撃が来る事もなく、こうして観察できている。

 気配を読めない冒険者はいない。つまり、ここにいる騎士達は冒険者よりも劣っている。

 国に仕えるという事の意味を理解していないようだ。


「……帝国の中枢は正気なのか?」

「正気も正気ですよ。アレでもマシな方です」

「嘘だろ」

「本当です」

「いや、アレの中にレモラが入ると場違い感が半端ないな」

「仕方ないですよ。あの方々は貴族出身で、僕は平民出身ですから」


 基本的に、騎士団のトップは貴族が務めるのが通説だった。

 しかし、切れ者である宰相の一声で平民のレモラがトップへ挿げられた。

 任期は五年。

 それまでに目に見える実績を残せなければ、レモラは団長の座を誰かに譲らなければならない。

 レモラが団長に就任したのは三年前。残る猶予は二年だ。


「クヴィスリング副団長は流石頼りになりますね!」

「あの平民には出来ない事をやってのける副団長、格好良いっす!」

「そうだろう、そうだろう! ボクに出来ない事はないからな」

「あの平民に団長は務まりません。実務だって副団長に丸投げされている模様」

「そうだ。全てボクが処理している!」

「流石です!!」


 頭の弱そうな会話を聞いたアルバートが左手で顔を覆い俯く。

 身内であるはずのレモラも頭を抱えたくなっている。

 団長の座に就くため、この頭の弱い貴族の坊っちゃんを副団長に据えなければいけない条件だった事が悔やまれる。


 ──流石にここまで頭の中空っぽだとは予想外ですね。


 仮にも副団長に選ばれるだけの器があったのだと、無理矢理納得していた自分をレモラは恥じた。

 彼は、確実に“無能”だ。


「嘘でも実権を握らせていると思わせていた僕の判断ミスですね。確実に僕が実権を握っているべきだった」

「なんでそんな回りくどい事してたんだ?」

「言うことを聞かない奴らが一定数いるんですよ。命令無視をする殆どが貴族でして、なら貴族の副団長を司令塔に置いた方が円滑に進んで良かったんですが……」


 団長であるはずのレモラはすでに居ないものとされている現状。

 彼は眉間に皺を寄せ、重苦しく呟く。


「アルバートさん。僕は騎士団長です」

「あぁ、そうだな」


 突然の呟きにも反応してくれたアルバートを真正面から見つめ、彼は覚悟を決めた。


「もしも家族に危害が加わるような事があれば、僕は貴方を裏切るでしょう」

「失わずに済むものは失わない方がいい。俺はそんな事でお前を咎めたりはしない」

「そうでしょうね。……貴方はそういう人だ。ですが、それでは僕の気が収まらないので言わせて下さい。お願いです。その時が来た時は、家族のために離反し刃を向ける事、お許し下さい」


 レモラは深々と頭を下げ、彼に誠意を伝える。

 アルバートは頭を下げた彼に「頭を上げてくれ」と明るい声で言う。

 そして、彼が頭を上げるとアルバートは笑って心の内を明かす。


「その時が来ない事を切に願うよ。だけど、もしその時が来てしまっても、俺は、いや俺達はレモラの帰還を待っている」


 彼の言葉に、レモラの青色の瞳が水面のように揺れた。

 それを隠すように彼は腕で両目を擦り、帝国軍に向き直る。

 帝国軍は、今ここでレモラが出て行ったところで聞く耳を持たないのは明白だ。

 しかし、それでも規律を正すのは騎士団長の務めだ。


「アルバートさんはそこで待っていて下さい。決して手を出してはいけませんよ、事態がややこしくなりますので。あと、僕が貴方の監視を行っている事は機密事項で彼らは知らされていません」


 無駄だと理解していても、レモラに説得を放棄するという選択肢はない。


「多勢に無勢だぞ」

「構いません。魔法を解いて頂けますか」

「……見ていられなくなったら、回収するからな」

「お気遣い、ありがとうございます」


 最大限レモラの意見を汲み取り頷いたアルバートに礼を言い、彼は船首から隣の船へと飛び移った。

 船の大きさはほぼ同じだった為、飛び降りた時のように衝撃は大きくはない。

 だが、盾と槍を背負ったまま飛び移った衝撃で、船が大きく揺れる。


「クヴィスリング副団長。貴方、ご自分が何をなさっているか、理解していますか?」


 青天(せいてん)霹靂(へきれき)の如く姿を現したレモラに、副団長は腰を抜かし椅子から転げ落ちた。


「な、な、なんであんたが此処に!!!!」

「密命のため、詳細は話せません。ですが、僕のいない間に、好き勝手してくれたようですね……?」


 彼は笑顔を作り問いかけるが、目は笑っていない。

 一歩、また一歩と副団長へと近づいていくレモラ。

 さながら蛇に睨まれた蛙のように動かない副団長を助けるため、数人の騎士が彼の行く手を阻んだ。


「この作戦を承認した覚えはないのですが、なぜいるのです?」

「団長が役立たずだからですよ。副団長は腰抜けな平民の代わりに、指揮を務めて下さった!!」

「……腰が抜けているのはクヴィスリング副団長(そちら)ではないでしょうか?」


 彼の言葉に、一瞬アルバートの気配が揺れた。どうやら思わず笑ってしまったようだ。

 分かりやすく空気が揺らいだというのに、彼の存在に気付かない騎士達は危機感というものが欠如しているらしい。


「さて、今すぐ帝国に帰るなら、見逃してあげます」

「誰が帰るか! ここを占領し、ゆくゆくは魔の国に侵攻する時の足掛かりとするのだ!!」


 副団長が無様にも尻を床に付けたまま叫んだ。

 その声が合図となったのか、剣を抜く騎士達。


「はぁ、仕方ありませんね」


 彼は一斉に飛びかかって来た騎士の剣を盾で受け止めた。

 魔獣にも及ばない重さの攻撃に失笑を溢し、彼が槍を薙げばそれだけで立ち上がれなくなる騎士達。


 ──弱すぎて話にならない。


 これでは冒険者の方が腕が立つ。

 騒ぎを聞きつけたのか、客室に繋がる扉から出てくる新手の騎士達。

 倒れている騎士とレモラを見比べ、驚き、戸惑い、動きを止める。


「団長を討ち取れ!!」


 自らは動かず、命令だけは一丁前な副団長の指示に従い、彼らは剣を抜く。

 レモラは自身の信用のなさに愕然とした。


「仕事もせず、重荷しかない平民に従う騎士など、騎士ではない!!」


 その言葉に鼓舞され、騎士達はレモラに向かって走り出す。

 副団長が実権を握っていると誤認され、誤解が誤解を生み、団長であるレモラが無能だと事実とは違った解釈が広まったのだろうと、彼は冷静に判断した。

 盾で剣を弾き、槍で薙ぐ。

 それはとても地味な動きで、アルバート達のように華があるわけでもないが、その洗練された動きは誰にも劣ることはない。


「全く、どうして自分の都合のいい様にしか状況を把握出来ないんでしょうね?」


 己の憧れた騎士は、こんなにも惨めで、格好悪い生き物だっただろうか。

 自分の都合のいいように物事を曲解し、事実を把握しようともしない騎士は、本当に騎士なのだろうか。


 答えは否だ。


「……粛清しなければ」


 レモラはそう呟き、槍を振り下ろした。

 振り下ろした槍は騎士達の武器を叩き落とす。

 彼の後ろから近づいてきた騎士には、盾を勢いよく押し付ける。すると呆気なく意識を飛ばした。

 どれだけ倒しても湧いてくる騎士達。

 彼は槍を薙ぎ、騎士達を無力化していくが、これではキリがない。

 その様は、彼の心に少しの焦燥感を湧かせた。


「うじゃうじゃと……。いい加減、鬱陶しいですね」


 焦燥感は、時に人の判断を鈍らせるものだ。

 彼は先程よりも大振りで槍を薙いだ。

 その時。

 後ろで伸びていた騎士の一人が、彼の両脇を強く締め上げ、羽交い締めにする。

 甲高い音を立て、左肩の甲冑が甲板に落ちる。


「ッ!? 貴方達には騎士としての矜持はないんですか!?」

「はっ、そんなもん、ねぇよ」


 レモラはなんとか抜け出そうと左右に身体をひねるが、簡単には抜け出せない。

 十八の発展途上の体格と、身体の出来上がった三十代では力の差がありすぎる。

 レモラは武器を床に突き立て、両手を自由にした。

 諦めたのかと騎士達の攻撃が止んだ一瞬。

 彼は己の両肩に手を上げ、肩に回る手の指を掴み、そして、力任せに下へ引き剥がす。

 それと同時に、背後の騎士を回し蹴りで吹き飛ばした。


「このぐらいで僕が倒せるとで――」


 レモラの左肩を乾いた音が貫いた。

 彼が音の発生源を見ると、腰が抜けて震えていたはずの副団長がガタガタと震える両手で小さな銃を握っていた。

 全く気にも留めていなかった人物の攻撃。

 それを予期する事は困難だ。


「いまだ!!」


 副団長が叫ぶ。

 彼の叫びに応えるように騎士達がレモラを取り囲んだ。

 しかし、騎士達の攻撃が彼に届くことはなく宙を切り、甲板を傷つけただけだった。

 瞬く間に消えてしまったレモラと、彼の武器。

 レモラがこの場に居たことすら幻想だと勘違いしそうになってしまう騎士達。

 だが、彼の落とした左肩の甲冑が太陽の光を反射させ、自己主張をしており、今まで彼がこの場に居た事を証明していた。




 ◇◆◇




 左肩の出血を隠しもせず、彼らは魔の国の製の船へ乗り込んだアーシャの元へと現れた。

 正確には、キキョウの座る椅子の前に姿を見せたのだ。

 アルバートがレモラのシャツを脱がし、肩の傷口を露わにさせ魔法で治療する。

 痛みに歪んでいた彼の顔は次第に良くなっていく。

 左肩に銃弾を受けたのだと、彼の傷口を見た者は皆気づいていた。

 心臓かもしくは頭を狙わなければ、そこに銃弾を受けることはありえない。

 つまり、


「……交渉は、決裂ですな」


 キキョウは慌てる様子もなく、呟いた。

Copyright(C)2022-藤烏あや

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