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第二章『魔の国』

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第三十七話『戦えない国』

 魔導輪がありえない速度で道路を走る。

 アーシャは内心絶叫しながらきつく目を瞑った。

 そして辿り着いたのは、島長のキキョウに連れて来られた三十階建ての建造物の前だ。

 急ブレーキがかかり、安全具を止めていなければ車外に飛ばされていたと確信できるほどの衝撃がアーシャ達を襲う。

 彼らが訪れる事が分かっていたかのように、自動ドアの前にキキョウは佇んでいた。

 気配を探っているのか、両の眼を閉じている。


「おい! なに悠長な事してんだよ! 帝国軍が攻めてきてるぞ!!」


 魔導輪から飛び降りながらシャオラスが叫ぶ。

 彼に続き、アーシャ達も魔導輪から降りれば、キキョウは閉じていた片目を開けた。

 そして、彼らを探るように見つめて頷いた。


「……お主らは、少しも知らされておらぬな」


 その言葉を皮切りに、大勢の人が姿を現す。まるでずっとその場に居たかのように突然、姿を現した。

 アーシャ達が広場で模擬戦を終えた後声だけ聞こえ突如現れたキキョウのように、それは一瞬の出来事だった。

 キキョウが姿を見せた時は声が聞こえたお陰で場所を特定できた。

 だが今回はどうだろうか。

 気配も、僅かな布ズレの音すらもなく、ただそこに存在した。魔法が解除されなければ、気づくことすら出来なかっただろう。


 ――隠密(ステルス)の魔法、島民の殆どが使えるの? だとしたら、帝国に勝ち目はないわ。


 アーシャの背中を伝う嫌な汗。彼女の喉がゴクリと鳴った。

 帝国は戦況を把握しているのだろうか。一度(ひとたび)魔の国と戦争になれば、帝国は負ける。

 彼女は島民達の秘めたる殺気をひしひしと肌で感じていた。


「この島は放棄するのでな、着いて来なされ」

「どうしてですか!?」


 踵を返したキキョウの言葉に異論を唱えたのは島民ではなく、レモラだ。

 口には出さなかったが、アーシャも疑問に思っていたことだ。

 彼の質問に、「歩きながら話そう」と答えたキキョウに従い、アーシャ達は大人しく従うことにした。

 魔導輪を乗り捨ててしまった事に罪悪感を感じたアーシャだったが、キキョウが発した言葉に、思考が停止してしまう。


「我が国は、他国に手を出す事は許されていない」

「――は!?」


 十分な間を取って出てきたのは驚愕の音だ。

 レモラはサファイアのような瞳を溢さんばかりに見開いている。

 それはアーシャもルーナも例外ではない。

 彼女達とは反対に、驚倒する事なく落ち着き払っているアルバートとシャオラス。


「それでは蹂躙されるだけじゃないですか。戦う力を持ちながら、何故戦わないんですか……!!」

「レモラ、落ち着いて」


 今にも飛び出しそうな彼にルーナが静止の声をかけた。

 その様子を肩越しに見たキキョウが忍び笑う。


「あなた方はまっことよきチームじゃろうて。足りない力を補い合っておる」

「……失礼しました。ですが、それは答えではありませんよね? 先程の質問にお答え頂けますか?」

「そう国際条約で定められておる。それ以上でもそれ以下でもありませぬ。自分達の意思で戦うことを許されておらん」


 レモラが「そんな……」と呟く声が聞こえた。


 ――自衛の手段がない国って事、よね? でも、なんで……?


 一般的な国は自国の軍隊を保有しているものだ。魔の国ほどの技術力があればなおのことだ。

 そこまで思考を巡らせ、アーシャは一人息を呑んだ。


 ――でも、まさか、そんな……。


「力を持ちすぎたから、抑圧(よくあつ)された……?」

「御名答」


 出る杭は打たれるとはよく言ったものだろう。

 キキョウ達に導かれ、辿り着いたのはアーシャ達が泊まっている木造の宿だ。


「隠し通路が地下にあります。そこを通って緊急用の船に乗り込む算段ですが、異論はないかね?」


 すでに亜人や獣人達は避難が完了しているのか、宿の中には人の気配がない。

 宿の引き戸の前で立ち止まり、キキョウが問う。

 だがそれは、異論がないか建前上の確認であり、彼の瞳は異論は認めないという意思が籠もっていた。

 だが、それを知ってか知らずか、レモラが怒気の含んだ声で呟く。


「無力な市民を攻撃する事など、あってはならない」

「……ならば、どうなさるおつもりか?」

「僕が説得に行く」

「帝国が話を聞く訳がなかろう。多勢に無勢。命を無駄に捨てる事はない」


 暗に諦めろと言ったキキョウ。しかし、彼は祈るようにペンダントを握りしめ、口を開いた。


「僕は、レガリア騎士団団長レモラ・パトリオット。帝国軍を止めるには都合のいい肩書を持っていると思いませんか?」


 今まで秘密にしていた事をあっさりとアルバートの前で打ち明けた。

 だがアルバートが驚いた様子はなく、シャオラスが口をあんぐりと開けて絶句していた。


「おまっ、嘘だろ!?」

「本当ですよ。まぁ、何かと反発が大きいので、副団長が実権を握っているように見せかけていたんですが……。僕の承認なく騎士団を動かしているのは、どこの誰でしょうね?」

「……腹黒い」

「お互い様ですよ。ルーナさん」

「あたしは、腹黒くない」


 ムスッとした顔で言い返したルーナを笑う彼は、覚悟を決めたようだ。

 キキョウは事の顛末を見守っていたが、話が済んだと判断したのか彼らの会話に口を挟む。


「では、どうするおつもりですかな?」

「僕が一人で――

「行かせるわけ無いだろ。俺も行く。隠密(ステルス)も使えるから、安心して」

「あなたが行くなら、私も……」


 アーシャが自薦する。しかし、彼は間髪入れずに首を横に振った。


「君が来たら、シャオラス達も着いてくるからダーメ。大人しく待ってて」

「無傷で戻れるかも分からないのに?」

「俺を誰だと思ってるの? 『英雄』サマだよ。交渉が決裂しても戻ってこれる」


 彼の絶対的な自信はどこから来るのだろうか。培ってきた努力だけでなく、才にも恵まれた彼の心は、アーシャには分からない。

 彼の揺るぎない瞳に、彼女は頷くしかなかった。


「……分かったわ」

「いい子だ」


 優しく背中に手を回され、彼の甘い匂いがアーシャの全身を包む。

 いつの間にか、アルバートに包まれる事に慣れてしまった彼女は照れる様子もなく、抱擁に応えた。

 初めて自身に回された腕に驚いた彼は微かに身体をピクリと反応を示す。

 何が起ころうと動揺をしない彼が、こんな単純な事で動揺する事が面白く、アーシャは声を上げずに笑った。


「全く、そんなに煽ると後で後悔しても知らないよ」

「いつも余裕な態度を崩さないのに、こんな単純な事で反応するのが可愛いと思っただけよ」

「おーい、お二人さん。誰も言わねェからオレが言うけど、とりあえずイチャつくの止めようぜ」

「……空気読めよ、シャオラス」

「え!? これ、オレが空気読めてない判定!?」

「馬に蹴られる」

「ルーナまで!! いや、今生最後の抱擁じゃあるまいし、大丈夫だろ!?」


 シャオラスに集まる、ルーナやアルバート、レモラからのジトッとした視線。

 居心地の悪さに彼は身じろぎをする。

 ただ、アーシャだけは彼の一声で抱擁から開放されたため、安堵していた。


 ――私ったら、一体何を……。


 抱擁を返すつもりはなかった彼女だが、アルバートと離れて行動する事に寂しさを覚えたのも事実。


「いやはや、愉快ですな」


 そのキキョウの言葉に我に返った彼らは、眉を下げて謝罪を口にした。


「すまない。せっかくの気遣いを棒に振る様な事になって」

「構いはしません。我らは船で待っております」

「ありがとう。さっレモラ、行くか」

「っはい!」


 レモラが元気の良い返事を返すと、二人の姿が消えた。

Copyright(C)2022-藤烏あや

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