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第三十一話『航路』

 アーシャ達を乗せた船は、アルビオン帝国からゆったりとした速度で出航して、早四日。

 不当に連れてこられた亜人や獣人をウルスラグナに返還するためだ。

 その際にウルスラグナが出した条件は唯一つ。


 帝国人を船から降ろさないこと。


 当たり前だと思える条件だ。

 国民を拉致されたのだから、もっと激怒してもおかしくはない。

 賠償金を払えと言われても仕方がない事を、教会は行ったのだから。

 夕食時から少し外れた時間。閑散とした食堂に集まり、遅めの夕食をアルバート達が囲っている。

 当たり前のようにアーシャの隣を陣取るアルバート。アーシャはすでに諦めており、抗議の声すら上げない。

 そんな中、シャオラスは言いにくそうに口を開いた。


「オレらはともかく、いかにも帝国人ですって見た目のルーナとレモラはどうするよ?」


 その条件を知ったのは今朝で、アルバート達はウルスラグナに入国するためにどうすべきか頭を悩ませていた。

 シャオラスは元々ウルスラグナの住民のため、咎められる事もないだろう。

 アーシャやアルバートは帝国人というよりもウルスラグナ寄りな容姿をしているため問題はないだろう。

 ただ問題は、白金色(プラチナブロンド)の髪をしたルーナと金髪碧眼のレモラだ。


「僕達だけ船に残るわけにもいかないですし……」

「困った」

「もし僕達が帝国人だとバレてしまえば、国際問題ですからね。迂闊な事も出来ません」


 アルバート達は頭を悩ませるが、いい案はそうそう出てこないもので、悩みの種は消えない。


「あら、ルーナさんだけでしたらいい案がありますよ」


 シャオラスの隣に座っていた妹のメイビスが頬に手を当てにっこりと笑う。


「どんな、案?」

「兄の妻になればいいんですよ」


 彼女の言葉に、シャオラスの絶叫が食堂に響き渡った。


「はあ!? ちょ、おま……!!」


 真っ赤な顔を隠しもせず立ち上がった彼に視線が集まる。

 爆弾発言をしたメイビスはニコニコとした笑みを崩さず、首を傾げた。


「これ以上ないくらい、いい案だと思いましたのに……。ねェ、ルーナさん」

「……あたしは、問題ない」


 頷くルーナに狼狽するシャオラス。

 提案したメイビスもシャオラスを揶揄(からか)うだけのつもりだったようで、承諾されるとは思っていなかったらしく、「あらあら」と笑っている。

 ルーナは笑みを浮かべると、


「ね、あなた?」


 さらに爆弾発言を落として、シャオラスを撃沈させた。

 床に突っ伏して悶ているシャオラスを呆れ顔で見つめ、レモラがため息をつく。


「シャオラスさんを揶揄(からか)うのはそこまでにしときませんか?」

「そう、だね」

「まぁ亜人の番だと言えば入国を断られる事はないだろうな」

「アルまでオレを揶揄(からか)うのか!?」

「俺は至って真面目だよ」

「っそれのが質悪いわ!」


 なんとか持ち直したシャオラスがテーブルを抱えるようにして立ち上がり、椅子に座った。


「確かに亜人も獣人も番を片時も離さないとは言うけどな」


 シャオラスが水を呷りそう告げれば、ルーナが「もうその設定でいい」と言い出したため、シャオラスが折れる事となった。

 残るはレモラのみだと他人事のようにアーシャが見ていれば、不意にアルバートに腰を抱かれ、引き寄せられる。

 食堂の椅子は一つの大きな横長のため、このようなスキンシップをしている亜人達も多い。

 アルバートが目覚めてからやけに多くなったスキンシップ。アーシャは最初こそ顔を赤らめて抵抗していたが、慣れてしまえば赤面する事もなくなり、抵抗するだけ無駄だとなすがままに流されるようになった。


「……何?」


 引き寄せられてしまえば離れられない事を悟っているアーシャはじとりとした目をアルバートに向ける。


「アーシャは俺の番って事にしとかない?」

「偽装する理由がないわ」

「保険としてだよ」


 何か不測の事態が起こった際の言い訳は必要だろう。

 仕方がないと自身に言い聞かせアーシャは頷いた。


「万が一の保険と言うなら仕方がないわね」

「可愛いなぁ」


 ちゅっと軽い音を立てて耳に口づけを落とされ、アーシャは今度こそ顔を真紅に染めた。


「全く……。アルバートさん、真面目に考えて下さい。アーシャさんが困っていますよ」


 眉間にシワの寄ったレモラに諌められ、アルバートはそうだなとアーシャから手を離した。


「簡単な話だ。俺の魔法で髪色を変えれば問題ないだろ」

「はぁ? ならルーナもそうすれば良かっただろ。なんだったんだ、今までの茶番は」

「そう簡単な話じゃないんだよ。俺の手持ちの“色変え”は一つ」


 指を一本立ててアルバートが口にした“色変え”というもの。

 それは言葉通り対象物の色を変える事が出来る魔法なのだろう。


「常に発動させとかないといけないんだろ? なら手持ちの魔紙じゃ役不足だし、上質な魔紙もここじゃ手に入らない」

「おい、アル。魔紙って」


 何かに気が付いたのかシャオラスが声を上げた。

 レモラやルーナは意味が分からず首を傾げているが、黙って成り行きを見守っている。


「……ウルスラグナには売ってるだろうね」


 苦笑いのアルバートから発せられた言葉。

 その紡いだ言葉は信じられない言葉だった。

 一度もウルスラグナに足を踏み入れた事のない彼が何故ウルスラグナでしか取り扱っていない物を知っているのだろうか。


 ──何故……?


「そうか。ならルーナはオレの番として、レモラは髪色を変えて入国するって事で決まりだな!」


 シャオラスは、何故ウルスラグナ内部のことを知っているのかアルバートに理由を尋ねる事はぜず、話題を終わらせた。


「ごちそうさん。さってと、そろそろ寝るか」

「太りますよ」

「なら運動に付き合えよ。甲板なら多少暴れても大丈夫だろ」

「仕方ないですね。付き合いますよ。この船旅で身体が鈍ってしまいそうですしね」


 シャオラスに誘われたレモラが立ち上がり、二人揃って部屋に武器を取りに出て行った。

 残されたアーシャ達の間には何とも言えない空気が流れたが、メイビスの「私達も行きましょうか」と言った言葉に頷く事で、不穏な空気を払拭する事が出来た。




 アーシャ達が甲板に上がると、すでにシャオラスとレモラは手合わせをしており、お互い肩慣らしを終わらせた所のようで、シャオラスは本腰で刃をレモラの盾にぶつけようとし──


 船が大きく傾いた。


「何かに掴まれ!! 放り出されるぞ!!」


 乗組員の叫び声むなしく、その言葉は大波に掻き消される。

 斜めに傾いた船から、乗組員が海へと投げ出された。捕まる場所がなかったのだろう。海へ落ちる直前、彼らの身体が宙に浮き上がる。

 シャオラスとレモラは船の縁にある柵に間一髪の所で捕まり、アーシャとルーナ、メイビスはアルバートの浮遊魔法に助けられ、事なきを得ていた。

 水飛沫がアーシャ達を襲う。

 全身水浸しになってしまったが気にしてはいられないと、張り付く服を無視しアーシャは船が傾いた原因に目を向けた。

 ゆっくりと滑るように船に大きな触腕が巻き付く。


「イカ?」


 海から顔を出したそれは船の帆よりも大きい。

 確認するようなルーナの言葉に、アーシャが頷いた。


「この大きさだとクラーケンと呼ぶ方が正しそうね」


 理由は解明されていないが、海に住む生き物が魔獣と化す事は稀だ。

 稀というだけで、魔獣に変わる事はある。このクラーケンはイカが魔獣になった姿なのだろう。

 アルバートは濡れた黒髪を掻き上げて、突如現れたクラーケンを一目見ると戦闘に不慣れであろうメイビスに声をかけた。


「戦うしかなさそうだな。メイビス、君は危ないから……」

「あら、私も戦えましてよ」


 自信あり気に笑う彼女はシャオラスとよく似ていて、兄妹なのだと改めて認識した。

 メイビスは黒色のクーガーに姿を変え、クラーケンに向かって飛び出す。

 アルバートは困ったように眉を下げた後、彼女と同じ様にクラーケンに向かって飛び出していった。

 彼らは素晴らしい跳躍力でクラーケンと対峙している。


「今日の夜食はイカ焼きだな!!」

「イカ、美味しい」

「食べるつもりですか!?」


 アルバートに触発されシャオラスとルーナもクラーケンへと飛びかかる。

 その際に叫ばれた言葉に反応したレモラは、顔を青ざめさせていた。

 シャオラスの束ねられた勝色の髪が彼の跳躍とともに靡く。

 白金色(プラチナブロンド)の髪が月明かりに照らされ幻想的な色を放つ。その色はルーナのもので、彼女が跳び上がった副産物だ。

 クラーケンに飛びかかったシャオラスは右をルーナが左の目玉を突いた。

 痛みに暴れるクラーケン。

 船を壊さんと巻き付いた触腕をアルバートが瞬時に切り落とす。

 触腕から開放され斜めに傾いていた船が正しい姿へと戻った。

 藻掻くクラーケンの重い触腕を、盾を持ったレモラが弾く。


「アル!!」

「あぁ!」


 シャオラスとアルバートが同時に走り出し、一寸の狂いもなく左右から頭部に刀を叩き込んだ。


「ぅらァ!」

「はあ!」


 二人の斬撃は見事に頭を一撃で落とす事に成功した。

 水飛沫をバックに甲板に着地を決めたアルバートとシャオラス。


 アーシャの出番はなく、少しでも成果を上げようと事切れているクラーケンに向かって飛び出した。

 続いてルーナもクラーケンの上に着地を決める。

 ルーナとアーシャは海面に浮かんだクラーケンをシャオラスの望み通り食事にする為、内蔵を取り出し下処理を始めた。

 本来ならば貴族令嬢として褒められた事ではないが、アーシャやルーナは野営時に生存する為に学んだ事で、下処理だけなら公爵家お抱えの料理人達に褒められるほどの腕をしている。

 手際よく下処理をする様子を船の上から見たアルバートとシャオラスは手際の良さに感嘆の声を上げる。

 それを船の上から覗き込んだレモラが「信じられない」と顔を青くしていた。

Copyright(C)2021-藤烏あや

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